全国のモトグッチファンの皆様、長らくお待たせ致しました。ド・マイナー車であるが故、大メジャーのCB姉妹に秋ヘッダーのセンターを奪われ、見切れ扱いされてしまった不憫なヴィーセ嬢のお時間です。まさにイタリアンコメディを地でいくような「かませ犬」ですが、CB姉妹を相手にV7がセンターは、水戸黄門でうっかり八兵衛が助さん格さんを率いるようなものですからこの扱いもやむを得ない。

しかし、噛まれようが踏み台にされようが、天地無用で我が道を征くのが、イタリアンの真骨頂。今回はその勇姿を、たっぷり書いていこうと思います。

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(そろそろ涼しくなってきましたが、今年は暑く、夕日が綺麗で、夕暮れ時が最高に気持ち良かった夏でした。問題は、日が沈んでからの虫アタックがあまりに酷かったことですね。)

現在V7は新車で購入してから約2年半が経過し、走行距離は12000㎞オーバー。大体1万㎞くらい乗れば、「そのバイクがある程度はわかる」と考えている私と致しましては、「バイクとそこそこの馴染みが出てきたかなぁ」って思える距離になってまいりました。

新車を買うと、納車から1000~2000㎞くらいまでは慣らしをやり、その後はバイクのエンジンを育てつつ、印象をまとめる段階に入るわけですけど、私の場合、だいたい1万㎞くらいまでは「お試し期間」って感じの状態が続くことになります。

「お試し期間に2年もかかるなんて遅すぎやろ!!」

って言われるかもしれないけど、大排気量エンジンは1万㎞くらいまではフィールがどんどん良くなる傾向があるし、長い付き合いをするバイクにとって、最初の2年なんてあっという間です。

この間、自分のいつものコースをいろんなアベレージで走ったり、狭い林道に持ち込んだり、高速をガーッと走ったり、まぁいろいろとやるわけですが、それは、そのバイクに対する知識欲が全開になっているからですね。そう、付き合い始めは、完全にハァハァしちゃって「はやく一番気持ちいい走りを見つけたいんじゃぁあああ!!」ってサカった状態。欲望のままに、あらゆるシュチュエーションでお試ししてみて、その欲望が消えた頃、ようやく「こいつとはこういう風に付き合うのが一番気持ちいいんじゃね?」ってところが見えてくる。

大型バイクってシャーシに余裕があってパワーも潤沢だから、いろいろできちゃうじゃないですか。だからこそ、「そのバイクの持つ可能性を全て潰すべく、やりたい放題やってみる」という過程を経ないと、どうにも落ち着きが良くない。私にはあらゆるものに対してそういう面倒臭い過程が必要みたいなんですよ。

「いやいや、雑誌とか、ネット見れば、インプレが溢れてるでしょ?」

っていう人もいるかもしれないけど、私は雑誌やネットに書いてあることは参考にはするけど信用はしない

当初のイメージや外部からの情報だけで、「こいつは、こう乗るバイクなのだ!」って決めつけるのがイヤだし、第一インプレしている人達の9割くらいは

「そのバイクに金払ってない」

雑誌や一部ネットはバイクに乗ってインプレすることで、閲覧数を増やし、収益を得ていますが、私のブログは完全ノーギャラ。うっとうしい広告入ってますけど、これ全部ライブドアの収益で、私には一銭も入りません。立場が違いますよ、立場が。デパートの試食みたいに無償で味見するだけなら気も楽ですけど、こっちは既にバイクの購入で身銭切ってて後ろは崖。徳俵に足がかかってて一歩も下がれないから、素人なりに超真剣だし、時間いくらっていう感覚もない。

つまり試乗インプレを15分勝負のエキジビジョンマッチだとすると、オーナー・インプレは時間無制限、力尽きるまでのデスマッチです。もうね。猪木とマサ斎藤の巌流島決戦もかくやという泥仕合。それを裏付けるように私のモトグッチの記事は、既に単体で20もある。1ブログ5000字平均だとして、10万字。フハハハハハ!!圧倒的じゃないか我が軍は!現代のラノベが1冊約10万字らしいですから、すでに

