今回はCB1100EXのネタになります。CB1100EXはオールドライクなデイスコンバイクですけど、オールドルックのバイクは現行でもそれなりにありますね。このオールドカテゴリは、私の頭の中では明確に2つに分類され、整理されています。
それは「ネオレトロ」と「クラシック」です。これをしっかり区分けすることにより、自分の嗜好がより明確になるし、特定のバイクがなぜ売れたり、売れなかったりするのか?なぜ古き良き空冷エンジンが生き残り続けるのか?という点も一定程度理由をつけられると私は考えております。
雑誌等では、ネオレトロとクラシックは、いずれも「オールドルックなデザイン」の意味で使われている一方、レトロとクラシックの違いや定義づけはイマイチなされておらず、多くの方が「どっちも同じじゃね?」って印象なのではないでしょうか?しかし、機械式時計やアパレルの世界ではレトロとクラシックの間には明確な一線が引かれており、認識が大きく異なっています。
私のブログは過去の趣味や仕事から得られた知識や視点をバイクの世界に持ち込む、というのが1つの特徴になってますから、今回もバイク業界以外の目線を積極的に持ち込んでいきたいと思います。
最初に結論をいっておきますとCB1100EXは私の中では「クラシック」に分類されるバイクです。同じくモトグッチV7とダイナもクラシックですね。一方で今をときめくCB1000FやZ900RS、XSR900、現行カタナはいずれも「ネオレトロ」です。
(久しぶりのCB1100のブログ。ちょっと気合いが入ってます。)
今のカテゴリ分けでなんとなくおわかり頂けたのではないかと思うんですけど、私の中でのレトロデザインってのは「現代の機械や技術をベースにした過去のオマージュ」です。最新のエンジンやフレームを用いながら、姿形を過去に寄せたものですね。現代の性能と機能性を持ちながら、昔風のデザインを採用したものといってもいいでしょう。
他方、クラシックっていうのは、「古典的な要素や伝統的な意匠を頑なに守っているもの」であり、ミもフタもなく言えば、存在自体が古くさいんですよ。「昔の文法を守りながら、テコ入れされ続け作られているもの」とか、今の技術を使って「本格的な過去の再現を狙ったもの」がこれにあたります。
バイクの世界ではピンとこないかもしれないけど、他の業界では古典性の定義というのはそれなりに重要視されています。
機械式時計は「古典的な手作り感」が価値として重視されている世界ですが、その中でクラシックを表現しようとすると「ムーブメントに古き良き装飾技法があるか?」ってところが重要になる。時計のムーブメントには古典的装飾文法があり、時計オタクはそういうものを研究し、その質にとってもこだわっています。
例えばテンワ周りはチラネジ、スワンネックであって欲しいとか、穴石はミ・グラスでなきゃならんとか、地板にはペルラージュ、ブリッジは分厚くて側面の面取りは滑らかでこんもりしており、高級機ならブリッジ形状に出角と入り角があって、表面にコートドジュネーブがなくってはぁぁあ!なんて言い出すうっとうしいマニアは古参時計ファンには結構いる。
(こちらシンプリシティ。2000年初め頃、受注生産で発売されていたフィリップ・デュフォーの個人製作時計。一見すると何の変哲もない3針時計に見えますが、ムーブメントでいえば、古典的文法の全てがここにあり、その質も最上級。5年ほど前にこの時計のブログを書いてますので、興味のある方は「シンプリシティ」で検索を。)
アパレルの世界も同様。私は銭形警部のスタイルが大好きなんですが、警部愛用のトレンチコートにも一定の文法があり、正統なトレンチは「生地はギャバジン」、仕様には「ガンフラップ」「ラグランスリープ」「エポレット」「ストームフラップ」「Dカン」「アームベルト」が必須であり、それを全て備えているものこそホンモノであるっていう原理主義的アプローチがあるんです。
(銭形警部愛用の伝統的トレンチコート。スーツ&ハットにトレンチはかっこいいですね。)
それらはライフルを肩に当てたり、階級章をつけたり、手榴弾を下げたりするためのもので、現代にはほぼ不要な装飾であり、コートを重くし、使い勝手を悪くするだけと省略するメーカーも数多い。現代でそんなものを重視してトレンチを選びだしたら「テロリストですか?」って言われかねないですが、それらは、トレンチコートのルーツが軍用の塹壕用コートから発展したことを主張するために必要な美的要素で、ホンモノ感の演出のための記号性なんです。
そんな視点をバイクに当てはめると、クラシックっていうのは「古き良き文法に基づいて造られていること」になると思う。それは時計のムーブメントの装飾やトレンチコートの機能と同様、「古典美や伝統美を主張するための記号性を有しているか否か」、であるともいえるかもしれない。
