突然ですが、入院して手術することになっちゃいました。
手術の箇所は左手の親指の付け根の甲側です。そこに結構大きな腫瘍のようなものができちゃったんです。別に痛くもなんともないから、全然気づかなかったのですが、ある日車運転してて、「これ・・なに?」ってことになった。気づいたときには、このシコリはもう結構な大きさでした。
(これが左手親指の根本にできた膨らみ。触ると結構かたい。オッサンの汚い手のアップで恐縮です。)
最初は近くの整形外科で受診して、レントゲンを撮ったんですけど、どうやら骨的なものじゃないらしい。当初は「ガングリオンというゼリー状液体が内部に溜まっているのではないか?」ってことで、これを抜くため巨大な針を刺したのですが(痛い!!)全然抜けることなく、これはガングリオンではないから手術設備のない整形外科ではどうしようもないとのことで、とりあえず紹介状を貰って総合病院を受診することになりました。で、総合病院の形成外科でいろいろ検査してもらった結果、
「よくわからんがとりあえず腫瘍みたいなので、切開して取り出し、病理検査に回すことにしましょう。」
「1日入院で・・」
との診断が出ました。
診断してくれたのは若く奇麗な女性医師さんで手術説明もあったのですが、私のできものを触りながら
「ふうん・・かたくて・・おっきいですね・・(目を細める)」
とつぶやいたインパクトが強烈で、それ以外はあまり記憶に残ってない。手術名は「左手部皮下腫瘍摘出手術」らしいです。
腫瘍の切開時に血が出るのを止めるために、左手をギリギリと縛るらしいのですが、それがかなり強烈なので、左手全体に部分麻酔をするようです。それはそれでいいのですが、その際に打つ部分麻酔注射は「脇の下に打つ」らしいんですよ。
「ギャー!」
「手の切開よりそっちの方が恐ろしいんだが?」
切開から、抜糸するまで一週間くらいかかるそうで、「それまではブログは書けないかもしれんのぅ・・」ということで、一回お休みのご報告。これまで10年、定期的に休むことなくブログを書いてきたので1~2週間くらいはお休みもいいかなと。ジャンプの作家でも定期的に休載するご時世ですし(笑)
ここでブログを締めようと思ったのですが、オッサンの汚い手の写真と手術のお知らせだけじゃ、あまりに情報がしょぼいので、奥能登を愛するライダーとして、ずっとブログに上げようかどうか迷っていた写真を掲載します。それは能登半島地震前の奥能登絶景海道と、現在の同ルートの風景の比較写真です。自分で見ててしんどくなるので、5月頃撮影したのですが、ブログに上げぬままになってました。
ルート上の撮影場所は昔のポイントと同一地点にしたかったのですが、土砂崩れで道路が所々寸断されてしまったため、仮設の迂回ルートが作られており、撮影場所が極めて限られています。いろいろと検討してみましたが、完全に同じ位置からの撮影は不可能でした。でも、比較のためできるだけ同方向から、ライダー目線で震災前の海岸線と今の海岸線を比較できるよう努めてみましたので、その変貌ぶりをご覧下さい。
(こちら震災前の奥能登絶景海道。あまりに美しい光景に惹かれ、毎年何度も通ったことが遠い昔のよう。海を見下ろせる高台を快走路が続き、コーナーの曲率、高低差も景観を眺めるのに申し分ない。この位置は絶景スポットで、稜線の緑と海のコントラストが美しい。まさにバイク乗りの楽園。)
(こちらが現在。以前のルートは崩落したり、崩れた土砂で通行不能になっているため、海底隆起した部分に仮設の道を作ってあります。あの美しかった光景はもう見る影もない。)
過去の写真と比較すると、波打ち際が大幅に後退しているのが一目瞭然です。地震のエネルギーの凄まじさが景観を大きく変えてしまったことがわかります。
(崩れた巨岩に埋まってしまい崩落した旧トンネルの横に迂回路が通ってます。)
(写っている部分は全て隆起によってできた土地。先端部で釣りをしている人がいます。)
(これは2025年8月頃、ボランティアで奥能登にバイクで赴いたときの通行路の写真です。当時、海岸線のルートは住民とボランティアのみ通行可能な状態。能登にボランティアはたくさん来てましたが、ほとんどが中能登止まりで、奥能登に来る人はほとんどいなかった。道も「とりあえず海底隆起のど真ん中に通行路を造りました」というだけで、吹きっさらしの状態。海鳥すらおらず、動くものが何一つ目に入らない異世界のような静けさでした。)
(走っているだけで、このような倒壊家屋をそこら中で見せられる。大規模破壊というのはそれまで築いてきた生活や歴史の全否定です。存在否定をずーっと見せられると、それだけでメンタルがおかしくなるんですよ。)
