歳を食うごとに少しずつスポーツバイクへの向き合い方が変わっていると感じています。

最近はあんまりスポーツを難しく考えることはなくなり、どれがスポーツバイクで、どれがそうじゃないか?ってことはあんまり意識しないようになっています。唯一の基準はコーナーを楽しめること。「ワインディングで楽しいなら何でもいいじゃん!」って感じで割とガバガバ。私の所有バイクは全て大型ですが、このクラスは、どいつもこいつもパワーだけなら中型のスポーツモデルを軽く超えており、「開ければどれもこれも十分スポーツなのでは?」ってくらいのスピードはあるから、スポーツの定義が、なんかふわっとしてきた気がするんですよね。

私が乗ってきたバイクの中でガチなスポーツといえばNSR250、CBR900RR、ストリートトリプルRSあたりですけど、振り返ればコイツらの負荷レベルはまさに職業アスリート的でした。ワインディングで開けるやいなや脳内麻薬が排出され、あっという間に戦闘スイッチが入る。「スポーツバイクはクラス最速じゃなきゃ!」ってことなら、これらのバイク達は、肉食系スポーツバイクのど真ん中であったと思います。

でも最近の私は同じ肉食でも「屍肉あさり系」とか「死霊の盆踊り系」になっちまってる。肉体とメンタルが衰えるにつれ、スポーツの垣根がどんどん低くなり、ついていけないような過激なものより、「自分が乗ってスポーツを感じられるものをスポーツバイク認定しちゃおう♡」なんて気楽に考えるようになっているんですよね。

そもそも、やってることは、「近場をダラダラ走り、風光明媚なところを見つけてコーヒーを飲む」だけ。はじまりの村の周辺で十分満足できちゃう村民でしかなく、レベルカンストしてるラスボスみたいなリッターSSと向き合うパッションは微塵もない。

スポーツバイクってバリバリに気合い入れて乗るイメージがついて回るじゃないですか。でも気合いの定義だって人それぞれだと思うんですよ。

「ファイトォォォォオオオオ!!イッパァァアアアツ!!」

と叫びながら、タンクトップで上腕二頭筋強調しながら崖を登るものもあれば、

「ファイト♡ファイト♡ファイト♡」

って乳揺らしながら河川敷走って行くのもある。同じファイトでも、前者は筋肉、後者は乳揺れが価値です。私はバイクにおける「エンジンおっぱい論」を展開しておるので、筋肉より、地球の重力に対する乳(エンジン)の揺れ方を考察する

「乳揺れソムリエ」

を目指したいのです。

そんなわけでHAWK11を手に入れて以降、スポーツバイクへの欲求はすっかり落ち着き、他に目がいっておりません。スポーツカテゴリは最新型への買い換えが当たり前の世界ですが、「その重力圏から完全に離脱した」と感じてる。今のところ4年目に入った※のじゃ子に足す必要も削る必要も感じてないし、ド・ノーマルのまま余生を送りそう。

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(購入3年を経過し、これどこ?こんな写真撮った?っていうのがパソコンの中にそこそこ溜まってきております。)

そんな※のじゃ子さんのワインディングでの走りは、目を尖らせてフードファイターのようにギャンギャンとコーナーをたいらげていくのではなく、無理せずヒラッと倒し込んで、広めの弧を描いてコーナーを楽しみつつ、濃厚なトラクション旋回を心ゆくまで堪能するものとなります。

リッターエンジンの潜在能力を中回転域のトラクション性能に大きく振ってるから、スピード出さなくても排気量のありがたみを感じられるし、トルクがタイヤに勝ってるから、アベレージ上げなくてもリアを流すギリギリのアクセル開度を探りながら走る楽しさがある。ダートでのオフ車走りを、セパハンのオンロードバイクでやってるみたいな感覚で、公道だとこっちの方が安全だしメチャ楽しい。前輪に依存してないから路面状況が多少悪くても、安心感をもってアプローチできるところも素敵です。

それとまったく異なる走りの世界を見せてくれるのがモトグッチV7。ワインディングに持ち込んだV7は他のバイクにはない個性があって、とっても不思議で面白いイタリアンです。