そんな消費者視点で現代における古典的バイクの記号性を挙げていくと「空冷エンジン」、「鋼管フレーム」、「正立フォーク」、「2眼メーター」、「二本サス」、「スポークホイール」あたりになるでしょうか。
そうCB1100EXは「オールドな文法による伝統美をてんこ盛りにしているからこそ、クラシックなのである」ということなのです。性能重視の人は「なんでわざわざ一番低性能なグレードを選ぶの?」って思うかもしれないけど、私がクラシックカテゴリのバイクに求めるのは性能ではなく、バイクをクラシックたらしめる記号性だったりする。
私のCB1100の購入理由は「CBが欲しかった」からなんで、そりゃCBのルーツに触れたいわけですよ。CB1100は発表時にCB750FOURを並べ、古き良きCBという概念の継承を強調していたりした。だからこそ、「クラシックとしての価値を重視して選びたい」って思う気持ちが強く、それがEXというグレード選択に繋がったのです。
V7も同様で、伝統的なイタリアの乗り味を知りたい。という考えから、スポークホイールにチューブタイヤの最もクラシックなスペシャルを選択したといっていいでしょう。結局私がこれらのバイクを選ぶにあたって重視したのは、性能より、クラシックという概念だったということです。
(足回り、フレーム、エンジンなど、現代の製造クォリティで古典的文法を再現したCB1100。ホンダの公式ページから転載させて頂いてます。)
ここまで読むと「クラシックが正しい!」ってことになるかもしれないですけど、ことバイクに関しては、そんな簡単じゃないからややこしい。だって、バイクって運動体であり、愛でるだけのものじゃありませんから。公道を走る以上、環境に適応しなくてはならないし、交通に対する責任もあるし、乗り手の命もかかってる。
「クラシックでオールドな乗り味」って聞こえは良いけど、最新のバイクに対して性能面で大きなハンディキャップを背負っているってことは間違いないんですよ。オールドだけど速いなんてのは、乗り手の技量と経験と場数に完全に依存しているのであって、同じ人が最新型とクラシックの両方に乗れば前者が絶対的に機動性が高いのは間違いない。だから、そのハンディキャップを受け入れてなお、「オールドな乗り味やフィーリングを求めていく」っていう割り切りが必要になりますよね。
その点ネオレトロ系ってバランスとしてバッチリなわけですよ。現代の技術を懐古的デザインで包んでいるわけですから、性能自体は最先端。そもそもバイクってモデルチェンジの度に進化しているもので、技術というのは逆進はしないし、安全性は決して逆進してはならない。
そんなバイクにあって、「性能や安全面とデザインの両立」は必須であり、その点が最先端であるネオレトロ系が支持されるのは当然だと思うし、モビリティとして合理的に考えればネオレトロにいきつくことは間違いない。
しかし、それでもなお多くの人はクラシックに惹かれるし、それを求める人は後を絶たない。それは別にバイクの世界に限ったことでなく、あらゆるところでその現象がおこっています。
クラシックの要素が失われていきつつある現行モデルにあって、その要素を過去のバイクに求めざるを得ないから旧車は売れる。そもそもクラシックの記号性の中に「キャブレター」を入れるとなると、2000年代以前のバイクしか選べませんから。
素材も製造法も異なる現代においてクラシックをクラシックたらしめるものは、古き良きバイクが宿していた記号性です。それを満たすことでクラシックである正統性が担保され、正統性が所有感を上げる。その結果クラシックの世界では、価格と性能が切り離され、「古典を継承すること」が価格の根拠になっていく。だからこそ、一部のバイクメーカーは主力モデルにおいて古典的な価値や伝統を受け継ぐ空冷エンジンをやめないんですよね。
長きにわたって空冷エンジンを採用してきたモデルは、空冷エンジンが正統性の重要な担保となっていますから、それを失うことは即ち「クラシックの放棄」に繋がりかねず、販売戦略上の大きな弊害になりかねない。例えばハーレーのスポーツスターの後継として生まれたナイトスターは、モデルチェンジにあたって、スポスタの武器であったクラシックの記号性を放棄して、大幅な路線変更を行いました。これまでのスポスタは「ハーレーの文化と伝統そのもの」であり、それ故に国産バイクと同じ土俵での勝負にはならなかったんです。でも、新たに生み出されたナイトスターはスポーツスターの最大の武器であったクラシックの記号性を放棄したために、普通のクルーザーカテゴリのバイクになってしまった。
