今回はHAWK11のブログ順ですが、ここで私が挑むのは「飽きないバイク」についての考察です。いや~しょぼくれた私のブログで扱うには、とんでもない大ネタですね。
(HAWK11で山奥ツーリングの一枚。実はこの道すがら、道路上に子熊がいるのを見つけたんです。あまりに真っ黒で愛らしかったので写真に収めたかったんですけど、寄ると親熊に襲われそうなのでスルーしました。)
飽きないバイクについては、作る側にもいろいろ理屈があるでしょう。しかし、買って乗って、金を払ってお世話する消費者側からいわせてもらいますと、バイクを飽きさせているのは、他ならぬメーカーそのものなんです。だって
「新しいバイクを作る」ってのは
「今のバイクを過去にする」ってことなんだから。
「飽きないバイクを作りました!」ってニューモデルを出てしてきた瞬間、過去のバイクを飽きさせようとしているも同然なわけですよ。
飽きっぽいっていうのは、いつも消費者側に刃のように突きつけられる概念ですが、消費者側の心理を操ってるのは販売側ですし、極論すれば「魅力的なニューモデルを出してくるのが悪い」わけですから、そのテーマを掘り下げて返り血を浴びるのはどっちかというとメーカー側でしょう。旧東ドイツみたいにトラバント一車種しかなければ飽きもクソもありませんからね。
消費社会は人の満たされない欲望を刺激し、買い換えのサイクルを回し続けなきゃならない。飽きがなければ消費なんてまわんないから、「より良いもので過去を蹴散らしていく」というのが消費のサイクルで、それが商品としての進化を促しているところもある。
つまり、この問題は消費者側だけでは乗り越えられないからこそ、消費の世界で「飽きないバイク」って極めて難しくなるんです。だって自分が「飽きたくない」「これに一生乗るんだ」って努力してるのに、メーカーは「飽きろ飽きろ~、買い換えろ~」と耳元でささやき、ニューバイク、新色、新装備という「浮気カード」を切ってくるわけですから、こんなのサキュバスとダブルベッドで同伴してるようなもので、ガマンできるはずかないわけですよ。
私は人の欲望を刺激し続ける消費社会において「絶対に飽きのこないバイク」なんて夢物語だと思うんです。ああ、既にこのブログの結論出ちゃって、これからどうやってテキストのばすの?って感じですけど、これは事実なのでどうしようもない。この世の中の大量生産、大量消費を前提とした商材はおしなべて確実に飽きるし、人はそんな風にできている。
ちなみに私はダイナとはもう16年も一緒にいますけど、「飽きないから一緒にいるのか?」っていうと、もうベタベタに飽きてますよ。初期のトキメキなんて一切ないから腐れ縁だと思ってる。ゴールドウイングもF6Bから通算12年。このフラッグシップモデルに対して特別感はまったくない。日常ですよ。確かに大型って飽きにくいようには作ってあると思いますけど、それも程度もんですから。長いこと乗ってればマンネリ感はやっぱり出てくるわけなんです。
じゃあなんでその状態で売りもしないで維持できているのか?っていうと、理由は二つありまして、
「なんだかんだいっても乗り味が気に入っている」
ということと、
「他に替わりになるものが見当たらない」
ってことなんですね。
要は飽きたところで入れ替えるに値するめぼしいものがないからお付き合いが終わらないわけです。
ダイナは相当カスタムして自分好みにしちゃったから、ノーマル状態のハーレー引っぱってきても到底変わりにならないし、ゴールドウイングも水平対向六気筒をMTで乗りたくて買ったんだから、DCTだけになっちゃった時点で替えがない。でもそんな特殊なケースは一握りで、ほとんどのバイクの場合、普通に替えってあるじゃないですか。
最近まで買えたモデルで「替えがなくなった」典型を挙げますと、その代表格はSR400でしょう。ヤマハを代表するド定番モデル。「まさかSRが40年以上も売られるとは・・この海のリハクをもってしても・・」て感じですよ。だって、過去に遡ればライバルとなる単気筒バイクは一杯あったし、30年、40年もデザイン変えずにシーラカンスやりますって、フツーに考えて無理がある。性能的にも時代遅れになっていくし、新鮮味もない。にもかかわらず、長きにわたって生き残り続けた理由は、ある時期からSR400が孤高のド定番になったからだと思うんです。
SRって水戸黄門みたいなもんだと思うんですよ。SRも43年生産されましたが、水戸黄門も42年続いたんですよね。水戸黄門の構成は正義の集団が力をあわせて巨悪を成敗するっていう、ヒーローもののド定番。同じ構成のものではこちらも長年続くニチアサのヒーロー戦隊がありますが、あっちは視聴率稼ぐために毎年趣向を変えてます。でも、水戸黄門はそのまんま。時代が過去に固定されているから、ビジュアルに新味を入れる必要が全くないんですよ。
