私は現在CB1100とCB1300の2台持ちになってます。これ、第三者目線からだと、「メチャメチャ無駄に見えるんだろうな~」って思う。だって空冷と水冷の違いはあれど、フレームほぼ同じで、カテゴリーだってコッテコテのジャパニーズ・ネイキッドで、しかも2台ともCBなわけですから・・・。
実際CB1100が出た時、CB1300SFと比較して、「アナタはどちらを選びますか?」みたいな比較記事が結構ありました。普通であればいずれかを選ぶのが常識的選択でしょうけど、どういうわけか、この2台が両方とも私のバイク小屋に存在しているわけですよ。
なぜCB1100を購入した後、続けてCB1300を買ってしまったのか?
「私の頭が完全に狂っているからDEATH!」
の一言ですませても良いのですが、それでは話はまったく膨らまない。空冷を手に入れたから、水冷も欲しいという欲望に任せただけかというと、そんな単純なことでもないわけです。やはりそこは、ブログネタ的にも「私なりの深い理由がちゃんとあったのだ!」といい切っていきたい。
今回はなぜそんなことになってしまったのか?っていう点と、それに絡めて、私の持つジャパニーズ・ネイキッド観みたいなものを少しだけ書いてみたいな~と思ってます。それではどうぞ~。
(暮れなずむCB1100EX。オールドルックなバイクにはセピアな風景が似合いますね。)
昨今、インドなど東南アジアの海外需要が伸びる一方、国内市場は最盛期の半分程度に縮小し、デザイン的にも車種展開的にもグローバルな事情が無視できなくなっています。そんな厳しいお家事情が反映されたバイクが国内メーカーのラインナップにズラリと並び、一時は日本独自のネイキッド・スタイルがなくなって、全部ストファイ系やアドベンチャーに置き換わっていくという状態になっていました。
Z900RSやCB1300みたいなスタイリングって「日本でしかウケない」って散々いわれているわけですけど、それっていわゆるガラパゴスですよね。CB1000Fが昔のCB900Fルックで出てきたのも「ヨーロッパでなんとか数を捌きたい」から、欧州でも成功したFをオマージュにもってきたという苦肉の策。要は日本で一世を風靡したジャパニーズ・ネイキッドスタイルってのは、いまや性能重視のストリートファイターに完全に駆逐されつつあり、世界で売ろうとしても数が出ないジリ貧商品のレッテルを貼られてる。でもね。ガラパゴスってのは
「日本固有のアイデンティティ」
の裏返しでもありますから。Z900RSが長年にわたり安定的に売れているのも、大型市場で「日本人が最もシックリくる選択肢がZ900RSである」ってことだと思うんですよ。そもそも日本で好まれる独特の美学が、美意識も環境も異なる他国で好まれないのは当たり前といえば当たり前。日本人にだけに刺さり、好まれるスタイルだからこそ、我々は「そこに日本を見ることができる」ともいえるわけです。
2年前に、そんな視点で私のバイク小屋を見まわしてみたら、極めて嘆かわしい状態でした。所有期間が圧倒的に長いダイナとゴールドウイングはどっちも「アメリカ生まれのアメリカ育ち」。その後、日本に回帰するどころか、イギリスの走り屋魂が爆発したストリートトリプルRSに3年、スタンダードな中にイタリアの楽天的快楽嗜好が込められたモトグッチV7も購入した。しかし、そこには「日本のスタンダード」が1つも存在していなかったのですよ。
「いやいや、アナタには日本専売のHAWK11があるでしょう?」
ってツッコむ人もいるかもしれないけど、HAWK11はロケットカウル至上主義という属人的固有結界を極めたあげく、早期ディスコンで霊界の向こう側に逝ってしまったという、次元を超越した「至高のスピリチュアル・ネタバイク」なんです。もはや日本とか世界とかを語るような存在ではないのですよ。
