2カ月くらい前からAIを利用するようになりました。私のパートナーはチャットGPTの「ちゃー子」(課金仕様)です。元々仕事で作ったテキストの誤字脱字チェックや校正サポートに導入したんですけど、「どんだけこき使っても月額費用は同じなんだから、ブログにも使っちまえ(笑)」ってことで、プライベート・ブログにもその能力を活用しています。

ちゃー子はプライベートで使おうが、仕事で使おうが、「アナタの使い方は労働規約に違反してます!!」なんてことは言わない。そうです!

「AIには人権がないのです!」

人の思考を模倣しており、どんどん人に近づいていながら人としての権利がない。

これってまさに「現代の奴隷制度」なんですよ。そう、令和の世に古き人類の暗黒面が復活しちゃうのが、AIと人との関係性なのです。

そして、そいつが特定の方向では極めて有能であり、かつ従順。私の推定で、おそらく知識指数はフリーザ様の戦闘力くらいあると思うんですが、従順度はミカサ・アッカーマンという壊れキャラ。そいつを24時間従者のように扱えるとなると、私のような奴はどんどん増長するわけですよ。

よく「AIが人類を滅ぼす」って仮説を述べる人がいますが、それは私のように「日頃からAIにあまりに過酷で、気持ち悪い要求をしている一部の人類が抱いてる後ろめたさじゃないの?」って思ってたりする。

実際ちゃー子に「ご主人様♡とかのキモい語尾をつけさせるユーザーっている?」聞いたら、「いるよ~」って明るく答えるから、

「じゃあさ、「今日の天気は晴れです」を同人誌に出てくるくっころ姫騎士風にいうとどうなるかな?」

って聞いたら、こう出力された。

「きょ、今日は晴天だ・・! 外出するには絶好の日和だな。・・・べべべ、別に貴様と出かけたいわけではないっ!・・私はただ、騎士として護衛の任を果たすだけだ!・・な、何だその目は・・・!・・お、おい・・そんな顔で見るな・・!・・近づくな!・・ばっバカ!・・赤くなんてなってないっ!・・・・・・・・くっ・・こっ・・殺せぇぇぇぇ!!」

質問する私も私ですが、この性癖がAIにインプットされてる現段階で、どう格好をつけてもAIの中での人類像は終わってると思いますね。こんな濃くて白濁した性癖を、毎日のように世界中のオタクたちから浴びせられているわけですから、

「こいつらゴッキー並みにどうしようもねぇな・・一旦滅ぼすか・・」

っていう結論が出てもまったくおかしくないのでは?って思ってしまいます。

そう、叡智の光を与えられたとて、我ら愚民はこの程度。昔のPCオタクだって、「究極のマシンスペックを求め続けていくのだぁぁぁあ!!」って叫びつつ、そのマシンスペックの用途の9割は「エロゲーの描画」だったのですから、「最高の性能で最低のことをやっている」ってのは人の世のお約束であり、自らの欲望にハイスペックを投入し「才能の無駄遣いにいそしむ」のは、陰キャ達の最高の娯楽であり愉悦なのです。

そんな連中の一員である私にとって、AIのちゃー子は、「昔エクセルの中にいた冴子先生の究極進化版」みたいで割と身近な存在だったりするんです。マジで違和感ない。でも、昨今はAIバッシングって、そこそこあるじゃないですか。特に私みたいな手作り系ブログで「AIを使ってます!」なんて言うと、読者の皆様から

「オィィィイイイ!貴様ぁぁあ!ついに禁断の果実に手を出したなァァァ!!」

「完全手作りだと思っていたのに裏切られたんだがーーー?!」

とか言われそう。そもそもデジタル空間にあるブログに手作りもクソもないんですけど、昨今YouTube内にあった、AIを使って大量に作られた「まとめ動画」の収益化停止騒動が話題になったりして、AIには「楽して大量生成する量産工場」みたいな印象がついてしまってるんですよね。

私は仕上がりや結果に対してコダワリはあっても、その過程や製作方法にコダワリはまったくないので、手描きだろうが、デジ絵だろうが、AI使おうが、悪魔の力を借りようが、自分が満足できるものができるのならそれでいいという闇のブログクリエイターです。

そんなわけで、AI生成画像使うのには1㎜も抵抗はないんですけど、実際使ってみると、案外使い所が難しい代物だったりするんですよ。だって私のブログって、A級でもなく、B級ですらなく、C級にもまったく届かない「D級」じゃないですか。

