前回油圧クラッチの話をしたんで、今回はそのつながりで、私の持つ各バイクのクラッチの印象を語りつつ、ヴィーセ本口さんの乾式クラッチのお話しをしたいと思います。

まぁ今のご時世、「クイックシフター使っちゃえばクラッチ握らないんだから同じでしょ?」ってことかもしれないですけど、昭和生まれの古くさいバイク乗りは、クラッチが操作できると落ち着くんですよね。トランキライザー(抗不安薬)みたいなもんです。

私が所有してるバイクの中でシフト操作+クラッチ操作の感触で一番満足度が高いのが、ワイヤークラッチの※のじゃ子さん(HAWK11)です。その点はフラッグシップのきんつば嬢を差し置いても断然上。フィールが実にスッキリしてて好印象。

ホンダのシフトタッチって昔から定評があるんですけど、その中でもかなり上位に入りますね。ギアの入りが吸い込まれるようにスムースだし、クラッチ操作しても、繋がっていく感触がクリアで気持ちいいことこの上ない。メーカーによってはバイクのグレードが上がってもシフトフィールはあまり変わらなかったりするんですけど、HAWK11のシフトフィールは洗練されてて上の上。

HAWK11はアフリカツインベースでモトクロスブーツでシフト叩き込んだりすることも想定されてるだろうから、シフト周りはかなり剛性感の高い造りになってるはずなんですが、大味なところは一切なく、繊細、確実に作動するんですよね。

丈夫、繊細、確実動作って、機械においては理想的状況。どんなバイクでも、綺麗に動くように設計されてるとは思うんだけど、実際の市販車では使う部品のセレクトや製造ノウハウなど、様々な要因のせいでメーカーごとに最終的なフィールにどうしても差が出てくる。そんな中、このシフトフィール、クラッチフィールは世界のホンダの製造面の洗練が遺憾なく発揮されてると感じますね。

こういう点はスペックに関係ないし、試乗インプレではあまり語られなかったりしますけど(しっかり慣らしが終わってない個体では、そもそも語りようがない)、操作感はバイクの印象にかなり大きく影響してくるし、バイクのできの良さを色濃く感じられるところでもあるんです。

やっぱね。公道でタイム関係なく楽しくスポーツしたいなら、操作系が気持ち良いっていうのは地味に大事だと思うわけですよ。シフトが吸い込まれるようにスコッと入って、クラッチがスパッと繋がると、「おっ!キレが良いっ!スポーツライクじゃあっ!!」てテンションが自然に上がるじゃないですか。

その一方、ツアラーやクルーザーなんかで、タフに「ガチャンコ!」と繋がるクラッチも悪くない、それはそれで「うぉおお!男らしいっ!頼もしいっ!」って気分になる。

私にとってはクラッチ操作のフィールやシフトフィールもバイクのキャラにとって、結構重要な演出要素なんですよね。

ハーレーなんかも、いろいろ大味なようですけど、あれはあれで演出としては、かなりちゃんとしてるんですよ。めっちゃ丈夫で剛性感がある(でも繊細さはない)クラッチをガキコンッ(信号待ちで1速入れるとマジでこんな音がします)と入れ、クソ耐久性のありそうな石臼のようなクラッチを男らしくウリャっと繋いで走ると、細かいことどうでも良くなる。もうね。スーパー・ド近眼だったスタン・ハンセンみたいに、「とりあえず豪快に殴って蹴って、ラリアット叩き込んどきゃ試合になる」みたいな「粗雑で脳筋なんだけど、最後は確実に結果出す」という、アメリカ映画のヒーロー的な良さがある。 

日本道路公団に見捨てられたようなロクに整備されていない海岸線を、あのガチャンコなシフト操作で走ると気持ちいいんですよね~。うらぁと曲げて、ソールがクソ硬いホワイツのブーツでガコガコ操作しながら、「ガハハハーーー!!」って感じで走っていくと、陰キャのわたしも陽キャになれた気がする。

低回転域で骨太なトルク吐き出してドコドコ回るエンジンと、トルクの角をうまくとって路面に伝えるベルトドライブも陽キャ感に一躍買ってるし、その点ではダイナって、性能はクソでも、フィールやキャラ面で一貫性があるというか、ブレがないというか、走ってて太陽の香りがするんですよね。