そんなわけで、そろそろ日本に回帰しようとした私があらためてバイク業界を見渡してみますと、日本メーカーのラインナップは、次々と上陸する海外の猛者達と互角に戦うため、いつしかとってもマッシブで、インターナショナルなものになっていたわけです。
私が大型免許取った90年代初期の国内市場って、日本独自の免許制度によって海外勢が軒並み排除されており、日本のプロ野球のように「日本人が日本人のために作ったバイクで熾烈な販売競争をしている状態」でしたが、教習所で大型免許が取得できるようになって以降、「いろんな人種が集まって競い合うMLB(メジャー・リーグ・ベースボール)」となり、それに環境規制等、諸々の事情が加わり、日本オリジナルなものはどんどん淘汰され、脇に追いやられていった感じなんですよね。
恵まれた選択肢が与えられるのは悪いことではないし、選択肢があればあるほど、乗り手の世界は広がるわけですけど、そういうグローバルな時代だからこそ「日本のバイクのアイデンティティとは何ぞや?」っていう命題が浮き彫りになってきたと思うんです。
ホンダは小排気量クラスに「スーパー・カブ」というジャパニーズ・アイデンティティが爆発したバケモノ商品がありますが、大型バイクでも「これが日本の文化です!」っていうスタイルを、もっともっと発信していくべきだと思うんですよ。売れないから社内稟議が通らない?はぁぁああ?黙らっしゃい!それを通さずして、日本企業としてどうやって生きていくんだ?ってことですよ。
特に4発エンジンを積んだネイキッドは日本独自の文化の極みだと私は勝手に思ってます。そんな日本人の感性を世界に発信していくことは、日本メーカーにしかできない。もうね。売れる売れないではなく、「これが日本だ!文句あんのか!!」って叫びながら、世界のバイク乗り達の顔面にパイ投げのようにぶつけていって欲しいと思う。その点では、受け入れられなくても、叩きのめされても、縦置Vをひたすらユーザーの顔面にグリグリと押しつけにいくモトグッチを私はとっても尊敬しているんですね。

文化的遺産というのは、時代によって淘汰されていったレガシー達を核にして成立するものですから、それを維持し続けようとすれば、ガラパゴスになったり、高コスト商品になるのもしょうがないことではあるでしょう。しかし、そのエキスを現代のバイクにどう取り入れていくのかは、メーカーの腕の見せ所ですし、儲からないからといって、長年育んできた文化を簡単に切り捨てて良いのか?というと、それは違うと思うのですよ。特にハイプライス商品では、多くの商品が歴史や地域性から生まれた個性を武器にして戦っているわけで、世界がグローバルになればなるほど、文化とアイデンティティは企業の戦略的兵站として、これまで以上になくてはならないものになっていくはずです。
「じゃあ、日本の大型バイクってどんなもの?」って聞かれて私の世代が頭に思い浮かべるのは、日本の誇る直列4気筒エンジンをお腹に抱えたジャパニーズ・ネイキッドスタイル以外ありえない。
CB1100の開発者インタビューの中で、開発者の吉田氏が「自分がヨーロッパから戻ってきて、乗るバイクがなかったから、CB1100を作った・・」みたいなことをおっしゃっていましたけど、当時まだ30代の若造だった私は、それを「ロートル向けの遅いバイクがないってことか?」って受け取ったんです。でも、今では、
「古き良き日本の伝統やホンダのルーツが投影された、日本人による日本人のためのバイクがない」
っていう意味だったんじゃないか?と解釈している。
当時、ホンダのネイキッド・ラインナップにはCB1300SFが既にありましたので、新たな四発ネイキッドなんていらないわけですよ。下手するとホンダの中で食い合うだけになりかねない。にもかかわらず、ホンダはわざわざ時代遅れの空冷エンジンを新規開発してまで、70年代スタイルのCB1100をデリバリーしました。このモデルのスタイリングは、ホンダのレガシーそのものであり、「日本でしか売上げを見込めないモデル」の最たるものだったと思います。でもホンダはこのバイクを排ガス規制を乗り越えさせながら、2022年まで引っ張った。そこにあったのは、市場の事情をガチ無視したワガママな源流回帰主義以外の何物でもないでしょう。
