さぁ、独自解釈・いまさらエヴァンゲリオンもその3回目。こういう解釈ものは映画封切りの前に書いとかないと、映画で解釈バレがあった後だと、ネタが腐っちゃう可能性がありますから、今日上げるしかありません。急いで書きましたんでグダグダかも・・。

ちなみに過去の2本のブログはこちら(クリックで飛びます)

独自解釈・いまさらエヴァンゲリオン・その1(ガレージキット綾波RQ)

独自解釈・いまさらエヴァンゲリオン・その2(ガレージキット綾波RQ)

今回は腐女子の神様「渚カヲル」の考察です。(基本私の解釈は半分がお笑いネタですので、渚ファンの方は怒らないでくださいね。) 旧作のエヴァンゲリオンにおいて、こいつが一番の謎ですよ。だって、こいつはアダムの魂なんですよ?そもそもアダムって、リリスが黒き月で落ちてくるまで地球で繁栄していた生命体の親玉なワケです。設定ではアダムから生まれた使徒達は、リリスの乗った黒き月の落下によるファーストインパクトで長い眠りについてしまったことになってます。

IMGP5155+1(このブログ、ガレージキット綾波RQの紹介記事も兼ねてますので、その点ご理解下さい。このキットは服をキャストオフするとおパンツ姿になるという仕様です

人類含む現在の地球上の生命体は、それまで繁栄していたアダムの使徒がファーストインパクトで眠りについた後、知恵の実を持つリリスから生まれた生態系で、人類を殲滅するためにアダムの使徒達がやってくるって設定ですよね。いわば2つの神から生まれた使徒同士の生存競争が序盤のエヴァンゲリオンの物語の核になってる。

それにしてもアダムの使徒ってどうなんでしょう?どいつもこいつも南米の祭りに登場しそうな、「極彩色の底抜けのバカ」ばかりですよね。形も子供の落書きみたいで真面目さが毛ほどもない。基本何も考えてないように見える「可愛らしいひょうきん種族」なんですよ。でもこれはしょうがない、生命の実のおかげで不死の肉体を持つけれども、肝心のオツムに知恵の実がありませんので。故に、お気楽な筋肉バカ連中ってことになってる。

んで、こいつらの親玉が渚カヲルって設定なんですよ?

「はあああぁああ??おかしくね??」

だって私の認識ではアダムってアホで筋力バカな使徒の総元締めなんです。「どんなはっちゃけたバカデザインで出てくるのか?」とワクワクしてたのに、これどういうこと?キャラ的にどう考えてもキルラキルの満艦飾マコみたいな天然系アホの子じゃなきゃ辻褄があわないわけですよ。

満艦飾マコ(私が考えるアダム像。あの使徒達から逆算して想像すれば、人の姿を取ってもラテン系の脳筋バカという結論にならざるを得ない。)


しかし、私の予想に反し、渚カヲルは頭良くって顔も良くって、優しくて、もうあまりにも完璧君で登場したわけですよ。渚カヲルのキャラからサハクィエルとか、どう考えても生まれないでしょ。

サハクィエル
(こちらがサハクィエル。渚カヲルから生まれ出でたというのは、どう考えても無理がある。バックにエヴァの戦闘音楽ではなく、ハイジを流してもよく似合いそうな愉快な造形。)

そもそも知恵の実をもつリリスの魂である綾波レイがそんな頭良さそうに見えないのに、渚カヲルの思考能力ってキレすぎ。どういうこと?って思いますよね。

私はこれがある時期までずーーっと辻褄合わねぇなぁと思ってたんです。これまでの使徒のイメージと渚カヲルのイメージがあまりにも一致しない理由がわかんなかった。こいつは私の中では肉体言語しかもたない神様のはずなんです。結局私がヒネリ出した解答は、「これはカヲルが本能によって獲得した能力である」というものです。要は完全な擬態ですね。

綾波レイことリリスは、碇シンジとのふれあいを通じて、碇シンジを求めるようになっていった。でも、多分渚カヲルは違うんですよ。「うわ・・なに?シンジ君って・え?・超絶タイプなんだけど・・いや、これもうヤバ・・」って感じで写真見た瞬間シンジに一目惚れっていうかメロメロだったはず。つまり渚カヲルはDNAレベルで碇シンジが好きなんです。理由もないし理屈でもない。もうネルフに派遣されるまで、どうしたら碇シンジに好かれるかをひたすら考え、徹底的に自分自身を変革した。そうです。碇シンジに好かれるように擬態した生命体。物語の必要性から仕組まれた運命の子。それが私の考える渚カヲルの正体です。

