私は昔からコーヒーをよく飲みます。私みたいな中二病患者っていうのは、若い頃にブラックコーヒーに憧れ、ブラックコーヒーを主飲料にするケースが実に多い。

なぜなら、この液体は中二病患者に欠かせない「黒き聖水」だからです。ただのブラックではなく、「ダークネスな絶望に染まり、サラマンダーのブレスのように体内を巡る灼熱のブラック」などというややこしい枕詞もついている。このダークヒーロー定番飲料を飲めるようにならなければ、もう中二病ヒーローとしてお話にもならないわけですよ。

そんな私は人生で飲んだ液体の「7割方がコーヒー」なんじゃないかと思っているほどコーヒーを飲んでます。

朝起きて、食物繊維(イヌリン)をドバドバ入れたコーヒーを巨大マグカップに入れ、ブログテキストを叩きながらまず一杯。仕事場でも、午前午後に一回ずつマグカップになみなみのコーヒーを飲み、車の運転中もひたすら飲むって感じ。自宅と仕事場に「職人の珈琲」を箱買いしてるし、車のトランクにはこれまた箱買いしたクラフトBOSSのペットボトルをブチ込んでいる。

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(箱買いしてる職人の珈琲、もう長いことコレ一筋です)

もうね。いついかなるときでも、切らすことなく、この「漆黒の液体」を摂取できる環境整備がなされているのですよ。昔ドジャースのラソーダ監督が「俺にはドジャーブルーの血が流れている!」って名言を残しましたが、私はあえて「チュウニ・ブラックの血が流れている」ってセリフを残したい。

ちなみに朝、食物繊維の粉をコーヒーに混ぜるときに使っているのは、愚息がユニバーサルスタジオからお土産で買ってきた「ヴォルデモートの杖」です。魔法の才ある者を排出できなかった我が家系では、この杖を本来の用途に使うことはできず、私のコーヒーかき混ぜ用に使ってるんですけど、いや~実に怪しい高揚感がありますな。

脂気ダブラ(コーヒーと食物繊維の融合促進装置「ヴォルデモートの杖」。この中二病アイテムで朝のコーヒータイムが「邪悪で崇高な儀式」に変わる。クチバシ部分が吊り下げに丁度良く、握りやすく、混ぜ心地もいいのが何気に腹立たしい。)

これだけ消費量が増えてくると、利尿作用もかなりのモノがありますから、トイレにばかり行っている。私の仕事中の移動の2割がトイレの往復ですから、一体何をやっているんだって感じです。

いや、私だって専門珈琲店を巡っていた時期もありましたよ。コーヒー好きが一度は通る「通気取り」ってやつです。でも、通を気取って高い珈琲飲むってのは、私の場合は長くは続きませんでしたねぇ・・。そういうところで飲むものは「コーヒー」ではなく、なにか高尚な別の液体だったんですよ。私的には。

私がいつも仕事で飲んでるコーヒーってのは、趣味のひとときを演出するたしなみ系の飲み物じゃなく、カフェインで作業効率を上げるための力水です。

そんな奴に高級豆を使ってプロが丹念に入れた珈琲を飲ませるとどうなるか?

「すっぱ」とか「にがっ」とか「エグっ」って感想になっちゃう。なぜかというと、いいコーヒーってちびちび味わうもんで、ガバガバ飲むもんじゃないからです。専門誌とか見ると、「珈琲を舌の上で転がす・・」なんて書いてあるけど、「バカヤロウ!そんなパチンコ台みたいな飲み方出来るか!」って思っちゃう。舌の上で転がすどころか、胃まで一気ですよ。もはや、飲むというより摂取ですな。

だから、ちびちび味わう評価軸で作った高級豆は全部ダメ。だって、そんなもんガブ飲み方したら濃いに決まってるじゃないですか。グビグビいきたい私にとって、趣味の珈琲に重要な、苦みとか酸味とか、焙煎感とかが「飲みにくさ」になっちゃうわけですね。

コーヒーについては、私はどうやら水分&カフェイン摂取手段として一番効率の良い味を選んじゃうみたい。仕事中やテキスト描いてる時って、意識は別の方向に集中しているから、それを邪魔せず支援してくれる味付けがいい。「こっちを見て!どう?おいしいでしょ!ねっ!ねっ!!」なんてグイグイ前に出てくる味付けされると、逆に「ええい!!うっとうしいわ!さっさと胃に吸収されろ!?(ガブガブガブ)って感じになっちゃうんです。

そんな私が唯一コーヒーを「珈琲として堪能できる」のは、ツーリング先でだけ。煎れるのは普段仕事で飲んでいるのと同じ「UCC・職人の珈琲・レギュラー」なんですけど、ツーリング先で湯を沸かしてコーヒーを入れるとき、それは見事に「珈琲」に変わるんです。

