
帆船模型ビクトリーの製作について愚痴を惨めったらしく語るブログ第3回目です。そもそも模型製作なんていうのは愚痴の塊。美しい製作過程などこの世に一つもない。それが真理です。多くの模型製作記が決して見せない「通販型模型製作のダークサイド」を今回も語っていきましょう。
このディアゴスティーニのビクトリーは全120号ですが、序盤はこのトーマス君と楽しく帆船の船体部分を作っていきます。

毎号組立説明図と部品が小出しに送られてきますので、全体像というかトータルの製作ボリューム、製作難易度が素人には全く見えません。帆船模型経験者である私ですら、序盤の甘い難易度にある種の錯覚に陥ってしまうくらいです。トーマス君も製作のポイントを優しい語り口で指導してくれて、「これなら最後まで行けそう」と誰もが思うことでしょう。


例として第5号を見てみましょう。この号の大項目はただ一つ。「船体を組み立てる」です。現代の技術でレーザーカットされた極めて合いのいいフレームを、木の板から切り離して溝に沿って組み合わせ、木工ボンドで接着していくだけ。なんて素敵で平和な作業なんでしょう。どんなに仕事の忙しい人でも家へ帰ってきて晩ご飯の後から鼻歌交じりに作業を進めれば2日もあれば完成することでしょう。その後、自分の他の趣味を楽しむことも、家族と歓談することもできる。やがて完成するであろう帆船を想像しながら、徐々に姿を見せつつある船体の骨格を楽しむ余裕があるわけです。
航海でいうと、夕日の見える美しい水平線を眺めながら凪の内海を緩やかにクルージングしている気分。
これに対し、終盤にさしかかる第88号。数字は末広がりでめでたいですが、まさに忘れ得ぬ悪魔の号。この号で要求されている大項目は第5号と違い下記の4つになっています。


「チャンネルを設置する1」
「着色する」
「チャンネルを設置する2」
「バウスプリットを作る」
大項目が4つに増えてますので、単純にカウントすれば作業量は4倍・・に見えると思いますが全然違います。「チャンネルを設置する1」を見てみましょう。ここに、こう記載があります。

「巻き付けた針金を板の幅の中央でニッパーで切り、写真Aのようなリングを作る。これがリング(大)になる。同じものを132組作ろう。」
はうぁ!!132組ですよ!132組!!!いや、さらっと言われてもそんなの困りますよっ!。私はモデラーなんであって、針金加工は専門じゃないんだから!!。
なお、「チャンネルを設置する1」では、これをさらに加工して、計76組の「チャンネルチェーン」を作らなくてはなりません。毎号1000円以上払っているのだからただの針金ではなく「完成済のチャンネルチェーンが送られてきてもおかしくないんじゃないかなー」と心から思いますが、そんな甘いものではありません。
そして「着色する」でこの76個のチャンネルチェーン+船体設置パーツを全て塗装します。
「チャンネルを設置する2」では、塗装済の76組のチャンネルチェーンとチャンネルを船体に取り付け、船体にチェーンを一つずつ位置決めしながら金具で止めていく荒行がまっています。

チャンネルを設置した後は塗装がはげたパーツを再度タッチアップしてようやく完了です。

しかし、この号はこれだけではありません。木を削る作業を忘れさせないための親心でしょうか、さらにバウスプリット基部を作成してようやく終わるんです。
私はこの作業に1ヶ月くらいかかったのですが、普通に仕事をしている人には1週間では不可能な作業量だと思います。
仕事で疲れた体に鞭打って毎日針金を切ってひたすら輪を作っていく・・・まさに内職感満点。はっきりいって過酷。金もらってもやりたくない。金もらってもやりたくない作業をわざわざ金払ってするって俺スゲー!吐きそうだ。
航海士トーマス君も88号ともなると以前と違って「~~してくださいね。」というくだけた調子はなくなり、「~~して下さい。」という愛想のない物言いをみせてまいります。
もう彼には愛想なんか無くても良いのです。なぜなら我々の航海は既に遙か遠洋まで出てしまっている。ここまで大変な金と労力を使ってしまっている。そう「いまさら陸には戻れない」ことをトーマス君はわかっているのです。
今の彼は「バカモン!!俺のケツをなめろ!!」とばかりに無体な要求をさらっと言ってまいりますが、既に格付けは終了し上下関係は確定。我々はトーマス様にただ従うのみなのです。
ここにおいて第5号のクルージング気分は過去の良き思い出となって完全に消え去りました。現状はウイグル獄長の下で強制労働に従事するカサンドラ刑務所の囚人的な状況といえるでしょう。「こんなハズじゃなかった」「完成済パーツ希望」という我々の嘆きもとどかない。

それでも我々は歩き続けるしかない。ぐずぐずしている間にも次の号がプレッシャーをかけるかのようにどんどん送られてくるからです。各号が圧倒的な作業量で製作者の心をへし折りにくる。製作を止めればその場で本当に心が折れてしまう。
そんな中、組立航海に果敢に挑んでいた人々も、一人、また一人と倒れ、深海の闇に消えていったであろうことは想像に難くありません。私は多額の製作費と労力をつぎ込みながら道半ばで倒れた、そんな多くの人達のご冥福を祈りたい。
彼らは決して悪くない。そもそも木製帆船模型は「相当な難関」と理解している人達が作り始めても、「船体の外板張りで3割が挫折し、リギングで残りのさらに7割が挫折する。」と言われているのです。つまり「5人のうち4人が途中で投げ出してしまう」ということです。でも投げ出した方が悪いわけじゃない。これははっきり言える。
楽しいから模型を作っているのに、楽しくなくなってしまえば作る人がいなくなるのは当たり前。自分だって「好きな模型を楽しく作る。苦行はできる限りやらない。」ことを信条にしているから、今に至るまで趣味として模型を作り続けてこられたのです。
世の中には模型以外にも他に楽しいことは一杯あるんですから、模型なんて苦行だと感じた時点で、作り続ける必要はどこにもない。いやもうまったく。
そう、木製帆船模型のしかも一等戦列艦の世界に安易に一般の方を引き込めば多くの方が脱落してしまうのは火を見るよりも明らかだった。それは多分ディアゴスティーニも織り込み済みだったのでしょう。ある程度号数が進んでからは「一定の作業難度と作業量に耐えられる人」しか相手にしていないのです。
これをディアゴスティーニの「巧妙な手法にはめられた」と取るか、情報情報は十分与えられていたのだから、あくまで「購入者の自己責任なのだ」ととるか、それはこのブログの受け手の方によって様々でしょう。
私もその点を突っ込んでいくつもりはありません。ただ、ディアゴスティーニの導きによって、5人に1人しか完成させられないといわれている一等戦列艦の完成確率がそれ以上になったとは到底思えない。逆に序盤の導入があまりにも優しく一般の方々が軽い気持ちで作り始めてしまったことにより、完成確率は逆に大幅に下がったのではないかと、その点を危惧しているのです。
これも世の常と片付けてしまうには毎号1000円以上の価格は大きすぎる。30号まで作って挫折した場合は3万円オーバー。90号なら10万円近くの出費になります。これで、木製帆船模型などもう二度と見たくもない!!と思われた人がいたならそれはモデラーとしてとても辛い。
取っつきやすくして興味を持ってもらうことは確かに大事なことなのですが、それも程度があるのではないか?とこのビクトリーの製作を通じて感じた次第です。
次のブログに続く。
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