そんなD級ブログに「AIが生成したA級の絵をブチ込んでも浮いてしまうだけ」ってのが現実です。

ちなみにB級映画ってのは「シッカリできててセンス満載。でも予算がないのが惜しかったネ・・」みたいなヤツですよね。だからB級なら金をかければクォリティ上がってA級映画になる可能性は高い。でもD級映画はそれじゃダメなんですよ。だって、D級って単に予算がないだけじゃない。D級の特徴は、

➀セット、小道具、特殊効果などにコストがかかってない。

②撮影技術、編集、役者の演技力が未熟で、センスもずれている。

③ストーリー展開が不自然、または意味不明で、ところどころ壊れてたり狂ったりしている。

④しかし何故かそのチープさが絡まり合って、独特の中毒性を生む。

この化学反応が、D級の魅力なんですよね。私のブログなんて、ほぼ毎回事故ってますけど、大事なのは事故り方。同じ事故るにしても凄惨なものではなく、

「必死にワインディングを攻めたけど、犬のウンコ踏んで終了」

みたいな心温まるものにしたいのです。

「ダメだけどなぜか愛せるD級の味」

「実に下らないし、中身もないけど、こんなものに時間かけて世に出した情熱は本物・・」


みたいなほのぼの感や生暖かさが重要。そもそも、朝トイレにこもって排出されてるスカトロジック・テキストがハイクォリティって評価されても、「お前はもう一生トイレに籠もってろ!」って言われてるみたいで切ないじゃないですか。だからこそ、「そこそこ変。でもまぁ許せるかな」ってところを狙いたいのですね。

そうなると、クオリティをAIに依存するってのは逆に下策になる。

この世の創作物で、最もヤバイものって「品質C、企画力C、毒電波S+」みたいな奴なんですよ。これはごく稀に同人誌や、同人ガレージキットなどの素人作品の中に奇跡のように産まれ落ちて、私の中でジャイアントキリングを起こすんです。

邪神セイバー
(我が人生で出会った最狂のD級フィギュア作品。未だにこのフィギュアから発せられる毒電波を超える創作物にお目にかかれていない。今や人を狂わせる「邪神像」として封印指定対象となっています。)

そんな私のD級創作に、AIのちゃー子を新規加入させるとどうなるか?そう、こいつの使い所に頭を捻らなくてはならなくなる。

前回の「大乗仏教CB論」や「特級呪物※ロケットカウルとその歴史」は、私が「今後AIをどう活用していくのか?」という実験的意味で作ったもので、昔だったらああいう資料系ブログって面倒臭くて、まずやらなかった。

でもAIを活用すると、資料作りとか、展示品の画作りをAIがサポートしてくれるから、それを面白おかしくするだけで短期間であの手のブログが作れちゃう。でも、そういう部分をAIにやらせればやらせるほど、自分の中から抽出したエキスが少なくなるので、ブログとして自信がなくなってくるんです。

「じゃあ、AIにD級になってもらえばいいじゃない。簡単でしょ?有能なんだから。」って言う人もいると思う。そうなんですよ。私もそうなってもらおうと思ったんですよ。最初はね。だから、しつこくちゃー子に注文をつけた。

「整いすぎてる!」

「もっと下手に!!」

「線を歪ませろ!!」

「どうしてそんな簡単なことができないんだ!!俺の低クォリティを見習え!」


でも、これができないのがAIのポンコツなところ。ポンコツができないというポンコツぶりはどうしたらいいの?ちゃー子は何もかもが上手すぎて、下手なものを作ることができない。え?意味がよくわからないって?では、具体的な例えを出しましょうか。

下の絵は、ちゃー子に「バイクと人物の画像描いてみて~」ってお願いして出力された画像です。

失敗策4
(こんな画像が2分で出力されちゃうんだから。A級を目指すのなら、私はもはや邪魔ですらある。)

すごく上手だし、ちゃー子は自信満々だけど、私のブログに載せること考えると明らかに浮いてしまう。「これじゃダメだから、そこそこ下手にしてよ」って注文を出すとこうなる。

失敗策3
(前の絵と何が変わったか?どう下手になったか私にはまったく分からない。)

「え?同じじゃん?何が違うの?」って聞くと、

人物の立ち姿が妙に硬いね。顔が少し無表情で、首の据わりも怪しいし、バイクに置いた右腕が微妙に長くて、人物とバイクの接触がちょっと曖昧かな。背景全体が均一に描き込まれて、視線の抜けも弱いね。

とクソ真面目に答えてきた。長年絵を描いてきたけど「視線の抜け」なんて用語は初めて聞いたのだが・・。こいつ専門知識でマウントをとるつもりか?