私の飲んでる「職人の珈琲」の秀でたところところは、誰がどう煎れようが、どんな条件で煎れようが、ちょっと難のある水だろうが、「マズくなりようがない安定したドリップ能力」です。「ぎゃあぁぁあああ!ドリップ失敗して散々な味にぃぃいい・・」なんてことは一切ない。だからこそ、環境が様々なコーヒーツーリングでも安定のアベレージを叩き出す。

そんなブレのない安定の味を「超美味い!」と感じてしまうってのは、メンタルの問題以外のなにものでもない。「飲んでるシュチュエーションと気分によって味が見事に変わる」んですよね。このように人間の味覚ってのは環境に大きく左右されるんです。最高のフレンチを宮殿の晩餐会で食べるのと、下水が流れる地下牢で食べるのとでは、激しく味が違うのは誰しも同じだと思うんですよ。

つまり、ツーリング先で飲む珈琲が美味いのは、自分を取り囲む空気と景色が美味いからなんです。いつものコーヒーを最高の味にするために、素敵な景観とアングルを求めて旅をする。それが私のボッチ珈琲ツーリングの真実です。

20240811_161253645(私の秘境探索専用移動カフェテリアのダイナ。広々としたシートバックにチェアワンとコーヒーセットを放り込んで出発です。)

今回はそんな景色が綺麗な穴場コーヒースポットの見つけ方なんですけど、当然ですが季節によっても穴場に求められるものは変わってくる。春は新緑、夏なら滝、秋は紅葉、冬は海と見たい景色が変化するので、走るコースも自然に変わるし、穴場の選定により、ツーリングにも季節感とバラエティが生まれてます。ただ、私が穴場認定するにあたって、譲れない絶対要件ってのがある。それが

周りに人が一人もおらず、自分だけになれること

です。

でも、この条件って実はめちゃめちゃ矛盾してるっておわかり頂けますでしょうか?だって景色が綺麗なところには「確実に人がいる」わけですよね。全国に数多ある有名景勝地っていうのはその典型。遠路はるばる旅してきた人々は、とにかく外しを掴みたくないから、るるぶ片手に評価が高く実績のある景勝地に向かう。結果、それらの有名スポットは賑わいにあふれ、賑わいがまた人を呼ぶという好循環が回るわけで、その地域での勝ち組スポットになっていくんですよね。

でもね。そんな「人がいるのが当たり前」の景勝地は、私の珈琲ツーの目的地からは、真っ先に除外されるんです。だから私のブログに有名観光地の写真は一切出てこない。自分の見つけた穴場スポット一本勝負です。

「でも、穴場ってどうやってみつけるの?」

って思う方、ふっふっふ、そんなの

「ひたすら彷徨うに決まってる!!」

若い頃なら、「ああ!なるほど!スナフキンのような、さすらいの旅人ですか!」って感心されるかもしれませんけど、歳食ってからの僻地探訪って、「ははぁ・・さては、セルフ姥捨てですね?」っていわれかねない。でもね。美しさを求めて、日々徘徊するのが人という生き物なのですよ。

そんな私の穴場探索ですが、海沿いエリアでの狙い目は、

「日本のバブル経済期に山のように作られ、うち捨てられた第3セクター・レジャー施設」
 
山沿いの狙い目は、

「ダム周辺」

「川沿いの小道」

「地図上の道路脇にポツンとあるマイナーな滝」


あたりですな~。

海沿いはそもそもルート自体が限られ、どのルートもナチュラルに人気が高いですから、大概一人になれないんですよ。でも、そんな海沿いにも少ないけど穴場はある。それは、過去に賑わいはあったけど、今は忘れ去られているスポットです。例えば、高台にありながら、閉鎖されちゃってる第3セクター施設。これがまた香ばしいんですよぉ~。

三セクには行政のカネとメンツが入っているし、用地買収にも有利だから、びっくりするほど見晴らしの良い優遇されたところにあったりするんですよね。当然そこまでの導線もちゃんと整備され、ある程度の駐車場も確保されている。つまり、バイクで珈琲を飲むスポットとしては最適なんです。

そんな優遇を受けているのだから、普通は大盛況の観光スポットになるはずなんですけど、それでも潰れるのが三セクってやつなんですよ。とにかく将来展望が甘く、収益化がドヘタで創意工夫もないから、最初は良くても長続きさせることができない。客を寄せる手段を次々と打っていく発想力も仕掛けも足りず、年月の経過と共に飽きられてリピート客が減っていくんですよね。そしてやがては見る影もなく寂れてしまう。