つまり「過去を背負ったド定番」って、マンネリでも生き残っていけるんです。マンネリだからこそ価値があるまである。キャブ時代の日本的デザインのネイキッドがどんどん消えていく中、ひたすら生き残り続けることによってSRは替えのきかない地位を手に入れたんです。
なんでそんな奇跡が可能だったかというと、SRに関しては「メーカーとユーザーが力を合わせて支える構図」が成立していたからだと思うんですよ。ユーザーが支持してたって、メーカーがやめると言えばそれまでだし、メーカーが作り続けたくたってユーザーが買わなきゃそれまでです。じゃあ、カビの生えたようなクッソ古い商品になんでそんな構図が成立したのかっていうと、「SRが我々の頭の中にあるヤマハというメーカーのアイデンティティそのものだった」からだろうと思うんです。いわゆる「ザ・ヤマハ」です。
カワサキのZ900RSがあれだけ売れてるのも「現代的なシャーシとエンジンを使ってザ・カワサキをやった」ことがその理由だと私は考えてる。硬派で慣らしたカワサキ臭さのど真ん中。それは現行ラインナップではZ900RSをおいて他にありません。だからカワサキを買おうって人はまずあれに目が行くんですよ。それと同じで、ご長寿モデルのSRはとてもヤマハ臭いし、同じく長寿のCB400SF、CB1300SFはメチャホンダ臭いんですよ。で、そういうバイクって「我々のイメージの中で替えがない」んですよね。だから、飽きたって選ばれるし、乗り味だって生まれた時代を象徴するようなものになっている。
でも、この「替えがない」ってスタイルには、実はもう一つの隠れルートがあるんですよ。それが
「爆死系変態デザイン」
です。定番デザインが王道ど真ん中だとすれば、こっちは「風の谷のような辺境に位置している」バイク達。これらをお家芸としていたのがスズキ。過去の爆死系デザインとしては鳥居インパルスや、SW-1、GS1200SS、菌王(B-KING)など、そうそうたる顔ぶれの猛者達が揃ってます。

例えば、北斗の拳のケンシロウ、トキ、ラオウの北斗三兄弟はメジャーで誰もが知るつよつよキャラですが、サウザー、ジャギ、アミバの悪党三人衆もその濃さではまったく負けてないんですよ。それどころか今や、北斗三兄弟を食ってしまうほどの人気がある。私のブログなんて、完全にこっちの悪党推しに振り切れてますからね。
だって北斗三兄弟なんて、偉大すぎてイジりようがないから、ネタは「顔、老けすぎ問題」くらいしかない。これに対してマイナーキャラ達の汎用性の高さはどうですか?もうね。ネタの宝庫じゃないですか。このブログでも私の妻が聖帝様と呼ばれてますし、テキストでは「・・海のリハクをもってしても・・」というフシアナ軍師の名台詞を頻繁に使ってます。もう、この手のネタは私のDNAに染みついちゃっているんですよね。
(とにかく人の器が読めないことに定評のある海のリハク。その目は終始曇りっぱなしです。)
そもそもナニが得意な快楽美人系は、いろんなバイクメーカーが次々と刺激的プレイができる凄いキャラを市場投入してきて、背徳的刺激と浮気度が天井知らずになりますから、長く乗るのはなかなかに難しい。
(最近いいなって思ったのは、チャンピオンの「気絶勇者と暗殺姫」。主人公の勇者はクソ強いけど色仕掛けですぐ意識を失うヘタレで、ストーリーの半分くらい気絶してる。その間にお供のヒロイン3人が物語を回すという構成。この3人は当初は勇者の殺害が目的でしたが、献身的な勇者に守られているうちに、惚れてしまってどうしましょう?という王道の筋書き。魔王の娘のチョロインメスガキ、ツンデレのアバズレ殺し屋、奴隷調教専門の純愛初心者エロ女王様と、特殊性癖キャラが怒濤のパワーで押しまくるハーレム冒険譚。)
(HAWK11で山奥ツーリングの一枚。実はこの道すがら、道路上に子熊がいるのを見つけたんです。あまりに真っ黒で愛らしかったので写真に収めたかったんですけど、寄ると親熊に襲われそうなのでスルーしました。)
飽きないバイクについては、作る側にもいろいろ理屈があるでしょう。しかし、買って乗って、金を払ってお世話する消費者側からいわせてもらいますと、バイクを飽きさせているのは、他ならぬメーカーそのものなんです。だって
「新しいバイクを作る」ってのは
「今のバイクを過去にする」ってことなんだから。
「飽きないバイクを作りました!」ってニューモデルを出てしてきた瞬間、過去のバイクを飽きさせようとしているも同然なわけですよ。
飽きっぽいっていうのは、いつも消費者側に刃のように突きつけられる概念ですが、消費者側の心理を操ってるのは販売側ですし、極論すれば「魅力的なニューモデルを出してくるのが悪い」わけですから、そのテーマを掘り下げて返り血を浴びるのはどっちかというとメーカー側でしょう。旧東ドイツみたいにトラバント一車種しかなければ飽きもクソもありませんからね。
