最近、なかなかドキッとすることってないんですけど、前回ブログのコメントに久しぶりに胸が高鳴る表現がありました。

「これからちょっと奥多摩か秩父に行ってきまーす😆」

それ読んだときに「そうかぁ・・ひょっとして奥秩父あたりにいっちゃうのかな・・」ってちょっとドキドキしたんですよね。

私は奥秩父って

「凄くエッチな地名だ・・」

って思ってるんですよ。「オィィィイイイ!!頭煮えてんの!?ってツッコまれるかもしれませんが、よく考えてみてくださいよ。オクチチブですよ?

つまり、漢字で変換すると奥秩父→オクチチブ→奥乳部。「こらぁあああ!なんつー変換しとるんじゃああああ!」って秩父在住の人々は身もだえするかもしれないけどそんなの知らん。私の脳内は独自の固有結界ですから何をやっても許される。脳内なら犯罪にもならぬ(真顔)

そして、奥乳部って完全に胸の谷間じゃぁぁああないか。これから「奥乳部にツーリング♡」なんて、もはや男の夢でしかない。スターマリオみたいに動きがとんでもなく速くなるまである。

埼玉の人達は秩父って地名は当たり前かもしれませんけど、私はこのオクチチブという響きに、湧き上がるエロスの波動を感じるんですよね。あからさまで、これみよがしなエロマンガ島やスケベニンゲン(オランダの都市)、キンタマーニ山(インドネシア)のような地名より、圧倒的エロスパワーを感じる神の地になってます。

ちなみに一度こういう特殊変換が頭に浮かんじゃうと、どうにもならん単語ってのは、割とあります。例えば「励ます」とか「励みになる」って単語。これは胸を打つような感動的場面で使われることが多いですけど、私はこの心温まる「励ます」が、頭の中で「ハゲ増す」となり、「励みになる」「ハゲ味になる」に変換されるという脳の奇病に悩まされています。そう脳内でハゲ自虐による文字変換が行われてしまうんですね。

私のイラストだと髪の毛がまだあるように見えるし、若々しくサングラスなんかもかけている。でも、リアルは既にハゲ散らかしてて、僅かに残った名残はほぼ白髪。髪型を構成できるだけの素材が残ってませんから、バリカン3分刈りの頭ネイキッドになってます。ぶっちゃけヒゲを剃って精気を吸い取り、老化させた上でブサイクにした「ムーキー・ベッツ」みたいな感じ。

乱視も酷く、視力も落ちてるので、サングラスどころか、色つきの眼鏡かけると何も見えない。よって、色無し眼鏡にクリアシールド。だから今の外ヅラはイラストと全然一致しないんですよ。皆さん漫画をベースに私をイメージしてると思うんですけど、このキャラデザって、ブログの黎明期から完全に「時が止まっちまってる」んですよね。

でも、キャラって記号性だし、一度定着しちゃうとデザイン変えられないからそのまんま放ってある。もうね。「磯野家も老化しないんだからセーフ!!!」って開き直ってますよ。まぁハゲなきゃヨカッタんですけど、毛根の弱いライダーが蒸れハゲるのは世の習い。ヘルメットは毛根に悪いのでは?って思いつつも、バイク乗る限り被らざるを得ないんだから、結果は火を見るよりあきらかです。

このように、晩年のライダーには2種類の人種がいます。

「ハゲ」か?

「フサ」か?

まさに毛根のデッド・オア・アライブ。

そして私は見事に前者の道を歩んだ。仮面ライダーじゃなくて「過ハゲライダー」としてファイナルフォームに到達したといって良いでしょう。メット脱ぐと中から同じような形状が出てきて、ほぼ民芸品のマトリューシュカですが、これも避けられぬ宿命というもの。モブなオッサンの頭がどうなってようが、世間に何の影響もありません。

おじいちゃん3+1
(こちらが現在の私。もはや闇堕ちした邪悪な波平ともいえる。バイク達と絡ませると、あまりに見苦しいので、漫画では今まで通りのキャラで描いていきますので、そこはご容赦を。)

ライダーの頭が砂漠と森林に二極化していくように、私の中で、バイクのエンジンも大きく2つに分かれています。

水冷か?