IMGP5110+1(フィギュアで最も大事な顔の製作。まずは目の下絵描き。0.3㎜のシャーペンで、納得いくまで下描きです。)
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(顔のペン入れというか塗装。顔は人形の命ですので、ここで失敗したら躊躇なくディラックの海と呼ばれてるシンナー池で転生して頂きます。)

渚カヲルの部屋の壁面は、ゼーレが隠し撮りした碇シンジの写真で埋め尽くされ、壁の余白には赤いクレヨンで、「シンジくん♥」って隙間なく書かれているのではないでしょうか?ホント、コイツほどガチで筋金入りの「碇シンジラバー」はいないですよ。

実際、渚カヲルは出てくるなり、いきなり碇シンジにモーションをかけまくり、彼のセラピーをはじめます。もうシンジ君の方しか見てません。非常に理知的なはずなのに、シンジ君への接し方がおかしい。不自然なくらいアタックしていくわけですよ。

渚カヲルは、24話で弐号機を従えて、自らの肉体と一体になるためにセントラルドグマに入っていきます。しかし、そこにはリリスの肉体しかなく、彼はアダムと一体になることはできなかった。となると、もう使徒としては敵陣のど真ん中で処される未来しかありません。まぁゼーレに体よく裏切られたわけですね。そこでカヲルはリリスの使徒である人類を肯定し、自らの死を受け入れた・・・ように見えます。

しかし、コイツはそんな奴じゃない。彼がアダムの肉体と一体化しようとした目的はシンジを新生へといざなおうとするリリスを消滅させるためじゃなかったかと私は考えてます。アダムの肉体と一体化しても、シンジを生き残らせるため、最後は自害しかねない。こいつはラストシーンで初号機に首を飛ばされますが、その時ですら、碇シンジのために我が身を捧げるという喜びで股間を濡らしていた可能性がありますね。渚カヲルは人類のために死んだのではない。碇シンジのために死ぬことを望んだんです。

ナゼかって?それは渚カヲルがエヴァンゲリオンの物語の中で「碇シンジを全肯定する役割を与えられた存在」だからです。自分自身を滅多刺しにして、死の方向に突き進んでいる人間の救済って「あるがままを全肯定する」しかないんです。だからどんなに物語上不自然でも、渚カヲルはああでなくちゃならなかったんですね。こういうキャラ出した時点で「庵野って多分真剣に自殺考えたことあるんだろうな・・」って感じる。

シンジを生き残らせるためなら渚カヲルは何でもする。シンジ君のことは全て受け入れ、肯定する。それが彼に与えられた役割であり、渚カヲルの思考ルーチンの全てなんです。これこそが本当の神の愛、アガペーというやつですよ。

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(なんとか無事仕上がりました。ブラジャーは多少ムラが出ても筆で塗装。マスキングして肌の塗装がハゲでもしたらここまでの苦労が水の泡ですからね。)

綾波レイであるリリスは、碇シンジとのふれあいを通じて「彼と一つになりたい」という願いを持ちました。それはリリスという神が抱いてしまった「神にあるまじき願望」だったともいえます。なぜなら、人類がリリスに還って溶け合い、新生することは、碇シンジという個の人格の死を意味していますから・・。リリスこと綾波は「シンジと人類を原罪の苦しみから解放する」ことが救いになると考えたのかもしれません。しかし、渚カヲルはそうではなかった。彼は自らの死をもって、「碇シンジという人格が生き続ける」ことを肯定したんです。

碇シンジってエヴァの物語の中では、イジケてばかりで、何もできないダメ人間ですよ。彼がエヴァンゲリオンで成し遂げた偉業って、「ベッドで胸をはだけたアスカを見て、病室で白いモノを発射しちゃう」という、「アニメで決してやっちゃいけないことをやった」ということくらいです。

通常はそんなダメ人間の生存を肯定してくれる奴はいない。実際、碇シンジは、エヴァの物語の中で数多くの拒絶に直面します。他人がシンジに接するときは基本的に指示か命令。「~しろ」「~しなさい」という他からの圧力の中に囲まれて碇シンジは生きている。そりゃそうです。人類にとってシンジの存在価値は「エヴァのパイロットとして使徒を殲滅することができる」という点だけなんです。