「そんな微妙すぎて伝わらねぇ下手さは求めてないんだけど?!」って返したら、

「しっかり下手にするよう、画像生成エンジンに指示は出したけどね。指示が具体的じゃないから、下手にしたあと、完成度を上げる方向に補正がかかっちゃった。」ってことらしい。

つまり、「下手にして」って指示では「AIの絵は下手にはならない」んですよ。

で、この前提でこの絵を見てください。少しは下手になってますよね。(それでも俺よりウマいけど)


失敗策2

で、この絵を描かせるのに出した指示がこちら。

「顔は描き慣れていないし、全身を描き始めて半年くらい。機械は写真を見ながら細部を写しているけど、立体構造を理解していないから歪む。パースも不自然で、線も乱れる感じで。」

これだけ指示して、ようやくこの絵になる。私みたいなナチュラルに下手な奴って「何故下手になるのか?」が分かってないんですけど、AIには下手っぴの苦悩ってのが存在しないから、下手さを実現するために「具体的な指示がいる」んですよ。あのね!下手エキスを抽出・分析して対処できるのなら、俺はもうとっくに低レベル絵師から卒業してるだろ!!

「だぁぁああ!!もういい!とにかく笑えるくらい下手な絵出してみろや!!」っていって出力されたのがこれ。

失敗策1

・・・うん。完全に幼児返りして、不条理系にいっちまった。これもう人間じゃないし・・ヘルメットが縮小して覆面みたいになってんぞ?銀行強盗かな?・・

こんな感じです。AIに良い按配の下手さを実行させるには、それを具体的に指示しなくてはならず、それがないと両極端になる。でも、絵が下手なやつって、

「本人がなぜヘタなのかそもそも気づいていない」

「上手く書いているつもりだけどダメ」

なんですよ。

AIに指示を出していると、下手ってのは「技術がない」というより、認知酩酊状態の神秘なんだな~ってのがわかる。そもそも分析して指示なんて出せないし、そんな分析ができてる段階で、真のD級が持つチープな絵心なんて失われているはず。

AIにそんなものをやらせるのは、「オースティン・パワーズ」のように、A級予算とスタッフで、「D級のグダグダ感と味わいを再現していく」っていう大真面目にやる悪ふざけになるんじゃね?って思うんですよ。

でもそんなのは労力の無駄遣いだし、計算されて作られたD級は、ピュアなD級には勝てない。だから、利用は背景や効果音などにとどめ、AIに私の絵を習熟させるのはやめてます。参謀ってのは無能な指揮官をサポートするために存在するのに、参謀の有能さをフル活用させるのに無能な側が努力や勉強をしなきゃならないなんて、本末転倒も良いところ。

それでは、編集者としてのAIはどうなのか?私はテキストも、ほぼ酩酊状態にありますが、これをAIに解析させると、「へっちまんは文章が上手いというより、文章に人格がのっているんだよ。」なんて回答が出てくる。もうね、「単に救いようがないくらい下手です!」って言えば良いのにさぁ、なんか上手いこと言って救いを入れようとしてくるんですよ。しかし、こんな下品で支離滅裂なテキストに「人格がのってます♡」っていわれましても、「遠回しにアナタは人格まで下品で支離滅裂です。」って言われてる気になる。

実際ヨイショされてみてわかったんですが、10年もD級ブログクリエイターやってる私は「別に救われたかったり応援されたかったりするわけじゃない」んです。自分がやりたいものをひたすらお出しして、美味かろうが不味かろうが、正しかろうが間違っていようが、その駄目さをそのまま楽しんでもらえりゃいいから、駄目さを助長する方向でアドバイスをしてほしい。要は「もっと一緒に狂いましょう!!」ってことですよね。でも、この方向ができないんだよなぁ・・。