水冷化はハーレーが未来を生き抜くために必要なものだったけど、近代的な進化を一気に実行した結果、その後のナイトスターは「他メーカーと同じ土俵」で勝負せざるを得なくなってしまったんですね。それがナイトスター不振の本質であると私は思う。ハーレーの顧客層は、エントリーラインにクラシックな記号性の復活を求めているけど、経営陣はそれを受け入れそうにない。その結果、200万円以下のボリュームゾーンを価格競争力の高い他メーカーのネオレトロや、クラシックの王道を行くロイヤルエンフィールドに食い荒らされているというのが実情でしょう。
ハーレーがエントリーラインにおいてクラシックという武器を失った反面、トライアンフは非常に上手くやっていると思うんですよ。確かにボンネビルやスピードツインは環境問題を乗り切るため、空冷という記号性を放棄しました。しかし、それ以外の記号性はガチガチに守って採用し続けているんですよね。エンジンもコスト掛けて空冷フィンを付け空冷に擬態することで外面的記号性を作り込んでいるし、ボンネのエンジンの優しさやふんわり感は下手な空冷より空冷っぽい。トライアンフはネオレトロとクラシックの定義を良くわかってて、クラシックの記号性を可能な限り盛り込むことで、ネオレトロの競争に巻き込まれないよう気を遣っているんです。ここら辺に文化と伝統に対するイギリスメーカーの見識の深さが滲み出ていると私は感じています。
歴史の長い老舗メーカーは過去の時代を象徴するようなクラシックデザインを持っていて、それは大きな財産です。それを現代でどう活用するか?どんなさじ加減で再現するか?ってのは、安易なようで、実はもの凄くデリケートな問題であると思うんですよ。CB1000Fは2眼メーターを採用しませんでしたが、それは「ネオレトロである以上、クラシックにはなれない。それなら時代に合わない記号性は採用しない」ってバッサリ切って捨てたのだと思う。
逆にZ900RSは「ネオレトロだけれども、できるだけ市場の求める記号性を取り入れ、クラシックに寄せていこう」って考え方だと思うんです。特にメーター周りはライダーが一番見るところだから、2眼メーターはクラシックの演出としては実によく効くんですよね。
でも、乗ってみると前者の方が乗り味にクラシック風味があり、後者の方は現代っぽいのも面白い。私は「ネオレトロはどんなに頑張ってもクラシックにはなれない」って割り切っちゃってるから、デザインは現代だけど、乗り味にクラシック風味を漂わせた前者の方がネオレトロのコンセプト的には正しいんじゃないか?と思うけど、「いやいや機械は現代でも、意匠や記号性はできるだけクラシックを取り入れたものがいい」って人も沢山いるから、Z900RSはメチャクチャ売れたのでしょう。そこら辺の見極めとバイクの雰囲気の演出ってカワサキはとっても上手いですよね。
そろそろまとめに入りますけど、私の中では同じオールドルックでも、「ネオレトロ」と「クラシック」は、まったく別のものなんですよ。これは私なりの分類ですけど、この分類をすることによってオールドカテゴリーがスッキリと見られるようになるし、何を重視するのかも明確になる気がする。
トライアンフやCB1000Fなどのエンジンに乗ると「空冷エンジンに近い味わいって水冷エンジンでもそこそこ出せるんじゃね?」って思ったりもしますから、空冷エンジンの存在価値は?ってことにもなるわけですけど、結局のところ、現代における空冷エンジンって「空冷エンジンであること自体が価値」なのだろうと思うのですよ。
空冷エンジンを鋼管フレームに抱き込むことにより、「熾烈なネオレトロの販売競争」という激しい荒波に揉まれなくて済む。なぜなら、空冷エンジンは「古き良き価値観の象徴」であり、それを採用することは、レトロではなく、クラシックであることの証明になるからです。空冷エンジンは、クラシックな世界に思いを馳せる記号性として、強く優しい輝きを放っているからこそ、それは現代でも生き残り続けている。
かくいう私もいつしか顧客としてクラシックを好むようになってます。それはストリートトリプルRSを体験したことにより、自分の体力や能力の限界が明確になり、性能面より情緒的な側面からバイクを選ぶ傾向が強くなったからだと思う。性能に上限を引くかわりに、バイクの中に世界観やアイデンティティ、文化、歴史、風土、そういう無形文化財的なものを求めるようになっているんですよね。CB1100EXが好ましいと思うのは、このバイクがホンダの文化的、歴史的ルーツを折り込んだバイクであると感じるからでしょう。
私にとって、ネオレトロとは「現代から見る過去」であり、クラシックは「過去への回帰」です。人は年を食うと過去に回帰したくなるんですよ。乗り手自身がクラシックな存在になっちまうからです。そんなノスタルジーを求める顧客がいる限り、消費財は作られ続ける。
