CB1100EXが納車されて1年半、CB1300SFが納車されて1年となりました。今回は、このCB姉妹と1年つき合った印象をご報告しようかな~と思って書き始めたのですが、あまりの長さに2回に分けざるを得ませんでした。今回はそのPart1「※しび江さん※編」です。

まず最初に申し上げておきますと、私はこの姉妹に

「大変満足」


しております。いや、天下のCBを前にして、私が満足かどうか?なんて語るのは、もはやおこがましく、「CB達が私に満足しているか?」について語った方がいいのでは?って思いますけど、それをやると姉妹で酷評しかしてこない気がしますから、やめておきます。

この2台「さすがだな・・」と感じるところは、私自身が空冷4発、水冷4発に求めるフィーリングや、CBというネーミングから想像するイメージを一切外してないところ。形もスタンダード、設計製造も王道、フィールもど真ん中、その意味ではまさに「ザ・ジャパニーズ・ネイキッド」と呼ぶにふさわしい。

乗り味にしてもエンジンの出力特性にしても、特別なことは何もないんですよ。でも、しっかりした設計と製造技術で普遍的なフィーリングを丹念に作り込んである。機械ってしっかりとしたパーツ製造技術と高い組みつけ技術が気持ちよさに繋がり、良品感を生むんですが、この2台はその良品感が非常に高い。

シャーシを同じくする姉妹車ですから、「結構被るところがあるんじゃないの?」っていう人もいると思いますけど、乗るとホンダの4気筒であるという以外、あんまり共通点を感じません。エンジンも空冷、水冷で仕立ての違いが大きく、足回りの設定も時代差がかなりある。同じ生まれを持ちながら、キャラの違いを明確に立ててるから、4気筒同士で味変関係が成立しているんですよね。

例えるなら、高橋留美子がサンデーとビックコミックスピリッツで同時期に連載していた「うる星やつら」と、「めぞん一刻」くらいの絶妙の差。私はどっちも大ファンだったけど、このCBも両方好きになれるパターンです。

うるめぞん+1どちらも王道系の恋愛ドタバタコメディでしたけど、想定する読者年代層によりヒロイン像をキッチリ作り分け、両ヒロインにドハマりできる天才的演出がなされていました。私の記憶では、めぞん一刻のフランスでのTV視聴率は驚異の40%だったはず

そもそもこの2台、エンジンフィールからして全然違います。

CB1300SFが

「ブヒュュュュュゥゥゥゥゥゥーーーーーン」

って吹けるのに対して、CB1100EXは

「ズモモォォォォーーーォォォオオ」

って感じ。排気音も含めてこんな印象なんですよ。

エンジンには「ブヒ」「ズモ」の違いがある上、乗ってる私自体が「ブヒィィ♡」って萌え豚化しておりますから三者三様にブヒブヒと嬉しげに走っている状態になっているんですね。

特筆すべきはCB1100EXの独特のトルク感。CB1300もトルクはたっぷりあるのですけど、どっちかというと精緻な回転フィールが深い感動を呼ぶタイプのエンジンだから、トルク感だけがことさら強調されることはない。でも、CB1100EXは吹けが遅めで、スロットルも重く、エンジンもザラついているから、空冷らしいジンワリとしたトルクの湧き上がりと、リッター4発らしいトルクの厚みが否応なく強調されてくる。

アクセルを開けたときに感じるのは、地球を発進し、宇宙へ飛び立つ「宇宙戦艦ヤマト」のようなゴゴゴゴ感。この波動エンジン出力充填120%の昭和的加速感覚を味わうと、

「・・もうこのままイスカンダルまでいっとくか・・」

って気分になる。


20241205_212321046(車体に対して、大きく張り出すエンジンと空冷フィン。この伝統の様式美は、バイク世界の校倉造りと表現したい。)

加速力もトルク感も運動能力もCB1300の方が総合的に上なんですけど、「絶対後ろには下がらない感」「筋を曲げない感」「乗り手を支えきる底力感」はCB1100に軍配が上がる。絶対性能を譲るかわりに、頼もしさと優しさと昭和風味をドカンと上乗せした感じですよね。それを、単に遅いと捉えてしまう人にはまったく向かないけれども、そこに気骨や情緒を感じられる人にはたまらんフィーリングだと思う。