「ああ・・いいなぁ・・これが歴史とカルチャーってもんなのか・・」って感じるわけなんですよ。ダイナはハーレー的には、「ビックツイン・スポーツ」らしいですけど、速いうんぬん関係なく、健康的で明るいアトラクション感がある。そこらへんがハーレーの定義するスポーツなんだろうなって思うし、エンターテイメントを大事にするアメリカ文化の香りを感じるところでもあります。

そして、いよいよここからですよ。いつもバイク小屋の隅で不気味なオーラを放ち続けている孤高の変態バイクの話ですよ。そう、イタリアの老舗バイク、ヴィーセ本口さんです。同じ縦置きエンジンでもゴールドウィングのデザインは割とスッキリとした香りがするのに、ヴィーセ孃から立ち上る独得のエグ味たるや・・・。

20240803_133103868 (1)(パッと見は普通。しかし、車体を突き抜けて、はみ出しちゃいけないものが出ちゃってる。ただでさえ守るべきモノが何もないバイクで、この急所丸出し感よ。縦Vの怪しくもデンジャラスな香りがV7のデザイン上のミソだと思う。)
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(縦Vといえば、やはりこれ。犬神家の一族のスケキヨ様♡実はヴィーセのネーミングとしては、当初は「スケ・キヨ子」という案もあったんです。でも、イタリア女性の名前に「スケ・キヨ子」はどうなの?ってことでボツとなっています。)

そう、グッチの縦置Vの外観にはにはなにやら妖怪的で禍々しい不気味さと魅力があるんです。

その一方、ヴィーセのシフト操作やギアの入りを評価するなら、なんら特筆すべきことのない「極めて普通のバイク」です。

古いモデルのV7はシフトフィールが曖昧で独特らしいですけど、現行は全然そんなことない。過去のオーナーインプレを見ると、2021年のモデルチェンジで、「ようやく普通に追いついた」ってことなのかもしれないですが、現状では「違和感もなく、不満もない」という、平均的なシフトフィールだと思います。

しかし、シフトフィールが並だからといってトータルの変速操作感が普通かというと、イタリアの伝統的な変態メーカー、モトグッチさんがそんなわけがございません。

このバイクの最大の特徴は、古きよき「乾式単板クラッチ」だってことです。ミもフタもなくいえば、

「最も原始的で、単純で、シンプルで、芸のないクラッチ」

なんですね。モトグッチって850ccもある空冷エンジンのくせにエンジンオイル量が2Lしかないんですけど、それは「クラッチがオイルに浸ってない」からでございましょう。

乾式単板クラッチって、現行バイクでは、モトグッチとBMWの空冷モデルくらいにしかなくなってて、もはや絶滅寸前、風前の灯火なんですよ。ずっと乾式単板クラッチで頑張ってきたBMWも水冷エンジンは10年くらい前から、湿式多板に切り替わってますし、モトグッチ自身もマンデッロ搭載の新型水冷エンジンは湿式多板に変わってる。大局的には、「もはや乾式単板クラッチに未来はない」といえる。同じクラッチ仲間では、地味すぎて継承者がほぼいない「キドクラッチ」と似たようなモノです。

キドクラッチ2
(いぶし銀の関節職人・木戸修のフィニッシュホールド。キドクラッチ。脇固めに行くと見せかけて、回転しながら丸め込んで3カウントを奪う。乾式単板クラッチと同様、シンプルで極めて地味です。)

なぜ未来がないかっていうと、そりゃ言うまでもない。クイックシフターやアシストスリッパークラッチなどでクラッチ周りが幕の内弁当のように豪華になってる御時世に、

梅干しだけの日の丸弁当を誰が買うのか?

ってことですよ。もうね。米の味しかしないわけですよ。最近はバイクは広い顧客層向けにクラッチ操作をどんどんイージーにしていこうという流れだから、とっつきにくくてデリケートな乾式単板クラッチは極右の存在というか、ストロングスタイルすぎるんですよね。

そんな怪しい邪教扱いになっちゃった乾式単板クラッチの印象はというとですね。クラッチのキレっぷりと繋がりのフィールが、う~ん、なんていったら良いんでしょうか・・・・・あえて表現するなら「刀身の短いナイフで居合い切り」してるみたいな感じです。湿式多板がスッって離れて、人が握手するようにグッと繋がるとすると、乾式単板はズバッと切れて、コンッ!って繋がる。綺麗につなげたときは、まさに硬質な石が噛み合ったようなフィーリングがある。これがダイレクト極まるというか、個性的で、かなり気持ちいいんです。ただ、その気持ちよさを引き出すためには、乗り手側で回転あわせをしっかりやる必要があることは言うまでもない。

