先日トライアンフジャパンからストリートトリプルのブレーキパッドリコールの通知が届いたことについてご報告しました。

リコールの通知には「ここに持ち込んでください~」と正規代理店がずらりと並んで記載されていましたが、購入したレッドバロンでフツーにリコール対応が受けられるとのことで、先日バイクを預けてまいりました。いやもうホント、トラに関しては、正規店のない地方じゃ近場のレッドバロンで買えば十分かも?

丁度いい機会なんで、今回はバイクのリコールについてつれづれとしたためてみようかなーと思います。リコール制度ってわかってるようでイマイチわかってないっていう人が多いと思いますが、お役所文書そのまんまで書きますと、

「製品の欠陥や不具合で、消費者に対する安全上の問題が生じるおそれがある場合、企業側で製品を無償で回収・修理する制度」

ってことになります。

そもそも売買の売主側には、「契約内容にそったしっかりしたものを売らなくてはならない」という契約上の義務があります。バイクでいえば、金もらう以上、購入者側が安心安全に乗れるものを提供するのがメーカー側の当然の責務なわけです。しかし、現在の機械製品は非常に複雑だから、「こりゃヤベぇ」ってのが納車した後にわかることがある。

このような不具合について、企業側としてどういうスタンスを取るか?ですが、大して問題が出てないんであれば、できればうやむやにして北北西に逃げ去りたいっていうのが正直なところでしょう。

危険に繋がるようなトラブルがあれば、しっかり商品を回収して、問題箇所を修理交換するってのが企業倫理(コンプライアンス)として正しいわけですが、これ膨大なコストがかかるんです。

販売した商品の数にもよりますが、リコール告知の新聞掲載とか郵便とか、商品回収費用、補修費用、問題部品の破棄費用など諸々でしめて2億円くらいがドカンとブッ飛ぶ。規模によっては経営陣が株主総会で火ダルマになるおそれもあります。だから、「トップのメンツを保つために不具合を隠しちゃう」なんてことが営利企業で起こりやすいんですね。

でも、これがまかり通っちゃうと非常にまずいわけですよ。不具合にしっかり対処した企業より、不具合を放置し、隠してる企業の方が利益が上がるなんてことになったら、悪貨が良貨を駆逐する結果になってこの世は質の悪い商品であふれちゃいかねないですから。

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(ブレーキパッドのリコールより、フロントタイヤのサイドに早くもスリップサインが出てしまってるのがキツイ。まだ2800kmっすよ!この際リコールで新品にならないか?無理か・・)

残念ながら、一昔前はこの手の不具合隠しが横行してました。なぜかっていうと、ばっくれてればそれで良かったからです。

被害を受けた消費者側が欠陥商品を販売した企業を訴えても、勝利することが非常に困難だったんですね。

企業側は莫大な資金でリーガル・ハイの古美門研介のような拝金主義の超有能弁護士を雇い、万全の体制で臨む一方で、ユーザー側は徒手空拳で弁護士費用も自分持ち。証拠の決め手になる製品の技術情報も全部メーカー側が握ってるわけだから、これはヘビー級とライトフライ級の戦いより酷いハンデ戦ですよ。

証拠なんてロクに出せないから、被害に遭ったユーザーかき集めて集団訴訟にして、傍聴席を埋め尽くし、「こんだけのユーザーが同じトラブルにあって泣いてるんだ!オマエどう責任取るんだ!さぁさぁさぁ!ゴラァ!!」と数でデモやるみたいな戦術してたわけですよ。つまり、私みたいなボッチの主張は、ほぼ泣き寝入りに近い状態だったわけです。

そんなユーザー側絶対不利の状況じゃ、いつまでたっても安全安心な社会にならない。そこで、これを打破するため、平成7年にできたのが製造物責任法(PL法)というわけです。この法律の中身は、製造物の欠陥でユーザーに損害が出た場合、それが安全だったっていう証明を企業側にまるっとおっかぶせちゃいましょうという、まことに強烈なものでありました。

