全国のロケットカウル戦闘団の皆様、おはようございます。

今回は私がなぜHAWK11を選んだか?という理由について語るブログの後編で、メカについて書いていきます。

外装がいろいろ物議を醸したHAWK11ですけど、特徴は外装だけではございません。なんせ「アップハンのアフリカツインをセパハンスポーツに」しちゃってますからねぇ。ええ、もう発想がヤバい。「なんでそんなことをしてまでアドベンチャーをスポーツバイクに?」って普通思いますよね。

元々セパハンスポーツも作れるように想定されてたシャーシならその派生展開もわかるけど、アフリカツインって絶対そうじゃないわけですよ。発表会では「ホンダのバイクにひねりが欲しい」っていってましたけど、もはやヒネりすぎてエクソシストみたいに首が180度まわっちゃってる感じすらする。ムチャ度でいうなら、このバイクは「なせばなる、なさねばならぬ」の本田宗一郎式体育会系無茶路線の王道をいってます。

CBのようなネイキッドを「セパハンで峠仕様に♡」ってんならまだわかる。バリ伝の巨摩郡もCB900Fをセパハン仕様にカスタムしてましたし、カフェレーサーってそういうもんだし。また同じオフ車でもスクランブラータイプならロードスポーツにしやすいだろうけど、いくらなんでも「ガチオフのアフリカツインをセパハン仕様にしーちゃお♡」っていう発想は相当ブッ飛んでます。

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↗ ↗この写真見て下さいよ。こんなもんセパハンにできます?「アナタ、これをセパハンスポーツにして頂戴」ってオーダーされたらどうですか?見た瞬間「いやいやいやいや、無理無理無理無理」って叫びたくなるじゃないですか。私だったら「チョモランマみたいなタンクのラインに沿って寝そべり乗りにするしかねーな・・」って思う。でも、若い人ならともかく、オジサンが寝そべり乗りってもう涅槃に逝ってますよ。半分以上死に体です。

そのムチャをナントカしちゃったのがHAWK11なんですね。開発の原点は「アフリカツインのエンジンとシャーシでワインディングを楽しく走りたい。」という内田氏の要求をどこまで高いレベルで実現できるか?であり、開発責任者は死神と恐れられた人物で、再現するのは90年代のバンザイ突撃あるのみの地獄の戦場(開発現場)ですから、脳内麻薬が出まくったミラクルな開発が要求されている。結果的に「開発ハードルは高く、ステアリングは低く」というネタのような倒れ込みになっているんですね。でも、だからこそ、当たり前が刺さらなくなった私にとっては新鮮だったんです。

なんだかんだいってもアドベンチャーって今のバイクシーンの花形なんですよ。しかも、そのトップモデルであるリッター・アドベンチャーは超高性能な多目的バイクのような存在で、各メーカーがもの凄く力を入れているカテゴリー。クルマで言うとポルシェカイエンとか、ランクルみたいな存在ですよね。

当然私としても興味は凄くあるんだけど、その一方で、箱庭的なエリアでチョロチョロ走ってる私にはアドベンチャーが想定している世界観って壮大かつ過剰すぎるんです。実はHAWK11を購入するちょうど1年前に「三大怪獣・地上最大の決戦」(→クリックで飛びます)っていうお題で、ムルティとGSとパンアメリカの試乗ブログを書いているんですけど、その試乗でも「これは高いだけあって良くも悪くも全部盛りだな~。過剰感がスゴイでござる。」って感じたんですよね。

でも、メカ的には乗った瞬間「ふおおおあ!これは金かかっとる!!」って思ったのも事実。冒険バイクのアドベンチャーに使うエンジンって、上や下だけ盛って後は知らんってことじゃ話にならない。スペックだけでなく実利が何より大事だから、日常領域における基礎体力が極めて高いんですよね。荒さを取り去り、心地よいパルスを発生させつつ、ガレ場をトロトロ走れる低回転域の分厚いトルクと、高速道路を気持ちよくぶっ飛ばせる中高回転域のパワーを両立し、機械的なタフさも身につけている。もはや「欲張りすぎ」のスーパーバランス型エンジンなんです。当然、シャーシもオンロードとオフロードの両方をケアするように作られてるから、剛性感があるのにあたりがとてもしなやか。