渚カヲルは「自分にはなんの価値もない」と自己否定し、死へと意識が向かう碇シンジを全肯定し、「なにもできなくても君に生きて欲しい」というメッセージを伝えるために遣わされた。だから一話しか出てこないけど、渚カヲルは強烈なインパクトを視聴者に残すことになったんです。謀略と拒絶に満ちた物語の中で、ただひとりシンジの全てを受け入れ、肯定した唯一の存在が人類ではなく、最大の敵ともいえる第一使徒だったんですから。

補完計画が発動した後のガフの部屋で、綾波レイと渚カヲルが二人並んで碇シンジに「どうしたいの?」と問いかけますが、綾波レイことリリスは「碇シンジの死と新生を肯定する」存在であり、渚カヲルことアダムは「碇シンジの現在の生を肯定する」存在なんです。だから新劇場版も含めて、渚カヲルは常に「碇シンジに生きる希望を与えるにはどうしたらいいか?」しか考えてないし、そのための自己犠牲もいとわないわけですね。

多くの人々は人類に敵対するはずの第一使徒の渚カヲルが、なぜセントラルドグマで自害に近い行動を取るに至ったのか?という点を、それまでの物語の流れの枠内でとらえようとするからわからなくなる。そういうものを置いておいて、渚カヲルを「綾波レイとパラレルになる存在である」と定義すれば自然と答えは見えてくるんではないでしょうか?この物語の中では、渚カヲルはシンジを現在の生に留まらせるために配置されたもう一方の神なんですね。

ただですよ。その役割を担うのが渚カヲルという「あざとすぎるキャラ」でなければならなかったか?というとそういうワケでもないと思うんですよ。同じ役割を果たせれば、ここまでクサイ奴じゃなくても良かったと思うんですよね。それをあえて究極の美少年に設定し、「同人誌のオカズにしてね♡」と言わんばかりの絵ヅラにしたのは、完全にガイナックスの策略ですよ。腐女子を釣るための見え透いた餌です。

しかし、このミエミエの釣り餌に腐女子達は「いやぁぁぁぁぁぁあああん♡滾るわぁああぁぁああ!!」って叫びながら大喜びで食いついちゃったんですね。もうサビキで飢えたアジ釣ってるみたいにメチャメチャ釣れたわけですよ。

だって、王子様系万能美少年キャラが、恥ずかしがり屋の内気な少年に無償の愛でご奉仕なんて、腐女子の大好物以外のなにものでもない。釣り針が見えていても喰うしかないんです。もうね。水面が泡立つくらいの入れ食いになっちゃいましたね。

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(片桐造形はとにかくお口周りの造形表現が素晴らしい。相変わらずエロいです。)

ちなみに多くのボーイズラブ系ホモ同人誌がカヲル攻めのシンジ受けだと思いますが、碇シンジを全肯定するという渚カヲルの存在意義からすれば、「カヲル受け」か「シンジ誘い受け」が正しい解釈だろうと思うし、物語の設定上、シンジは他の男とカップルになっても、カヲルはシンジ以外とのカップリングはあり得ないんですよ。

カヲルはシンジを常に助け、シンジの幸せを願い、生へと導くけど、シンジが望まない限り決して手は出しません。カヲルはシンジを優しく見守るだけの存在ですからね。腐の女性陣が満足するような関係が成立するとしたらシンジの方から求めるしかない。シンジからアプローチすればカヲルは間違いなく「尻尾を狂ったように振って喜びまくる」でしょうけれども・・。

「一体俺はバイクのブログで何書いてるんだ?」って自分でも思いますけど、これが私の渚カヲルに関する私の解釈です。まぁある意味渚カヲルは肉体すら超越した無償の愛を持つ究極のシンジラバーであり、原初の神であるが故にその愛は永遠なんです。

まさに彼こそ

「腐女子の妄想神」

の究極の姿といえるのかもしれないですね。

カオル
(あまりにもあざといアングル。まさに腐女神の降臨です。)

ちなみに、明日エヴァの映画の封切りですが、前作のラストと「まごころを君に」はシンジ君が死を否定するところで終わっていたので、新劇場版のラストはシンジ君が生を肯定するところまでいくと流れが繋がりますね。コロナ禍の昨今、死を肯定するような映画は封切りしにくいでしょうから、この方向で作られてるんじゃないかと想像してますが、この流れで作ると綾波は凄く扱いづらい存在になる。さて新作はどうなることやら。楽しみですね。

今回でエヴァの前作の総括は終了です。次回はガレージキットの感想と総括を書こうかなと。いずれにせよ、まったく製作記になっていない綾波RQ製作記の最終回になります。