皆様、ゴールデンウィークは楽しめましたでしょうか?ゴールデンウィーク最終日の夜、疲れたアナタにお送りする7000字超えの地獄の読経。それが私のブログです。それではどうぞ~。
30年以上大型バイクに乗っていると、これまで所有したバイク達にいろんなサスがついてきますので、サスの経験もそこそこ増えてまいります。今回は、そんな私がお送りするサスペンションの調整機構のお話です。
私は現状フロントサスの調整機構がついているバイクを4台所有していますが、これらについては、ほぼ何らかの形で調整を入れてます。私はド田舎の下道しか走らないので、その用途で使おうとするとリアをもうちょっと動かしたくなる。そこでリアのプリロードを抜き、それにあわせてフロントも触ります。その調整は全部感覚頼みの現物合わせ。なぜなら私の頭の中にサス理論なんてのはないからです。
(こちらCB1300SFのサス。オーリンズよりバネ感あるけど、リア、フロント共にプリロードと減衰調整があるし、よく動くし、これで十分。私の所有バイクの中で、一番印象が良いサスかも。リアのプリロードを1段抜いたら、フロントに違和感が出たので、フロントも少しずつ抜いてみたところ、丁度一目盛分でバランスしました。減衰もノーマルよりちょっとだけ強めにかけてます。)
(こちらCB1100EX。リアサスはプリロード全抜きで、フロントもちょいと抜いてます。フロントはプリロード調整だけですが、あるとないとでは大違い。)
料理も同じだと思うんですけど、レシピとか栄養価とか、そんなややこしいことは料理人が把握していればいいことだし、素人が知識を中途半端に入れたところで、プロの知見には絶対勝てない。素人に必要なのは、レシピの分析より、自分の気持ちよさや好みの基準を明確に把握し、追求することだと思うんですよ。
出てきた料理に塩かけようがコショウをかけようが、金払う以上、こっちの自由ですから好きにすりゃいいんです。「自分の好みや環境にあわない」ものをガマンして乗っているより、自分の感覚に正直であれば良いんだと思う。我々は「理論を語って金を稼ぐ評論家」ではなく、「自分のワガママに金を払う素人」ですから、そこら辺は気楽に行きましょ?ってことですね。
近年バイクの高額化に伴い、リッタークラスは高級志向が極まって、サス調整機構がついてくるものが多くなってきています。どんなものでも、高級なものは最後はオーダーメイドになりますが、気持ちよさってのは突き詰めるとタイトフィット感ですから、それはそれで納得の流れではある。
実際、乗ってみると調整機構がついているものは、サスが良く動き、それを抑え込む減衰能力も高いです。僅かなストロークの微細領域でいい働きをしてくれる。その結果、路面追従性と接地感がドーンと上がって、乗り心地も良くなり、「こりゃ気持ちいいですな~」ってなるわけです。ただその手の繊細なフロントサスはリアのプリロード抜いたり、タイヤ変えて径がちょっと変わっただけで、ハンドリングに影響が出るので、それを是正するための調整機構が必要不可欠になってくる。繊細だからこそ微調整が必要だし、それがしっかり効く構造になっています。
大型クラスにそういうサスが増えている一方で、中型やミドルクラスでは調整機構のないサスが未だに主流。その手のサスは万人にあう設定でメーカーが作った熟成レシピですから、バイクの操安感覚を学ぶには一番適したサスだと私は思ってます。あらゆる路面、あらゆる乗り手に対応するために、サスの対応幅が広く、乗り手に従順。
無調整式のサスってのは、わかりやすく言うと誰の体型にもあうし、誰でも気持ちよく着れ、インナーも自在の「ツルシの革ジャン」みたいなものだと思う。安全安心でハズしがなく、リーズナブルで潰しも効く万能アイテムです。
調整機構付きサスがやっかいなのは、それを使いこなすために、「バカの壁」を乗り越えないといけないところでしょう。昔の私はハッキリ言ってバカでしたから、調整機構付きのサスを与えても、「弊害しかなかっただろうな~」って思うんですよね。
ここから先は若き日の私をひたすらディスり、メッタ刺しにしていく感じになりますけど、人は過ちがないと成長しない生き物ですから。レーサーの説得力はサーキットのタイムですが、素人の説得力は「過去の生き恥の数とその生々しさ」です。現在の私がバイク乗りとして一定の高さにいるとすれば、それは「過去のおバカ行為のブ厚い地層」によって隆起しているだけだといえる。
そんな私が指摘したい、サス調整の前に立ちはだかるチョモランマ。いわゆる「バカの壁」とは何か?それは
「操縦安定性に対する感度の低さと、乗り味に対する定見のなさ」
です。
ビギナーの頃は、なにが正しいのか?何が良いのかの基準が自分の中に存在しないから、それがサス調整においてそのまま壁になっちまうのですよ。サスの良し悪しと、好みって同じようでいてまったく違うものですけど、その差すらわかっていません。
