ハーレーのブログももう60回を数えてますが、我ながらよくこれだけ書くことがあるよなって思いますよね。でもまだまだいけそうなのは、ハーレーっていうバイクがいろんな意味で奥が深いからなんでしょう。今回はハーレーの安全性を少しばかり語ってみたいと思ってます。

私は2009年からダイナに乗り続けているので、これでダイナ12年目なんですが、その間立ちゴケはありますが、一度も走行中の事故ってないんです。(一度信号待ちしてるときに玉突きで吹き飛ばされてるんですが、そういうのはどうしようもないからノーカンです。)しかも、ダイナに乗って以降、手に入れたバイク全てでコケてない。

以前は事故魔とか、ミスターゾンビとまで呼称された私がなぜダイナで優等生ライダーになれたのか?簡単にいうと、ダイナはブレーキング性能とコーナリング性能が事故るレベルにまで達してないからですね。私は公道事故9回という常軌を逸したバカなわけですが、9回のうち7回がブレーキングとコーナリングがらみなんですよね。残り2つは純粋な交通事故です。

このように公道ではブレーキング中とコーナリング中がバイクにとって一番危ない。今はほとんどのバイクでABSついてるんで、握りゴケってのは少ないんでしょうが、昔のバイクの転倒原因はほとんどこの2つだったといっても過言ではないでしょう。

ハーレーの凄いところは、フロントブレーキ効かないし、バンクさせようにもステップ擦っちゃって寝かせられないんで、結果的に、この2つの事故原因を物理的に潰しているところなんですよね。

ダイナってノーマルだとブレーキングしようにも綿菓子みたいにふわふわのフロントフォークに制動力を食われちゃって全然踏ん張れない。フロントがダメぽなんで、必然的にリアメインで速度を殺すことになりますが、ブレーキングで重心がフロント寄りになってるのに、リアを踏みすぎるとすぐロックしちゃう。ロックしないように踏力調整しながら止めてくっていっても、これ限界域だとかなり難しいんですよね。

あまりリアブレーキ使った経験ない人をハーレーに乗せると「このバイク全然止まれない・・・」って評価になりますが、止まれないわけじゃないんですよ。「フロントじゃ全然止まれない。」ってだけ。どんなにフロント握っても国産SSみたいにタンクでキンタマ潰れそうになるような減速は不可能。もう全然スピード殺せてないのに、リアが簡単にロックしちゃって「あひゃひゃひゃひゃ」って笑いが出るのがダイナさんです。

コーナーも同様。とにかくバンク角がないし、左のバンク角と右のバンク角も違う。私のバイクはデイトナマフラーのせいで、右のバンク角が全然なくって、しょっちゅうマフラーゴリゴリ擦ってたんですよ。今は接地部分が綺麗に削れたんで、ステップをちゃんと擦るようになってますが、いい加減マフラーに穴開くんじゃないかと心配してます。とにかく重量級バイクでバンク角がないわけですからコーナー全然無理できない。

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(見事に削れたデイトナマフラー。もう穴あくギリギリかもしんない。マフラーが斜めに綺麗に削れてしまったため、現在はちゃんとステップを擦るようになってますが、それでもバンク角はお察しでございます。)

そんな低性能で逆に危ないんじゃないの?っていう方もいらっしゃるかもしれませんが、これが危なくないんです。なんでかっていうと、バイクの事故ってバイクのスペックよりもバイク乗りの無理無茶が原因だからです。

で、大体無理するときって人と競ってるときなんですけど、ダイナって全然戦う気にならないんですよ。戦おうにもハンデがデカすぎて勝負にならない。しょうがないから、後ろから速いバイクが来たら左に寄って「先に行って~」ってハンドサインを送って抜いてもらう。昔の私ではこんなの考えられなかったことですね。最善を尽くしてチギられるのならともかく、戦う前に白旗出すなんてあり得なかった。

でもダイナさんは違いましたね。即戦線離脱です。だってこいつ、「スポーツモデルです!」なんていってますが、それはハーレーという枠内でのスポーツであって、一般戦闘用というにはあまりにも緩すぎるんですよ。そう、私はこのバイクで初めて「敵前逃亡」という甘い蜜を吸ったんです。これ、夜中に冷蔵庫開けて嘗める練乳くらい甘くておいしいんですね。

私がバイクで走ってた時代ってずっと速さこそ正義だった。90年台に免許とったライダーの多くは、ひたすら速く走るための修行を積んで、そこで投資もし、痛い目にもあってるから、今さら戻れなくなってるんです。私みたいに旧免許制度時代に限定解除して大型とったヤカラは変な選民意識もあるから余計に戻れない。

戦争終わってんのに、ジオン再興を夢見てまだテロやってるデラーズ・フリートみたいなもんですね。高齢者によるバイクの暴走ってのは、バイク版デラーズ・フリート達が、時代遅れの星の屑作戦やってんですね。私の中では「キリン」「アナベル・ガトー」は見事に重なるんですよ。