消費社会は人の満たされない欲望を刺激し、買い換えのサイクルを回し続けなきゃならない。飽きがなければ消費なんてまわんないから、「より良いもので過去を蹴散らしていく」というのが消費のサイクルで、それが商品としての進化を促しているところもある。
つまり、この問題は消費者側だけでは乗り越えられないからこそ、消費の世界で「飽きないバイク」って極めて難しくなるんです。だって自分が「飽きたくない」「これに一生乗るんだ」って努力してるのに、メーカーは「飽きろ飽きろ~、買い換えろ~」と耳元でささやき、ニューバイク、新色、新装備という「浮気カード」を切ってくるわけですから、こんなのサキュバスとダブルベッドで同伴してるようなもので、ガマンできるはずかないわけですよ。
私は人の欲望を刺激し続ける消費社会において「絶対に飽きのこないバイク」なんて夢物語だと思うんです。ああ、既にこのブログの結論出ちゃって、これからどうやってテキストのばすの?って感じですけど、これは事実なのでどうしようもない。この世の中の大量生産、大量消費を前提とした商材はおしなべて確実に飽きるし、人はそんな風にできている。
ちなみに私はダイナとはもう16年も一緒にいますけど、「飽きないから一緒にいるのか?」っていうと、もうベタベタに飽きてますよ。初期のトキメキなんて一切ないから腐れ縁だと思ってる。ゴールドウイングもF6Bから通算12年。このフラッグシップモデルに対して特別感はまったくない。日常ですよ。確かに大型って飽きにくいようには作ってあると思いますけど、それも程度もんですから。長いこと乗ってればマンネリ感はやっぱり出てくるわけなんです。
じゃあなんでその状態で売りもしないで維持できているのか?っていうと、理由は二つありまして、
「なんだかんだいっても乗り味が気に入っている」
ということと、
「他に替わりになるものが見当たらない」
ってことなんですね。
要は飽きたところで入れ替えるに値するめぼしいものがないからお付き合いが終わらないわけです。
ダイナは相当カスタムして自分好みにしちゃったから、ノーマル状態のハーレー引っぱってきても到底変わりにならないし、ゴールドウイングも水平対向六気筒をMTで乗りたくて買ったんだから、DCTだけになっちゃった時点で替えがない。でもそんな特殊なケースは一握りで、ほとんどのバイクの場合、普通に替えってあるじゃないですか。
最近まで買えたモデルで「替えがなくなった」典型を挙げますと、その代表格はSR400でしょう。ヤマハを代表するド定番モデル。「まさかSRが40年以上も売られるとは・・この海のリハクをもってしても・・」て感じですよ。だって、過去に遡ればライバルとなる単気筒バイクは一杯あったし、30年、40年もデザイン変えずにシーラカンスやりますって、フツーに考えて無理がある。性能的にも時代遅れになっていくし、新鮮味もない。にもかかわらず、長きにわたって生き残り続けた理由は、ある時期からSR400が孤高のド定番になったからだと思うんです。
SRって水戸黄門みたいなもんだと思うんですよ。SRも43年生産されましたが、水戸黄門も42年続いたんですよね。水戸黄門の構成は正義の集団が力をあわせて巨悪を成敗するっていう、ヒーローもののド定番。同じ構成のものではこちらも長年続くニチアサのヒーロー戦隊がありますが、あっちは視聴率稼ぐために毎年趣向を変えてます。でも、水戸黄門はそのまんま。時代が過去に固定されているから、ビジュアルに新味を入れる必要が全くないんですよ。
つまり「過去を背負ったド定番」って、マンネリでも生き残っていけるんです。マンネリだからこそ価値があるまである。キャブ時代の日本的デザインのネイキッドがどんどん消えていく中、ひたすら生き残り続けることによってSRは替えのきかない地位を手に入れたんです。
なんでそんな奇跡が可能だったかというと、SRに関しては「メーカーとユーザーが力を合わせて支える構図」が成立していたからだと思うんですよ。ユーザーが支持してたって、メーカーがやめると言えばそれまでだし、メーカーが作り続けたくたってユーザーが買わなきゃそれまでです。じゃあ、カビの生えたようなクッソ古い商品になんでそんな構図が成立したのかっていうと、「SRが我々の頭の中にあるヤマハというメーカーのアイデンティティそのものだった」からだろうと思うんです。いわゆる「ザ・ヤマハ」です。