(こちらは、HAWK11。フロントはプリロード調整のみ。サスは標準位置で落ち着いていましたが、タイヤをミシュランのPower6に替えたら、ステアリングにエンジン振動が顕著に伝わるようになったり、いろいろとしっくりこないところが出たので調整。最終的にはリアタイヤの空気圧をちょっと落とし、フロントプリロードを4分の3回転抜いてバランスさせてます。)
カスタムって、自分の「理想の乗り味」を求め、そこを目指してパーツを取捨選択していくものですよね。テキストで書くと「そりゃそうでしょ?」って誰もが思うはず。でもね、若い頃の私は違ったんですよ。当時の私はどのような考えだったかというと、
「良いパーツを取り付ければ気持ちよい走りになるし、満足度も高まる。」
と思っていた。もうね。完全なる因果の逆転ですよ。しかも、明確な判断基準がないから、高額パーツへの憧れと妄信が止まらない。「多額のお布施を払えば、桃源郷への道が開ける」という思考にどっぷり浸かっているから、「自らの実力を顧みることなく、とにかく高いバイクが欲しいし、高額パーツを入れたがる」んですね。
それってもうヒザスリと同じで
「明確な目的がないのに、手段が先にある」という逆転の構図。
若い頃って多角的な目線がないし、初めての乗り物にフワーッとなってるから、発想がとにかく単純でアホみたいに一直線なんですね。他から与えられた正義を一切疑っていないし、ガンダム世代は「特殊仕様こそ専用機」、「尖ってるものほど強い」という価値観でコチコチになっているから、強化パーツ付ければ付けるほど「これで高性能になったはず!!」って気分がアガっていく。もうね。ジーンとかスレンダーレベルのザコ新兵がエースパイロット仕様を求めているという大矛盾ですよ。フロントの切れ込むのを旋回性能が高いなんて思い込んでるまである。
その方向でできあがったバイクは、メッシュホースとレーシングパッドのカックンブレーキ、ドゲザなバックステップ、ガチガチのステアリングダンパー、下と中間域スッカスカで上だけの爆音エンジンという、バランス皆無の「実に頭の悪いヒャッハー仕様」。それが私のNSRの最終形態でしたねぇ・・。
でもね。人って不思議なもので、「特定の思想に染まって、バカやってる頃が一番推進力があって熱くなれる」んですよ。なーんも考えず、疑うものがないときが一番純粋で、熱さMAXなんです。当時は危険でド底辺で破滅的という三重苦でメチャクチャだったけど、何をやってもトキめいていたから、あのドン・キホーテな戦いの日々は、忘れられない思い出になっている。
でも、ライディング技術とトキメキは別なので、結果は残酷。ロクに乗れてない奴がバランスの崩れたバイクに乗っていたのだから、コケまくるのも当然でした。そんな、若さゆえの過ちが具現化した魔改造。それが、当時の私のカスタムだった。
しかし、そんなバカでも、いろんなバイクに乗って経験を積むうちに、いつしか自分の中に正常な感覚が養われたのですよ。バイクの神様はバカにも救いの手を差し伸べてくれた。それは技も魔法もセンスもない奴が最後に頼る最終奥義。
です。
ウナギの世界は、「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」って言われてるけど、バイクの世界も、長年乗り続けることによって、付き合ってきたバイク達がバカに正しさを教えてくれるのです。
操安の調整がしっかり取れたバイクを長年乗り込んでいると、市販バイクの操縦安定性は常に一定の範囲内に収まってることが体に染みてくるのです。そして、サスに対してマトモな感覚が刷り込まれてくる。そうなると、フロントの切れ込みや、接地感のなさ、ヘタリによるサスのダルさ、フロントとリアのバランスのズレなどは、理論などなくても
「気持ち悪い違和感」
「しっくりこない感」
としてフィードバックされるから、ヘンなモノに乗ると、「うーん、だめだコリャ・・」ってわかるようになる。何がダメなのかは理論の裏付けがないので不明ですが、ダメなことだけはわかるのです。
サス調整で重要なのは、このような「感覚バカの壁」を越え、マトモな状態を気持ちいい、おかしな状態を気持悪いと感じるセンサーを標準装備することだと思うのですよ。ライディング本ってその点で、大きな大きな欠落があるんです。だって「知識で感覚は作れない」ってことがどこにも書かれていないのだから。
ウナギ職人の焼き加減を科学的に分析して頭に入れたところで、ウマいウナギは焼けません。それはもはやテキストでは表現できない、焼かれるウナギと料理人との対話領域に入ってるからです。長嶋茂雄の打撃理論「スーッときた球をガーンと打つ」も、一見バカの壁に頭から突き刺さっているようですが、「最高峰の打撃技術は言葉で表現できないセンスの世界である」ということを一行で言い表している達人ならではの名言だと思うのですよ。