星の屑ガンダム好きはみんな大好きアナベル・ガトー。「多くの英霊達が無駄死にでなかった事の証の為に!再びジオンの理想を掲げる為に!星の屑成就のために!!ソロモンよ、私は帰ってきた!」このセリフ、ポルシェとのバトルの前にキリンが呟いていてもまったく違和感がない。)

これまで夜に紛れて暴走行為をやってた私にとってはバイクでスピード出さないって「フォートナイトで武器もあさらずマップ観光して回ってる」ようなもんなんです。でも実際に戦闘行為から離れ、それやってみたらフツーにメチャクチャ楽しかった。「戦って一番にならなきゃ」なんて価値観は自分が自分にかけてた呪いに過ぎなかったことがわかったんです。

結局、これまで自分がやってたことは、抑圧され、負け続きな現実世界の鬱憤を晴らすための戦闘行為だった。いつまでもそんなことしてたって結局は「猿山の大将」にすぎないわけで、どんどん行き詰まっていくわけですね。

一方、ハーレーはそういう戦いから一番遠いところにいる。

ハーレーって、その本質は全然アウトローじゃないんですよ。私からいわせれば、国産リッターバイクの方が優等生装ってるけど中身は全然アウトロー。だってまともに性能発揮させると殺傷力高すぎですからね。公道のテロリストになりますよ。

結局バイクの安全性っていうのは性能によって得られるものじゃないんです。もしそうなら性能が低いダイナは私が乗ってきた歴代バイクの中で「最も危険なバイク」ってことになるけど、実際は正反対。乗り手が無理をしないですむ速度域に性能の上限ラインを引いてるから、事故らないんです。

雑巾4+1
(ブログの内容と全く関係のない、下らない1ページ漫画。気が向いたら今後も描いていきます。)

国産バイクは性能を作り込むことは非常にうまいし、乗り手に従順です。だから乗り手が私みたいな馬鹿野郎だと簡単に猟奇的バイクに早変わりする。乗り手を強烈な独善性や一方的価値観で低速に縛りつけるハーレーとは正反対なんですよね。楽しさのパロメーターを数値性能で計る国産バイクの姿勢は、受験という学力競争の中で、定められた目標の達成度によって優劣を決めてきた日本人の集団的同調性の美点であり、欠点でもある。安全というものを上位の価値観におきながら、優劣が絶対性能と結びついちゃってるから、矛盾の袋小路に入ってるんです。

宇宙の平和と安全を守るために秩序と規律という理想主義を掲げ、スペースノイド弾圧という袋小路に入ってるのがガンダム世界の地球連邦なんですが、その矛盾がなんとなくバイク業界に重なるんですよね。ニュータイプ理論が当初の理念と離れ、優れた戦闘能力としての側面ばかり語られるところも、バイクとちょっと似てる。

ジオン・ズム・ダイクンが提唱したニュータイプは本来、過酷な宇宙環境で人が希望を持って生きるための人類の可能性であり、戦うためのスキルではありませんでした。バイクだって戦闘力ではなく、乗り手の人生をどれだけ楽しくできるか?という本来の価値で優劣が語られるべきなんです。でもそれやり出すと、400ccとかハーレーくらいのスピードで十分ってことになっちゃうから、バイク業界は困っちゃうんですよ。

だからバイクは大排気量が偉いわけでも何でもないんです。初心者の頃はそれが感覚的にわかっていたんですが、苦労して限定解除して大排気量のバイクばかりに乗るようになり、スピードとか、ステータスとかいう麻薬を大量摂取するうちに、それがだんだんわからなくなる。楽しむことより、自分のくだらないコダワリを貫くことが目的になっていくんです。

新たな世代のバイク乗りの人達にとっては、そんな連中の語る言葉は「地球の重力に縛られたオールドタイプの戯れ言」みたいなもんでしょう。得体の知れないプロパガンダを押しつけてくるオッサン連中が若者に嫌われるのも当然だろうと思います。

ハーレーって悪いバイクだといわれてますけど、メカ的にもホント碌なもんじゃないですよ。雑だし低性能だし価格も高い。でもこのバイクは「人に優しい方向に悪い」んですよね。ダメなところは多いんですけど、それは既存の固定した価値観に対してダメなんであって、乗り手にとっては決してダメじゃないんです。そういう意味ではスーパーカブやセローと同様、「バイクの存在意義の根源に到達してる」といってもいいかもしれない。

ハーレーは、私みたいなスピードという重力に捕らわれたオールドタイプの頭上にドカンとコロニーを落としてくれた貴重なバイクです。だから、売れまくる必要はないけど、「絶対なくなっちゃダメだ」と心の底から思ってる。それが、ハーレーを取り巻く実に下らない問題にブツブツ文句を言いつつも、私がずっーと支持してる理由なんですね。