「日本で大型バイクの必要性ってあるんですか?」

こういう質問は昔から定期的に掲示板や知恵袋なんかで提起されていますね。自分は大型も小さいのも乗るんですが、大型バイクってなんぞや?みたいなことを真面目に考えたことがあまりありませんので、今回はこれをネタにしてみたいと思います。

日本は免許制度が排気量によって小型、中型、大型って別れてるから、大型バイク=大排気量のバイクってイメージになってるけど、そういう免許区分がないところで、「大型バイクって何?」って質問すると「単にでっかくて重いバイク」って答えになるんじゃないかと思うんですよ。

そうなると765ccだけど180㎏台で、ホイールベースも短くコンパクトなストリートトリプルより、400のドラッグスターの方がよっぽど大型感があるってことになる。じゃあ「大型バイクはパワーのあるバイクってこと?」っていうと、それも違う。そんな定義にすると、パワー的に400ccとどっこいのハーレーは「大型バイクではない」ってことになる。

結局のところ、排気量なんてエンジンの仕様要件の一つにすぎないわけで、日本は馬力ではなく、排気量によって免許制度を分けたから、やたら排気量がクローズアップされてるだけだと思うんです。

商品っていうのは、そのプロダクトが定めた目標をしっかり達成してるかが大事なんであって、排気量自体に特段大きな意味なんてない。郵便配達の赤カブ先生に1000ccの4気筒エンジン積んだって配達早くなるわけじゃないんだから。ハガキまき散らしてブッ飛ぶ赤カブも面白いけど、ストップ&ゴーを繰り返す郵便業務にそんな非効率なバイクは逆に使い勝手最悪。赤カブ様には小排気量の単気筒がベストなわけなんですね。

このように、同じホンダでもモンキーとゴールドウィングさんで、目指した楽しさが全然違うし、どっちが上ってのも特段ありません。免許とってしばらくは今まで乗れなかったリッターバイクばかり選んだりするけど、そのうちまぁ何でも良くなる。

結局、この質問の背景をいろいろ考えていくと、その真意は「必要以上の排気量やパワーのバイクに高額の対価を払う意味って何?」ってことになるんだと思うんです。「公道での移動の用途を満たそうとすれば中間排気量以上はいらんでしょ?」っていう本質的な問いかけだと思うんですよね。

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(動的性能のみで考えると、リッタークラスの大型バイクの存在意義を公道で見いだすのは難しい。公道でリッタークラスでできることは400でほとんどできてしまう。だからこそ大型バイクには性能以外のものが求められる。)

実際、平成8年頃までは大型バイク免許の取得は免許センターで一発試験の極悪制度でしたから、大型乗りって全バイク人口の数%くらいしかいなかったはずです。で、その時期中型に乗っていたバイク乗りに不満が爆発してたかといわれれば特段何ら問題は出てなかったわけですよ。

ですから、ここでは大型って言葉が「やたら高額で不必要なもの」というニュアンスで使われてる。過剰な排気量やパワーは公道では不要なはずなのに、それに比例して支払う金額がどんどん上がっていくからこんな質問が出てくるわけです。

特にハーレーは高額だけど遅いし、重いし、運動性はお世辞にも高くないし、風は当たるし、操作系雑だし、私みたいにボッチライダーには集団内でのステータスも全く関係ない。そうなると多くの人が高額の理由がわかんなくなると思うんですよ。「お前はなぜ高い金払ってハーレーに乗ってるんだ?いつも価格の妥当性を連呼してるけど、ハーレーの機械としての妥当性を述べてみろ!」ってことになる。昔は「舶来物ですからぁ♡」ってところがあったと思いますが、今の時代は海外製のバイクのインプレに「リーズナブル」なんて言葉が踊る時代ですから、それも説得力がありません。

ちゃんとを説明できないから多くの回答が「乗ればわかる」なんてことになる。そりゃ乗ればわかりますよ。間違いない。しかし、テキストで説明できないとうのは駄文書きとしてはすなわち敗北なわけで、ここで引き下がるわけにはいかない。

バイクって非常に価値観が多様だから、いろんな切り口があって逆にわかりにくいんです。エンジン、車体、足回り、軽さ、剛性感、防風性、タンデム性能、航続距離、積載能力、悪路性能など、移動の道具として検討すべき部分が非常にたくさんあってごちゃごちゃになってるから、一つ一つをピックアップしてして考えちゃうと、とっちらかってワケわからなくなる。

でも、この世の高額趣味商品はバイクだけじゃありませんから。わたしの趣味だけでも機械式時計とか、ガレージキットとか、革製品とか、ハイプライスをつけるものはいろいろある。しかも、これら多くのものは高額モデルと廉価モデルで用途性や機能性、性能にほとんど差がありません。機械式時計なんて1万円の時計と100万円の時計で時刻を表示するという用途性や精度、機能にはほとんど違いがないわけです。じゃあハイプライスの根拠は何っていうと、やっぱりそれは「デザインと作り込みと質感」だと思うんです。