サス調整ってのは、これまで与えられていた料理を食べるだけだった奴が「味付けにチャレンジしよう」ってことですから、舌を鍛えることなく挑んだって、マトモな味付けにはなるわけがない。塩やコショウやラー油を山盛り振るのは自由ですけど、高速でウォブりまくってコケちゃうほど盛っちゃダメなわけで、そんな設定を受け入れてる状態って、正しい感覚が身についていないってことだと思うんです。
バイクは公道を安全に走るものですから、自分の好みを追求するにしても、正しい操安の範囲の中に収まっていなくちゃ命に関わる。調整式サスの純正採用が増えたのは、ワケのわからない素人がリプレイスサスの調整するより、純正採用した方がメーカーが推奨する標準位置があるだけ安全でしょ?ってのもあるかもしれない。
皆が憧れる高性能リプレイスサスは、性能は確かにいいし、調整幅も広い。しかし、純正採用と違って標準位置が存在しない調整の大海原です。基準値から自分で全部やることになるから、操安感覚という航海用海図がないと、フライング・ダッチマンになりかねない。また、微調整の域に入ると、どこかで妥協しないと毎日触ってるという無限回廊状態になる。そう考えると、妥協のない性能も考えもの。やっぱその点含めてマニア向けだと思うんですよね。
私はダイナのノーマルサスを前後オーリンズに変えてますけど、マニアだから入れたわけではないんですよ。ダイナって結構走れるバイクなんですが、サスが雑で日本で走るとフロントがおぼつかなくてちょっと危なかったのです。フロントにせめてプリロード調整だけでもあれば良かったのですけど、ノーマルは一切の調整ができないから、これからずっと添い遂げていくために、思い切ってオーリンズを入れました。速くするためではなく、走りの質と安全性を上げるためにやむを得ない措置だったと思ってます。
目下の悩みは、まったく調整機構がなくてどうにもならないモトグッチV7をどうするか・・・、先日、「モトグッチV7と人生の秋」(←クリックで飛びます)というブログにも、その葛藤を書いたけど、乗る度に心がメトロノームのように揺れ動いてて、もうこれ以上ハゲようがないのに、ハゲ上がるくらい悩んでる。
モトグッチってエンジンが2021年に大幅に進化して、25%もパワーが上がり、その際にシャーシも固めたらしいのですが、フロントサスはどうやら使い回されたようで、明らかにサスがおいていかれている感があるのです。ダイナほど低性能ではないのですが、そのバランスのズレが気になって仕方ない。それをクラシック風味として納得することもできないわけじゃないけど、エンジンが良すぎて・・・。
ダイナに関しては、「このフロントサスこそアメリカ風味じゃ」と自分に言い聞かせ、7年ガマンしたあげく、結局オーリンズ入れちゃったんで、モトグッチもやがてそうなる気がするんですよ。「それなら早めに変えた方が・・」って思う気持ちはある。
(モトグッチV7。大枠はいいんだけどな~。長期的にみて今後ガマンできるかできないかのギリギリのラインかも・・。なんとかしようにも調整機構がないから、社外サスを入れるか入れないかの選択になるんですよね。)
こういうのは一度意識して気になり出すと、喉の小骨みたいに乗る度に引っかかるんです。どうせやるんならイタリアのビチューボ入れたいけど、ダイナみたいにリアサスとフロントのインナーカートリッジ式の両方やることになると、パーツだけで30万コース。車検と工賃加えると40万超えちゃう。マジで「本口さんと添い遂げる覚悟が要求される」金額ですよ。その覚悟があるのかっていうと、まぁ尻込みしますよね・・。
そんなこんなで最近の私は悩みがとっても地味で、ほとんどがポジションとサスです。30代で購入したダイナはかなりドレスアップしましたけど、最近は外観に対して積極的な姿勢はほとんどない。昔はアルマイトやゴールドのキンキラパーツで武装した山盛りカスタムのバイクに心躍りましたが、今はああいう派手なカスタムって、「平成ライダー最強フォーム」みたいに見えちゃうんですよ。電王の「クライマックスフォーム」やエグゼイドの「ムテキゲーマー」を見る感覚に近い。ああいうのが好きな人って、きっとノーマルからできるだけ離れた特別感や最強感を手に入れたいんだろうな~って思うんです。
(こちら、エクゼイドの「ムテキゲーマー」。いわゆる強化パーツの全部盛りです。これをカッコいいという人の感覚もわかるし、強さ感が極めてわかりやすいことは間違いない。実際作中、最強だし。)
ダイナで行くとこまで行った私が言うのもなんですが、今の私は、最強フォームではなく、見た目地味でも、地に足を付けて浮つかない「究極の仮面ライダー1号」を求めてます。やっぱね。姿形に金かけるより、大事なのは内に秘めた深みと正義の心の磨き上げですよ。
ノーマルサスってバイクにおける「正義の心」ともいえる「正しい操安」を持っている。欲望と悪心に踊らされ、ようやく正義の意味がわかった私は、ある時期からノーマルバランスの信望者になっているのです。