セピアな過去に懐かしさを感じ、過去への回帰を実現してくれるものを手に入れたい。そんな欲求を持ち、それに大枚をはたく人達が消えない限り、趣味性の極北ともいえる空冷エンジンは時代の逆風に逆らい、今後も造り続けられていくのかもしれませんね。
(オマケ漫画「人は空冷をなぜ選ぶのか」)
それは「ネオレトロ」と「クラシック」です。これをしっかり区分けすることにより、自分の嗜好がより明確になるし、特定のバイクがなぜ売れたり、売れなかったりするのか?なぜ古き良き空冷エンジンが生き残り続けるのか?という点も一定程度理由をつけられると私は考えております。
雑誌等では、ネオレトロとクラシックは、いずれも「オールドルックなデザイン」の意味で使われている一方、レトロとクラシックの違いや定義づけはイマイチなされておらず、多くの方が「どっちも同じじゃね?」って印象なのではないでしょうか?しかし、機械式時計やアパレルの世界ではレトロとクラシックの間には明確な一線が引かれており、認識が大きく異なっています。
私のブログは過去の趣味や仕事から得られた知識や視点をバイクの世界に持ち込む、というのが1つの特徴になってますから、今回もバイク業界以外の目線を積極的に持ち込んでいきたいと思います。
最初に結論をいっておきますとCB1100EXは私の中では「クラシック」に分類されるバイクです。同じくモトグッチV7とダイナもクラシックですね。一方で今をときめくCB1000FやZ900RS、XSR900、現行カタナはいずれも「ネオレトロ」です。
(久しぶりのCB1100のブログ。ちょっと気合いが入ってます。)
今のカテゴリ分けでなんとなくおわかり頂けたのではないかと思うんですけど、私の中でのレトロデザインってのは「現代の機械や技術をベースにした過去のオマージュ」です。最新のエンジンやフレームを用いながら、姿形を過去に寄せたものですね。現代の性能と機能性を持ちながら、昔風のデザインを採用したものといってもいいでしょう。
他方、クラシックっていうのは、「古典的な要素や伝統的な意匠を頑なに守っているもの」であり、ミもフタもなく言えば、存在自体が古くさいんですよ。「昔の文法を守りながら、テコ入れされ続け作られているもの」とか、今の技術を使って「本格的な過去の再現を狙ったもの」がこれにあたります。
バイクの世界ではピンとこないかもしれないけど、他の業界では古典性の定義というのはそれなりに重要視されています。
機械式時計は「古典的な手作り感」が価値として重視されている世界ですが、その中でクラシックを表現しようとすると「ムーブメントに古き良き装飾技法があるか?」ってところが重要になる。時計のムーブメントには古典的装飾文法があり、時計オタクはそういうものを研究し、その質にとってもこだわっています。
例えばテンワ周りはチラネジ、スワンネックであって欲しいとか、穴石はミ・グラスでなきゃならんとか、地板にはペルラージュ、ブリッジは分厚くて側面の面取りは滑らかでこんもりしており、高級機ならブリッジ形状に出角と入り角があって、表面にコートドジュネーブがなくってはぁぁあ!なんて言い出すうっとうしいマニアは古参時計ファンには結構いる。

アパレルの世界も同様。私は銭形警部のスタイルが大好きなんですが、警部愛用のトレンチコートにも一定の文法があり、正統なトレンチは「生地はギャバジン」、仕様には「ガンフラップ」「ラグランスリープ」「エポレット」「ストームフラップ」「Dカン」「アームベルト」が必須であり、それを全て備えているものこそホンモノであるっていう原理主義的アプローチがあるんです。

それらはライフルを肩に当てたり、階級章をつけたり、手榴弾を下げたりするためのもので、現代にはほぼ不要な装飾であり、コートを重くし、使い勝手を悪くするだけと省略するメーカーも数多い。現代でそんなものを重視してトレンチを選びだしたら「テロリストですか?」って言われかねないですが、それらは、トレンチコートのルーツが軍用の塹壕用コートから発展したことを主張するために必要な美的要素で、ホンモノ感の演出のための記号性なんです。
そんな視点をバイクに当てはめると、クラシックっていうのは「古き良き文法に基づいて造られていること」になると思う。それは時計のムーブメントの装飾やトレンチコートの機能と同様、「古典美や伝統美を主張するための記号性を有しているか否か」、であるともいえるかもしれない。
そんな消費者視点で現代における古典的バイクの記号性を挙げていくと「空冷エンジン」、「鋼管フレーム」、「正立フォーク」、「2眼メーター」、「二本サス」、「スポークホイール」あたりになるでしょうか。
そうCB1100EXは「オールドな文法による伝統美をてんこ盛りにしているからこそ、クラシックなのである」ということなのです。性能重視の人は「なんでわざわざ一番低性能なグレードを選ぶの?」って思うかもしれないけど、私がクラシックカテゴリのバイクに求めるのは性能ではなく、バイクをクラシックたらしめる記号性だったりする。