ハーレーのVツインが「強く自由なアメリカ」を表現し、

モトグッチの縦Vが「イタリア親父のクラフツマンシップ」を表現しているとすれば、

CB1100の空冷4発が表現しているのは「寡黙で不器用だけど頼りがいのある昭和の男」です。

私は空冷エンジンにはそういう明確なイメージが大事だと思うんですよね。今の時代に大型の空冷エンジンを選ぶような人って「高性能を求めてない」かわりに、スタイルや乗り味に「強い存在感」を求めている。空冷は、水冷にはない主張や歴史的価値が問われていて、その点こそが現代の空冷エンジンの難しいところではないかと思うんですよ。

空冷って「古き良きもの」のイメージがありますけど、そこには本来は淘汰されるべきものを、「この時代にあえて貫く理由と必然性」がなければならない。ノスタルジーって簡単にいうけど、性能とバーターできるだけの感動がなくしては、商品としては成立しない。

旧車の時代はメインエンジニアリングが空冷だったから、空冷であることがその時代の空気感を纏うことに繋がるけれど、現代の空冷バイクは「単に空冷であるだけ」では説得力がありません。空冷エンジンって性能的にはデメリットしかないし、下手すると空冷であることにエクストラコストまで要求されるわけで、環境負荷が厳しく問われ、逆風下にある時代だからこそ、「このフィールや価値観は水冷では絶対出せないだろ!!」という強い主張があるかどうかが価値に大きく影響すると思うんです。

私は空冷エンジンが大好きですけど、それは空冷というスタイルの中に、長きにわたって培われたアイデンティティや文化、歴史、風土、頑なに守り続けられた機構的合理性や正統性、クラフツマンシップなど、性能にあらわれない何か?を見い出しうるからであって、それがない空冷って「存在の必然性が薄くなる」って考えています。

空冷大排気量エンジンではBMWのR18がかなり苦戦しているようですが、あの空冷フラットツインが苦戦する理由は、何となくわかるんですよ。見た目的には張り出したシリンダーのインパクト凄いし、造りの質も高いから、跨がるまでは「うぉぉおおお!これはクッソいい!!」ってメチャ萌えるし、気分もアガるんです。でも試乗したらウーンとなってしまった。


R18
(BMWのR18。この異形感のあるスタイリングは凄く好きなんですよ。でも・・・)

私の中でBMWっていうメーカーは水平対向2気筒の個性や正統性、旅における優位性を前面に出し、安全性と安定性を重視した合理的なバイクを作るイメージなのですけど、R18には「BMWらしい合理性」「BMWだけの機構的価値」をイマイチ感じず、乗り味にハーレーを凌ぐ強い個性もなかったように思うんです。

そもそもポジションを自由にカスタムしたいアメリカン・クルーザーに水平対向エンジンは向かないんですよね。ハーレーは足を投げ出したり、エイプにして反り返ったり、ポジションを自由自在にカスタムしてるけど、あの自由さが水平対向にはないんです。

「いやゴールドウイングだって水平対向じゃん?」って意見もあると思うけど、アメリカでGLの水平対向6気筒が生き抜いてこれたのは、「スムースネスで滑らかな大トルク」という、ハーレーとはまったく異なる大陸横断エンジンとしての正統性があったからでしょう。

そのゴールドウイングですら、水平対向エンジンのコンパクト化に腐心し、可能な限りシリンダーヘッドを小さくして、ポジションを改善しようとしてきたんです。でもR18ってその点には無頓着。シリンダーがバカみたいにでかく足回りの自由度がない。そのツジツマを合わせるためか、ホイールベースがやたら長くなっているんですけど、そのせいで車体がとても重くなり、ホイールベースに見合うバンク角も得られてないから、長くて、重くて、曲がらないという三重苦になっている。

クルーザーを市場に定着させていくには、空冷Vの歴史と実績に対抗しうるだけの機構的正統性と乗り味のアドバンテージが必要だと思うのですが、その点の説得力が弱く、いろいろとツジツマがあってない。このため、空冷で一番大事な「環境負荷に逆らって未来に残すべき存在価値」が薄くなってしまっている気がする。

私はR18の姿形は嫌いじゃないから、かなりひいき目に見てるけど、それでもあまりの存在のバブル感に「これからどうすんのかな・・」って感じちゃうんですよね。

またR18にはこのカテゴリーにおける伝統と実績がないから新たなイメージを積極的に創造していかなきゃならない。しかし、アメリカナイズドされた乗り味とスタイルからは、ビール大好きなドイツ人が浮かぶでもなく、広大な大陸と降り注ぐ太陽の下、爆走するアメリカのアウトローの姿が見えるわけでもないんですよ。

同じBMWでも、GSになるとオフロードジャケットに身を包み、バニアケースに荷物を積み込んで、広大な道なき荒野をスタンディングで走って行くライダーの姿が想像できるじゃないですか。でもR18にはそういうシッカリとしたイメージがないんですよね。

私にとって、現代の空冷エンジンは、性能や外観だけじゃ足りない。

そのエンジンで何を表現したいのか?