カドカワ電撃文庫1冊分くらいになってるんですよ。

「そんな長尺、誰が読むのか?」ってツッコミもあると思うけど、そんなの知らん。こっちはまだまだ伝えたいこと、書きたいことが一杯あるんだから。私から見ると、有料メディアは1台にかける尺が圧倒的に足りないんですよね。

あと、私のブログは、バイクをディスりつつも常にオーナーが読んでて気分がアガるように書いてます。読み物として読んでる人が不快になるようなものを書くなんて失礼だし、自分の生き血を大量に使って召喚したバイクなんですから、そう簡単に離婚もできない。互いにいいところを見つけて仲良くやっていこうって、誰しも思っているはずです。そういう姿勢で向き合っていると、バイクに感化されて、それなりに幸せな家庭を築けることは夫婦関係と同じところがありますよ。私のブログはそんな同胞のために書いているわけですから、

「中身はほとんどヨイショです!!!」(ショーシャンクの空ポーズ)

どんなバイクにも良いところと悪いところはあるけど、どっちかというと良いところを見るべきだと私は思ってるし、弘法筆を選ばずじゃないけど、どんなものであっても与えられたもので可能な限り良い字を書けるよう努力するのが大事って思ってるから、かなりポジティブなんですよね。そんなSUPERヨイショマンの私が、今の時点でのV7印象を率直に述べますと、

「イタリア製の香りを濃厚にまといながら、禅の精神があるバイク」

って感じです。モトグッチは日本においては脆弱な販売網しかありません。それでも我が国には非常に濃いグッチスタが一定数います。このバイクに乗ってると、この極東の島国で枯れたバイク乗りがこのバイクを好きになる理由が、なんとなくわかる気がするんですよ。

最初に申し上げますと、禅の精神と言いつつ、このバイクは日本的ではなく、「極めてイタリア的」です。いろいろ適当なところもありますが、そこを全て棚に上げ、感覚と感性で造られたアルティジャナーレ。

全方位的に世界と戦おうとすると大資本には勝ち目ないけど、「ある特定領域だけは決して負けぬ!」というインディーズ魂が注入されてます。このV7の空冷縦Vはパワーもスペックもフツーの実用エンジンですし、乗ると能力的にそんなもんです。でもね。このエンジンはフツーと違うんですよ。

モトグッチの縦Vは「日常の枠をはめたまま、乗り手の感動値を高める」という意図が明確です。販売面で有利になるスペックなんぞうっちゃって、「エンジンの気持ちよさとは何か?より良いエンジンとは何か?」というところに踏み込み、深いところで考察した哲学的なものを感じるんですよね。実際この縦VとハーレーのVツイン、それからCB1300の4発に乗ってるときは、「優れたエンジンって一体何だろう?」ってよく考えさせられる。なぜならこれらのエンジンは決して性能に依存しないところで勝負しているからです。

しかも、縦Vは最先端のテクノロジーではなく、極めてオールドかつシンプルな空冷OHV2バルブでそれを実現しているところに、飽くなきコダワリと長い長い歴史の積み上げを感じる。これは「シェアを無視できない大手メーカーでは絶対に作れない」エンジンだと思う。

ロートルで並性能の空冷OHVに、なぜ最新のエンジンすら凌駕するような、こんな気持ちいい回転フィーリングとトルクフィーリングが宿っているのか。私はいまだにまったく理解できないし、わかりません。

ハーレーのエンジンにも似たようなフィールがあるけど、あっちはある特定回転域に特化することで、それを実現してます。でもモトグッチのエンジンはそうじゃない。全回転域を通して、イタリア・マンデッロの芸術性に触れるような素晴らしさを感じるし、古いエンジンだと諦め、割り切って付き合う必要も一切ない。