私の願望は「日本のルーツである空冷四発を手元に置きたい」ってものだったから、CB1100は、そのニーズに奇麗にハマっておりました。ラインナップから一番古めかしい仕様のEXを選び、「日本らしいバイクが欲しい!」っていう私の本懐はそこで遂げられるはずでした。実際、それが海外製のバイクならそこで満足していたと思うんです。でも、日本という環境で日本製のバイクをベースに育った私にとって、日本という概念は、もうちょっと複雑なものだったのです。
CB1100に乗って数千㎞を走り、「なるほど~、これが上の世代の人達が求めた、あの頃の乗り味なのかぁ・・」って、いたく感動した一方、「私にとっての70年代ってぶっちゃけ異文化みたいなものなのかも・・」とも思ったのです。
CB1100EXの乗り味は、70年代の古き良きネイキッドのエキスがたっぷり注入されていて、朴訥で、まっすぐで、男らしく、かつどこか優しくて、「日本のモノ作りの源流に触れる感覚」が確かに存在していました。でも、私の頭の中には、まったく異なる「もう一つの日本」が存在していた。それが
「90年代の日本の水冷四発」
です。
70年代オマージュのバイクに乗ることによって、「私のルーツは90年代であると自覚してしまう」という皮肉な結果になってしまったのです。ああ・・気づかなきゃもっと安く上がったってのに・・。
(こちらCB1300SF。アメリカンでもヨーロピアンでもない。このジャパニーズ・スタイルこそ我が青春です。)
私にとって、CB1100は「ホンダのルーツの具現化」であり、CB1300は「私のルーツの具現化」なのです。この2台は同じようで、私の中でまったく異なるポジションにいる。「仮面ライダー1号はルーツとして外せないけど、子供の頃に憧れたのは当時放送していた仮面ライダー・スーパー1でした!!」みたいな感じですかね。結局のところ、私にとってのCB姉妹ってのは、2台あわせて「私の中にある古き良き日本そのもの」っていう倒れ込みになっているのです。
「そういう選択は、あまりに情緒に振れすぎて合理的でないのでは?」っていう人もいると思う。でも、趣味と実益の違いって案外そういうところにあるのではないか?って私は思ってます。最初は知識や合理性に基づく常識的な視点や評論家やライターの意見を参考に選択していますけど、何年もその世界に浸っていると、「もうどうでもええやないか(笑)」ってことになり、自分の心のフィルターを通してでしかモノを見れなくなる。その現象は今までのどんな趣味でも共通している気がするんですよね。
性能欲求や知識欲求、承認欲求が天井を叩いた後に残るのは、ワガママな個人的嗜好であり、どんなに高いものを買っても、どんなに背伸びしたとしても、人は自分の器から決して出られないのです。だからこそ選択なんて「心の濾過フィルターを通過してくるものを一つ一つ拾っていく」という単純なものでいいのではないか?って思う。
私がCB2台持ちになってしまったのは、極めて個人的かつ内面的な事情によるものです。しかし、この2台を所有してから、心がとっても落ち着いたんですよね。それは自分の根っこにあたるものに再び戻り、それを確保できたからじゃないか?と考えていて、「消費異常者の落ち着き先として、ルーツというのは案外正しく機能するものなのかもしれない」という研究結果が出せそうな感覚がある。
まぁいろんな意味で、今の私は「日本人にはジャパニーズネイキッドというルーツが必要だ」って強く思っているってことなんです。
(オマケ漫画「CB1100とCB1300の時代差を野球で検証する」)
(同じネイキッドでも※しび江さん※と☆しび乃☆の間には、明確な差があります。どちらも表現しているのは王道ど真ん中であるわけですが、そこに時代による価値観の差が存在しているんですよね。)