なぜそのエンジンでなければならないのか?

そこにノスタルジックな郷愁や浪漫があるのか?

バイクの背後に風景や世界観、そのバイクだけが持つ価値観が見えるのか?


そんな「空冷として存在する根拠」「松本零士的な夢と浪漫」の両方が成立してることこそ理想なんです。その視点から見ると、はるか昔から受け継がれ、手を入れられながら作り続けられているエンジンが圧倒的に有利であることは間違いありません。「時代を超えて長く守り作り続けられているルールには、慣習的な合理性と正統性が備わっている」というのは哲学的な見地からも証明されているからです。

この点でいうと、CB1100は比較的新しい設計の空冷エンジンを積んでいるから、明らかに不利なんです。でも、存在意義が薄いかといえばそうではない。なぜなら徹底的に過去をオマージュしてるからです。エンジンの外観は空冷4発の造形美に振られ、各部の仕立てや細部はコダワリのクラフトマンシップに満ちていて、車体デザインには初代CB750FOURをはじめとする歴代モデルへのリスペクトで溢れている。

エンジンフィールも極めて特徴的で、2000回転から2500回転あたりで発生するトルクは、まるで「ロングストロークの単気筒かにゃ・・」って思うくらいの粘り腰。シュンシュン回る近代の4発にはない「独特のねっちょり感」があり、シャーシのフィールを含め、巡行時にはとっても昭和的な甘さに酔いしれることができる。

「あ~、若い頃ネクターとか、牛乳カルピスとか、こういうネットリとした甘い飲み物あったわ~・・」

ってな感じで、これがなんともクセになるんですよね。アクセル開けた時の身震いするような加速感は宇宙戦艦ヤマトを彷彿とさせ、巡行時は不二家のネクター。乗り味にこういう時代感に即したイメージが湧くこと自体が空冷においてはとっても大事なことなんです。

足回りのチューブタイヤやスポークホイールも、単なる懐古趣味ではなく、現代の足回りから失われた独特の接地フィールを出すためのものだと感じてる。それを路面に押しつけるサスの動きは近代的ですから接地フィールがしっかり伝わるし、接地感も高い。ハンドリングもフロントに依存せず、乗り手とバイクが一体になって舵を入れていく18インチならではのもの。急かされない気持ちよさを内包しつつ、今の交通速度において何の不満もありません。

CB1100は適当に乗っちゃうと、足回りもエンジンもマッタリしてるタダのスタンダードバイクです。でも、乗り手が空冷独自のエンジニアリングと味わいを理解し、その美点を求めたときに、愛すべきエキスがどんどん湧いてくるように作ってある。その点では乗り手を選ぶ趣味性の高いバイクになっていると言えると思うんですよ。

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(宇宙戦艦ヤマトを彷彿とさせる重厚で男らしい加速感と、特定回転域でステイしたときの不二家ネクターのようなとろり感。乗ると日常が昭和に染まる。それが私の※しび江さん※評です。)

CBらしく、奇をてらってるところはなにもないですが、空冷4発の市販エンジンがこの世から全て消滅してしまった現在、ただシンプルに「空冷4発の王道を再現した」こと自体が大きな価値になっていると思うんですね。

このCB1100が空冷フィールに振り切れていたからこそ、私の4発への思いはCB1100だけでは完結しなかったともいえます。このバイクに乗ったからこそ改めて「体に染みこんでる4発のルーツってやっぱ水冷なんだよなぁ・・」って自覚することができたと思うのです。

・・ということで、今回はCB1100EXメインにたっぷり書きましたけど、あっという間に5千字越えになっちゃった。次回はいよいよ姉の方、CB1300SFについて書きたいと思います。




(オマケ漫画「王道の奢り」)
※しび江さん※と☆しび乃☆2
(笑顔の中の容赦なさ。リッタークラスのCBともなると、イヤミも適格さと重厚感が感じられる。モトグッチV7を「ガザC」呼ばわりです。)
アッシマー1
(キワモノ臭漂うメンツ達。サイコガンダムのデカいだけのエセ主人公感、ゾゴックのよくわからん適当感、アッシマーの空飛ぶ仏具感、ガザCの壊れそう感、皆さんどれがどのバイクかおわかり頂けましたね。)