「じゃあなんでわざわざノーマルからリプレイスサスに変えたいの?」っていうと、「ノーマルサスがエンジンに対して大雑把すぎるケースがある」からなんですよ。国産メーカーはバランス重視で、かつおもてなしに優れてるから、エンジンにみあったサスをちゃんとつけてくれるけど、一部の海外製モデルはエンジンへの熱いコダワリがサスペンションに及んでないところがある。エンジン大好きな私としては、エンジンの足を引っ張る足回りがついていると、どーしてもそこを詰めたくなるんですよね。
良いエンジンってのは、フィギュアに例えると、顔の造形が最高ってことなんですよ。でも、そこが良いのに、体の造形が安いと耐えられないじゃないですか。
(庵野秀明がやったシン・仮面ライダー造形は、9割方が細かすぎて伝わらないようなブラッシュアップとディティールアップです。性能は特に上がらないし、本質も同じだけど、造形面での質の向上を徹底的にやったところが素晴らしい。この手のカスタムが実におっさん好みですねぇ。)
ただ、キャラは一切変えるつもりはないってことになると、基本的な本質は同じなわけで、「そこに大枚払うの?ノーマルでガマンできないの?」っていう、激しいせめぎ合いの中で悶絶することになるのですよ。
純正で許容範囲のサスが入っていれば、それでいいし、調整機構があればそれで調整するんですけど、調整機構もなく、私の許容範囲も超えるってことになると、途端に悩みが深くなる。その筆頭がダイナとモトグッチV7ってことになるので、海外製バイクの問題点はそういうところにあるんだろうなぁ・・。
バカな頃は悩みはないけど盲目で、強化パーツにどんどん金が出て行くし、バカの壁を越えたら越えたで、マニアックな悩みが生まれ続けて金が消える。結局、どうなろうが金は抜かれ続ける構図になってるのですよね。趣味の世界はこれだから・・実に恐ろしい世界です・・・。
(マニアックになればなるほど陥っていくのがサス地獄。リプレイスサスを入れると最終的には満足できるのはわかってはおるのですが、調整の面倒くささと、なによりコストが・・。)
30年以上大型バイクに乗っていると、これまで所有したバイク達にいろんなサスがついてきますので、サスの経験もそこそこ増えてまいります。今回は、そんな私がお送りするサスペンションの調整機構のお話です。
私は現状フロントサスの調整機構がついているバイクを4台所有していますが、これらについては、ほぼ何らかの形で調整を入れてます。私はド田舎の下道しか走らないので、その用途で使おうとするとリアをもうちょっと動かしたくなる。そこでリアのプリロードを抜き、それにあわせてフロントも触ります。その調整は全部感覚頼みの現物合わせ。なぜなら私の頭の中にサス理論なんてのはないからです。


料理も同じだと思うんですけど、レシピとか栄養価とか、そんなややこしいことは料理人が把握していればいいことだし、素人が知識を中途半端に入れたところで、プロの知見には絶対勝てない。素人に必要なのは、レシピの分析より、自分の気持ちよさや好みの基準を明確に把握し、追求することだと思うんですよ。
出てきた料理に塩かけようがコショウをかけようが、金払う以上、こっちの自由ですから好きにすりゃいいんです。「自分の好みや環境にあわない」ものをガマンして乗っているより、自分の感覚に正直であれば良いんだと思う。我々は「理論を語って金を稼ぐ評論家」ではなく、「自分のワガママに金を払う素人」ですから、そこら辺は気楽に行きましょ?ってことですね。
近年バイクの高額化に伴い、リッタークラスは高級志向が極まって、サス調整機構がついてくるものが多くなってきています。どんなものでも、高級なものは最後はオーダーメイドになりますが、気持ちよさってのは突き詰めるとタイトフィット感ですから、それはそれで納得の流れではある。
実際、乗ってみると調整機構がついているものは、サスが良く動き、それを抑え込む減衰能力も高いです。僅かなストロークの微細領域でいい働きをしてくれる。その結果、路面追従性と接地感がドーンと上がって、乗り心地も良くなり、「こりゃ気持ちいいですな~」ってなるわけです。ただその手の繊細なフロントサスはリアのプリロード抜いたり、タイヤ変えて径がちょっと変わっただけで、ハンドリングに影響が出るので、それを是正するための調整機構が必要不可欠になってくる。繊細だからこそ微調整が必要だし、それがしっかり効く構造になっています。
大型クラスにそういうサスが増えている一方で、中型やミドルクラスでは調整機構のないサスが未だに主流。その手のサスは万人にあう設定でメーカーが作った熟成レシピですから、バイクの操安感覚を学ぶには一番適したサスだと私は思ってます。あらゆる路面、あらゆる乗り手に対応するために、サスの対応幅が広く、乗り手に従順。
