6月の中旬にハーレーの新型CVOロードグライドとCVOストリートグライドが発売されましたね。ハーレーの誇る最高級メーカーカスタムモデル。その名もCVO。

それにしても昨今のハーレーは一気に新時代に舵を切ってます。パン・アメリカ、スポーツスター系、そしてこのCVOと矢継ぎ早に、新たなデザインの方向性を提示していますね。いろんなところがサーフェイス化されて、キーワードは洗練と空力って感じ。ロードグライドのハンドルアップには私は馴染めませんが、ストリートグライドは人が乗ったときのシルエットがとてもイイですね。

新型ロードグライド
(新型CVO、ハーレーのホームページからの転載。以下の写真は全部そう。カウルデザインが宇宙怪獣みたいで私は結構好き。)

今回のCVOで私が「うむむむ・・」と唸ったのは、可変バルブタイミング機構の搭載です。ハーレーはこれまで、ひたすら排気量を上げることで音量規制や排ガス規制に対応してきました。混合気を薄くし、触媒や消音で排気のヌケが悪くなることによりダウンしたパワーを、排気量増加で補ってきたわけですね。

ハーレーの空冷Vツインって、排気のクリーンさを求めるあまりノーマルはいろいろ無理が出てきていると思う。ダイノジェットで覗いた私のTC96のノーマルインジェクションマップは理論空燃費(×→理論空燃比)の14.7をずらりと並べてありました。要は混合気がまったく潤いナシのカスッカスなんですね。こんなカスカスじゃ、空気の流量が少ない低回転では爆発力なんてあるはずないから、排気量で力押しするしかない。得意の低回転域でこれですから、上も全然フケる仕立てになってない。TCのノーマルカムなんてオーバラップがないんですから、回す気なんてないんです。

私のダイナっておそらく5000回転くらい回せば60馬力くらい出てくれるんじゃないかな?って思うんですけど、5000回転なんて現実には絶対に回さないですから。以前高速で回しすぎてバルブリフターぶっ壊してるし、4000回転以上なんて、もう「力士の全力疾走」って感じで、虐待してる感が出てきちゃう。でもハーレーはそれでいいんです。

ハーレーの良さって、2000回転から2500回転あたりに特化した気持ちよさと、そこにありとあらゆる手段を使って乗り手をステイさせる能力で、それが私にとっての「アメリカらしさ」でもあるんです。

でも今回の可変バルタイはこの私のハーレー像とは正反対の機構です。だって、可変バルタイを入れた以上「上が回らない」というのはありえない。ピークパワーが115馬力で、その回転数が4600回転。環境対応に四苦八苦する空冷エンジンの極低回転域での希薄燃焼感と上の伸びの悪さを解消し、走行質感を上げようってことだと思うんですけど、4600回転あたりまで使えるようになると、エンジンの性格はかなり変わってくるはずです。特定回転域に特化した空冷Vツインのハーレーが、広いパワーバンドを求めて可変バルタイを入れたってのは非常に大きなパラダイムシフトじゃないでしょうか。

私自身、2リッター近い空冷OHVに可変バルタイを入れてテコ入れしてくるなんて、「まさか!?」って感じで想像もしてませんでした。でも、考えてみればOHVエンジンの可変バルブタイミング機構はシリンダーヘッドの大きさ変えずに仕込めるから、エンジンが巨大でこれ以上スペースがない状況でのブレイクスルーはこれしかなかった気もします。

VVTI
(こちら可変バルタイVVT。OHVなんでカムシャフトが腰下にあるから、非常にコンパクトに仕上がってます。)

本来極めてシンプルなはずの空冷OHVを部分水冷化し、可変バルブタイミング機構を仕込んで複雑化したこのエンジンは、私にとっては「凄ェ!!」っていうより、「マジで?」って呟きたくなるような呆れ感がある。もうね。「後期高齢者のおじいちゃんに点滴と酸素吸入の鼻パイプいれて、企業戦士として最前線で使い続ける」ようなイメージなんです。でも、そのメチャクチャな発想とシュールな絵ヅラは「超高齢社会に生きる我々日本人の未来の姿なのかもしれない・・」と思うと笑ってやり過ごすことはできない。