カワサキのZ900RSがあれだけ売れてるのも「現代的なシャーシとエンジンを使ってザ・カワサキをやった」ことがその理由だと私は考えてる。硬派で慣らしたカワサキ臭さのど真ん中。それは現行ラインナップではZ900RSをおいて他にありません。だからカワサキを買おうって人はまずあれに目が行くんですよ。それと同じで、ご長寿モデルのSRはとてもヤマハ臭いし、同じく長寿のCB400SF、CB1300SFはメチャホンダ臭いんですよ。で、そういうバイクって「我々のイメージの中で替えがない」んですよね。だから、飽きたって選ばれるし、乗り味だって生まれた時代を象徴するようなものになっている。
でも、この「替えがない」ってスタイルには、実はもう一つの隠れルートがあるんですよ。それが
「爆死系変態デザイン」
です。定番デザインが王道ど真ん中だとすれば、こっちは「風の谷のような辺境に位置している」バイク達。これらをお家芸としていたのがスズキ。過去の爆死系デザインとしては鳥居インパルスや、SW-1、GS1200SS、菌王(B-KING)など、そうそうたる顔ぶれの猛者達が揃ってます。

いや~それにしてもスズキの変態系は風格というか面構えが違う。これは先に述べた王道バイク達と異なり、
「個性が濃すぎて替えのきかない珍獣系」
販売期間は極めて短く、売上げはまるで停止した心電図のような平穏さで、販売競争という殺し合いとはまったくの無縁。「愛♡おぼえていますか?」をバックに流したくなるような穏やかさですよ。でも、その販売台数に反比例するかのような個性の強さが脳にこびりついて離れない。そんな愛すべきバイク達です。実はバイク業界ではこれらはネタ枠扱いされてますけど、この手の個性は本来極めて高く評価されるべきものだと思うんですね。
販売期間は極めて短く、売上げはまるで停止した心電図のような平穏さで、販売競争という殺し合いとはまったくの無縁。「愛♡おぼえていますか?」をバックに流したくなるような穏やかさですよ。でも、その販売台数に反比例するかのような個性の強さが脳にこびりついて離れない。そんな愛すべきバイク達です。実はバイク業界ではこれらはネタ枠扱いされてますけど、この手の個性は本来極めて高く評価されるべきものだと思うんですね。
例えば、北斗の拳のケンシロウ、トキ、ラオウの北斗三兄弟はメジャーで誰もが知るつよつよキャラですが、サウザー、ジャギ、アミバの悪党三人衆もその濃さではまったく負けてないんですよ。それどころか今や、北斗三兄弟を食ってしまうほどの人気がある。私のブログなんて、完全にこっちの悪党推しに振り切れてますからね。
だって北斗三兄弟なんて、偉大すぎてイジりようがないから、ネタは「顔、老けすぎ問題」くらいしかない。これに対してマイナーキャラ達の汎用性の高さはどうですか?もうね。ネタの宝庫じゃないですか。このブログでも私の妻が聖帝様と呼ばれてますし、テキストでは「・・海のリハクをもってしても・・」というフシアナ軍師の名台詞を頻繁に使ってます。もう、この手のネタは私のDNAに染みついちゃっているんですよね。

この爆死変態系の特徴は「とにかく個性が突き抜けてる」ことです。アミバやジャギなんて「世紀末専用キャラ」で亜流が出てくることなんてない。倫理がなさ過ぎて世紀末以外に生息地がないんです。現代を舞台にした物語に人体実験が趣味のアミバ放り込んだらトンデモないことになりますからね。
こんな奴らをいったん好きになっちゃえば、ライバルは不在。まさに「替えのないポジション」そのものです。メーカーにとっては悪党三人衆のような変態枠認定は耐え難いかもしれないけど、「一部の好き者にとっては地位が保証された存在」なんですね。
そんな変態系カテゴリーのバイクで重要になってくるのは、以外かもしれませんけど、「しっかりとした乗り味」だったりします。一発屋にマトモを求めるってどういうこと?って思うかもしれませんけど、この手のバイクは長く付き合える2つの要素のうち「替えがないこと」はもう確定しているんですよ。だからこそ、乗り味さえ気に入れば安定の地位が手に入る。実際、自分の環境やライディングにフィットして、乗り味がステキだって感じられるバイクって、維持しているうちにどんどんカッコよく見えてくるもんなんです。それが尖った外見なら、デキの良い乗り味の感動はさらに大きくなる。
人体実験が趣味のアミバと結婚して恐怖に怯えていたのに、実際暮らしてみたら「凄く優しくて家事能力のある旦那さんでした♡キャッ」なんてことになったら胸キュンで悶死するじゃないですか。逆にウキウキしながらユリアと結婚したら、快楽方面最高だけど、メシマズの家事ポンコツだったらどうですか?もうナニをナニして肉欲専用にするしかありませんよね。でも、ナニで満足しようにも、赤玉出てるオッサンはナニもどうにもならんのですよ。