私のCB1100の購入理由は「CBが欲しかった」からなんで、そりゃCBのルーツに触れたいわけですよ。CB1100は発表時にCB750FOURを並べ、古き良きCBという概念の継承を強調していたりした。だからこそ、「クラシックとしての価値を重視して選びたい」って思う気持ちが強く、それがEXというグレード選択に繋がったのです。
V7も同様で、伝統的なイタリアの乗り味を知りたい。という考えから、スポークホイールにチューブタイヤの最もクラシックなスペシャルを選択したといっていいでしょう。結局私がこれらのバイクを選ぶにあたって重視したのは、性能より、クラシックという概念だったということです。

ここまで読むと「クラシックが正しい!」ってことになるかもしれないですけど、ことバイクに関しては、そんな簡単じゃないからややこしい。だって、バイクって運動体であり、愛でるだけのものじゃありませんから。公道を走る以上、環境に適応しなくてはならないし、交通に対する責任もあるし、乗り手の命もかかってる。
「クラシックでオールドな乗り味」って聞こえは良いけど、最新のバイクに対して性能面で大きなハンディキャップを背負っているってことは間違いないんですよ。オールドだけど速いなんてのは、乗り手の技量と経験と場数に完全に依存しているのであって、同じ人が最新型とクラシックの両方に乗れば前者が絶対的に機動性が高いのは間違いない。だから、そのハンディキャップを受け入れてなお、「オールドな乗り味やフィーリングを求めていく」っていう割り切りが必要になりますよね。
その点ネオレトロ系ってバランスとしてバッチリなわけですよ。現代の技術を懐古的デザインで包んでいるわけですから、性能自体は最先端。そもそもバイクってモデルチェンジの度に進化しているもので、技術というのは逆進はしないし、安全性は決して逆進してはならない。
そんなバイクにあって、「性能や安全面とデザインの両立」は必須であり、その点が最先端であるネオレトロ系が支持されるのは当然だと思うし、モビリティとして合理的に考えればネオレトロにいきつくことは間違いない。
しかし、それでもなお多くの人はクラシックに惹かれるし、それを求める人は後を絶たない。それは別にバイクの世界に限ったことでなく、あらゆるところでその現象がおこっています。
クラシックの要素が失われていきつつある現行モデルにあって、その要素を過去のバイクに求めざるを得ないから旧車は売れる。そもそもクラシックの記号性の中に「キャブレター」を入れるとなると、2000年代以前のバイクしか選べませんから。
素材も製造法も異なる現代においてクラシックをクラシックたらしめるものは、古き良きバイクが宿していた記号性です。それを満たすことでクラシックである正統性が担保され、正統性が所有感を上げる。その結果クラシックの世界では、価格と性能が切り離され、「古典を継承すること」が価格の根拠になっていく。だからこそ、一部のバイクメーカーは主力モデルにおいて古典的な価値や伝統を受け継ぐ空冷エンジンをやめないんですよね。
長きにわたって空冷エンジンを採用してきたモデルは、空冷エンジンが正統性の重要な担保となっていますから、それを失うことは即ち「クラシックの放棄」に繋がりかねず、販売戦略上の大きな弊害になりかねない。例えばハーレーのスポーツスターの後継として生まれたナイトスターは、モデルチェンジにあたって、スポスタの武器であったクラシックの記号性を放棄して、大幅な路線変更を行いました。これまでのスポスタは「ハーレーの文化と伝統そのもの」であり、それ故に国産バイクと同じ土俵での勝負にはならなかったんです。でも、新たに生み出されたナイトスターはスポーツスターの最大の武器であったクラシックの記号性を放棄したために、普通のクルーザーカテゴリのバイクになってしまった。
水冷化はハーレーが未来を生き抜くために必要なものだったけど、近代的な進化を一気に実行した結果、その後のナイトスターは「他メーカーと同じ土俵」で勝負せざるを得なくなってしまったんですね。それがナイトスター不振の本質であると私は思う。ハーレーの顧客層は、エントリーラインにクラシックな記号性の復活を求めているけど、経営陣はそれを受け入れそうにない。その結果、200万円以下のボリュームゾーンを価格競争力の高い他メーカーのネオレトロや、クラシックの王道を行くロイヤルエンフィールドに食い荒らされているというのが実情でしょう。