無調整式のサスってのは、わかりやすく言うと誰の体型にもあうし、誰でも気持ちよく着れ、インナーも自在の「ツルシの革ジャン」みたいなものだと思う。安全安心でハズしがなく、リーズナブルで潰しも効く万能アイテムです。
調整機構付きサスがやっかいなのは、それを使いこなすために、「バカの壁」を乗り越えないといけないところでしょう。昔の私はハッキリ言ってバカでしたから、調整機構付きのサスを与えても、「弊害しかなかっただろうな~」って思うんですよね。
ここから先は若き日の私をひたすらディスり、メッタ刺しにしていく感じになりますけど、人は過ちがないと成長しない生き物ですから。レーサーの説得力はサーキットのタイムですが、素人の説得力は「過去の生き恥の数とその生々しさ」です。現在の私がバイク乗りとして一定の高さにいるとすれば、それは「過去のおバカ行為のブ厚い地層」によって隆起しているだけだといえる。
そんな私が指摘したい、サス調整の前に立ちはだかるチョモランマ。いわゆる「バカの壁」とは何か?それは
「操縦安定性に対する感度の低さと、乗り味に対する定見のなさ」
です。
ビギナーの頃は、なにが正しいのか?何が良いのかの基準が自分の中に存在しないから、それがサス調整においてそのまま壁になっちまうのですよ。サスの良し悪しと、好みって同じようでいてまったく違うものですけど、その差すらわかっていません。
(こちらは、HAWK11。フロントはプリロード調整のみ。サスは標準位置で落ち着いていましたが、タイヤをミシュランのPower6に替えたら、ステアリングにエンジン振動が顕著に伝わるようになったり、いろいろとしっくりこないところが出たので調整。最終的にはリアタイヤの空気圧をちょっと落とし、フロントプリロードを4分の3回転抜いてバランスさせてます。)
カスタムって、自分の「理想の乗り味」を求め、そこを目指してパーツを取捨選択していくものですよね。テキストで書くと「そりゃそうでしょ?」って誰もが思うはず。でもね、若い頃の私は違ったんですよ。当時の私はどのような考えだったかというと、
「良いパーツを取り付ければ気持ちよい走りになるし、満足度も高まる。」
と思っていた。もうね。完全なる因果の逆転ですよ。しかも、明確な判断基準がないから、高額パーツへの憧れと妄信が止まらない。「多額のお布施を払えば、桃源郷への道が開ける」という思考にどっぷり浸かっているから、「自らの実力を顧みることなく、とにかく高いバイクが欲しいし、高額パーツを入れたがる」んですね。
それってもうヒザスリと同じで
「明確な目的がないのに、手段が先にある」という逆転の構図。
若い頃って多角的な目線がないし、初めての乗り物にフワーッとなってるから、発想がとにかく単純でアホみたいに一直線なんですね。他から与えられた正義を一切疑っていないし、ガンダム世代は「特殊仕様こそ専用機」、「尖ってるものほど強い」という価値観でコチコチになっているから、強化パーツ付ければ付けるほど「これで高性能になったはず!!」って気分がアガっていく。もうね。ジーンとかスレンダーレベルのザコ新兵がエースパイロット仕様を求めているという大矛盾ですよ。フロントの切れ込むのを旋回性能が高いなんて思い込んでるまである。
その方向でできあがったバイクは、メッシュホースとレーシングパッドのカックンブレーキ、ドゲザなバックステップ、ガチガチのステアリングダンパー、下と中間域スッカスカで上だけの爆音エンジンという、バランス皆無の「実に頭の悪いヒャッハー仕様」。それが私のNSRの最終形態でしたねぇ・・。
でもね。人って不思議なもので、「特定の思想に染まって、バカやってる頃が一番推進力があって熱くなれる」んですよ。なーんも考えず、疑うものがないときが一番純粋で、熱さMAXなんです。当時は危険でド底辺で破滅的という三重苦でメチャクチャだったけど、何をやってもトキめいていたから、あのドン・キホーテな戦いの日々は、忘れられない思い出になっている。
でも、ライディング技術とトキメキは別なので、結果は残酷。ロクに乗れてない奴がバランスの崩れたバイクに乗っていたのだから、コケまくるのも当然でした。そんな、若さゆえの過ちが具現化した魔改造。それが、当時の私のカスタムだった。
しかし、そんなバカでも、いろんなバイクに乗って経験を積むうちに、いつしか自分の中に正常な感覚が養われたのですよ。バイクの神様はバカにも救いの手を差し伸べてくれた。それは技も魔法もセンスもない奴が最後に頼る最終奥義。
「レベルを上げて物理で殴る」
です。
ウナギの世界は、「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」って言われてるけど、バイクの世界も、長年乗り続けることによって、付き合ってきたバイク達がバカに正しさを教えてくれるのです。