それとも

空冷か?

です。ああ、ようやく今回の本題に到達しました。もう首がヘシ折れそうなほどの軌道修正ですが、このままだとハゲ話で終わってしまいかねないですからやむを得ない。自虐ネタってテキストがメッチャ気持ちよく伸びていくからヤバイですよ。

空冷エンジンの話をするにあたり、まず最初に言っておきたいことは、私が

「空冷エンジン大好き♡」

ってことです。この世から大排気量空冷エンジンがどんどん消えつつある中、私が所有するバイク達のなんと3台が空冷エンジン。ダイナ(1600cc)、モトグッチV7(850cc)、CB1100EX(1100cc)とかなり濃いのが並んでます。

ちなみにこのブログでは、空冷と油冷をまとめて「空冷エンジン」と呼称していきます。皆様おわかりだと思いますが、油冷エンジンってのは空冷エンジンの内部にオイルラインを通し、高回転時の冷却や、熱を持つ部分の冷却にエンジンオイルを活用しちゃおうっていう構造です。あくまで空冷をベースにして、その冷却をオイルで補助するので、大雑把にカテゴリーわけすると「空冷エンジンのお仲間」ってことになりますが、海外では「Air Cooled」「Oil Cooled」「Liquid Cooled」 と明確に分ける傾向があるみたい。

スズキファンの一部には「ヘッド周りにオイルを高圧噴射するスズキのエンジンテクノロジーこそが真の油冷!他はナンチャッテ空油冷にすぎないなのじゃぁぁああ!!」なんていうコダワリのある人もいるようです。まぁ、スズキ信者のコダワリも理解できなくはないけど、極めて少数民族ですし、面倒臭いからそこは政治的に切り捨てていきます。

油冷と空冷を厳密に分けるなら、私の所有バイクではダイナとV7が純粋な空冷。CB1100はプラグ周りにオイルを循環させてますから、油冷ってことになりますね。

ここ数年の相次ぐディスコンや油冷化により、新車で購入できる「400cc超えの純粋な空冷エンジン」ってホント少なくなりました。新車で購入できるものでパッと思い浮かぶのはカワサキのW800。コイツは国産で唯一残った空冷大排気量バイクで、カムをべべルギアで駆動するバーチカルツインという貴重な存在です。あとマイナーなところでは、モトグッチが採用する850ccの縦Vと、ドカのスクランブラーが採用する800ccのLツインですかね。3気筒、4気筒には空冷どころか油冷エンジンすらなく、完全に死滅してますし、ビックシングルもロイヤルエンフィールドのクラシック500がカタログ落ちした時点で息絶え、空冷ビックシングルファンはホンダのGB500の復活を待つのみという状態です。

※コメントでGB350は「ヘッド周りにオイルラインが通っている」という指摘がありましたので、どうやら空油冷になるようです。その他のエンジンも裏取りしたわけではありませんので、ひょっとしたらオイルラインが通っているかもしれません。そこら辺わかった人はご教示ください。

ちなみに油冷ならBMWのR12系フラットツインとか、ハーレーのミルウォーキーエイト、インディアンのサンダーストロークと、リッター超えも出てきます。ミドルクラスではエンフィの650バーチカルツインも忘れちゃいけません。

なぜここまで空冷エンジンが減っちゃったか?っていうと、こりゃもうフツーに考えて時代にあわないからですよね。エンジンって基本的に「十分な冷却能力を備えないと馬力が出せない」んですけど、空冷の冷却は風まかせですからねぇ・・。昔はガソリンを贅沢に吹けたんでガソリン冷却が機能してましたけど、環境重視で燃調は理論空燃比になり、ガソリンを吹けない時代になって、空冷エンジンは途端に苦しくなった。高回転で発生する熱に冷却が追いつかず、無理にパワー出そうとすると有害ガスもどーんと出てきて環境汚染車になってしまう。