そんな変態系カテゴリーのバイクで重要になってくるのは、以外かもしれませんけど、「しっかりとした乗り味」だったりします。一発屋にマトモを求めるってどういうこと?って思うかもしれませんけど、この手のバイクは長く付き合える2つの要素のうち「替えがないこと」はもう確定しているんですよ。だからこそ、乗り味さえ気に入れば安定の地位が手に入る。実際、自分の環境やライディングにフィットして、乗り味がステキだって感じられるバイクって、維持しているうちにどんどんカッコよく見えてくるもんなんです。それが尖った外見なら、デキの良い乗り味の感動はさらに大きくなる。
人体実験が趣味のアミバと結婚して恐怖に怯えていたのに、実際暮らしてみたら「凄く優しくて家事能力のある旦那さんでした♡キャッ」なんてことになったら胸キュンで悶死するじゃないですか。逆にウキウキしながらユリアと結婚したら、快楽方面最高だけど、メシマズの家事ポンコツだったらどうですか?もうナニをナニして肉欲専用にするしかありませんよね。でも、ナニで満足しようにも、赤玉出てるオッサンはナニもどうにもならんのですよ。
これはネチっこい技術はあるけどナニする体力のないオッサンが陥る典型的な「スーパースポーツのジレンマ」ってやつです。
そもそもナニが得意な快楽美人系は、いろんなバイクメーカーが次々と刺激的プレイができる凄いキャラを市場投入してきて、背徳的刺激と浮気度が天井知らずになりますから、長く乗るのはなかなかに難しい。
この手のマニアックな珍獣系推しは、バイクに乗ってる方々には、いささか珍理論に聞こえるかもしれませんが、アニメや漫画の世界では、この手の考え方は、もはや定番。読む人の性癖が拡散し、個人の濃い性癖の追求こそが二次元の醍醐味になって以降は、全員に刺さるような平均的ヒロインや王道ラブロマンスなんて逆に難易度が高いまである。それよりも読み手の性癖を深くエグってナンボとばかり、個性的なヒロインをずらりと並べてくるものが増えているんですね。

もうおわかりだと思いますが、私にとってHAWK11って「この特殊性癖枠にモロにハマる」バイクなんですねぇ。ロケットカウルを採用し、常識を外しまくった非常に濃いガワにもかかわらず、中身は性能とフィールと頑丈さに定評のあるアフリカツインですからね。もうノーマルで「安定の乗り味」と「デザイン的な替えのなさ」の両方が備わってるわけですよ。
実は同じコンセプトのイナヅマベースで作られたGS1200SSも凄く好き。でも、今やGS1200SSはカルト的人気を持つに至り、タマのいい個体は200万オーバーとかになってるんで到底買えたものではありません。
なんでそうなっちゃうのかというと、この手のバイクってディスコンになってからジワジワと魅力が伝わっていき、そこそこの人気になるケースが多いからです。現行ラインナップでいつでも買えるときには、刺さらなかった人達が買わない理由を拡散し続けますので、マニアックなデザインほど、マイナス印象が強くなるんです。結局買える期間は自分の嗜好を信じて金が出せる少数の人しか買わないわけですよ。
でもディスコンになり、ラインナップから消えてしばらく経つと、そのバイクを愛好している変態達の熱量が徐々に表面に出てくるようになる。その手の熱さ勝負になると販売台数はまったく関係ないんです。カタナなんかがいい例じゃないですか。カタナはバイクとしては超オールドタイマーで、人気ほどの販売数があったわけじゃないんですよ。でもこのバイクは、少数精鋭のオーナー達の熱量がハンパないんです。それはもはや1100カタナを最高神に頂くカルト宗教。その圧倒的な熱量と信仰心がカタナをスズキを代表する名車の地位まで押し上げたんですね。
デザインについても、変態度が高いものは時間と共に不気味な変化が生じてくる。初見で「・・これは珍なり・・」って感じた部分に人はいつしか慣れてきて、逆にそれが何とも言えん味わいに変化してくるんですよ。まさに
「這い寄る混沌」
そう、ジワジワと精神の侵食がはじまるんですね。私もGS1200SSを最初に見た時は、「ちょっとデザイン変じゃね?電波系じゃね?」って思いましたよ。でも見る度にSAN値を削られて、今や完全に不定の狂気に陥ってる。もうね。目をグルグルさせながら「ウンウン、その絶妙な変さがイインダヨ、それがタマラナインダヨ、それがなかったらGS1200SSじゃナインダヨ」って呟くようになってしまっているんです。
人が寄りつかないほどの個性ってネガティブに感じるかもしれませんけど、ベテランが長く乗ろうとしたときは、かなり有望な選択肢なんですよ。そこを意識した上でホンダがこのデザインを「大人のスポーツバイク」としたのなら、私と同じような認識を持っていたということになりますけど、そこら辺はどうなんでしょうね。
いずれにせよ、HAWK11の20年後の評価ってのがどうなってるのか楽しみ。東の横綱、スズキGS1200SS、西の横綱、ホンダHAWK11なんて言われるようになっていると変態冥利につきますね(笑)