このエンジンからは、インディアンや、BMWの攻勢に対して、「とにかくどんな手段を使ってでも、空冷Vツインのトップメーカーの栄光はやらせはせん!!」っていう、ドズル・ザビが乗り移ったかのようなハーレーの雄叫びが聞こえるようじゃないですか。

また、これまでローフェアリングに仕込んでたラジエターを車体前方中央に持ってきたことにより、空力が向上すると共に、空油冷で頑張ってるモデルにも部分水冷が拡張搭載可能になりました。CVOだけではニューエンジンの開発費を回収できるとはとても思えないので、そのうちスポーツ系のローライダーSなどに、このエンジンが搭載されてくるのは予定調和でほぼ確定的な未来でしょう。

と、ここまでは私の新型エンジンについての感想ですけど、ここからは「CVOというモデル」に対する個人的な語りになります。

クレイジーボリュームおっぱい・ペン入れ2
(※正しくはカスタム・ビーグル・オペレーションの略です。)

CVOは、価格を抜きにしては語れないモデルなんですけど、新型もとんでもねぇプライスですな。2022年モデルのストリートグライドCVOが500万円の大台に乗り、カタログ見て白目になった記憶がありますが、今回は特別塗装のトップモデルで一気に620万円と白目が1回転してまた黒目になっちゃう感じ。同じようにフェアリングとリアサドルバックを装備したホンダのレブル1100Tが130万円ですから、

「CVO1台の価格でレブル1100Tの戦隊チームが組めるじゃねぇか・・・しかもホンダは先進独自技術のDCT積んでるんだが・・」(呆然)

そもそもエンジンを115馬力のハイパワー仕立てにして「飛ばして下さ~い♡」と言わんばかりですが、その一方で塗装はハンドペイント。ブッ飛ばしてるときに、フロントから「カツーン☆」なんて音が聞こえたら「はわわわわ~・・」って言いながらバイク路肩に止めて、飛び石キズを虫眼鏡で確認しなきゃならない。で、大きな傷なんかがついて塗膜剥離なんてしてたら私はもう足が震えて「うわわわわゎ・・うわらば!!って爆散すると思う。でもね。こういうバイクは、もはや合理性で語る必要なんかないんです。CVOは高性能バイクというより「高級品」を作ろうとしてるんですから。

ちなみに高級品の条件って皆さんなんだかわかりますか?それはですね~。ズバリ「高級であること」なんですよぉ~。

「アホかぁあああ?当たり前だろ!?」

って言う人も多いと思うんですけど、じゃあ、具体的に「高級であることってどういうことなの?」って問われるとなかなか明確に定義できないと思うんですよ。高級って性能や数値じゃなくって、人の主観的な評価ですからややこしい。

一般的には「複雑さ、稀少性、歴史、ストーリー、手作り感、芸術性、アフターケア体制、高価格」あたりが揃ってくるとモノとして高級と言えると思うんですが、ここに性能が入ってこないのがミソ。これらに加えて私が強調したいのは「ブランド力」です。

「いやいや、ブランド力って・・、それモノの価値とは関係ないじゃん」っておっしゃる方もいると思うんですけど、ブランド価値は高級品には極めて重要で、ハーレーと同じことをノーブランドがやっても悲しいかな「高級品」とは思われないんですよ。高級品って仕立てがよいだけじゃなくて、不特定多数の人々に「高いものだ!」「これは凄い!!」って、記号性で認識されるものじゃなきゃダメなんです。高級品から記号性を取ると、それは「目利きにしかわからない高級品」になっちゃう。マニアにしか理解されないわかりにくい高級品なんてマニア以外買わんから、それじゃダメなんですね。

例えばビモータのセンターハブステアのテージH2に866万円を支払う人は「変態勇者」ですよ。しかし、CVOを620万円で購入する人は「南斗聖拳の頂点に位置する聖帝サウザー」なんです。価格はビモータの方が200万円以上高いのに、テージは変態勇者で、CVOは聖帝サウザー。その違いはなにか?