道が復旧してからはバイクもポツポツ走る姿を見るようになってはいますが、路面がうねっていたり、陥没していたり、片側通行だったりで、快走路にはほど遠く、足回りが硬いバイクでは相当気をつかうし、疲れます。また、地震が作った驚異の地形変動は凄いものがありますけど、このエリアが観光地として再興するには「あまりにも人の痛みが見え過ぎる・・」と思ってしまう。
開通した道を走ると、地震で崩れた山や海底隆起を手つかずの状態で目の当たりにするので、自然の破壊エネルギーの残酷さと人類のちっぽけさをイヤというほど味わわされます。復興の力が破壊規模にまったく追いついていないのが無情感に変わる。現在は倒壊建物は公費解体されているため、ショッキングさはかなり薄らいではいますけど、その分「千年に一度の地形破壊のスケール」を走っている間、視覚を通じて感じ続けることになります。
今回の入院もそうですが、病気や災害って、ある日突然やってきます。私の手の腫瘍らしきものも、ある日気がついたらそこにあったし、大地震だって2024年の元日に、奥能登住民の生活インフラを根こそぎ吹き飛ばしてしまった。
そこに老若男女、貧富や職業、善悪の差などまったくない。事業だって同じ。真面目な経営者だって、リーマンショックやコロナ災禍などの外的要因で突然破綻してしまったりする。ホンダの赤字もいろいろ言われておりますけど、事業なんて本質的にそういうものと言えるかもしれない。
今の現実も安定しているようでいて、ちょっとしたことで崩壊するような脆いものです。私は長い間バイクに乗ってて、死にそうな瞬間も何回か経験してるし、事業者として周囲で数多くの破綻も見てきたし、そういう儚さを一応はわかっていると思ってはいましたが、所詮それは個のスケール。自己責任論に強引に結びつけることも不可能ではありません。しかし、スケールが大きく誰の責任を問えない大災害を見せられると、生活の前提となる現実の脆さ、儚さを改めて実感してしまう。
こういうものを体験すると思い描いていたはずの未来像が歪むから、どうしても今を見るようになる。「先ってどうせわかんないんだから、悔いがないよう目一杯楽しんだ方がいい」って感じちゃうんですよね。
ということで、いつもと毛色の違うブログになりました。次回のブログは手術経過を見つつ、アップしていきたいと思ってます。
P.S.無事手術が終了して、翌日には退院。自宅に戻ってきました。傷口の痛みは思っていたほどでもないですけど、親指を特定方向に曲げると痛みがありますね~。ボチボチ、テキスト打ちも再開しリハビリに励んでいきます。
(術後の写真です~。なんか傷口から剛毛が生えてるみたい。)
手術の箇所は左手の親指の付け根の甲側です。そこに結構大きな腫瘍のようなものができちゃったんです。別に痛くもなんともないから、全然気づかなかったのですが、ある日車運転してて、「これ・・なに?」ってことになった。気づいたときには、このシコリはもう結構な大きさでした。
(これが左手親指の根本にできた膨らみ。触ると結構かたい。オッサンの汚い手のアップで恐縮です。)
最初は近くの整形外科で受診して、レントゲンを撮ったんですけど、どうやら骨的なものじゃないらしい。当初は「ガングリオンというゼリー状液体が内部に溜まっているのではないか?」ってことで、これを抜くため巨大な針を刺したのですが(痛い!!)全然抜けることなく、これはガングリオンではないから手術設備のない整形外科ではどうしようもないとのことで、とりあえず紹介状を貰って総合病院を受診することになりました。で、総合病院の形成外科でいろいろ検査してもらった結果、
「よくわからんがとりあえず腫瘍みたいなので、切開して取り出し、病理検査に回すことにしましょう。」
「1日入院で・・」
との診断が出ました。
診断してくれたのは若く奇麗な女性医師さんで手術説明もあったのですが、私のできものを触りながら
「ふうん・・かたくて・・おっきいですね・・(目を細める)」
とつぶやいたインパクトが強烈で、それ以外はあまり記憶に残ってない。手術名は「左手部皮下腫瘍摘出手術」らしいです。
腫瘍の切開時に血が出るのを止めるために、左手をギリギリと縛るらしいのですが、それがかなり強烈なので、左手全体に部分麻酔をするようです。それはそれでいいのですが、その際に打つ部分麻酔注射は「脇の下に打つ」らしいんですよ。
「ギャー!」
「手の切開よりそっちの方が恐ろしいんだが?」