でもね。ここで注目したいのは、「たとえハコモノは寂れても、そこから見える雄大な景色は決して変わることはない」というところ。道路だって通した以上は自治体によって最低限の管理、整備はされる。でも、ありがたいことに観光地としては、無人&放置状態ですから、私は敷地内の一番眺めの良いところで店を広げて最高の気分に浸れるってことになる。

20241013_171343421(うち捨てられた三セク跡地に日が沈む。沈む夕日と静けさが切ないほどに美しい。普通はね。この眺めで夕日見ようとしたら周りはアベックだらけですよ。でもここでは、私のためだけに太陽が沈んでいく。あ゛~、珈琲が美味い~!!)
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(ここも昔は人が溢れていたと思うんですけどねぇ・・。この広大な景色の中に私しかいないなんて信じられる?日曜の午後ですよ?いや~私のために下刈り乙!あ゛~、珈琲が美味いぃ~!!)

山方面はとにかく川辺がいいっすね。つーか、山は奥地に入ると割と無人で、どこでも店を開けるので迷うまである。交差するのに苦労するようなマイナー林道は車は敬遠してやってこないので、ギンギンに過疎ってます。そんな川沿いの道の道幅が広めのところにバイク止めて、川辺でコーヒー・グビ男になるのが、またオツなんですよぉ。

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(川沿いで素晴らしい景観がずーーっと続く山沿いの旧道の端っこを借りて店開き。あ゛~、珈琲が美味いぃぃ~!!)

そして穴場といえば、やっぱ滝ですよ。実をいうと、滝ほど「勝ち組、負け組」がはっきり分かれているものもないんですね。日本百名滝なんてのは典型的な勝ち組。でもね。田舎の山行けば滝なんて地図見りゃ割と一杯あるわけですよ。そして、そのほとんどは負け組。マイナスイオン+無人の空間がよりどりみどり。ただ、秘境の滝って大概、山を分け入る必要があり、すぐ近くまでバイクで行ける滝って案外少ないんですね。そんな負け組の滝の中に、最高のひとときを提供してくれる奇跡があったりする。何回もここで紹介してきた能登先端の桶滝だって、そういう知る人ぞ知る負け組滝の一つです。

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(ここは桶滝に次ぐ私の穴場。滝の名前は秘密。人に出会ったことがない典型的な負け組滝です。しかしバイクで近くまで行けるし、その神々しさも桶滝に匹敵します。何より滝が近いし、ゆったりするのに最高で、いつも昼寝したり、1時間以上は入り浸ってます。あ゛~、珈琲が美味いぃぃぃ~!!)

あと、ダムもバブル期は人が集まる景観地としてマメマメと整備されてた場所ですが、こちらも勝ち組と負け組がハッキリしていて、寂れてるところは徹底して寂れてるんですよね。そんな寂れポイントをうまく発見できると最高のシュチュエーション&無人エリアが手に入る。とにかく「こんなとこ行けるのかな?」って思ってもどんどん入っていっちゃうのが肝心。ダム周辺ってヤバそうな道でも割と整備されているから、道なき道になっちゃうってことはまずないんですよね。(ただドツボにハマることもないとは言えないので、本当にヤバいと思ったらそれ以上深入りしないのが寛容です。)

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(「不気味で怪しい橋を渡ったその向こうにこそパラダイスがある」と信じる気持ちが大事です。)
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(オィィィイイ!!みてくれ!この景色を!!こんな景色を独占なんて失禁しそうだぜ!マスツーでは決して選ばない怪しい側道の向こうに広がる自分だけのパラダイス。あ゛~、珈琲が美味いぃぃぃ~!!)

ということで、今回は私がこれまでの放浪で見つけた穴場の珈琲スポット探索方法をご紹介しました。人が一定の成果を上げるときって、明確な目的意識が必要だと思うんですけど、私は

「一人になりたい」

「たどり着いた先で美味い珈琲を飲みたい」

というボッチ特有のワガママさと緩い情熱をもって、これまでバイクを駆ってきてます。穴場っていうのはそもそも「人が決して行かない場所」であり、怪しい扉の向こう側にしか、自分だけの真の安らぎはないのです。

珈琲をおいしく飲むという、ただそれだけのために「怪しい扉」を開けまくる。それはまさに、役に立たない魔法書を探して、ミミックの箱に頭を突っ込むフリーレンのごとし。

その理由は探索者にしかわからないし、思い出や感動なんて、探している者にだけ意味があればそれでいい。そんな無意味な探索の果てで飲む、何の変哲もない珈琲の味こそが、私のツーリングの醍醐味なのかなって感じてる次第です。


(皆さんはおわかりだと思いますが、今回のブログの題は「葬送のフリーレン」をモジったものです。まったく役に立たない魔法書探しと過去の思い出を淡々と辿るフリーレンの旅に、妙な共感を感じてしまう今日この頃です。)

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