クルマで言うとこれは「マジモンの高級車の味」です。ストロークがタップリあるオフロード用のサスって、オンロードではフカフカ旦那仕様だから乗り心地もすこぶる良い。そこに冒険というタフなイメージがついてくるわけですから、そりゃあ売れますわ。

でも、冒険するような野性味など微塵もない私には、このアドベンチャーの「冒険てんこ盛り路線」はちと荷が重かったんですよ。アニメに「青春ブタ野郎は○○○の夢を見ない」っていう人気シリーズがあるんですけど、夢見る頃をとっくに過ぎた私は、聖帝様に罵られて喜ぶ中年ブタ野郎になっている。若者らしい覇気のないブタ野郎にサーキットスペックや冒険スペックを与えても、まさにブタに真珠。そんな時に、アフリカツインの構成要素そのままに、手近な山道で楽しめる大人の上がりバイクとしてデリバリーされたのがHAWK11だったわけです。重装備アフリカ冒険ゴリラが、軽やかな日本の鷹になったおかげで、付き合いのハードルがドーンと下がったんですね。これなら、能なしブタ野郎の私でも最新のアドベンチャーのエンジンとシャーシを味わうことができるかもしれない。

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(アドベンチャー・シャーシとそのエンジンのエキスを、小スケールの箱庭環境でも味わえるようにコンセプトチェンジしたメロいバイク。それが私にとってのHAWK11です。)

そんな異色のスポーツバイクHAWK11と付き合ってみた感想は、「270°クランクのパラツインとアドベンチャー・シャーシは、公道使用で最もバランスのとれた最適解の一つである」ということです。乗る度に、しみじみ良いエンジンとシャーシだなって思ってる。

元LPLの死神さんに「上がりのバイク」の定義を聞いたとき、「人生の最後は良いバイクに乗りたいでしょ?」って返されて軽く衝撃を受けたんですけど、それ以降、良いバイクって何か?ってのを、ずっと考えているんですよね。でも、当然ですが、結論はなかなか出ない。それは良いバイクの定義が人によって違うし、バイクはたくさんの夢と希望が詰まった概念的で複雑な存在だからでしょう。でも、乗ってる私の頭は超バカでシンプルなわけですから、対象を難しく捕らえる必要なんてない気もする。

もしブタ野郎の私を「枯れた大人」と定義することができるならば、私は確かにこのバイクを好ましいと感じてる。それは「高価格帯の良い素材を、ただシンプルに仕上げてある」からです。余計なものが何もないんですよね。昨今の高額商品って、積み上げ型で付加価値を盛り上げて価格をどんどん上げている。実際トップモデルのバイク達は、どれも付加価値の三段幕の内弁当みたいになっています。でも、付加価値を積み上げるほど「そこまでのものが本当にいるの?」っていう疑問が湧いてくるんですよ。それは確かにバイクを使いやすくし、味わいを複雑にして、相対的な価値を増してくれてはいるんですけど、「シンプルに本質だけをじっくり味わいたいな~」ってときは、逆にうっとうしく感じることもある。もっと限界性能を落とし、欲を捨てれば、下ろせる荷物はきっとたくさんあると思うんですよね。私にとっては、付加価値を取り去った素の状態が、そのバイクの本質であり、支払う対価はその本質に使って欲しいし、それをMTでシンプルに楽しみたいって願望があるんです。

評価のフィールドだって自分が走る範囲内だけで、広い世界や過激な世界を想定してない。30年以上もバイクと一緒に過ごしていると、自分とバイクの付き合いが、ほぼ日常域で固まっちゃってるんです。バイクの性能を発揮させるために、あえて道なき道に乗り入れたり、サーキット行く気なんて微塵もないんですよ。「はぁ?なんで俺がバイクに合わせなきゃならないの?バイクが俺のライフスタイルにあわせなさいよ。」って開き直ってる無気力・脱力・厚顔無恥の三拍子揃ったブタ野郎なんですよね。

そんな私も、かつては最高のものを求め、熱い心で消費の海をさまよったりしていました、でも今は「最高より、自分にとっての最善がいいかな~」なんて思ってます。何十年も浪費を続け、散々さまよったんで、何を買うにしても今さら業界や他人の価値観に引きずられるのは嫌なんですよね。