「HAWK11はまだわかるけど、64馬力のV7がスポーツバイクってプププ・・」

って思うかもしれないし、確かにこのバイクはゆったり流してると、実にのどかです。しかし、アベレージがある一定のところを超えると、難しいところがうわっと出てきて、64馬力でも「アガガガ・・・」ってなるんですよ。デカい釣り竿とゴリゴリした仕掛けでマグロをワッセワッセと一本釣りするのが現代の大型スポーツだとすると、竹竿かまえて浮きを見て、じーっとヘラブナを狙う感じかもしれない。パーフェクトにハマったな~っていうコーナリングはなかなかできないんですが、綺麗にハマったときは「ぐわぁ~!メチャクソ気持ちいいんだが~!好きすぎて滅!!」って気分が爆上がりする。「これはうまく曲がれたゾ♡」ってコーナーが1日に1本あるだけで、めっちゃアガるし、その一本が忘れられない余韻を心に刻んでくれるんです。

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自分のコーナーアプローチの適当さも明らかになり、「まだまだ未熟・・」って感じるところもいい。チューブタイヤとスポークホイールとヘニャなフロントサス&ブレーキは、負荷に対して繊細で、路面の影響も受けやすく、「これぞ理想の旋回!!」って感じられる幅が平均台のように狭い。それを踏み外さないように走るにはコーナーの曲率や路面状況を頭に入れ、合理的で正しいアプローチを事前準備から組み立てるという様式美のような走りになるんですよ。最近のバイクって補助機能が満載されてて、タイヤも高性能だから「とりあえずなんとかなるっしょ」って天地無用でコーナーに飛び込んで、リアブレーキで速度調整しまくってつじつま合わせてるから、ワインディングという環境に対する真剣度がいつの間にか適当になっちゃってたんですよね。V7は最近では珍しく、「走り込みによる攻略」って文字が頭に浮かぶバイクで、どんな路面でも自信を持って走破できるHAWK11とは異なる楽しみ方ができるバイクだと感じてます。

この2台に乗ってると、「2気筒って個性があっていいな~」って改めて実感するんですよね。

2気筒エンジンの何がいいかって、世界中のバイクメーカーにおいて2気筒を作ってないところはほぼないところでしょう。このためV型、直列、縦置きなどエンジンのシリンダー配置も多種多様で、それを包み込むシャーシ、エンジンの出力特性など、メーカーごとに考え方が違うし、デザインや乗り味に地域性も乗っかるから、とにかく発想が自由でバラエティに富んでいる。

スピードを絶対価値としないバイクが多いこともあり、魅力あるボディを作って「2つの乳(エンジン)をどう揺らす?」って点で、作る側の個性も出しやすくなってます。

ちなみにダイナなんかも300㎏オーバーのクソ重クルーザーですが、一応ハーレーの中ではビックツイン・スポーツという扱いをされてます。軽くないし、バンク角があまりにないので国産乗りからすると「オィィィイイ!これスポーツ枠なの?」って思いますが、コーナー曲がっているときに、ハーレーなりのスポーツ性というか、独特の気持ちよさが染み出てくる。

当然、楽しさも、ホンダ的なもの、モトグッチ的なもの、ハーレー的なもので全然違うわけですけど、こういうのって比較はできても、「乳揺れソムリエ」としては優劣などつけられないじゃないですか。日本で育ったナチュラルFカップと、イタリアの生まれのおじさん好きのするヨコ乳と、アメリカのホルスタイン爆乳が各々揺れているのを前にして、「どれ見ても笑顔にしかならないんだが?」って感想以外ギルティでしょう。

今私が落ち着いているV7とHAWK11って、人が選ばないバイクの二大巨頭だし、スペック的にも特段みるべきものはない。だからこそ、絶対的な基準のあるこのカテゴリーで、常識や人の意見に引きずられることなく、自分が感覚的に肯定できるものを優先できるようになったんだなぁって思う。ここまで、長い長い道のりでした。

※のじゃ子×ヴィーセ3.1
(今回は※のじゃ子とヴィーセのマイナータッグ。オッサンに「好きすぎて滅」になられてもキモいだけ。笑って消されそう。)

はるか昔からスポーツバイクの世界には「戦闘力至上主義と数値比較の法則」が深く根強く横たわっており、それがバイクを環境的妥当性から切り離し、乗り手を最強の夢にいざなってきました。スポーツバイクの価値が速さである以上、それが絶対的正義の一つの基準であることに疑いの余地はありません。