実際、私のダイナは1584ccで実測60馬力前後しか出てないですし、モトグッチも850ccで65馬力。しかし、それをあざ笑うかのように、交通環境はどんどん高速化しています。そこになんとか追いつくべく、高回転域の馬力とクリーンさを求め、油冷化や可変バルタイをやるわけですけど、「わざわざラインとり回してオイルクーラー付けたり可変バルタイ入れるくらいなら熱安定性の高い水冷で良くね?」ってなるから、みんな水冷になっていく。

しかし、そんなどうにもならん逆境の中にあって、一部のメーカーは空冷エンジンをいまだに諦めておりません。それは一体なぜなのか?理由は簡単。

「売れるから」

です。いろいろカッコいいこと言ったところで、売る側としては最後はこれ。ミもフタもないですが、売れなきゃこんな首が絞まった理不尽なエンジンとっくにやめてますよ。逆に言うと「やめたくても、水冷化すると売れなくなっちゃうからやめられない」ともいえる。なぜ水冷じゃダメなの?ってことになるわけですが、そこが空冷の業の深さというもので、「クラシックとは何か?」「メーカー・アイデンティティとは何か?」「エンジンの味って何か?」という話になっちゃうから、とてもややこしいんですよ。こういうものってスペックシートにまったく出てこない概念的なものですからね。

クラシックスタイルってのは、バイクに限らず、どんな業界でも「マーケットに確実に支持され、販売数が見込める普遍的カテゴリー」です。堅調ではずしがなく、当たれば大爆発し、長期的なロングヒットも見込める。メーカーだって営利でやってるから、マーケットインで売れまくるクラシック路線という打ち出の小槌で無双したい。売れるからこそ市場にネオレトロがわんさと溢れることになってるわけですね。

しかし、金を出す消費者側にとっては、単にレトロって言われても、そう簡単ではないのですよ。クラシックとはなんぞや?ホンモノとはなんぞや?ってことを定義しようとするとき、その本質は「デザインなのか?」それとも「機械なのか?」という問いが必ず頭をもたげてくるのです。

私はバイク業界の常識ではなく、自分のこれまでの趣味から得た常識を総合してバイクを見ちゃう傾向があるんですけど、例えば機械式時計の世界で、真のクラシックをやろうとすると「デザインとムーブメント(機械)の両方で古き良き文法を守る」ってのが非常に重要になるんですよね。その両面を満たさないと時計の世界は訴求力がないし、そういうものが末永く支持される傾向にある。このカテゴリーは、もはや性能ではなく、現代におけるクラシックとは?という定義づけの問題になってくるのです。

そんな見方をすると、今の時代における空冷エンジンは、商品的には「機械の面からクラシックスタイルを提供している選択肢」となるわけです。クラシックを求める人は過度な性能を求めておらず、らしさを求めているわけだから、他のカテゴリーに比べてその成り立ちの正統性が問われることになる。だからこそ、古き良きデザインと古き良き構造の機械を組み合わせることにより、商品に説得力と本物感が出てくるんですね。バイクの場合はエンジンもデザインの大きな部分を占めちゃってるから、複雑な空冷フィンに囲まれたエンジンはデザイン面でも大きなアドバンテージになるわけです。終売時のSR400の人気や、GB350の堅調な売上げ、ロイヤルエンフィールドの大躍進、ハーレーの根強い人気は、このレトロカテゴリーでは「デザインと機械の両面を供えたバイクが強い」ってのを端的に証明してます。え?でもモトグッチは売れてないじゃんって?はははは・・

地を這うような低空飛行はモトグッチの通常営業ですがなにか?

商業的な目線から見た空冷エンジンの価値を分析するとそこら辺になると思うんですけど、それとは別に乗り手の嗜好として空冷エンジンの乗り味が魅力的だって人も多いと思う。私は完全にコッチの理由で空冷エンジンを好んでます。

フィーリングというのは、言語化が極めて難しいですから、技術解説ではイマイチ出てこないですけど、空冷エンジンの魅力としてそこを外すことはできないと思う。いまは電子制御でエンジンの味付けもかなり自由自在だから、水冷でも空冷っぽいフィーリングは出せることは出せる。しかし、それでもなお、空冷でなければ得られない栄養素があると私は感じてます。