切開から、抜糸するまで一週間くらいかかるそうで、「それまではブログは書けないかもしれんのぅ・・」ということで、一回お休みのご報告。これまで10年、定期的に休むことなくブログを書いてきたので1~2週間くらいはお休みもいいかなと。ジャンプの作家でも定期的に休載するご時世ですし(笑)
ここでブログを締めようと思ったのですが、オッサンの汚い手の写真と手術のお知らせだけじゃ、あまりに情報がしょぼいので、奥能登を愛するライダーとして、ずっとブログに上げようかどうか迷っていた写真を掲載します。それは能登半島地震前の奥能登絶景海道と、現在の同ルートの風景の比較写真です。自分で見ててしんどくなるので、5月頃撮影したのですが、ブログに上げぬままになってました。
ルート上の撮影場所は昔のポイントと同一地点にしたかったのですが、土砂崩れで道路が所々寸断されてしまったため、仮設の迂回ルートが作られており、撮影場所が極めて限られています。いろいろと検討してみましたが、完全に同じ位置からの撮影は不可能でした。でも、比較のためできるだけ同方向から、ライダー目線で震災前の海岸線と今の海岸線を比較できるよう努めてみましたので、その変貌ぶりをご覧下さい。
(こちら震災前の奥能登絶景海道。あまりに美しい光景に惹かれ、毎年何度も通ったことが遠い昔のよう。海を見下ろせる高台を快走路が続き、コーナーの曲率、高低差も景観を眺めるのに申し分ない。この位置は絶景スポットで、稜線の緑と海のコントラストが美しい。まさにバイク乗りの楽園。)
(こちらが現在。以前のルートは崩落したり、崩れた土砂で通行不能になっているため、海底隆起した部分に仮設の道を作ってあります。あの美しかった光景はもう見る影もない。)
過去の写真と比較すると、波打ち際が大幅に後退しているのが一目瞭然です。地震のエネルギーの凄まじさが景観を大きく変えてしまったことがわかります。
(崩れた巨岩に埋まってしまい崩落した旧トンネルの横に迂回路が通ってます。)
(写っている部分は全て隆起によってできた土地。先端部で釣りをしている人がいます。)
(これは2025年8月頃、ボランティアで奥能登にバイクで赴いたときの通行路の写真です。当時、海岸線のルートは住民とボランティアのみ通行可能な状態。能登にボランティアはたくさん来てましたが、ほとんどが中能登止まりで、奥能登に来る人はほとんどいなかった。道も「とりあえず海底隆起のど真ん中に通行路を造りました」というだけで、吹きっさらしの状態。海鳥すらおらず、動くものが何一つ目に入らない異世界のような静けさでした。)
(走っているだけで、このような倒壊家屋をそこら中で見せられる。大規模破壊というのはそれまで築いてきた生活や歴史の全否定です。存在否定をずーっと見せられると、それだけでメンタルがおかしくなるんですよ。)
道が復旧してからはバイクもポツポツ走る姿を見るようになってはいますが、路面がうねっていたり、陥没していたり、片側通行だったりで、快走路にはほど遠く、足回りが硬いバイクでは相当気をつかうし、疲れます。また、地震が作った驚異の地形変動は凄いものがありますけど、このエリアが観光地として再興するには「あまりにも人の痛みが見え過ぎる・・」と思ってしまう。
開通した道を走ると、地震で崩れた山や海底隆起を手つかずの状態で目の当たりにするので、自然の破壊エネルギーの残酷さと人類のちっぽけさをイヤというほど味わわされます。復興の力が破壊規模にまったく追いついていないのが無情感に変わる。現在は倒壊建物は公費解体されているため、ショッキングさはかなり薄らいではいますけど、その分「千年に一度の地形破壊のスケール」を走っている間、視覚を通じて感じ続けることになります。
今回の入院もそうですが、病気や災害って、ある日突然やってきます。私の手の腫瘍らしきものも、ある日気がついたらそこにあったし、大地震だって2024年の元日に、奥能登住民の生活インフラを根こそぎ吹き飛ばしてしまった。
そこに老若男女、貧富や職業、善悪の差などまったくない。事業だって同じ。真面目な経営者だって、リーマンショックやコロナ災禍などの外的要因で突然破綻してしまったりする。ホンダの赤字もいろいろ言われておりますけど、事業なんて本質的にそういうものと言えるかもしれない。
今の現実も安定しているようでいて、ちょっとしたことで崩壊するような脆いものです。私は長い間バイクに乗ってて、死にそうな瞬間も何回か経験してるし、事業者として周囲で数多くの破綻も見てきたし、そういう儚さを一応はわかっていると思ってはいましたが、所詮それは個のスケール。自己責任論に強引に結びつけることも不可能ではありません。しかし、スケールが大きく誰の責任を問えない大災害を見せられると、生活の前提となる現実の脆さ、儚さを改めて実感してしまう。