たまに発進時やシフト切り替え時に、やたら長くクラッチ滑らせてる人とかいるけど、半クラ多用しちゃうと乾式単板はオイルに浸ってないから熱でクラッチが焼けちゃうんですよね。信号待ちで「カラカラカラカラカラ・・」と空き缶引きずってるような音させてる、スポーツバイク用の乾式多板クラッチと違って、グッチやBMWの乾式単板は熱を大気開放できるような位置にありませんから、摩擦させれば、クラッチ内に熱がどんどんこもっちゃう。

だからといって半クラ使わず、雑に繋いじゃうと、遊びのないシャフトドライブがそのショックをあまさず路面に伝えてくれるという糞仕様。ワインディングのコーナー入り口での減速時や、バンク中にトルクバンド入れるためにシフトたたき落としたあげくシフトミスすると、バックトルクでグリップがさほど高くない後輪がロックしてサヨウナラ・・みたいなことになりかねない。かといってそれを恐れて半クラ続けたり、クラッチ握ったままだと、壁に張りつくだけですから、なかなか味の深い仕立てだと思う。

Knife6
(昭和のコントのようなヒネリのないベタな2コマ漫画。2コマ目で即落ちるテンポが乾式単板の感覚と割と似てる。)

このバイクは普通のバイクと違って、「クラッチによってエンジンと路面がダイレクトに繋がってて、その中間にショックを逃がしてくれるところがない」んですよね。

で、駆動系は割と硬質でデリケートなくせに、チューブタイヤとスポークホイールの足回りは柔くてアバウトという、なんともかんとも・・な作りになっている。

このためワインディングでは、足回りに負担をかけないよう速度とバンク角を考慮して優しくコーナーに添わせつつ、回転をビタで合わせ、半クラ使わず、ズバッと切ってコンっと繋ぐズバコンなシフトで駆動を繋いでいくしかないんです。要はバイクに負担かけて無理をさせるようなことすると、高度な操作が要求され、かつリスクが飛躍的に高まる設計になってるわけですよ。うう~ん。これがモトグッチ流、ナチュラル危険抑制装置なのか・・。

でもね。やっぱ、ミスはあるじゃないですか。だって人間だもの。で、それに対してもこのバイクが、現代のバイクとスタンスがまったく違う。

「ははぁ!ミスった、ミスった!ドヘタだなぁっ!(笑)」

って笑ってるだけ。なんとかしてくれようという気は一切ない。

「はぁあ?古くさくて進化してないのを棚に上げて、なにこれ?なんなの?」

「大型バイクともなれば、乗り手の多少のミスをバイク側でケアしてくれるもんなんじゃないの?」


って言いたくなるけど、

「ほう・・自分の下手っぷりをバイクのせいにするなど・・フッ・・哀れ・・」

とド正論をカマしてくる。私みたいに昔のバイクやシャフト慣れしてるライダーですら、「う・・これ結構シビア?」って感じるから、現代の「湿式多板式クラッチ+チェーンドライブ+アシストスリッパー機構」の優しさに慣れきった環境で育ってきた人には、この適当を決して許さない駆動系は「あまりにギャートルズ」な感じがするかもしれない。

「我輩の乾式単板+シャフトの構造に乗り手に対するヨイショなどないのだよ!」

「ハッ!グッチスタになりたいのなら、そこは乗り手の方でなんとかするのだな!
(酒臭い息&ドヤ顔)

って言い放って平気な顔してますからね。自分を棚に上げ、乗り手を見下す意味不明な威厳と頑固さ。ん~有料老人ホームにブチ込みたくなる。

でも、融通の利かないところはあるけど、このバイクは適当に作った感じは一切ないんですよね。だって、ちゃんと走れたときは凄く気持ちいいんだもの。人見知り酷いし、性能大したことないけど、現代のバイクと別の意味でピュア度が非常に高いといえる。このバイクは頑固で、愚直で、正直で、そこに乗り手を煙に巻くようなゴマカシはないんですよ。