企業はこの目が点モノの方針転換に、そりゃーもう陰に日向に必死で抵抗したわけですが

「あぁん?何ビビってんの?ちゃんとしたモノ売ってれば何の問題もないでしょ~?これって顧客のためになるのよ?なに抵抗してんのよ??」

って政府の官僚に半沢の黒崎みたいな正論吐かれると何も言えなくなっちゃう。

これまでの法律は、法の理念に従って原則中立だったんですが、このPL法では消費者側にとんでもない高下駄を履かせたんです。下駄が高すぎて、もう消費者が企業を見下ろしちゃってる状態になっちゃったんですよ。法律っていわば国家権力そのものですから、国がユーザーの味方についちゃうってことで、企業側は心底震え上がったわけなんですね。

このPL法以降、ユーザーは「普通に使ってたのに壊れて損害を被った」ってことだけ裁判で主張すれば良くなった。企業側はその欠陥について過失がないことを、自分たちの持ってる社内資料で立証できない限り負けになる。過失がないっていっても、法律の中身を見ると、言い訳を全部封じられてる。企業が助かるパターンは部品に欠陥がなかったときのみ。ちなみに欠陥を知りつつリコールを怠ってれば、それ自体が過失なので勝ち目などハナからありません。

今回のストリートトリプルのブレーキの例でいうと、ユーザーは「ブレーキ効かなくてコケたんだけどぉ!金払え!」って主張して、トライアンフを訴えるだけで良いんです。被告になったトライアンフ側は「いやいやブレーキに問題ないから!」又は「ブレーキには問題あるけど過失はないっ!」ってことを大汗掻きながら主張立証しなければならないんですが、問題なければ起きないはずの事故が起きちゃってるわけですから、その時点で既に崖っぷち。しかも、裁判で負けがつくと、同種の訴訟が全世界でドカドカ提起されて、会社が莫大な損害賠償であっさり倒産ということになりかねない。

そこで、企業側がリスクヘッジのためにまず考えるのは不具合を出さないための徹底した製品管理と検品体制。次に考えるのはもしもの時の保険です。

しかし、保険会社だって、こんな大ヤケドが確実の恐ろしいものに手を出したくない。脇の甘い企業のケツ持ちなんて保険会社もまっぴらごめんってのが本心です。よって、十分な保険料とかなりきっつい上限金額を設定してくるわけです。一企業のために無制限補償して道連れになるいわれもないですし、企業側のモラルハザードを助長するのでやる気もない。

この上限金額があるがために、企業側は不具合を認識したら即座にリコールで製品を回収し、発生する被害を最小限にする努力をしないといけない状態になっちゃってるんですね。

放置すると、トラブルが発生したときに保険の上限金額に収まらず、自腹切りで潰れちゃいかねないですから。このため、企業側は自社存続のためにも、否応なく問題の早期発見と連絡体制、迅速かつ公正なリコール判断を行う体制を構築する必要に迫られてるわけです。

しかし、この凶悪なPL法をもってしても、消費者の安全安心にはまだまだ役不足です。なぜなら、金銭的解決は企業に金がなくなると途端に機能しなくなるからですね。不具合発見したときに、会社が赤字でつぶれることがわかりきってたら、普通リコールなんてしませんよ。潰れたくないからリコールしてるんで、潰れることが確定してる会社がリコールなんざするわけない。

え?訴訟が怖くないのかって??

法律学やってるだけの学生さんは、裁判に勝てばそれでいいのかもしれませんけど、実務の世界では金が回収できてナンボなんですよ。裁判所の判決の利用価値は差し押さえのためにあるんですから、差し押さえる財産のない無一文の企業相手の勝訴判決なんてケツ拭く紙にもならない。だから資金が枯渇し、潰れる覚悟を決めた企業側にとっては判決なんて痛くも痒くもないんです。

こういう企業には、金銭賠償以外のペナルティーでリコールを実施させるほかありません。そう刑事罰です。「丸裸になったから~リコールできないもんね~」といって開き直るんなら、もうこの際「裸に囚人服を着せちゃいましょう」ってことですね。

「オマエらちゃんとリコールしないとブタ箱にぶち込むぞ」ってのが道路運送車両法第63条の3及び第106条の4。凶悪です。(車だけが適用になるのではなく、公道を走るバイクにも適用されます。)それまでのリコールは行政通達でしたが、PL法とほぼ同時に法律に格上げされて、罰則がつきました。現在では刑事罰として最高で1年以下の懲役刑が定められてるんですよ。要は民事、刑事の両面から製造業をギリギリと締め上げてるわけですね。