こういうものを体験すると思い描いていたはずの未来像が歪むから、どうしても今を見るようになる。「先ってどうせわかんないんだから、悔いがないよう目一杯楽しんだ方がいい」って感じちゃうんですよね。
ということで、いつもと毛色の違うブログになりました。次回のブログは手術経過を見つつ、アップしていきたいと思ってます。
P.S.無事手術が終了して、翌日には退院。自宅に戻ってきました。傷口の痛みは思っていたほどでもないですけど、親指を特定方向に曲げると痛みがありますね~。ボチボチ、テキスト打ちも再開しリハビリに励んでいきます。
(術後の写真です~。なんか傷口から剛毛が生えてるみたい。)








コメント
コメント一覧 (30)
奥能登を走ってみたいと思います。
へっちまん
が
しました
私も同じ場所にガングリオンができました。
最初「ガングリオン」って聞いた時は、なんだかロボット見たいって思いました。
私の場合は注射で抜いただけでしたけど、今回は大変でしたね。
バイオプシーをしないで、すぐ摘出を選択されているので、きっと良性と信じています。
私の時はドクターヘルみたいな年配の男性医師だったので、全くときめきはありませんでした。
自然の脅威にはあまりにも無力ですね。
でも、立ち直る力は、いや生きる力は人間に与えられて大きな力と思っています。
簡単に言ってはいけないかもしれませんが、時間がかかっても立ち直ってほしいです。
へっちまん
が
しました
先ずは、お大事に!
写真を見て思い出すのは、発災時に能登へ帰省中で、半壊した実家から、最終的には全損になったマイカーで、金沢市まで飲まず喰わずで、14時間ほどかかって一部損壊の自宅に戻れました。
生きているだけで丸儲けを実感した日でした。
なんとか復活させたRSで走ってますので、手術の結果が良くて、走りだす、へっちまん様と何処かの路上で会う事がありますように。
へっちまん
が
しました
ガングリオン。。。うちの亡くなったお母ちゃんが、僕が小学生の頃、くるぶしに巨大なガングリオンができてました。何度抜いてもデカくなるので、摘出手術してましたね。。。
何も無い、良性であることをお祈りしています。
もうちょいデカくなったら、喋り出すかもしれませんから、早めが良かったと思います!!
ちなみに、僕は大腸の内視鏡検査をした時、不必要なくらいに美人の女医様でした。
ケツだけくり抜いた術着で向かうと、美人看護師さん2人に拉致され。
なんでこんなキャッツ・アイ位の美人3人に穴を。。。
むしろ、ご褒美として受け入れてからは、楽しかったです!!
その後、ストレッチャーに乗せられ、着いたところはナースステーション。
「1時間ほど、ここで休んでくださいね😊」
午後のひととき、看護師さんたちはケーキを食べて談笑してました。僕は、検査で入れられた空気と、腸が動いてくるので猛烈な量の屁が。もう、我慢では対抗できない。
たった数時間で、羞恥プレイをとことん経験させていただき、その後の人生が光り輝き始めた、懐かしい経験を思い出しました。
ご無事で帰還してください。手術記、楽しみにしています。
へっちまん
が
しました
自身の経験でも「手術」は突然やって来るもんですね~。
取敢えず生死に直結する話でもなさそうなんで無事のお帰りを待ってます。
ゆっくり休んで下さい。(最近は女医さん美人やしね〜)
で、7/1朝日新聞夕刊にR249逢坂トンネルの写真が掲載されてました。
復興には協力したいのですが私はとても現地には行く気になれません。
少しだけ過ごした仙台にも地震後行けてません。
阪神・淡路大震災の被災者としては(被害はなし)被災地に他所から訪れられることに違和感があります。某女性アナの暴言とか一生忘れませんし😡
せいぜい少額の寄附くらいしかできませんね。
先日スラローム&フルロックターン練習してたらリアブレーキが抜けた❗
ちょっとムキになって1時間以上やり続けたのでベーパーロック🥵
ほどほどで休憩入れんとあきませんね(人車共に)。
へっちまん
が
しました
脇に麻酔?想像しただけで怖さを感じましたが、耐えて下さいませ。
利き手ではないので注意が向き難くかったのかも?と。
無事摘出できたら元気に復活…ブログは我慢しますから(笑)
今年走った奥能登の道の変り様も記憶に留めていますが、
やはり海岸線、通し直した道からの景色も徐々に変わってた。
あちこち揺れているし、豪雨も…自然には勝てませんが、
身体は手入れが出来るので気を付けてあげましょう!