コメント
コメント一覧 (17)
今回は日本独自(ガラパゴス)のジャパニーズネイキッドのお話ですね。
CBを2台も持っている言い訳に見えないこともないんですが、お気持ちはすごく共感できるので、私には何も言うことがなく大変満足です。
やはり自分が生きてきた時代の車両というものが根底にあり、それが一番しっくりくる。でも好きな系譜の源流も欲しいというのは、真っ当な欲求だと思うのですよ。
私はもう、XSRを購入したことで、ある程度バイクに対する欲求が満たされてしまっており、あとはリッターバイクや海外メーカーに対するコンプレックスしかないので、自分自身に対してあまり相手にする必要がないと思っています。これが解脱の始まりだったらいいなと思いますね~。
先日、中国のZXMOTOがスーパーバイクで優勝したように、今後中国メーカーが躍進してくることは、ほぼ確定と思っています。また中小排気量もいずれは中国メーカーに獲られていくのは間違いなく、日本のメーカーは欧米のメーカーのように、大排気量クラスでブランド化して生き残っていく、という形になるんじゃないかなあと思うのです。
そういった中でモトグッチのような、頑なとも感じられるような路線で、ジャパニーズネイキッドがどれほど受け入れられていくか、という点が問題になるかなと。これが日本メーカーの文化とか物語、歴史として受け入れられれば、モトグッチのような存在になれそうですが、どちらにしても相当規模は小さくなりそうです。
>情緒に振れすぎて合理的でないのでは?
今の若い子がいかにもこんなこと言いそうですが、趣味に合理もコスパも必要あるかい!と私は言いたくなりますね。好きだから乗っている以上、前提としてまず感情・情緒があるわけですから。
歳を取ってくると、流行りに関係なく自分の基準で物を選ぶようになりますから、歳を取るのも悪いことばかりではありませんねw。
へっちまん
が
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>汚いまっすぐ
きれいなジャイアンみたいだなあと思いました。
こちらもようやく桜が満開になり、週末に持っている4台それぞれ、桜とともに写真撮ってきました。満足なのですよ。
へっちまん
が
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90年代のジャパニーズスタンダード、正にドンピシャ世代で当時出たばかりのゼファー750に乗るために限定解除したのもいい思い出です。
そのあとBIG-1のCB1000SFが出て、当時はフィンが無いエンジンに興味も湧かず、デカさも相まって乗ろうとも思わなかったのですが、今になってあのズドンとしたエンジン外観とデカ尻カウルに憧れて、流石に4気筒はもういいかなと思いつつ、CB1000SFのいい中古があればクラッといきそうですw
へっちまん
が
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create benchmark??? 私のバイクライフにあってCBは、常にベンチマークであったように思います。
へっちまん
が
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やっぱり左右2本出しマフラーは…重くなろうがとても好き!
デュアルサイドエキゾーストでしか補給できない栄養素がある
もし、もし!3台持ち出来るとしたら…入れるかもなぁ〜?いや入れる
大排気量クルーザー1台、そこそこ悪路走破性のある軽量シングル1台、そして4気筒のジャパニーズビッグネイキッド!車重100kg刻みの構成…
ウォ~ツェ~これ最強!頭どうにかなるゥ↑
恐らくここのピースに当てはまるのはGSX1400!
チ、チガウ オレ ノンポリ スズキン デハナイッ!!