操安の調整がしっかり取れたバイクを長年乗り込んでいると、市販バイクの操縦安定性は常に一定の範囲内に収まってることが体に染みてくるのです。そして、サスに対してマトモな感覚が刷り込まれてくる。そうなると、フロントの切れ込みや、接地感のなさ、ヘタリによるサスのダルさ、フロントとリアのバランスのズレなどは、理論などなくても
「気持ち悪い違和感」
「しっくりこない感」
としてフィードバックされるから、ヘンなモノに乗ると、「うーん、だめだコリャ・・」ってわかるようになる。何がダメなのかは理論の裏付けがないので不明ですが、ダメなことだけはわかるのです。
サス調整で重要なのは、このような「感覚バカの壁」を越え、マトモな状態を気持ちいい、おかしな状態を気持悪いと感じるセンサーを標準装備することだと思うのですよ。ライディング本ってその点で、大きな大きな欠落があるんです。だって「知識で感覚は作れない」ってことがどこにも書かれていないのだから。
ウナギ職人の焼き加減を科学的に分析して頭に入れたところで、ウマいウナギは焼けません。それはもはやテキストでは表現できない、焼かれるウナギと料理人との対話領域に入ってるからです。長嶋茂雄の打撃理論「スーッときた球をガーンと打つ」も、一見バカの壁に頭から突き刺さっているようですが、「最高峰の打撃技術は言葉で表現できないセンスの世界である」ということを一行で言い表している達人ならではの名言だと思うのですよ。
サス調整ってのは、これまで与えられていた料理を食べるだけだった奴が「味付けにチャレンジしよう」ってことですから、舌を鍛えることなく挑んだって、マトモな味付けにはなるわけがない。塩やコショウやラー油を山盛り振るのは自由ですけど、高速でウォブりまくってコケちゃうほど盛っちゃダメなわけで、そんな設定を受け入れてる状態って、正しい感覚が身についていないってことだと思うんです。
バイクは公道を安全に走るものですから、自分の好みを追求するにしても、正しい操安の範囲の中に収まっていなくちゃ命に関わる。調整式サスの純正採用が増えたのは、ワケのわからない素人がリプレイスサスの調整するより、純正採用した方がメーカーが推奨する標準位置があるだけ安全でしょ?ってのもあるかもしれない。
皆が憧れる高性能リプレイスサスは、性能は確かにいいし、調整幅も広い。しかし、純正採用と違って標準位置が存在しない調整の大海原です。基準値から自分で全部やることになるから、操安感覚という航海用海図がないと、フライング・ダッチマンになりかねない。また、微調整の域に入ると、どこかで妥協しないと毎日触ってるという無限回廊状態になる。そう考えると、妥協のない性能も考えもの。やっぱその点含めてマニア向けだと思うんですよね。
私はダイナのノーマルサスを前後オーリンズに変えてますけど、マニアだから入れたわけではないんですよ。ダイナって結構走れるバイクなんですが、サスが雑で日本で走るとフロントがおぼつかなくてちょっと危なかったのです。フロントにせめてプリロード調整だけでもあれば良かったのですけど、ノーマルは一切の調整ができないから、これからずっと添い遂げていくために、思い切ってオーリンズを入れました。速くするためではなく、走りの質と安全性を上げるためにやむを得ない措置だったと思ってます。
(こちら、ダイナのフロントオーリンズ。プリロードは無段階調整、減衰調整機構は20段。徹底的に追い込めるが故の地獄沼。なんだかんだと納得いくまで半年近く触っておりました。社外オーリンズサスの調整はもはや自分探しで、セコイヤの樹齢のように悠久の時が流れてます。)
モトグッチってエンジンが2021年に大幅に進化して、25%もパワーが上がり、その際にシャーシも固めたらしいのですが、フロントサスはどうやら使い回されたようで、明らかにサスがおいていかれている感があるのです。ダイナほど低性能ではないのですが、そのバランスのズレが気になって仕方ない。それをクラシック風味として納得することもできないわけじゃないけど、エンジンが良すぎて・・・。
ダイナに関しては、「このフロントサスこそアメリカ風味じゃ」と自分に言い聞かせ、7年ガマンしたあげく、結局オーリンズ入れちゃったんで、モトグッチもやがてそうなる気がするんですよ。「それなら早めに変えた方が・・」って思う気持ちはある。

こういうのは一度意識して気になり出すと、喉の小骨みたいに乗る度に引っかかるんです。どうせやるんならイタリアのビチューボ入れたいけど、ダイナみたいにリアサスとフロントのインナーカートリッジ式の両方やることになると、パーツだけで30万コース。車検と工賃加えると40万超えちゃう。マジで「本口さんと添い遂げる覚悟が要求される」金額ですよ。その覚悟があるのかっていうと、まぁ尻込みしますよね・・。