シンプルで複雑じゃないからこそ、メカに嘘や虚飾や騙しを入れようがない。にもかかわらず、電子制御全盛の時代に、90°V型OHV2バルブの地の素晴らしさでだけでここまで勝負できるなんて、ミステリアスに過ぎます。トラのボンネビルはオールド風味だけど、「現代の技術的な味付けがふんだんに施された最新エンジンである」ってのは乗るとすぐわかる。でも、モトグッチはもっともっとシンプルなんです。そこにイタリアにしか出せない素材を大事にする心というか、根っこを磨こうとする意志を感じるんですね。つまり、これは明らかにイタリア人の考え方に基づいたイタリア土着のエンジンなんですよ。

エンジン
(フレミングの左手の法則をそのままエンジンにしたような縦Vの姿。コケた時のことなど一切考えてないのも、楽天的なイタリアン。)

ダイナが低い回転域でドスを効かせてクルーズするバリトンだとすると、こっちは力強くどこまでも伸びる万能テノール。どちらのエンジンもクラシックでたまらなく懐かしい風味なんだけど、表現力の豊かさがどちらも突出している。ハーレーがあまりにも高額になってしまった今、海外の土着の文化や感覚的な素晴らしさを味わいたいなら、モトグッチはオススメしたい一台です。モトグッチの150万円という値付けは「内なる価値と海外製ということを考えるとバーゲン」ですよ。スペックは見栄えしないけど、乗るとハマるエンジンの典型で、まさに替えがない。

その一方、シャーシは現代の基準からすると明らかにヘロい。高速コーナーではフロントがヨ~レヨレです。安全性重視のこの時代に、高負荷領域でこんなにフロントが派手にヨレるバイクも珍しいですが、独特の乗り味を出すために、あえてシャーシ性能を高めてない感じすらある。そこら辺は乗り手を信用して投げっぱなしにする昔ながらの仕立てで、懐かしくあり、愛おしい。

ただ、全てに完璧を求めることなく、こだわるところとそうでないところを明確にわけ、ベストではなくベターを造るってのは、コストを抑えて背伸びをしない国民車の在り方だと思うんですよ。ハーレーは今やブランド志向で高額になっちまいましたけど、はるか昔は丈夫な国民の足だった。モトグッチは今でも、そういうポジションをしっかり守ろうとしてる。

こういうバイクに乗ると、効きがちょっと足りず、現代の基準からいうと「ちょっとスポンジーなんじゃね?」って感じるブレーキも「おお!愛おしきスポンジーナよ!!」って愛でたくなるから不思議。何を捨て、何を重視したのかの理由が明確だから、いろいろと「許せる」んですよね。

で、そんなコテコテのイタリアンのどこが日本的かというと、このバイク、乗ってるとなんとなく「禅の世界」を感じるんです。V7でホームコースのワインディング走って、シゴいてアベレージをだそうとするじゃないですか。そうするとアベレージは出るには出るんだけど、上手く走れてる実感や爽快感がないんですよ。「くそ~なんなんだよ、このバイク・・」って首をかしげながら、1万㎞をすぎ、こちらにも疲れが見えてきたところから世界が変わった。

このバイクは「乗り手が速く走ろうとすればするほど、上手く走れなくなる」って変なところがあるんです。その点で、現代のスポーツバイクとは考え方が違う気がするんですよね。

現代のスーパースポーツは乗り手がファイティングスピリッツを前面に出し、バイクとタッグを組みつつ、電子制御によるサポートを駆使して圧倒的大馬力でワインディングを攻略していくわけですけど、ヴィーセは私が声を張り上げれば張り上げるほど、バイク側がドン引きしちゃって上手く走れないんですよ。マジで塩対応でロクな返答がないし、会話も全然弾まない。

でも、こちらが疲れ果てて、声を張り上げるのを諦めたとたん、「デュフフ~、実は我輩の一番好きな走りはですな~・・」ってオタクのように突然話し出すんですよ。そう、V7はイタリアのスポーツバイクのくせにド陰キャだったんですね。