実は同じコンセプトのイナヅマベースで作られたGS1200SSも凄く好き。でも、今やGS1200SSはカルト的人気を持つに至り、タマのいい個体は200万オーバーとかになってるんで到底買えたものではありません。
なんでそうなっちゃうのかというと、この手のバイクってディスコンになってからジワジワと魅力が伝わっていき、そこそこの人気になるケースが多いからです。現行ラインナップでいつでも買えるときには、刺さらなかった人達が買わない理由を拡散し続けますので、マニアックなデザインほど、マイナス印象が強くなるんです。結局買える期間は自分の嗜好を信じて金が出せる少数の人しか買わないわけですよ。
でもディスコンになり、ラインナップから消えてしばらく経つと、そのバイクを愛好している変態達の熱量が徐々に表面に出てくるようになる。その手の熱さ勝負になると販売台数はまったく関係ないんです。カタナなんかがいい例じゃないですか。カタナはバイクとしては超オールドタイマーで、人気ほどの販売数があったわけじゃないんですよ。でもこのバイクは、少数精鋭のオーナー達の熱量がハンパないんです。それはもはや1100カタナを最高神に頂くカルト宗教。その圧倒的な熱量と信仰心がカタナをスズキを代表する名車の地位まで押し上げたんですね。
デザインについても、変態度が高いものは時間と共に不気味な変化が生じてくる。初見で「・・これは珍なり・・」って感じた部分に人はいつしか慣れてきて、逆にそれが何とも言えん味わいに変化してくるんですよ。まさに
「這い寄る混沌」
そう、ジワジワと精神の侵食がはじまるんですね。私もGS1200SSを最初に見た時は、「ちょっとデザイン変じゃね?電波系じゃね?」って思いましたよ。でも見る度にSAN値を削られて、今や完全に不定の狂気に陥ってる。もうね。目をグルグルさせながら「ウンウン、その絶妙な変さがイインダヨ、それがタマラナインダヨ、それがなかったらGS1200SSじゃナインダヨ」って呟くようになってしまっているんです。
人が寄りつかないほどの個性ってネガティブに感じるかもしれませんけど、ベテランが長く乗ろうとしたときは、かなり有望な選択肢なんですよ。そこを意識した上でホンダがこのデザインを「大人のスポーツバイク」としたのなら、私と同じような認識を持っていたということになりますけど、そこら辺はどうなんでしょうね。
いずれにせよ、HAWK11の20年後の評価ってのがどうなってるのか楽しみ。東の横綱、スズキGS1200SS、西の横綱、ホンダHAWK11なんて言われるようになっていると変態冥利につきますね(笑)
(オマケ漫画「這い寄れ※のじゃ子さん」)
(今週はイベントがそこそこ入っていて、イラストに回す時間がありませんでしたから、適当に描いて終わらそうと思ったんですけど、なぜそんなときにムズいポーズを選んでしまったのか・・)
(今週はイベントがそこそこ入っていて、イラストに回す時間がありませんでしたから、適当に描いて終わらそうと思ったんですけど、なぜそんなときにムズいポーズを選んでしまったのか・・)


コメント
コメント一覧 (20)
>私は人の欲望を刺激し続ける消費社会において「絶対に飽きのこないバイク」なんて夢物語だと思うんです。
確かに。どんなもの、人間でもバイクでも基本的に飽きないものなんてこの世には
ないですわな、自分がおぢになってヒシヒシ感じております。
でも前から見るとホークは、ほんとサイクロン号みたいですね。
PS あ、CBのカウルの話なんですけど、シックデザインのマスカレードを切り刻んで
作ろっかなーと思案中でございますw
へっちまん
が
しました
創りては市場評価を受けて”不満”のお手当をして、更なる購入者増につなげます。
不満を修正・魅力も追加するけど、旧仕様のお客さんには申し訳なく思いつつ。
振り返ると新旧部品の互換性を前提に部品開発した過去もあったけど、
最近は新しくするコトが目的になったり機種最適になる事が増えた気がする。
興味があればアップデートに効果的だった昔と、手に負えなくなった今の違いか?
替わりが見つからない・・・不満は有れど「良いじゃんこれで!」も理解します。
商品を長く育てるのも大変ですがその選択もお任せなので仰る通りですね。
HAWK11はデザインというより達成手法で”機能美”を追求したと思ってます。
大人の遊び心を満たしつつ「解ってないな!?」と笑われないコト。
デザイナーの線の意味を聞き、尊重と自らの意志とした結果なので、気にしない。
何より発案者がGOした初期案を維持したコト・・・判断に迷いは無かったし。
選んだ素材と製法も活かすコトが出来たと思うし、時間軸も気にならない筈。
20年後も色あせないかな?と。 まあ短命で既に西の横綱って書かれてた様な?