しかし、世界はとても残酷で、

生きとし生けるものの大多数はフツーのモブであり、強きものはただただ強い

私のような一般モブが普通に楽しむ限り、究極が必要になるはずもなく、強きもの達が放つ極光に手が届くわけもない。そうバイクはスゴいけど、我が身がショボすぎて滅なんです。

しかし、心の底でそれに気づいていたとしても、身の丈にあった伴侶に落ち着くまでに、人は多量の血を流してしまう。消費世界は現実と違って、コストさえ支払えば、私のようなしょぼくれた滅野郎でも圧倒的地位を持つ最強の夢マシンのが手に入れられるユートピアだからです。

周囲は簡単に「好きなものを買えばいい」と言うけど、趣味の世界で真にそれができるのはまっさらなビギナーか、黒焦げになったベテランだけ。なぜなら、趣味にハマればハマるほど、知識や情報が増え、自分の欲求や選択がそれに引きずられるからです。

趣味商品の世界は、最高最強を目指すための知識が山のように積み上げられていますけど、強さは常にインフレへと向かい、その歩みは決して止まることはない。広告収入で生きているメディア業界の都合もあり、デザインへの賛美や理論的正統性、スペックによる最強論をひたすら刷り込まれる洗脳空間。そんなところで身の丈や最善をどう選べと?よっぽどのコミュ症か、字が読めないレベルのポンコツじゃないと無理でしょ?少なくとも私は無理だった。

やっかいなのは、人を夢にいざなう知識や情報こそが、「趣味の世界に広がりと深さを作っている本質的要素」であるということです。知的探求こそが趣味の大いなる楽しみであり、知識や情報を遮断してしまってはその醍醐味が得られない。つまり趣味を楽しむ過程で、「大なり小なり人は洗脳されざるを得ない」ということになっている。

「そんなヤバい世界でどうやって正しく歩けばいいの?」って?はぁあ?現在大型6台並べて、消費の暗黒に顔突っ込んでる男にそんなこと聞きますか?それに答えを用意できるのなら、私の消費の旅なんてとっくに終わってますよ!!

今の私は「どのエンジンが感覚性能において最高なのか?」という迷宮に惑い、過去いちバイク市場に金を抜かれてタコ殴りになっている状態なんですよ。その発想の愚かさたるや、マジで頭が悪くて心が弱い。しかも、「どいつも最高なのでは?」という恐ろしい結論に至りそうで、頭抱えてヘドバンしている状況なんですよ。

でも安心してください。そんな才能の欠片もなく頭が悪い男でも、消費の悪魔に対抗できる方法が一つだけある。それは

「レベルを上げて物理で殴る」

ことです。これは有名なクソゲーから生まれた真理で、どんなに過酷で、破綻し、混沌とした理不尽な戦闘システムでも、唯一効果を上げうる絶対普遍の真理であり、センス皆無のユーザー側にも絶大な効果がある。血を吐きながら、周回して得た経験値でひたすら人間強度を上げ、道を惑わせんとするあらゆる理不尽を強引に殴り倒し、世界に独自の理を押しつける。これこそが頭が悪い脳筋プレイヤーが王にいたる唯一の道なんですよ。

周りがどうこうではなく、おのれの中に揺らぐことのない独自のルールを作っちまえば、それが、どんなに歪んでようがねじ曲がっていようが、自分以外の他人の作った常識やルールなど関係ない。

なお、私は今もってレベル上げの途上であり未熟なる者。自分の好みとその理由をようやく人にテキストで伝えられるようになった程度で、物理で殴ろうにも、どこを殴っていいかの的もなく、バカとエントロピーは果てしなく加速して留まるところを知らない。スポーツバイクにおいても、たどり着いた境地が「乳揺れソムリエ」なのですから、もはや目も当てられません。

それでも刷り込まれた究極を夢みて目を尖らせていた頃より満足度は高まってると思うし、自分なりのスポーツができているんじゃないかって実感がある。何よりも気持ちが楽で、飛ばしすぎて滅!になることもなくなってるから、一応、良い方向に向かってるんだろうな~って思ってます(笑)





ブログ内でたま~に好みのアニソンを紹介している私ですが、今回はこちら。曲名はブログの趣旨にふさわしく、「レベルを上げて物理で殴る」です。数多の正義を踏み越え、自らの経験と信念の旗のもとに、マイナーバイクを選んだ熱き勇者達に、中二病的リリック満載のこの曲を捧げます。