モトグッチに乗ったときに乗り手を待っているのは、重量級クランクを持つ90°V型エンジンの素性そのまま、縦置エンジンの特徴そのまま、乾式単板クラッチ+シャフトドライブのダイレクト感そのまま、ってことです。もう、素材をシンプルに丸かじりしてる感覚ですよね。

そんな仕立てだから当然、敷居の高さやネガもありますけど、「ネガより良さを見るべきだろ」といわんばかりに、機構的な個性を、そのまま乗り手の目の前にドン、ドン、ドンと積み上げてくるんですよ。それをうまく調理して食えるかどうかってのは、結局は乗り手に丸投げされている。

そこには「理解できないならそれでいい」っていう職人的な頑なさがある気がする。まぁ、そんな姿勢だからいつまでたっても人気はないし、一般的にもなれないんですよね(笑)、でもそれと引き換えに、決して薄まらない個性と、操作の醍醐味と、正しく操作したときの原始的な気持ちよさがバイクの中に存在してるんです。どんなに時代が変わっても、決して変えようとしないその基本姿勢は、それ自体が間違いなく本物であり、かつ不変であることの証なんですね。

多くの現代のスポーツバイクがハイテクで武装し、パワーと環境という二律相反の矛盾を内包しつつも、乗り手のためにスタイリッシュに華麗に進化していく、テクノロジーのヌーベルキュイジーヌというべきものなら、モトグッチは遙か昔から継ぎ足し継ぎ足し熟成させてきた、泥臭く、伝統的でローテクな秘伝のタレの一本勝負なんですよ。一口目は「うん?ちょっとアクが強いな・・変わってんな・・」って思うけど、味に馴染むと全然アリだし、他の店にはない、懐かしくも朴訥な味わいがある。

当然、そんな場末の店には、流行を追うような人達は決してやってきません。羨ましがられるような名声も、自己顕示欲を満たせる華やかさもそこにはないからです。

そんなところに群がるのは、大阪で朝からホルモン食ってるような内向的スタイルで走ってる「自分良ければ全て良しの、おっさんライダー常連客」なんですよ。多くのバイクメーカーが成功を目指し、大衆という巨大なマスマーケットの中で、顧客の好む商品や味の追求に余念がない中、いまだに小さな店で、常連相手にホルモンと出所不明の地酒を売ってるようなバイクがモトグッチというわけです。だから、あえて私も多くの人に薦めはしないんですよね。だって、個性が強いバイクってのは、HAWK11みたいに、絶対に好き嫌いが出ちゃいますからね。

でも、「ネオンでキラキラした歓楽街に、ちょっと疲れたかな・・」って人とか、「バイク乗りとして解脱して透明になりつつある人」には、結構ツボるんじゃないかと思うんですよ。特に時代の流れに乗っていけないベテラン層は、うまく意気投合できれば、とっても共感できる等身大のバイクじゃないでしょうか。その点では、ちょっと前のハーレーと同種のものがある気がしますし、日本の道路環境とそこまでミスマッチはなく、過度なカスタムも不要(そもそもパーツがありませんが)で、スポーツ性も高いから、なかなか面白いバイクじゃないかなって思います。

モトグッチと多くのバイクメーカーの違いって、並べ出すといろいろあるんですけど、バイクの世界だけで語ろうとすると、あまりうまくは言えないんですよね。だって結局は機械の話になっちゃうじゃないですか。でも、こういうバイク達は機械じゃなくて、思想やスタイルで語るべきなんだと思うんですよ。ヴィーセとダイナは機械や性能で評価を詰めていくのが、あまり馴染まないバイク達なんです。具体的に何がいいの?って聞かれると、よくわかんないし、やっかいなところの方が多いんですが、なぜか、とっても安らぐんですよね。

モトグッチは私にとっては遊び疲れた変人達が集まる、裏寂れた横町にある穴場の店なんです。そういう店は、うまい酒と、定番の焼き鳥かホルモンくらいがあれば、それで十分。何がいいかは他人にはよく説明できないけど、シンプルで、飾ることなく、時代の波に逆らって存在し続けてくれてるところが、なんか惹かれるし、落ち着くんです。

グッチの中でも一番シンプルで飾り気のないV7が多くのベテラン達に愛されてるのは、結局はそういう観念的なところなんじゃないかな?って感じてるんですよね。

酒飲み女子4
(デリツィオーゾはイタリア語で「めちゃウマい♡」という意味です。)