選んでくれた方々が最低限の満足なら本望です。
へっちまん
が
しました
私も飽きもせず古いにのに乗っているのは替えがないからなんです
貴方が最近導入されたSF嬢もおそらく ベーシックでありながら
今後同ようなじものが発売されないであろうことからの購入でしょうか?
個人的にはH社のFOURシリーズからFシリーズに乗り換えたとき
違和感を感じて古いのに戻ってきたという経緯があります
なのでそれ以上新しいのは魅力を感じなくなってしまいました
ヤマハの古臭い空冷3気筒はキワモノ枠でしょうか
エンジンの味付けは とろろ昆布のおにぎりの味わい ・・といえば北陸人なら理解していただけるでしょう
(他所では見ないんですが 我々にはこれがないと生きていけない)
コンペマシンだけは最新型が良いですが もう乗る気力も体力もありません
へっちまん
が
しました
かく言う自分もXZ400D・CBX650カスタム・CXカスタム・CB750(RC42)ですからあんまり笑っていられないんですが・・・RC42はそれこそ空冷4発が無くなった事で再評価されていますが、その他は・・・・まさに爆死してますね(笑)
RC42に関しては丁度自分の感性にピッタリだったので「飽き」は無かったですね~😆ましてマフラー替えてハンドル替えて、それこそ自分のオリジナルにしてましたから💦で、パーツ供給その他諸々で維持が不安になった時NTが!形式も偶然42の倍数「SC84」全てがデジタルで自動化されて正に正反対のマシンでしたが自分の心をガッチリ掴まれて現在に至ります。
白バイにはなりましたが市販車としてはDCTが浸透しない限り、このまま国内では希少車になっていくんでしょうね😅まあお値段も高いですし💦
自画自賛になりますが、購入を考えている方、DCTに抵抗のある方はぜひ一度試乗してみて欲しいです。NTにシンクロして自分の心を読まれてみてください。きっと新しい世界が開きます!
NTを開発されていた方がこの文を見ていただいているかは?ですが「このマシンが最高です!開発していただき有難うございます😆」とオートバイライフを楽しんでいる者が最低1人は居ますよ!と声を大にして言わせて頂きます💦
長文乱文失礼いたしました😅💦
へっちまん
が
しました
>飽きの来ないバイクはない
どうなんでしょうね?CB750Fourとか750RSあたりだと、新車購入してから50年ずっと夢中だなんて強者がいたりするんじゃないかと思ったりもしますが、ごく少数ではあるでしょうね。
やはり飽きは来るものなのかな…。私はドリーム50以外に長く所有したバイクがないので、なんとも言えないのですが、やはり夢中になる時期とほとんど乗らない時期の波がありますから、そういった点では飽きがきて、また夢中になってを繰り返してるんでしょうね。ドリーム50のようなバイクは今後出ないでしょうから、「代わりになるものがない」というのは完全に合致します。
>リハク。その目は終始曇りっぱなしです。
これは笑いました。北斗の拳って何度か通しで読んでるんですが、リハクって全く記憶に残ってないんですよね。こちらのブログで度々出てきますから、物事や人物を見通す目を持ったリハクが、物語の大事なところで見誤ったなんて話なのかと思ったら、いつもいつも見誤ってたんですねw。フドウの「誰かが子供達に愛を信じさせてやらねば…!」あたりは涙無しに読めないんですが。
スズキの変態4車種もいいですよね~。ち○こパッド、胸毛、便器、菌王様。これにカナブンが加われば完璧だなあと思います。私、便器とカナブンは結構好きなデザインなんですよね…。
スズキはいつも微妙にタイミングを外してみたり、流行りに乗ろうとして斜め上に行ってしまったり、時々とんでもないモデル(ハヤブサ、ガンマ250、GSX-R750、ワゴンR等)を放り込んできたりと、変な方向へ走っていくのが良いところでもありますから、ずっとこのままで居てほしいと思っています。これまで乗った車4台のうち、3台までがスズキなので。あと1台はフォードのエクスプローラー。
ちなみに、ニャル子さん好きでしたね。原作もアニメも。
へっちまん
が
しました
HORさま
おそらく 飽きもせず乗られているバイクの車種筆頭は
「カワサキのW1系」だと思います
新車からの残存率(発売からある程度経ち 今も登録され公道を走っている率)
が 車検のあるバイクでデータがある中では高い
(CB400Fも残存率高いんですが 1万台も作ってないので この辺は外した数字ですが)
ドリームナナハンやカワサキZ2は 過去の維持費がかかる一年車検や難しい免許の限定解除時代 かなりの数がスクラップになりました
それに新しい車種の CB-F カタナ 忍者に 皆さん乗り換えちゃいましたから
そんな 時代にバイク屋の後ろで まだ動くのにスクラップ待ちのむなしい
姿をさらしていた ドリームナナハンに
「そのうち 俺が乗ってやる」と 誓った小僧時代
今は しつこくナナハンを30年以上愛用しております
へっちまん
が
しました
レスありがとうございます。横やりなんてとんでもない!