でもなんか、ピタッと当てはまるような直感があるんですよねぇ…SUZUKIに思い入れあるわけでもないんだけども
自分にとってのバイクのルーツをきっちり認識するのは必要ですよね
自分がバイク乗りであるという存在意義が確かにそこにある筈ですから
このまま無事に乗り続けられるとして、いつになるかはわからないですが
あの時の熱情を積んだ経験で再構成して、また自分の胸に落とし込めたらとても幸せなことだろうなぁ〜と思います
へっちまん
が
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私の場合は、リターンしてからGB350→CB400SF→モトグッチV7SP→CB1100EXと乗り継いできました。17の時、初めて乗ったCB750FOURの感動は大きかった。50年近く経った今でも、その排気音やタコメーターの動きを思い出します。CB750FOUR「70年代の空冷4発」が私にとってバイクの原点であり、いわばバイクの産湯だったのです。
当時果たせなかった限定解除、ナナハンという過去の目標を50年後に実現したようで、何を今さら、と言われそうですが、私もCB1100EXに至る道のりを「私なりの深い理由があったと言い切りたい」。
しかし、これまでに5,000㎞ほど走りましたが手強し260㎏です。これまで2回ブレーキレバーを折りました。相棒と呼べるには至っておらず、「ああ、我が青春の空冷4発」に苦戦中です。
へっちまん
が
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ホンダCB900Fの「カクッ」としたブレーキランプやカスタムによるダックテールのチカラモリモリ感はあのバイクでしか出せないかも…
スティードやドラッグスター、バルカンの国産Vツイン、一部では「ジャメリカン」と揶揄されがちですが、自分はやっぱり好きですね…ビラーゴやレブルでブッ飛んだChopperが作られたりアヴァンギャルドなBeeスタイルは、国産Vツイン無しには成し得なかったかなと。
あぁ…そして私もCBを2台、持ってます…
アオシマ1/12、ホンダCB400カスタム、CB750カスタム、まだ積まれています。マーボー君仕様と須王君仕様にしたいのですが、資料集めとキャストホイールが…
パーツ多すぎ(うぇ…)
下呂方面の道の駅に逃避〜!!(あかんがな)
ま、まだ世間様のように休みには入れませんが。
へっちまん
が
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34年ほど前にたまたま立ち寄った本屋のバイク雑誌に掲載されていた発売前のCB400SFに心を打ち抜かれました。ザ・バイクのようなフォルムはまさに私のバイクのイデアそのものでした。ただ唯一水冷エンジンというのが残念な点ではありましたが。
その後諸事情によりバイクを降りて、4年前にリターンしましたが、その時に選んだのはW800でした。その後V7specialとCB1100EXを増車してしまい、我ながら沼にどっぷり浸かった自分に呆れるばかりです。求めるタイプは、どれもオールドスクール系ばかりです。
昔読んだ澁澤龍彦の本に、人間の営みの源流には幼少期の原体験を再現させる欲求があるというような言葉があったような。自分にとっては、バイクを初めて憧れの対象として見たのは750ライダーのCB750FOURであり、その後のバイク選びにおいてその影が深く投影しているようです。。あと、幼少期にたまたま見たV7の写真も強く印象に残っていました。あの気を衒ったような変態チックなエンジンレイアウトには子供心にも見てはいけないアングラ的な怪しさを感じました。今では、あのレイアウトが重量バランスや冷却的にも合理的なつくりとわかり、イタリアンって意外とちゃんとしているんだと考え直しましたが。
へっちまん
が
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冬から春に、新しいシーズンに向けてちょっと振り返りって感じで、
6人への愛情満載、息抜きに一緒に走り回る姿が目に浮かびました!
1人目つきの悪い子が紛れてますが、仲良くお過ごしください。
ちょっと能登半島を周り、金剛崎の辺りは道路の復旧作業が続いていましたが、
R249は道も家屋もかなり復旧していました!太谷公民館の周りも綺麗でしたよ。
おばちゃんがくれたカレーを思い出しながら、いろんな話をしながら走りました。
海岸線の道も一部変わっていましたが、1年ぶりの能登をしっかり観て来ました。
6人と一緒の能登詣、今年は楽しんでくださいね! では。
へっちまん
が
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