今回はゴールドウイングに搭載されている水平対向6気筒について私の感じていることを書いていこうと思うわけですけど、最初に結論を言ってしまいますと、私自身は「水平対向6気筒がバイクのエンジンとしてベストである」とは1ミリも思っておりません。これは誰がどう見ても変態エンジンのカテゴリー。バイクにここまでのエンジンがいるか?っていうと、完全に真っ当なレベルを超えてしまってると思うんです。

まー、こういう風に最初に下げておけば、あとは持ち上げやすくなるという姑息な手法なんですけど、バイクを実用的な乗り物としてではなく、趣味の楽しみとして見るのなら、ホンダの水平対向6気筒は、「ことフィーリング面では、これ以上は望むべくもない」エンジンだと思ってます。

水平対向6気筒(SC79の水平対向6気筒。ホンダのホームページから転載です。一目見てわかりますがとにかく精緻でデカい。縦にズラリと並んだバルブスプリングの列が壮観です。)

私は3年前にF6BからSC79に乗り換えてるんですけど、私のポリシーからすると、同じメーカーの同じ形式のエンジンを2台連続で乗り継ぐってのは、本来あり得ないことなんです。私には「この世の全てのエンジンに乗りたい」「可能なら全てのモデルをバイク小屋に詰め込みたい」っていう見果てぬ夢がありますから、「どうせ乗り換えるんなら、同じ味じゃなくて違う味を・・」って判断するケースがほとんど。実際、過去同型エンジンを2台連続で乗り継いだのはゴールドウィングとダイナだけなんですよね。ただし、ダイナは玉突き追突事故に巻き込まれて廃車になり、新車に入れ替えたってパターンですから、買い換えとは言えないし、事故の相手方からの示談金で私の持ち出しも一切なかったんですね。

一方、F6Bからきんつば嬢への乗り換えはまったく違う。下取りがかなりついたとはいえ、きんつば嬢の購入にあたり200万円近くを追い金してます。つまり私は諭吉2個中隊を犠牲にして、わざわざ同じエンジンの後継モデルに乗り換えたわけです。でも、そこに葛藤があったかというと、「SC79のMTモデルが廃番になる」と聞いたとき、あっという間に腹は決まって、迷いはほぼありませんでした。

そう、私はこのバイクが積んでいる「水平対向6気筒が大好き」なんですね。ゴールドウィングは冬バイクとしてとても優秀ですが、それだけではなく、水平対向6気筒を搭載した唯一のバイクとしてゴールドウィングを選んでるところがある。

私にとっては、「このエンジンに乗っていたい」ということが選択の核だから、あとはなりふり構わないというか、装備的なものはぶっちゃけどうでもいいんですね。それゆえ、エンジンを自分の好き勝手に楽しめて、車体が軽量な「無印のMT」という選択になってます。一般的にはスーパー不人気グレードですけど、私的にはベストチョイスなんです。

昔乗ってたZ1300の直列6気筒も凄く良かったんだけど、どっちかというとあれは高速ツアラー。それに対し、現行のSC79は万能感に満ちてます。まぁ40年近い進化があるんで当然ですけど、SC79には日本のタイトな山道にもがっつり対応できるだけの身のこなしがあるんですよ。水平対向の低重心と縦置きエンジンならではの倒し込みの素直さで、ワインディングも「マジかよ・・」ってほど気持ちよくこなすんです。

そして肝心のエンジンフィールはズバリ「3気筒と4気筒のいいとこ盛り」です。

よく3気筒が「2気筒と4気筒のいいとこ取り」って言われてますけど、私は3気筒をあんな風に表現するのは誤解を招くからやめた方がいいと思うんですよ。あれ知らない人が見ると3気筒が2気筒と4気筒の上位互換のように感じちゃいますけど実態は違う。私自身、トライアンフのトリプルに3年乗って、その表現は「ミスリードで不正確である」って思ってるんですよね。

だって「2気筒と4気筒のいいとこ取りをした」って表現すると、低中回転では2気筒らしい豊かな表情があり、高回転では4気筒のように官能的に伸びていく、ってキャラ立ちまくりのエンターテイナーなエンジンを想像する人が出てきちゃうと思うんですよ。

でも3気筒はそれとはまったく違います。キャラ立ち重視の2気筒や4気筒と異なり、ものっ凄く真面目で実直に仕事するエンジンなんです。排気干渉で低回転でパワーが出しにくい4気筒と、ピストンスピードの関係で上で伸びない2気筒の欠点を解消し、全域で分厚いトルクを発生するため、フレキシブルに乗れるのが3気筒。両エンジンのもつエンターテイメント性を少しずつ犠牲にして、そのかわり欠点を潰してるんですよね。