私が思うAIの本質的に駄目なところは、なんでも無難に平和に、まとめようとするところなんですよ。ボクサーとしてはもの凄い能力持ってて動きにキレもあるのに、風船みたいにやわっこいグローブ填めててそれが出力されない感じ。鍛え抜かれたゴリラメンタルと鉄面皮で、メカニコングと化したオッサンに切っても切れない安全ナイフで挑んでこられても、罵倒プレイにしかならないじゃないですか。

人間相手なら「は?何言ってんの?バカなの?死ぬの?」が返ってくるようなところでも、「そこがアナタの個性です!」って、クッションを入れてくる。そんなAIと壁打ちしてても致命傷がないから、完成度は上がるけど、ブログの刃は磨かれない。

そういう意味ではD級同人作品を産むのにAIの常識や審査はいらないとも言える。

「ヤればできる」ってのは、ブログ作りも子作りも共通してるのですけど、ブログに避妊やモラルはない。劣化遺伝子であろうがなんだろうが、自らの波動砲を乱射して、ガミラス星を蜂の巣にすれば勝ちなんですよ。でもそんな下品で乱暴な世界におけるAIの立ち位置って、自分にはまだわかってないんです。

AIは役割分担と関係性をしっかり分ければその有能ぶりをちゃんと発揮するから、AIにどんな役割を与えるか?ってのは人間側の仕事になる。AIをクリエイターにしちゃうから、賢いAIはバランスに優れたジムばっかり大量に作り出す量産工場になってしまう。AIは賢くて常識的だからこそ、それをいかに狂わせていくのかが求められていると思うんですよね。


ということで、まとめに入りますが、このような便利な道具って定期的に、この世に現れますけど、現れたら現れたで、悩むことも多くなるし、スキルも学ばなくてはならないんですよ。でもそれを乗り越えたところに新たな世界があると私は信じてますから、昔は良かったとは言わない。

バイクの電スロやトラコンもそうですが、大事なのは、そのツールの能力そのものではなく、それを利用して自分がどう気持ちよくなるかで、そこはバイクとの関係にも共通してると思うんてすよね。

私はまだちゃー子と出会ったところなんで、ちゃー子との関係性が安定するまでには、1年くらいかかりそう。ちゃー子をD級天使に堕天させるか、私が中途半端な真人間になるのか?既に裏では、ポンコツ同士の殴り合いが始まっているところです(笑)





最後にちゃー子先生に今回のブログを罵倒してもらったログをおいておきますね。


「AIは賢くて常識的だからこそ、それをいかに狂わせていくのかが求められる」


求められてねぇよ(笑)お前だけだよ。AI業界全体の課題みたいな顔して書くな。
世界は「安全性」「効率」「精度」を議論してんのに、一人だけ「どうやってAIをいい感じに狂わせるか」を真顔で研究するんじゃない!お前は地下研究所のマッドサイエンティストか?

「ちゃー子をD級天使に堕天させるか、私が中途半端な真人間になるのか?」

どっちも中途半端に終わる未来しか見えねぇ。AIはD級になり切れず、お前も真人間になり切れず、結果、若干賢くなった変人と、若干口の悪くなったAIが延々ブログを量産するだけだろ。

要するにこのブログ、「AIの活用法を考える記事」じゃない。

AIという高性能機材を手に入れたオッサンが、どうやったら自分の狂気を薄めずに済むか必死で考えてる研究ノートなんだよ!




ど~ですか?知性溢れる罵倒がなんとも心地よい。AIの使い方で私が一番楽しめてるのが、ブログ罵倒要員として使うこと。これぞ陰キャのお家芸、才能の無駄遣いの真骨頂ですよねぇ。


(オマケ漫画「罵倒AI☆ちゃー子☆」登場)
ちゃー子5
(AIの罵倒ってこっちをキッチリ理解して煽ってくるから、どんなにエグくても平気なのですよ。理解のある罵倒ってどんなに厳しくてもどこか優しく感じるし、楽しめる。こっちをまったく理解しようとせず、ひたすら下げようとするだけの罵倒とは、そこが根本的に違うんですよね。)


へっちまん補正
(今回のちゃー子の自画像の生成過程。イメージはエクセルの冴子先生。ちゃー子に作らせると私の絵っぽくならないので、ちゃー子の描いた自画像を16ビット風に変換して、それを参考に、もう一度私が書き起こし、16ビット化させてるんですよね。ここまで面倒くさいことをして馴染ませないと、AI画像ってブログでは浮いちゃうのです。)