私自身の中では高額の対価は「質感かロマンか芸術性のどれか」っていう基本軸がある。これはバイクに限らず全ての商材に共通する軸です。排気量が小さくても質感高ければ、当然そのバイクには高額の理由があることになる。

プライスの根拠として、バイクの動的質感や見た目の品質感は非常に重要なファクターです。性能だけを評価軸に置くと、レプリカ時代のホンダ×ヤマハ×スズキの三つ巴戦争みたいに「性能で敗れる=安売りせざるを得ない」という消耗戦になるし、新技術の開発により、性能はどんどん陳腐化していくから、定期的にモデルチェンジを繰り返さなければならない。ですからハイプライスの根拠に数値性能を掲げるっていうのは実は下策中の下策なんです。数値って定量化できるから、最後は点数勝負になってしまうわけですね。

ハイプライス商品に求められる質やロマンって実は性能と相容れないんですよ。なぜなら、性能とは無駄の排除であり、質感やロマンは過剰で無駄なものから生まれる贅沢だからです。

日本の企業は長年成績という評価で人材を選り分けてきたせいで、数値に出ない所を攻めるのが非常に下手です。それを評価できる基準がない。企業の中にはノルマや目標を設定し、その課題をこなすことが得意な能力者はいるけど、既存の価値観にとらわれない突飛な発想や、数値に出ない質を評価できるクリエイティブな人材は人事で落ちて、逆に企業の外にいたりする。それが日本の中小が優秀な理由でもあるわけです。数値主義の人事査定では人間の真の潜在的価値は測れないし、多く才能ある人材を取りこぼしてる。

最近はその反省から、ヘッドハンティングで大枚はたいて魅力ある人材を引き抜く方向になってますよね。人材確保のあり方が変わってから、日本の企業からも、これまでと違う視点のプロダクトがぼつぼつ出てくるようになった。

この世のサービスや商品は、基本的に価格が上がるほど、「質を楽しむ」「ロマンを楽しむ」って方向になっていくんです。しかし、本当の質を見分けるためには、その世界を深く知らないとできないようになっているし、あるところまでは伝わりやすいけど、究極にいけばいくほどほど一部の人間にしかわからない。

多くのブランドがブティック形式に走るのは、店舗や接客の質というのは非常にわかりやすく伝わりやすいからです。商品の良いモノ感や購買意欲ってモノ自体だけじゃなくてその周辺環境も大きく影響する。

購入するときに店舗が非常に立派だったり接客がしっかりしてるとバイクの質も高く見える。ありとあらゆる手段を用いて質感を高め、ブランドを築いていくことが、全ての高額趣味商品に共通する方法論なんですね。だからハーレーの「盆栽バイク」ってのはある面では究極の褒め言葉なんです。

本当に質感の高いものは走らなくても見てるだけでいいんです。造形美っていつでも誰でも実感できる極めてわかりやすい価値ですよ。だから盆栽バイクを嘲っているようでは日本車は海外製バイクをいつまでも超えられない。

ここは日本のバイク乗りとして「なぜこんな値段を払ってるのに、日本車には盆栽になれるようなバイクがないんだ!!」って怒るべきところでしょう。その点ではホンダもまだ全然ダメ。ゴールドウィングなんて、走りの質は高いけどカワサキのH2の方がデザイン、外装品質感共に上ですからね。

多くの国産製品は残念ながらそういうとこがわかっていない。どんどん価格は上がり続け、海外製品と価格帯は近づいているのに、ハイプライスの基本的なルールを押さえていないから、ハーレーに軒並みやられてしまう結果になってしまったんです。

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(ブログの中身と全く一致しない1ページ漫画。ゴールドウィングの心の闇が垣間見える。)

ハーレーは性能はお察しだけど、直進だけに限定するなら走行質感の塊みたいなバイクです。見た目質感も異様に高い。だからあの価格でも売れる。大型を乗る人の多くは飛ばしたくて大型を選んでるわけじゃないんです。いいもの感が欲しいから選んでるわけですよ。

ハーレーには重く丈夫なものを、ゆったりと回すという、質感に直結する過剰さがある。日本車は性能と費用対効果を追い求めてきたから全てが効率良く適正化され作られている。しかし、ハーレーは車体に無駄を満載して、その無駄を信頼感と質感に変換してるんです。

重金属から生まれる安心感を追求し、そこに汎用性と功利性を盛り込んだハーレーにおいて性能を語るのはスーパーロボットのスペックを語るような野暮さがある。スーパーロボットは乗り手の熱量にいかにメカが答えるか?が大事で、性能なんてのは二の次です。自らのスペックや性能を前に出すのではなく、乗り手の主張を前に出していく乗り手上位の価値観にハーレーは貫かれてるんですね。だから、多くの人がハーレーにライフスタイルとしての魅力を感じてるんです。

私は日本車は、もの作りの究極の地平にいると思うけど、ハーレーのいる地平も一つの重要な真実だと思うんです。これはスパロボとモビルスーツの違いみたいなもんで、どちらもリスペクトすべき大事な価値観だと思う。