どんな趣味でも最初の時点では知識がわーっと入ってくるわけですけど、知識はいろんな価値観も一緒に連れてくるんですよ。で、雑誌やネットでその世界を深く知れば知るほど、知識と共に価値観の荷物を次々と背負い込んでいくことになる。

バイクは免許制度があるからちょっと複雑ですが、それがない機械式時計がわかりやすいので例にとると、初めは誰しもお試しにエントリーモデルを買うんです。で、その世界の奥深さに触れるうちに、やれクロノグラフだ、ムーンフェイズだ、永久カレンダーだと、ほぼ使うことのない複雑機構に夢を見るようになる。それは、取り込んだ知識と共に価値観の竹馬に乗り、目線が上がっていくからです。眺めが良くなると、新しい世界が次々開けていくから、それを味わいたくてイケイケになっていくんですね。消費もその頃が一番派手で楽しいし、トキめいてる。実際、ブランドの利益率はそういう上り調子の人達が嵩上げしてるといってもいいでしょう。

ただ、そういう竹馬からは、いつか必ず降りるときがくるんですよ。だってそれはほとんどが背伸びだから。人は身の丈にあわないものを購入し、ようやく自分の背丈がわかる。それがわかるってことが趣味として一周まわったってことなのかもしれない。

ちなみに時計好きが全ての荷物を降ろした果てにたどり着くのは、何の変哲もない手巻き、3針、ノンデイトだと言われています。ある日、ある時、何かの拍子に「ああ機械式時計の本質的な良さって3針に全部詰まってるんだな。」って気がつくんですよね。手巻き、3針、ノンデイトをしっかり作れるブランドこそが真の実力を持っている。

HAWK11というバイクは、私にとって凄く良く出来た「手巻き、3針、ノンデイト」なんです。スポーツバイクとしては、なーんにもついていないし、パワーも200馬力級に比べれば半分だし、まったく尖ったところもない。しかし、骨格と心臓は、長年練り込まれてきたホンダの自信作で、質感が高く、毎日乗っても心地良い。ホンダが造ったリッターエンジンは、100馬力でも公道スポーツとして求められる性能は十分すぎるほどだし、かつ過剰すぎもしない。悪コンディションでシゴいても柔軟に路面をとらえ続け、動的質感も高く、スロットルは緻密で正確、ハンドリングも寝かしただけキッチリ入る。端的に言うとHAWK11は「路面適応性があって、パワーが丁度良くって、動的質感が高くて、操作に対してとても誠実」なんですね。居並ぶ同クラスのスポーツバイクと違うのは「シンプルで過剰を盛ってない」っていうことで、それが公道環境に良く馴染むんです。

ホンダが提示した「上がりの価値観」とは、最高ではなく、背伸びをせずにつきあえる日常の最善なんでしょう。それは私みたいに一周まわったブタ野郎には、割と素直に飲み込めるものなんですけど、一般的には低スペックとしか映らないかもしれない。

そういう意味ではHAWK11って、なんとも観念的な存在だと思う。「なんだこれ」と酷評する人もいるけど、そういう人は、まだ最高を求める旅路の途中なんです。そこには血湧き肉躍る刺激と、トキメキに満ちた大冒険がある。でも、どんなものでも、やがて夢から醒めて、旅の終わりが訪れる。

メーテルリンクの著作に「The Blue Bird」っていう寓話があり、日本では幸福の青い鳥なんて訳されてますけど、HAWK11は最高や理想を追い求めて戦いを続け、疲れてしまったオッサンがたどり着く降伏の青い鷹なのかもしれない。でも、降伏を受け入れ、白旗を揚げることで、得られる幸せもあると思う。HAWK11はスポーツバイクとして手応えのある味付けの部分もありますけど、全体的には敗残兵のようなブタ野郎に優しい仕立てになっている。大人の上がりバイクの定義って案外そういうところにあるんじゃないかと思うんですよね。


途中どうなることかと思いましたが、何となくうまいオチがついたようで、めでたしめでたしです。前編、後編と2回に渡り、メチャ長いテキストにお付き合い頂き、まことにありがとうございました。


ぼやき3
(※当たり前ですが、このポルナレフな語りは完全なフィクションです。信憑性があるように感じる人は、耳変態か、股間パルス変態か、バブ味トルク変態のいずれかなのでご注意下さい。)