このバイクは同じ対話でも、乗り手が聞き上手に徹しないと会話が上手く回らない。ヴィーセがひたすらあーだこーだとうんちくを語る合間に「うんうん」「そうだね」「ステキだね」って合いの手だけ入れる感じ。そんな風に乗り手が我を殺して徹底的にバイクを立てると気持ちよさげに歌い出す。走りにおいて乗り手に要求されるのは、

「自分ではなくバイクを気持ちよくさせる接待走行」

「己をむなしゅうして走る無の境地」

「なんかメチャクチャ腹が立つ💢」


だって、これってもう完全にバイク上位じゃないですか。向こうが気持ちよく話せるように、コッチがひたすらガマンしてんですよ。でも、そういう走り方すると全てが噛みあって流れていく。こちらの望むようなアベレージは捨て、V7にとって一番都合の良いアベレージで飄々と走ると、シゴいて走ってる時よりバンク角増えてステップやセンスタもゴリッゴリに擦るようになるし、やたらスムースで気持ちいいし、無理してないから安全性も上がるってことになる。

最初は、「思うように走らせてくれよ!!」って思ってたけど、ある時、ふと、「この走りって、何気ない日常の中にこそ最高の感動があるってことが言いたいんじゃね?」って気づいたんですよね。そう感じたとたん、全てが納得できたんです。

そこからはもうひたすら「無」ですよ。速いバイクに抜かれて、プギャーッとなると、そこで楽しいデートは終わっちゃうから、とにかく「平常心」でV7のアベレージを淡々と刻んでいく。テクニックよりメンタル面が非常に難しいバイクで、ある種バイク乗りとしての去勢を要求されているところがある。

「ああ、これが枯れた大人の走りなのか・・」

「グッチスタへの道は遠い・・」

って、はるか高い頂きを見上げてる気分になりますよ。こういうのが世に言う達人の境地っていうのかもしれないですが、煩悩と穢れに満ちた私がそんな境地に至ること自体が極めて困難で難しい。だって、「今日は走るゾォ!!」って、遠くのワインディングまで遠征して、「無の境地になれ!!」っていわれてもねぇ・・。でも1シーズンに1度くらいそんな心境になることがあって、そんなときは「シンクロ率400%です!」って伊吹マヤの声が聞こえ、バイクと完全に一体となった走行感覚が味わえるんですね。そういうところに和というか禅の精神を感じちゃうんです。

ダイナは私に「速さを捨てろ!!」って言ってきたけど、まだケンケンガクガクの喧嘩はしてくれたんですよ。でもV7は「自我を捨て、お前は無になるのだ。さすれば道は開かれよう。」ってジト目で言うだけで、ロクに喧嘩もしてくれない。コッチが欲望に支配されると、心の乱れを精神修養棒よろしく挙動でビシバシ指摘されるんですよ。外から見てると乗れてるように見えるかもしれないけど、「バイクとのシンクロ率が足りてない」ってのは乗ってる自分が一番わかりますから、これが一番始末に負えない。もうね。ハードルの高さがハンパないです。

まだまだ、一流のグッチスタとなるには遠い道のりですが、このバイクとシンクロできるようになる頃にはドス黒い私の心も少しは浄化され、「ヨハネ・パウロ・へちま」的なものになっているのではないか?と淡い期待を抱いておる次第です。まぁ性根が腐ってるので、まず無理でしょう。でも、憧れるのは誰しも自由ですから。

それではここで締めの一句

「求めても たどり着けずに 腸捻転」

ここらあたりが私にとっての「ホリゾンタル・グレイズ」ってやつなのかもしれません(笑)




(オマケ漫画「アンリミテッド・ハリセン・ワークス」)
地獄教室p1
地獄教室p2.1
地獄教室p3.21
(カマセ犬にされた怒りをハリセンにのせ、シバキまくるヴィーセ嬢をお送りしました。これで少しは溜飲も下がったのではないでしょうか。)