日本車はハーレーを真似する必要もなければコンプレックスを持つ必要もありません。アナハイムエレクトロニクスが光子力研究所を目指してもしょうがない。ハーレーと違う日本的な高級感を模索していけばいいんです。

だから冒頭の「必要以上の排気量やパワーのバイクに高額を払う意味って何?」って問いに対しては「不必要なものの中にこそ、人を満足させる質感やロマンがあるんです。」っていうのが私の答えになります。しかも、それは決して排気量に限定されるものじゃない。「小排気量でそれが得られるんならそれでいい」ということはZXー25Rが証明してますからね。

「250に4気筒なんていらんでしょ?」

「価格は下手なリッターを超えてるじゃん。」

「ホンダの方が速いよ。」

っていう意見もあるけど、「ならなんで売れてるの?」ってことになる。不必要で過剰で不合理なものの中にこそ、魅力があるってことをバイク乗りはわかってる。だから我々は質感やロマンがあるものは価格が高くても納得できる。私はカワサキの「小排気量の中に込めた過剰」という考え方を最大限支持したいと思います。

バイクの趣味性が高くなるにつれて高額の根拠って、どんどん拡散していくと思います。小排気量でリッターを凌駕するような質やロマンを追求するっていうミニマリズムは、日本車が得意とする素晴らしい視点だと思う。

日本車は大型バイクを経て、もういちど中排気量に戻るべきなのかもしれない。ハーレーは大排気量にもかかわらず、性能を切り捨て、鉄という素材の重厚さ、美しさ、信頼感の価値に特化することにより、「過剰の贅沢」を実現してます。

カワサキは本来適正化や経済性を求められるクォーターに、無理筋とも言える4気筒を与えることによって「小排気量で過剰の贅沢」をやってる。ダイナとZX-25Rの2台は排気量は上限と下限で、どっちもアンダーパワーです。しかし、乗り手の満足感は非常に高くハイプライスをモノともしない。この結果から日本メーカーが学ぶことはいくらでもあるはずです。

人間というのは数値じゃなくて、感性と感情の生き物です。だから、ハイプライスに必須の満足感を作り込むには、機械だけでなく、人の情念の深いところを知らなくてはならない。ものの方から見るんじゃなくって人の方からみないと魅力的な商材は作れないんです。ハーレーはそこに特化したブランドですが、BMWもずっと車で高級車やってたからそこくすぐるのが非常に上手いんですよね。

高額バイクは趣味であって実用ではありません。価格的にはもうチープでもなんでもない。だからこそ、これから日本の大型バイクがやらなければならないことは、「乗り手の満足とはなんなのか?」という点を追求することでしょう。サーキットという限られた場所での価値じゃなく、「手のひらの上の価値」「実感できる価値」を真剣に考え、それをもっと優先しなくてはならないと思う。満足感って顧客価値優先、顧客上位の考え方からしか生まれないものですから。

そのためには成熟した考え方を取り入れていく必要がある。公道で100馬力超える数値の優劣なんて、単にメーカー技術者のエゴですよ。商品ヒエラルキーに縛られて不要な部分ばかり追求してきたから、「大型バイクっているの?不要でしょ??」なんて言われちゃうし、そこを割り切って、扱える中での質感に特化したハーレーに魅力度で負けちゃうんです。

また、バイク乗り自身も国産バイクの素晴らしさを再認識し、視野をもっと広げるために、一度はスーパーロボット系の海外製バイクに寄り道してもいいんじゃないかとも思う。逆に大型とってハーレーにしか乗ったことない人も、一度は国産の最新鋭モビルスーツを堪能するべきでしょう。そうすれば、好き嫌いはあると思うけど、どちらもバイクにとっては切り捨てることができない重要な価値観であることがわかると思うんですよ。







・・・・とまぁ、ここまで結構、真面目に書いてきましたが、実はこういうことって議論になるワリには、あんまりコジレることがないように思うんです。バイク店員やってた頃にシミジミ感じたんですけど、バイク乗りって皆バイクが大好きだから、いざ乗ってみると案外コロッと意見が変わっちゃうんですよ。

「おぃぃぃぃいいい、それ買うんかい!!これまでの主張と正反対だろ!!!」

なーんてことはしょっちゅう。つまり、口ではブツクサ言ってますけど、結局バイクならどれも好きなんですよ。ネタでザクレロが実践配備されても、ガンダム好きは大喜びで出撃しちゃう。それが業って奴なんです。

ザクレロ(ジオン軍最大の問題作。モビルアーマー「ザクレロ」。もうね。これ兵器じゃないですね。現場で作業員にキレ散らかしてる土建屋の社長ですよ。だが、それがいい。)

いろいろカッコいいこと言ってても、心の底では「許されるなら、この世のバイク全部欲しいんだからね♡」くらいに思ってるのがバイク乗りです。私から言わせれば、バイクの排気量問題なんて、レッドリバー飼ってる愛犬家と、チワワ飼ってる愛犬家が「アンタんとこの子よりうちの子の方がカワイイんだからっ!」って言い争ってるみたいなもんなんですよね。

そんなのはバイク乗り以外から見れば、犬も食わない痴話喧嘩なんです。