上も下もあって、スロットルレスポンスも俊敏で安定してるから、アクセルで右に左にズバズバ寝かせられる。結果、公道速度域でキレがあって使いやすくバカッ速い。その一方で2気筒と4気筒の得意領域では、両エンジンに対してキャラ立ちが弱いワケなんですよ。

つまり私的には3気筒は「2気筒と4気筒の良いとこ取り」なのではなく、「2気筒や4気筒にある欠点がない」っていう表現が正しいんです。乗るとその特性と熱量と仕事能力に「はわわわ~」と唸るエンジンであることは間違いないけど、だからといって「いいとこ取りって表現は2気筒と4気筒に失礼じゃないか?」って思ったりもするわけです。

その点でいうと、水平対向6気筒は「真のいいとこ取り」だと思う。ホンダはあんまり偉そうにアナウンスしませんけど、機構的には、3気筒と4気筒の優位点全部を盛り付けて、それにBMWのフラットツインやモトグッチの縦Vがもつ、縦置エンジン+シャフトドライブの特性を加えた「属性てんこ盛りエンジン」といっても過言ではないんです。

だって考えてみて下さいよ。水平対向6気筒って構造的には

「トルクデリバリーに優れる3気筒エンジンを向かい合わせに2つ合体させている。」

「回転上昇の滑らかさに優れる4気筒エンジンに、さらに2気筒をプラスしている。」

「エンジン縦置きによる倒し込みの軽快さと旋回中の安定感に優れるBMWのフラットツインを縦に3つ並べている」

って解釈ができる構造なわけです。

(こちらゴールドウィングの組み立て風景です。いまどきラインを流れるエンジンのかなりの部分が手組み。ハーレーのCVOクラスの職人的組み上げ工程をゴールドウィングはノーマルモデルでやっている。生産はホンダ総本山の熊本工場。もの作りの現場を知るとゴールドウィングは決して高くないと思えますね。)

つまり、3気筒エンジンと4気筒エンジン、縦置エンジンの良いところを全部詰め込みながら、その上位互換として存在してるのが、ゴールドウィングの水平対向6気筒といえます。試乗すると一見スムーズで普通なんですけど、これはアニメキャラ的に表現するなら脳筋スポーツバカスマートなお嬢様理論派オタクを合成した結果、「互いの尖ったキャラが相殺され、より洗練されて、マイルドな性格になっている」というだけ。いくら大人しくっても中身は1800ccの合成怪獣。こういうトンデモバイクを、しっかり手懐けて普通に走らせちゃうのがホンダのお家芸です。

こんな風に書くと「なんだ!絶賛してるだけじゃねーか!」ってことになるけど、当然良いことばかりじゃありません。動画で作ってるところを見てもらえばわかりますが、このエンジンは巨大弁当箱で「デカくて重くて、搭載しにくくて、作るのが超大変で、コストも高い」という量産エンジンとして

「ありえないほどの致命的な欠点」

があります。ロクに量産ができない量産エンジンってもはや自己否定に近いものがある。デカすぎて車体からシリンダーヘッドハミ出してるし、フォグライトをオプションで頼むとエンジンカバーに直接フォグがくっついてきて笑う。当然普通の車体構成はとれないから、専用設計にならざるを得ないし、重量級巨大クルーザーという人を選ぶバイクにしか搭載することができません。

何かを求めればトータル的には何かを失う。それが機械の本質です。車からこの手の多気筒エンジンが次々消えてるのも、経済性と汎用性と衝突安全性の面でデメリットしかないからで、ポルシェ911がまだかろうじて水平対向6気筒積めてるのは、価格が高騰しても「なお6気筒にこだわる買い手がいる」ってところと、911はリアエンジンだから、フロントがドンガラで衝突安全性が確保できるからだと思うんですよね。

その点、ハナから紙装甲のバイクには衝突安全性ってあまり関係ないから、立ちはだかるのは排ガス規制などの環境問題ってことになるけど、結局この世は

「手間と金さえかければ対策できないものはない」

つまり、「熊本製作所の高い生産技術の維持のために、手間をかけても水平対向6気筒を作り続ける」というホンダの覚悟と、昨今の「大型バイクの高額化」という2つの要素が、このエンジンの根底を支えているんだと思うんです。

今は昔と違ってゆとりある生活してる高齢層が購買のボリュームゾーンになり、ライフスタイルの一環として、こだわりのあるバイクを求めるようになってるし、環境問題で多気筒エンジンが時代の逆風に晒され、各社の主力エンジンがコンパクトで効率のいいパラツインに移行していく中で、新型の4気筒エンジンは発売されるだけで大盛り上がりの状況です。その反射的効果として、ゴールドウィングが搭載する気筒バブル時代の生き残りともいえる水平対向6気筒は、放っておいても存在感がどんどん増していく状況になっているんですね。