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(現在走行2800kmのスーパーコルサ。おいマジか?センター部はまだスリップサインは出てませんが、サイド部分はもうダメ。スリップサイン繋がっちゃってる。ちょっとシゴくとゴリゴリ削れちゃうんで、コンパウンド相当柔らかいんでしょうね、そりゃグリップするわけだ。)

しかし、そこまでしても結局、不祥事は起きる。なぜなら、企業を運営するのは人であり、人は弱い生き物だからです。将来倒産し、ブタ箱に入ることになるのだとしても、現状を守るために不具合をモミ消し、目をつぶっちゃう人達が後を絶たない。日本人は単独ならまともなんですが、組織になるとおかしくなっちゃう。

日本の学校はより良い労働者を養成するため「集団行動を乱さず、与えられた課題を高レベルでこなす」という教育を徹底したきたんで、「正義より指令に従順」な体質になっちゃってるんですね。だから、トップの不正隠しを前にして沈黙する人々が多いんです。しかしそれは、不正の共犯者にほかならない

通常の判断なら、「人の命に関わるような製品トラブルを隠す」というのはあり得ません。それは遠回しな殺人ですから。しかし、それがおきてしまうというのは、隠すことよって得られる目先の利益にとらわれ、人命を奪うおそれがあるという事実から目をそらしているからです。

でもね、大金を払ってくれた顧客の安全を危険にさらすというのは、最も罪深いことだと思う。だって、企業は自社の製品を買い、支持してくれた顧客が払った代金を糧にして日々成長してる。その顧客を裏切るリコール隠しは、いわば「親殺し」の大罪に等しいんです。

バイクメーカーとライダーはバイクという素敵な乗り物を将来に残すため、互いに共同戦線を張ってる仲間です。メーカーはこんな危険な乗り物を支援してくれている全世界のライダーに対して、少なくとも「命を乗せて走れる」ものを提供しなくてはなりませんし、バイク乗りはバイク業界を守るためにも「事故っちゃいけない、死んじゃいけない」わけなんです。

だから、私はリコール全然OKです。そりゃめんどくさいし、ないほうがいいけど、完璧なんてこの世に存在しないんだからしょうがない。リコール制度は我々を守るための企業の良心でもあるわけで、リコール自体に目くじら立ててもしょうがないと思うんですよね。あんまり頻繁だと、「オマエらいい加減にしろ!!」ってなりますけどね(笑)。

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(結構旧いポスターですが、この手のポスターはブログビジュアルに丁度いい。昔ヤフオクで買いあさって、バイク小屋に貼ってあります。私は定期的に違反キップでお布施してるんで、石川県の交通安全協会にはビタ一文金を払ってないですが、こういうポスター作って配布してくれるんなら払ってもいい。)

ちなみに、今回のトライアンフのリコールの原因は、トライアンフ側の問題ではなく、ブレーキを提供してるブレンボ側の製品管理の問題じゃないかと思ってます。なぜならアプリリアが5月25日、トライアンフが8月12日、ドカティが8月31日に同様のリコールを届出ているから。

ブレンボは最近純正採用が増えてきて、ホームページでも嬉しげにそれを宣伝していますが、こういうリコールが続くと「生産ロットの増加に対して検品管理が追いついていないんじゃないの?」とツッコまれてもしょうがない。

PL法ができてから、命に関わる部品は「ただ性能が良ければいい」「売れたんなら量産すればいい」っていう簡単なものではなくなりました。ブレンボの納品した不良品で、下手すりゃトライアンフの代表取締役の首が飛ぶわけですよ。もう見て見ぬふりなど許されない。結果、不良が一つでも出れば、いやおうなく過去にさかのぼって全てを回収する羽目になるんです。

細々と商売しているうちは、製品の質を保つのは比較的簡単です。でも、規模が大きくなり生産ロットが上がるほど、製品のクォリティ管理は難しくなる。高性能なパーツになるほど微妙でデリケートですから、完成パーツの均質化はさらに難しい。

製品の性能だけではなく、品質管理技術、不良ロットの検品作業などを含めた「製造過程での総合力」を問われている状況で、製造業の経営もバイク乗りと同じく、リスクコントロールと無縁ではいられないんです。

安全はバイクメーカーにとっても、ライダーにとってもタダではない。リコールの通知を見ながら、あらためてその点を実感した次第であります。