>飽きもせず乗られているバイクの車種筆頭は「カワサキのW1系」だと思います
なるほどですね。残存率なんてデータがあること、勉強不足で知りませんでした。W1シリーズはあまり見たことがないのですが、北海道だと少ないのかな…。
そういえば、何年か前に、A1サムライを立て続けに同じ道の駅で2台見たことがあります。色違いだったので別個体なのは間違いなく、よく生き残ってきたなあと思いました。
>かなりの数がスクラップになりました
当時は今とは違って、最新型高性能を追い求め、それこそが正しい時代でしたから、仕方のないことだったかも知れませんね。おそらく皆それが当然と感じていたでしょう。
ですが、万年NAさんはそういった流れの中でも、本当にほしいバイクを見極めて乗ってこられたのですね。すごく羨ましいとさえ感じてしまいます。
へっちまん
が
しました
朝駆けで一番遠いロットに停めて1人静かにいる人に憧れておりました。
SATURNO、赤いフィンのついたグッチの1100 SPORT、カシャカシャシャラシャラDUCATI 900。
引き離される短い間、
彼らの情報処理と筋肉への指令、毎回余裕を持って行う動作の積み重ねに、
経験の浅い若い私は畏敬の念を覚えたものです。
その年齢に達した時に私はどうなってるかなぁ、と思っていたら、
朝、誰もいないどこかの公園の駐車場の端っこで、
バイクを停めて独りでニマニマする人になってました。
あと少しで空気がひんやりしますね!楽しみです。
へっちまん
が
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ヒロイン三人も魅力的だけど、顔怖コミュニティ不全(脳内シミュは完璧)のスーパー勇者トトのキャラクターも良し!
ウケてるラブコメって共感できて愛される男の造形が上手いと思います
あまりにアクがなさすぎても、無味無臭で必要性がなくなっちゃうんですよね…
長年乗るごとに新鮮さや新しい発見ってどんどんなくなっていきますよね、新しい刺激に目移りしちゃったり
M109R飽きたらどうしようか?他に大排気量クルーザー沢山あるけど…対抗馬ってなるとん〜どれも違う気がするし、手放すという判断下すのはかなり難しいかも
更にを追求するなら多頭飼いするしかねぇ〜
爆死系変態デザイン…後世の人間だからか個人の感性のせいかどれも変には見えないんですよねぇ
やはり当時のネガな意見に引きずられてる所、ネタが肥大化してる部分が結構あると思うんですよねぇ
それでもネタになって後世に残るだけまだマシかな?
北斗三兄弟withジャギのようなバイクはまだ語られる事多いですけど
同時期に北斗門下生やってたキムさんのように後世に語られる事なく、時代の影に沈んでいくバイクも多数あるわけですから…
悪名は無名に勝るんですよね
へっちまん
が
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メーカーは「より価値あるものを!」、一方消費者は刺激を求めて「次は?」となっていく。さながら売ヤーとヤ◯中のよう…
しかし、昨今はネオクラブーム。作り手と要求に乖離がありそうですね。
前時代的デザインのロイヤルEの人気、旧車風外装キットや中古車の高騰etc…
「飽き」はデザイン・性能に対してだけでなく、モデルチェンジや変化そのものにも起こる?と妄想。物は言いようですが…
最近の戦略は◯◯コラボ・エディションも多いですよね。(ドゥカティのシュプリーム、ランボコラボは衝撃的でした)
ネオクラも旧世代セルフコラボとか旧車エディションとも見れそうですし。
某ゲームがアキラや昔の映画のオマージュだったり…
まだ暫くは懐古傾向が続くかなぁと思ってしまいます。
HAWK11の再評価が20年後なら純ガソリンのラインナップしてない時かもですね笑
へっちまん
が
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今回のお題、深いですねぇ。
ウチのNC700Sはこの秋で丸13年、14年目に突入します。いろいろ気になるバイクを試乗しても
「なんだかんだいっても乗り味が気に入っている」
「他に替わりになるものが見当たらない」
という事でまだ当分は乗り続けそうな雰囲気です。
まぁ、だいたい私は「飽きない」性分ですね。昔実家が商いをしていたからではないと思いますが。
免許取りたての頃はバイクもクルマも比較的短いサイクルで乗り換えていましたが、そんな時期を過ぎてからは皆、割と長く乗ってます。
バイク本体だけでなく用品もダメになるまで使うクチだし、バイク以外の趣味の道具、スキーにしても山歩きにしてもカメラにしても、全て長く使いますね。経済的制約の存在も否定できませんが。笑
まぁ勤務先も新卒以来30年以上変えていないしヨメさんも同様、飽きない性分であることは間違いないようです。
へっちまん
が
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