そんなこんなで最近の私は悩みがとっても地味で、ほとんどがポジションとサスです。30代で購入したダイナはかなりドレスアップしましたけど、最近は外観に対して積極的な姿勢はほとんどない。昔はアルマイトやゴールドのキンキラパーツで武装した山盛りカスタムのバイクに心躍りましたが、今はああいう派手なカスタムって、「平成ライダー最強フォーム」みたいに見えちゃうんですよ。電王の「クライマックスフォーム」やエグゼイドの「ムテキゲーマー」を見る感覚に近い。ああいうのが好きな人って、きっとノーマルからできるだけ離れた特別感や最強感を手に入れたいんだろうな~って思うんです。

ダイナで行くとこまで行った私が言うのもなんですが、今の私は、最強フォームではなく、見た目地味でも、地に足を付けて浮つかない「究極の仮面ライダー1号」を求めてます。やっぱね。姿形に金かけるより、大事なのは内に秘めた深みと正義の心の磨き上げですよ。
ノーマルサスってバイクにおける「正義の心」ともいえる「正しい操安」を持っている。欲望と悪心に踊らされ、ようやく正義の意味がわかった私は、ある時期からノーマルバランスの信望者になっているのです。
「じゃあなんでわざわざノーマルからリプレイスサスに変えたいの?」っていうと、「ノーマルサスがエンジンに対して大雑把すぎるケースがある」からなんですよ。国産メーカーはバランス重視で、かつおもてなしに優れてるから、エンジンにみあったサスをちゃんとつけてくれるけど、一部の海外製モデルはエンジンへの熱いコダワリがサスペンションに及んでないところがある。エンジン大好きな私としては、エンジンの足を引っ張る足回りがついていると、どーしてもそこを詰めたくなるんですよね。
良いエンジンってのは、フィギュアに例えると、顔の造形が最高ってことなんですよ。でも、そこが良いのに、体の造形が安いと耐えられないじゃないですか。

ただ、キャラは一切変えるつもりはないってことになると、基本的な本質は同じなわけで、「そこに大枚払うの?ノーマルでガマンできないの?」っていう、激しいせめぎ合いの中で悶絶することになるのですよ。
純正で許容範囲のサスが入っていれば、それでいいし、調整機構があればそれで調整するんですけど、調整機構もなく、私の許容範囲も超えるってことになると、途端に悩みが深くなる。その筆頭がダイナとモトグッチV7ってことになるので、海外製バイクの問題点はそういうところにあるんだろうなぁ・・。
バカな頃は悩みはないけど盲目で、強化パーツにどんどん金が出て行くし、バカの壁を越えたら越えたで、マニアックな悩みが生まれ続けて金が消える。結局、どうなろうが金は抜かれ続ける構図になってるのですよね。趣味の世界はこれだから・・実に恐ろしい世界です・・・。
(マニアックになればなるほど陥っていくのがサス地獄。リプレイスサスを入れると最終的には満足できるのはわかってはおるのですが、調整の面倒くささと、なによりコストが・・。)



コメント
コメント一覧 (23)
上質なフォークオイルに替えるのはいかがでしょうか。
2010年代の試行なので さらに高性能なのがありそうですけど、ウチのイナズマではASH40に落ち着きました。バイクメーカー純正/国内サスメーカー純正の粘度10番相当品と比較して、摺動抵抗が小さいので粘度15番相当のを使用できるために 作動感の改善と減衰の効きを両立できています。(スペシャルなブランドのFオイルはテストしていません)
フォークスプリング上部にスラストベアリングを挿入するのも サスの初動遅れが小さくなる効果がありました。
少ないコストで試せて、合わなければ元に戻しやすいのでオススメです。
へっちまん
が
しました
圧側減衰を中間ストロークでも発生させ、ストローク速度が高い際には過剰な圧減衰を逃がす、というシロモノです。
旋回中にFブレーキを当てた際に 即フォークが沈んでバイクが起き上がる事象を抑制できます(さじ加減も自由自在です)。比較的安価なパーツで効果も十分ですけど、まぁセットアップが迷宮でした。のでオススメしづらいパーツではあります。
イナズマでは一応の決着をつけたましたが ストトリ765RとCB250Rに慣れるにつれてイナズマの姿勢を両車に近づけるよう試行を再開しました。Fタイヤを有効に使えるようになりつつあって モチベーションを持続できます。見本が身近にあるのは助かりますね。
へっちまん
が
しました
今回はサスペンションのお話なんですね。ちょうど良いと言いますか、私も先日XSRの1年点検に出した際、フロントサスのプリロードを一番弱くしてもらいました(リアは購入直後に一番柔らかくしてます)。減衰はそのまま。店長さんによると、「一度に全部いじると訳わかんなくなるだろうから、とりあえずプリロードだけね」とのことでした。また、フロントが柔らかくなるので、ブレーキング時にかなりノーズダイブするようになると言われていたのですが、その辺を乗っている限りではそんなことないですね。フロントが動くようになって、今のところ良い感じです。今後はプリロードを戻すか、減衰を触るかってところなんですが、自分ではやらないような気がしますね。「わかんなくなったら持ってくるわ」とお店には伝えています。
