模型紹介の間になぜか不定期に挟まるバイクのブログ。今回は国産バイクを乗り継いできた私が「ハーレーのここがいいんではないか??」と感じているところをつらつらと書いていきたいと思います。相変わらず性能評価型のブログではなく、印象派のブログですので皆様の参考になるかはわかりません。
私が27年のバイク歴(うち大型24年)で一番長くお付き合いしているのが実はハーレーのダイナ。所有8年目に入るわけですから、ほぼ大型バイク歴の1/3の期間はダイナを手元に置いてきたことになります。しかも同一車種を長々と。(1台目のダイナは車に後ろからカマを掘られて廃車。私は一回転して宙を舞ったそうです。すぐ同じ車種を買い直してパーツを移植し、今2台目です。)
(紅葉になりつつある山道。晩秋の風景です。)
過去このブログで、ハーレーのことを「エンジンが耕うん機」「メッチャ重い」「シャーシがヘロヘロ」などと結構ヒドいこと書いてきましたが、私「ハーレーのダイナが大好き」です。F6Bを増車してからもそれは全く変わらない。ほかのバイクではネガにしかならない部分が、ハーレーに乗ると「それがすべて理にかなってる」と思える。
ハーレーの設計思想というか特徴は「頑丈で強度のある重いパーツを十分な余力の爆発力でゆっくりと回す。」という実にわかりやすいものです。そして、それはとりもなおさず過酷な環境での長期間の高耐久性と信頼性、メンテナンス性を保証するもの。
要は頑丈でタフで整備しやすい設計なんです。この設計思想を貫いた結果、冷却機構をもたないシンプルな構造の「空冷エンジン」、整備の容易な「OHV」、ピストンスピードの低い領域で十分なパワーを得られる「大排気量Vツイン」となってるわけです。非常に論理的で筋が通っている。乗ってみてもパーツ強度が十分出ていて、稼働トルクに余裕がありますし(日本仕様は排ガス規制で薄すぎますが。)、シャーシもおおらかで、「骨太で信頼感の塊」みたいな乗り味です。
(シンプルな構造へのこだわりといえば、かの本田宗一郎は最後まで「水冷を拒んだ」と言われていますが、それはおそらく水冷エンジンが「複雑で重い」ことと、「水冷エンジンだって結局は空気が冷やすんだろ??」という源流思想によるものだったといわれています。結局性能面で水冷エンジンが採用されるんですが、私はこういう考え方は嫌いじゃないです。)
(ここは紅葉真っ盛り。)
ハーレーはその単純構造と十分な稼働余力で多少部品精度が落ちて、フリクションがあっても「そんなの関係ねー!!」とばかりにズッコンズッコン回っていく。ギアもデリケートさや精度感はないですが、巨漢がかかとでシーソーペダルを強引に叩き込んでもビクともしないような強度がある。どこの馬の骨ともわからない社外パーツを組み込んでも、チョッパーでフレームぶった切っても、多少粗悪な燃料をぶち込んでも、アクセルワークやクラッチミートが荒い初心者が乗っても設計の余裕でなんなく走っちゃう。
とにかくおおらかで、性能というもので勝負してないから、現行車が出てきても旧車が魅力を失わないわけですね。魅力を失わないどころか、「ありあまる爆発力で強引に回していく」という味は製造品質が安定しない古いパーツでこそ出てくるのかもしれない。(でも、私は「故障を許容できないタイプ」なのと諸般の経験から、あまり古いバイクは選びません。)
いや耐久性や信頼感と言ったところで、「どうせバイクなんてコケて廃車になるじゃん。意味ないじゃん。」とハーレーに乗る前は考えていました。実際私がバイクを乗り換えてきた事情の半分が転倒によるダメージによるもので、バイクに寿命を全うさせたことなどまずない。(下手クソなのと、鳥みたいに「キエェエエエェエエ」「カァアアァアアァアア」ってすぐキレて安全マージン削りまくる性格が問題。通算事故9回の事故魔です。骨折2回を挟みながら、通算「9転び10起き」ですから、自分でも馬鹿だと思います。)だから昔の私はバイクはいつかは転倒して廃車になるものと考えていました。
(写真がなくなったので、模型のバイクを。スズキの名作カタナです。バイクとして見ると言いたいことはいろいろあるんですが、とにかくこのデザインは神ってる。)
しかしこんな私でもハーレーはコケないんです。峠走ると一言「重い」。車重そのものもそうだし、「車重を素で感じる乗り味」により必要以上に重く感じる。今の時代にフロント19インチ、リア17インチというのもおおらかすぎ。コケるような領域に乗り手を誘うこともないし、リアの接地性悪くて限界超低い。危ない性格の自分でも「無理しちゃダメだ、無理しちゃダメだ、無理しちゃダメだ。」と心から思えます。そして恐ろしいことに、この低性能が安全性の面からも高耐久を実現する美点でこそあれ「決してネガではない。」という驚きのプラス評価になってしまう。我ながらこんな評価アリエネー。我が神経を疑うけど、ハーレーに限ってはそう感じる。
製品としての性能評価にさらされて、カタログ商品力というしがらみに絡め取られた国産車を乗り継いでいると、こういうスペックを無視した割り切りに一種の衝撃を受けます。ハーレーは国産車が重視してきたカタログスペックを見る限り、目も当てられないバイクです。でも、バイクの真の気持ちよさや性能はカタログスペックでは計れません。高性能だろうが低性能だろうが、結局、作り手のバイクに対する見識に左右されるところが大きいんだろうと思います。
所詮バイクは趣味のもの。乗り手が気持ちよければそれでいい。高性能、高機能が気持ちよさにつながるのなら高性能に、低性能が気持ちよさにつながるのなら低性能に、というのが理の帰結。でも、人はふつーバイクに高性能を求める。いろんなものを求める。私もF6Bで満願全席を求めたわけですし・・。しかし、求めすぎるとバイクはバイクでいられなくなっていくので、その対局にある何もないシンプルさ、潔い設計思想も価値観として大事にしたいのです。
(背景に私の小汚いバイク小屋の一部が写っちゃってます・・・)
ハーレーはたしかに古くさい。でも古き良き機械製品の多くが持っていた堅牢さとシンプルさというとても素敵な価値観を継承している。ほとんどのバイクは過去から現在まで生産性と性能を追い求めた続けた結果、そういう概念を捨てざるを得なかった。あまたのバイクが商品として進化し続け、歩み続けることをその魅力としたのに対し、ハーレーは時代の流れに少しずつ対応しながらも、古き良き価値観と共に頑なに立ち止まり続けた。それが結果的に他のバイクとの大きな差別化になり、揺るぎない魅力となっていったと思うのです。
私がハーレーに感じる魅力は「単純で素朴な良さ」です。足下が熱くたって、ドンガメだって、それはハーレーの良さの「裏返し」です。だからミルウォーキーエイトの油冷、ウルトラの部分水冷はいまいち好きじゃないのです。同様の理由でツインカムよりシングルカムの方が好きです。(←ダメといっているわけではありません、あくまで「好みではない」というところをお酌み取りください。そもそも私自身ツインカム乗ってますし、27年もバイク乗ってると「好みだから」というだけで結婚できない面倒くさい人になってきます。)
個人的にはハーレーにはあんまり複雑化しないで「シンプルな価値観」を守っていって欲しいなぁ・・と思っていますが、ハーレーダビッドソンの規模と現在の道路事情、世の中の変化などを総合的に考えるとそれはいささか難しそうですね。
コメント