私はいつからか、空冷の強火オタみたいになってて、空冷エンジンっていうだけで「デュフフ~、拙者、試乗してみたいでござるぞ~」ってキモいオタ口調になってしまう。じゃあそんな空冷の良さってなんなの?っていわれても、あまりに感覚的すぎて、テキストじゃちょっと表現できません。言葉にできない内面的感覚を字面で表現するってマジで難しいんです。そんな技術があるのなら私はお笑いクソブロガーじゃなくて小説家になってますよ。

それでもなんとかしようと、耽美的で詩的な表現を繰り出したところでこのブログじゃ誰もそんなの求めてない。「え?コイツどうなっちゃったの?キモッ!!」って、プラウザーをそっ閉じされるだけですよね?もうね。そんな約束された悲しい未来に時間と労力かけないですよ。私にただ一つ言えることは、空冷エンジンは走らせると「口ではうまく言えないけど、何か良いんです」ってことだけ。

あと、空冷エンジンのバイクって、独特の旅情があって、日本の自然や、道路の速度感、人の感覚との馴染みが凄くいいんですよね。走りも独特なリズムというか、間があるというか、ちょっとスローで急かされない。今の空冷エンジンってそこの魅力を強調してるところがあるからなおさら優しい。あと水冷のスムースなしっとり感に対して、どこか乾いた感じがするのもいいですね。飾りっ気がなく、素朴で、ちょっとユルい。機械が原始的だからフィーリングもプリミティブ。それが、そこはかとない旅情に繋がるんだろうと思います。

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(空冷エンジンのバイクは、なんともいえない旅情がある。そこが魅力です。)

あと、景色の中でバイクを眺めながら珈琲飲んでるときの収まりが凄くいいんです。現代的なデザインも別に嫌いなわけじゃないんだけど、私の生息地であるクソ田舎の風景の中だとちょっと浮くんですよね。

「出先で良い景色を見つけ、そこで珈琲をおいしくいただく」

そんな、人によってはどうでもいいことが、私にとって凄く大事ですから。私が空冷バイクでまったりと僻地探訪をするのも、湯沸かしに古くさいガソリンストーブを使ってるのも、全ては美味しく珈琲を飲むため。別に古いものに、ことさらこだわりがあるわけじゃないし、シングルガスバーナーの方がコンパクトで軽く、火力も安定してて湯もすぐ沸くのは百も承知です。でも、私が珈琲ツーリングに持っていくのはいつもガソリンストーブ。プレヒートして、火を付けてシュボシュボいってるのを聞いてるだけで落ち着くし、あの小型ドラム缶みたいな佇まいがたまらない。でもそういう古いものが与えてくれる感覚って決して数値化できないものなんです。

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(私の愛用するガソリンストーブ。16年前から使い続けてるお気に入り。他にもシングルバーナー持ってますけど、そっちは全然使いません。)

バイクって一つの完結した乗り物だから、性能ってのはとても重要です。だから水冷って正義なんですよ。でも、もしバイクが正義や性能だけのものなら、私は30年以上もバイクに乗ってなかったと思うんです。趣味の世界は不合理で、人は常に感情を動かされる何かを求める。じゃないと超多機能なスマートウォッチの時代に、機械式時計なんてオワコンになってなきゃおかしい。空冷エンジンもそれと同じで、古くさいし性能もたいしたことないけど、機械式時計やガソリンストーブと同類で乗り手に訴えるエモーショナルな何かを持っている。それは効率化を目指し、いろんなものを捨て去っていく世の中へのアンチテーゼでもあり、「古き良きものや、非効率なもの、シンプルなものが、なぜ人の感情を動かすのか?」という謎かけでもありますが、自分の中で、その答えってずっと出てないんですよ。だからこそ趣味として続いている気がする。結局のところ、そういうわけわからないところをひっくるめて、私は空冷エンジンが好きなんだろうな~と感じている次第です。


 

(オマケ漫画「特別介護施設・空冷の館」)
ケアハウス空冷3
(空冷バイクに漂う「もうオマエはここから決して出られない」的終末感は、怪しい老人ホームを思わせるものがあります。)