ハーレーがエントリーラインにおいてクラシックという武器を失った反面、トライアンフは非常に上手くやっていると思うんですよ。確かにボンネビルやスピードツインは環境問題を乗り切るため、空冷という記号性を放棄しました。しかし、それ以外の記号性はガチガチに守って採用し続けているんですよね。エンジンもコスト掛けて空冷フィンを付け空冷に擬態することで外面的記号性を作り込んでいるし、ボンネのエンジンの優しさやふんわり感は下手な空冷より空冷っぽい。トライアンフはネオレトロとクラシックの定義を良くわかってて、クラシックの記号性を可能な限り盛り込むことで、ネオレトロの競争に巻き込まれないよう気を遣っているんです。ここら辺に文化と伝統に対するイギリスメーカーの見識の深さが滲み出ていると私は感じています。
歴史の長い老舗メーカーは過去の時代を象徴するようなクラシックデザインを持っていて、それは大きな財産です。それを現代でどう活用するか?どんなさじ加減で再現するか?ってのは、安易なようで、実はもの凄くデリケートな問題であると思うんですよ。CB1000Fは2眼メーターを採用しませんでしたが、それは「ネオレトロである以上、クラシックにはなれない。それなら時代に合わない記号性は採用しない」ってバッサリ切って捨てたのだと思う。
逆にZ900RSは「ネオレトロだけれども、できるだけ市場の求める記号性を取り入れ、クラシックに寄せていこう」って考え方だと思うんです。特にメーター周りはライダーが一番見るところだから、2眼メーターはクラシックの演出としては実によく効くんですよね。
でも、乗ってみると前者の方が乗り味にクラシック風味があり、後者の方は現代っぽいのも面白い。私は「ネオレトロはどんなに頑張ってもクラシックにはなれない」って割り切っちゃってるから、デザインは現代だけど、乗り味にクラシック風味を漂わせた前者の方がネオレトロのコンセプト的には正しいんじゃないか?と思うけど、「いやいや機械は現代でも、意匠や記号性はできるだけクラシックを取り入れたものがいい」って人も沢山いるから、Z900RSはメチャクチャ売れたのでしょう。そこら辺の見極めとバイクの雰囲気の演出ってカワサキはとっても上手いですよね。
そろそろまとめに入りますけど、私の中では同じオールドルックでも、「ネオレトロ」と「クラシック」は、まったく別のものなんですよ。これは私なりの分類ですけど、この分類をすることによってオールドカテゴリーがスッキリと見られるようになるし、何を重視するのかも明確になる気がする。
トライアンフやCB1000Fなどのエンジンに乗ると「空冷エンジンに近い味わいって水冷エンジンでもそこそこ出せるんじゃね?」って思ったりもしますから、空冷エンジンの存在価値は?ってことにもなるわけですけど、結局のところ、現代における空冷エンジンって「空冷エンジンであること自体が価値」なのだろうと思うのですよ。
空冷エンジンを鋼管フレームに抱き込むことにより、「熾烈なネオレトロの販売競争」という激しい荒波に揉まれなくて済む。なぜなら、空冷エンジンは「古き良き価値観の象徴」であり、それを採用することは、レトロではなく、クラシックであることの証明になるからです。空冷エンジンは、クラシックな世界に思いを馳せる記号性として、強く優しい輝きを放っているからこそ、それは現代でも生き残り続けている。
かくいう私もいつしか顧客としてクラシックを好むようになってます。それはストリートトリプルRSを体験したことにより、自分の体力や能力の限界が明確になり、性能面より情緒的な側面からバイクを選ぶ傾向が強くなったからだと思う。性能に上限を引くかわりに、バイクの中に世界観やアイデンティティ、文化、歴史、風土、そういう無形文化財的なものを求めるようになっているんですよね。CB1100EXが好ましいと思うのは、このバイクがホンダの文化的、歴史的ルーツを折り込んだバイクであると感じるからでしょう。
私にとって、ネオレトロとは「現代から見る過去」であり、クラシックは「過去への回帰」です。人は年を食うと過去に回帰したくなるんですよ。乗り手自身がクラシックな存在になっちまうからです。そんなノスタルジーを求める顧客がいる限り、消費財は作られ続ける。
セピアな過去に懐かしさを感じ、過去への回帰を実現してくれるものを手に入れたい。そんな欲求を持ち、それに大枚をはたく人達が消えない限り、趣味性の極北ともいえる空冷エンジンは時代の逆風に逆らい、今後も造り続けられていくのかもしれませんね。
(オマケ漫画「人は空冷をなぜ選ぶのか」)



コメント
コメント一覧 (29)
雪もあと1ヶ月ですかね~。除雪と通勤渋滞で、くたくたです。
今回のは、なるほどな~っ、そうだね~って面白く読ませて貰いました。
ところで、年末ギリギリにBMWR100RSが完成し、310キロ程、テストとタイヤの皮剥きを兼ねて走って見ました。昔、購入した時も国産バイクに比較するのもおこがましい性能でしたが、それでも初期型の二本サスのRSに比べると、全てがおとなしくて、乗りやすく?