私としては、コーナリング時に荷重がかかっているのを感じ取れるようにしたいんですよね。今だとそれが良く分からない。
あと今後ハンドルライザーを入れて少し身体を立たせ、よりリアに荷重がかかるようにしたいなと思っています。GBなんてがっつりリア荷重なバイクですから、すんごい乗りやすい。あんな感じにしたいんです。今のXSRはコーナリング時に加重がかかってるか良く分からなくて怖いんですよね。いきなり吹っ飛びそうな感じがする。
現行XSR900のアイボリーのやつは、国内専用でリアサスが明らかに柔らかくしてあるそうですし、日本での使い方に合わせて柔らかくしてるんだろうなと思っていました。
さて、これで乗りやすくなるといいなあ…。
へっちまん
が
しました
なんなら既に交換済みまである。
長年のブログ読者には分かるのデス笑
へっちまん
が
しました
私はエンジン買いするからこそ、足回りのキャパシティー>エンジンの性能が良い
リアサスは交換するにせよ、フロントどうするかなぁ~?
リフレッシュで対応か、スプリングやオイルの変更まで視野に入れようか…
長く乗るか?次も視野にいれるか?ある意味分水嶺かもしれないですねぇ〜
直近だとタイヤ交換が迫っております
ベアリングの交換も同時にお願いしなきゃ、アクスルシャフト変えてるのに軸受ゴリゴリジャ意味ない!
260サイズはバンク角稼げてワインディングで良かったけど、トータルだと純正の240戻しかなぁ?
同じくクルーズテックで検討中、同銘柄じゃないとサイズのせいか?タイヤのキャラのせいか?わからんですし
しかしクルーザーのカスタム内容としては地味かもしんない、現状足回りしか不満点ないし…
外観の変更って
1.ハンドルバーとそれに伴って仕方なくつけたKuryakynのキネティックグリップ
2.シルエットを低くしたくて、タナックスのリュートミラーへ
3.ヘプコ&ベッカーのレザーサイドバッグ
最強フォームまではいかないけど、クウガのライジングフォームくらいには成ってるか!
へっちまん
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今のダイナの前が97年のエボダイナでナローフォークでブレーキもシングルピストンだったので、乗り換えたら『うぉ!フロント剛性感マシマシ!ブレーキも効くぞ』となりました。超低レベルから乗り換えると低レベルでも満足できるということですねw
あと今日飛び込んできた一条寺烈/ギャバンの大葉健二さんの訃報・・・
『あばよ涙、よろしく勇気』の歌詞を胸に刻んでいたのに涙をこらえることはできませんでした
へっちまん
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V7のサスは同価格帯の国産やトライアンフと比べると、もうちょっと何とかならんのかと思っちゃいますね。まあ価格上昇の要因が為替影響が大きいので、基本的は2008年の初期モデルから殆ど手を加えられてないでしょうね。
私のV7III スペシャルはフロントが低速時にギクシャク感があり、滑らかさが欲しいところです。
フロントが倒立になったV7スポルトも気になりますが、リヤは変わらずだったかな?なんかダイナはスポーツと定義したハーレーと同じ香りがしますw
へっちまん
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ただ乗り続けている事で反応と変化というか違和感を感じる事が出来てると思う。
書きたい事が沢山あるけど、本口さんの脚についてだけ書いておきますね。
本口さんの脚はトラベルで130mmって書いているので、ストロークなら145mm?
多分実ストロークはもう少しあると思うから、80年代の設定じゃないかと思う。
前に書いたかも知れないけど、硬めのオイルを使うだけで性格が変わりますよ。
僕の6発も実ストロークが180mmあるけど、かなり粘るようになってます。
オイル硬度とオイル量の違いでもキャラは変えられるので、味見してみて下さい。
へっちまん
が
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バイクも探究心をくすぐられるので、いろんな事を試すのはいい事だと思います。
普通は何かを変えるからこれも一緒に変えよう!ってなると思うだろうけど、
へっちまんさんの様に一つの部品を突き詰めていくやり方の方が良いと思います。
部品を変えるにしても、お金をかけた甲斐を実感しやすいと思うので。
その為にも一緒に走って、こうなるといいんだけどな!を貯めることでしょうね?
吊るしの仕様でも手を入れられる所はあるので、試してみるの特権ですね。
では。
へっちまん
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