僕もこの後自分が見える範囲をチェックします。 ではまた。
へっちまん
が
しました
手術が無事に終わること、生検で異常が見つからないことを祈っています。
私も数年前に左手中指を転倒で骨折したんですが、後ろに転倒して手をついたら指が逆向きに曲がっていて、あららと思いながら「ぐりゅっ」と戻したんですよね。関節の中でゼリー状の物が動く感じがしました。結局剥離骨折ということで手術を日帰りでしたんですが、ドリルで穴を開ける音とか、ピンを押し込んでくる感じとか、穴開けからやり直しているのとか全部聞こえるくせに、そのまま眠りそうになってしまったりと、興味深い体験ではありました。手術後は関節の前後にピンが生えてる状態で、最初の数日は痛くて手を上に上げたまま寝てました。
3週間で抜ピンしたんですが、それでも関節の拘縮が起こってしまい、今でも完全に曲がりません。そのせいでギターをほとんど弾かなくなってしまいました。
私も身体のガタがひどくて、このほどなかなかに高価なマットレスを購入しました。すると、長時間寝ても背中と腰の痛みが出ないこと、起きていきなり腰が伸びることなど、寝具の影響の大きさに驚いています。また足を置いてブルブル振動させる機械をようやく見つけ購入しました。前から探してたんですよね。
もう健康に投資しなくてはならない年齢なんですねえ…。
へっちまん
が
しました
女医さんに固くておっきいと言われちゃ悶々としちゃいますねぇw
能登は23年のGWに妻とバイク2台で行きました。時計回りに海沿いを走って美しい景観に感動!で翌日帰りの高速で地震があったことを知り、立ち寄った珠洲市などが被害に遭われたのを見て、大変だと思う一方で巻き込まれずにすんだ安堵感もあり、なんとも言えない感情が過りました。
その後24年の元旦にあの巨大地震・・・2年経った今、まだ復興半ばでしょうが、今度はごるみちゃんタンデムで能登に行きたいと思ってます!
へっちまん
が
しました
秋本治のような化け物でもない限り休載は必要ですよ!
しかし、真性ビビリの私は手術説明されたら真顔で失神する自信がある
奥能登の海底隆起スケールがデカいですね
釣り楽しんでる人いてなんだかホッとするし、逞しいなぁと思う
生きて帰る為にオフ走れるバイクを買うかぁ〜、もしかしたら役に立つかもしれんし
機会が無ければないで趣味として使えばAll Right!!
へっちまん
が
しました
私事ですが、能登半島地震の復旧・復興事業に1年ほど携わらせていただいておりました。
私自身は担当が穴水町でしたが、奥能登の受けた被害は本当に甚大でした。
それでも住民の方は、我々にも優しく接してくださり、かえって頭の下がる思いでした。
写真を拝見して当時を鮮明に思い出しました。
離任後にはなかなか伺えていないので、今度はバイクでいけたらと思っています。
末筆ながら、へっちまん様の一日も早いご快癒を心より祈念申し上げます。
へっちまん
が
しました
縫い目が長くて驚きました。
へっちまん
が
しました
左手ということで、今後クラッチ操作に支障があるようなら
DCT、E-Clutch、Y-AMTなど導入しろというバイク神からの神託ということではw
もしくは、とうとう本丸のカブ系に手を出せということかも
へっちまん
が
しました
今年の夏は県外の友人も案内できると ツーリングも企画
今でしか見ることが出来ない風景も 貴重かと
昨日のことなのですが 新湊で旧車ミーティング
へっちまん様の目撃談なども話題も会話に出て 話題に
https://ameblo.jp/mannenna/entry-12971817559.html
機会があれば旧車界隈にもおいでください
大歓迎です
へっちまん
が
しました
50何年も生きてれば、身体にガタはくるものです。
私ももう少しで50になりますが、精神に支障をきたしています。
あとメタボです。
まるで重量級のダイナ嬢やきんつば嬢のように…
今呼び鈴がなった。誰だろー
へっちまん
が
しました