正常進化したものと思ったものでした。
先日走った印象は…。新車のお高い方の250を購入出来るレストア費用をかけて、これかいな~
って思ったのですが、自分も高齢者講習をしないと免許更新不可のレトロなので、帰宅する頃には、この性能で十分だと思うように変化しました。
最近のネオレトロのバイク、良いな~って思う反面、リア周りのデザインについて行けない自分は…。やっぱり年寄りなんでしょうね。
あと1ヶ月、雪が降り寒い日が続きます。
ご自愛してくださいね。
へっちまん
が
しました
ネオレトロとクラシック、確かに同じ様で全然違いますよね。自分も「新しい技術で敢えて昔の雰囲気を出したうえ、現代の風味も加えてる」のがネオレトロ「既存の技術で基本構成して、スタイルや味付けも昔のまんま、且つ現代の技術を融合させて今に使える物に仕上げてある(耐久性とか)」がクラシックなのかなあ、と、その考えならまさにしび江さんはクラシックの部類、CB1000FやXSR900、GSX−8TT辺りはネオレトロになりますね😄で、その中間にあたるのがZ900系のカワサキ車、商売上手いですね😅
自分は指揮官もとい奥様の影響(かなりの合理主義)なのか、余り古い物への回帰ってないんですよね。むしろ新しい物が出たらそれを習得して更に上手く使っていきたい。もしオートバイも複数持ちが可能なら違った展開になるのかも知れません。
さあ、今日はせっかくのお休みなので赤い扉を開けてNTでお出かけ、と言いたいところですが、既に昨日指揮官から下命の課題を命ぜられております。それではこれから課題達成のためしび江さんを見て癒やされながら自宅でのお仕事に邁進することに致します。乱文長文失礼いたしました😅💦
へっちまん
が
しました
ネオレトロとクラシック、なるほど~。
TCもハーレーの歴史の中では比較的新しいですけど、世間的にはオールドバイクの範疇に入ってしまうのでしょうね。
もし自分が2台目を買うなら、ネオレトロのカテゴリーがいいなぁ~、と思います。
Z1とかショベルとか本物の旧車はハードルが高い。四輪の話でなんですが、知人の空冷ビートルを運転させてもらったことがありまして、味はあっても、ハンドリングとかブレーキの効きなど実用性は現代の車とはやはり較べるべくもない。愛がないと所有は現実的でないと思いましね。
一方、最新のバイクといっても、超速そ~な前傾姿勢の強いバイクだと、バイク経験値も技術も低いヘタレ君は、跨った瞬間に自分にはムリ~ってなっちゃう。こういう人はきっと私だけじゃないはず(笑)
そんなわけでネオレトロって、ちょっと見た目は昔風だけど中身は最新のバイクという、多くの人にささると思います。Z900RS、CB1000F、欲しいですもん。
そしてもし3台目を買うときは、ハーレー以外のクラシック路線がいいな~。空冷なのに、ちゃんと規制と安全性をクリアーしている現代のバイクであるというのは、なんて素晴らしいことなのでしょう。でもCB1100はもう新車では買えないのですね~
そもそも複数台持ちできないのに、妄想失礼しました。
へっちまん
が
しました
なぜなら バイクに触れたときの肌に伝わる感覚が全く違う
20歳代で限定解除してCB750Fに乗り換えたは良いけど
何か物足りないと感じでCB750FOURに愛車を先祖返りさせた私
「単車」とか「鉄馬」と云えるポリシー保つにはプラスチックじゃダメなんです
時計も機械式のアナログが今はその筋の濃い愛好者には好まれていますが
バイクでそれを叶えるとしたら やっぱり「キャブレター」と「ポイント点火」
ですかね
かつてのライダーはそれらも弄れて一人前でしたから
へっちまん
が
しました
6年経って不思議なこと。このバイク、女性や初心者に好まれるようです。走りたがり屋は XSR
へっちまん
が
しました
へっちまん
が
しました
煩雑!カテゴライズが煩雑過ぎる!?