機械的な商品力は申し分ないとして、そのフィーリングはどうなのかというと「絶対スピードというファクターを無視すれば、3気筒や4気筒の完全上位互換、全方位王者型のエンジンである」といえます。これは私の完全な主観ですけど、F6Bを2万6千㎞、きんつば嬢を2万4千㎞、通算5万㎞乗った素直な感想。要は力強く美しく、緻密でフラットなトルクフィールに対して、さしたる欠点がない。3気筒と4気筒の両エンジンの「美点だけをつまんで、マイナス点を潰した理想型」といっても良いフィーリングになっているんです。ディーラー試乗だとまだエンジン慣らしが終わってないから、回してもざらついた感じするかもしれないけど、丁寧に慣らしをすると、1万5千㎞を超えたあたりから本領発揮してメチャメチャ綺麗に回るようになりますから、そうなるともうヤバイ。

3気筒エンジンと比較するなら、

「3気筒の美点であるアクセルに忠実なトルク特性と低速から高回転に到るまでのフラットなトルクデリバリーを維持したまま、3気筒では避けられない偶力振動を左右配置のボクサー形式で相殺し、緻密さと滑らかさを向上させている。」

ってことになるし、4気筒エンジンと比較すれば、

「高回転域まで回したときの気持ちよさを失うことなく、排気干渉という4気筒特有の低速域の問題点を解消し、プラス2気筒を加えることでさらなる滑らかさを手に入れている。」

と表現できる。このような欠点のない出力特性に加えて、「完全バランス無振動」「縦置きエンジン特有のリーンのスムースさ&コーナリングの安定感」というオマケまでついてくる。なおアクセルを開けると右に傾く、縦置きエンジン特有のトルクリアクションは、バランサーを内蔵して綺麗に取り去ってますので、縦置きのネガを意識することもほとんどありません。加えて、このエンジン、開ければドビューンだけど、ゆったり乗ってる時のトルクのツキに空冷4気筒エンジンと共通する柔らかさ、優しさまである。

基本スッピンのはずなのに「多気筒エンジンの美点、全部盛り」って感じなんですよね。

「そうはいっても、重くてデカいじゃん!」って言われちゃうと、「いやもう、それはこっちにおいといて(笑)」というジェスチャーしなきゃいけないんですが、乗るとその重さすらバイク離れした安定感という美点に変わるように作り込んである。

ホンダはこのエンジンを1988年のGL1500から45年も扱い続けていますから、このクソ重巨大変態エンジンの優位点を生かした走らせ方を完全に手の内に入れてます。乗ってるといろんなところに目配りされてるなっていう「こなれ感」をすっごく感じるんですよね。この「こなれ感」って私が所有する4台のバイク全てに感じることなんですけど、新鮮で刺激的だけど、ちょっとした隙やトゲがあるニューモデルの乗り味より、派手さはなく地味でも、熟成が進み「こなれて丸くなっている」方が私は好きなんだと思う。昔は性能重視で新型最強でしたが、そこら辺も年齢からくる嗜好の変化といえるかもしれない。

現在の所有バイクってきんつば嬢の水平対向6気筒を除けば、あとは全部ツインばっかりになっちゃったんですけど、私が日常的に使用するアベレージでは「3気筒と4気筒の美点は水平対向6気筒エンジンに内包されてる」と感じるから、結果的に2気筒の選択が多くなってるんだと思う。私は4気筒エンジンは世界に誇れる日本の文化だと思ってるんで、日本のメーカーにはやっぱ4気筒エンジンにこだわって欲しいと思ってます。今カワサキが頑張ってるけど、カワサキだけでなく他のメーカーも4気筒を国産バイクの歩んできた歴史そのものとして大事にして欲しいんですよね。

そんな私にとって、水平対向6気筒は、高回転高出力型を追求した4気筒の国産スポーツユニットと対極に位置する、バイク用マルチシリンダーの究極って感じがするんです。日本のバイク乗りとしての私のアイデンティティを、今はこのエンジンが背負ってくれてる。このエンジンに乗ると、「ああ・・日本のバイクっていいなぁ」って思うんですよね。

そんなホンダの水平対向6気筒を一言で表現するなら、昔どっかの漫画の主人公が目指していた「やさしい王様」っていう表現が近いのかもしれない。HAWK11が裏ホンダって呼ばれてますけど、私から見れば、ゴールドウィングの方がよっぽど特殊で、真の裏ホンダって感じなんですよね。



(オマケ漫画です。)
ガトリング・ペン入れ3
(普段は従順で優しく常識的なメイド然としていますが、フラッグシップでプライドが極めて高く、他のバイクからの陰口には容赦なくキレる。特に「デブ」、「うすらでか」という禁句は決して聞き逃さない地獄耳設定。中身はヤットデタマンの大巨神そのまんまです。)