どの単語が大枠で?この単語はジャンルとして競合して!?その単語はあの単語の発展系で違いわ!!!?覚えるの大変でしたよ
規則性と自分の中での線引きが出来たら出来たで、他者と意見の相違があったり
結局落ち着いたのはコミュニケーションの場では高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するという、所謂の出たとこ勝負で日和見です
クルーザーのカスタム、スポーツ、オフ系のジャンルもなかなか入り組んでますよね
端緒はどうか?どう廃れて発展して、再びフォーカスされて、こういうの調べてる時当時を知らない私からしたらすごくワクワクして刺激的ですね
へっちまん
が
しました
僕の中では旧車と新車という単純分類でして、販売がディスコンしたのが旧車、マイナー変更しつつも販売継続が新車という認識です。
35年位前に買ったタグホイヤーを未だに使っていますが、オーバーホール2回やって維持費が購入価格を超えつつあります。
当然ディスコンモデルなので国内にパーツはなくおスイスから取り寄せる始末で、まあお高いでした。
旧車バイクの維持費もスゴそうだなとハナから尻込みして、ネオレトロ歩兵であるCB1000F SEをポチりました。
CB1000F SEに行き着くまでにZ900RS、R12 Nine T、V7 Stone と色々と検討しましたが、決め手はSEのコスパとホンダ・ドリームと自宅とのキョリでした。
値札を見ないで買って維持できる余裕があれば良かったのですが、そうもいかないので価格に全フリしてしまいました。
空冷4発、2眼メーター、スポークホイール、どれも素敵ですね。
へちまんさんの美しいバイクたち、写真をみただけでもうっとりしちゃいますが、しっかりとお手入れされている成果と思います。
深い愛情を感じます。
僕の場合、効果は不明ですが、納車前にCB1000F SEにガラスコーティングをお願いしました。
なので、ライドから帰宅したら18Vのエアダスターをホイール、エンジン、カウル、シート、マフラーにかけておしまいという独自のクリーニングをルーチンにしています。
幸いにも雨に打たれてはいないのでフクピカの出番はありませんが、機械式の掃除はラクで良いです。
降雪厳しい中とは思いますが、お身体とバイクたちをご自愛下さい。
春はすぐそこです!(おそらくw)
へっちまん
が
しました
→CB1100EXは私の中では「クラシック」に分類されるバイクです。
禿同です。うちの本郷さん(CB1100EX)に乗ってたら激しく思います。
周りに比べてあからさまなスペック不足がその証拠です(笑)
というより、さすがに当時物とは比べられないですが、そもそもの作りが古い。
だからこそあのフィーリングと思うので。
最近というかリターンしてからバイクって、速いだけじゃ満足しないようになっちゃったので、なんというかじわーって来て欲しいんですよ、音、フィール、景色、色んなものがじんわり来て欲しいんです。申し訳ない。語彙力不足で(笑)
温かくなるまでもうしばらくかかりますが、どうかご自愛下さりませ。
へっちまん
が
しました
今回のネオレトロとクラシックのお話、大変興味深かったです。
私が乗っているXSRとGBはネオレトロ、ドリーム50はクラシックですね。旧車化しつつあるかもしれませんが…。ただネオレトロって、私の感覚では70年代までのバイクをオマージュしたものという印象があって、80年代レーサーオマージュのXSRは少し外れるようにも思っています。だからヤマハはヘリテイジなんて言ってるのかなあと。
クラシックはすごく納得のいくものがありました。美術と同じで、決まった「文脈」を抑えることが重要なんだろうと思っていたら、やはり「古き良き文法に基づいて造られていること」という言葉が出てきて、膝を打った次第です。
昔何かで読んだんですが、現代美術家の村上隆さんが、等身大美少女フィギュアを美術品として発表していて、それは現代美術の文脈を押さえているかられっきとした美術品なんだとか。私にはただのでかいフィギュアにしか見えないんですが、普通の等身大フィギュアとは違うんだそうですね。美術は見方を知らないと全然楽しめないところがありますから、私はその見方を知らないから分からないんでしょう。
時計のお話はさっぱりなんですが、私が持っているセイコー5の自動巻時計、7年ほど前に12800円で購入した物が、先日amazonで見てみたら78000円もしてびっくりしました。製造終了してプレミア価格になってるんですね。
時計の世界も、足を踏み込むと大変なことになりそうです。まあ私はそんな時計を買えるような経済力は無いので、大変なことにはなり得ません。チプカシやセイコーの自動巻くらいが関の山。
へっちまん
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私は10代の時CB750FOURに乗りたくて限定解除をめざすも挫折。しかし、50年後にリターンしてGB350S、V7スペシャルと乗り継ぎ、64歳の現在CB1100EXに至りました。
青春時代をともに過ごした空冷エンジンが自分のバイクライフの原点です。ネオレトロのCB1000F ではなく、クラシックのEXを選んだのは原点回帰だったようです。バイク選びは自分を知る旅ですね(笑)。リターンしたときには、まさかEXに乗れるとは思いませんでしたので。空冷4気筒は日本のバイクの古典、そこに込められた、バイクに賭けた人たちの情熱、50年の歴史、私もへっちまんさんと同じように味わっていますよ。
へっちまん
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私のCG125Fi はガチレトロかな??
ちなみに前後フェンダ‐ ちゃんと磁石くっ付きます。
へっちまん
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