それは「宗派に属する門下生の数の違い」「世間の認知度の違い」です。

バイク乗りにCVOの凄さを伝えるには「ハーレーの一番高い奴でぇーす♡」っていっときゃいいだけなんですけど、ビモータのテージのなんたるか?なんてメチャ伝えにくいわけですよ。

ハーレーは近年店舗の豪華さに力を入れたり、販売員教育に力を入れたりしてきてるんですが、これも高級品を売るための仕掛けとしては必須です。「逆にいうと、金かけてそういう仕立てをするのなら高級品を売らないと意味がない」とも言える。

600万円オーバーの商品を売るには、買える層に確実にアプローチしないといけないんだけど、この価格のバイクが買える人達は限られてくるわけだから、不特定多数に広告を打つのはまったくもって金の無駄。

ターゲットがある程度絞られている以上、各個撃破の方が圧倒的に効率がいいんですよ。だからディーラーではCVO発表前から、これを買えそうなVIP顧客に優先的に声かけをしているはずなんです。これは私の想像ですけど、販売員が張り付いて百貨店の外商に近い営業してるんじゃないかと思う。営業さんが個別にアプローチして、興味を示したVIP顧客に先行して情報リークし、豪華店舗でカタログ見ながら商品の価値を蕩々と説明する。ハイプライスの商品を確実に売るってどこの世界でもそういうものです。

私はCVOを見る度に「これはバイクを道具として使うタイプのバイク乗りからは絶対に出てこない発想だな・・」っていつも思う。

CVOは機械式時計のコンプリケーションやハイエンドオーディオと同じで「一部の選ばれし人達だけが体験できるロマン」であり、「ハーレーブランドとして、VIP顧客を囲い込めるような商材をいかにデリバリーするのか?」っていう部分から逆算して作られてるように感じるんですね。

結局ハーレーがやってる競争は、一般的なバイクが行っている性能競争ではなくステータス競争です。社会人の強さって結局は経済力だから、戦いは必然的に出世などの地位競争になっていくんですけど、それが大人の世界の競争原理の本質だということをハーレーは良くわかってるんですね。消費とは究極的には、人の欲望を満たすためのものだから、その欲望の階段を上がった果てに、その到達点としてCVOという「高額で魅力的な社長椅子」を設定するのは当然なわけですよ。

CVO
(こちらがバイク版社長椅子の眺め。徹底的な質感勝負。もはや下手な高級車以上です。)

ちなみに私はそういう手法を特段悪いこことは思っておりません。どのような形であれ、消費の選択肢は沢山あるに越したことはないからです。多くの人に支持されてるからブランドというものが存在するんだし、そういうものを否定してたら、逆に消費の世界が狭くなる。

昔は2ストの有害ガス吸って煙でドロドロになってたバイク乗りが、今は小綺麗なアメカジを着てブティックみたいな店舗で接客用のコーヒー飲みながら、CVOの商談をしてるなんて、とても面白いじゃないですか。それはバイクが趣味商品として成熟してきたからに他ならない。

消費の大海原で、どのように泳いでいくかは個人の自由で、私があーだこーだ言う問題じゃない。聖帝サウザー様もキャラとしては大好きですしね(笑)

ただ、人は一度聖帝に即位してしまうと、その地位をなかなか手放すことができなくなるんですよ。そして、そこに踏みとどまろうとすると、もの凄く金が掛かっちゃう。売る側もそれをわかっているから、できるだけ地位を維持して頂くべく、特別扱いを続けていくことでしょう。でもそれはその人が凄いんじゃなくて「販売マニュアルがそうなってるだけ」であることは頭に入れておかなくてはならない。

私は高額商品販売の世界のカラクリって、ある程度理解しているつもりだし、「自分に見合わない地位に踏み込んで、酷い自家中毒を起こした」という苦い過去があるんですよ。アミバが豪華絢爛なサウザー椅子を買っても、聖帝サウザーにはなれないし、地位なんかなくても人は楽しく生きられるわけですけど、高級品を取り巻く諸々の概念って人を強烈に縛って放さない。ちょっとくらい背伸びしても、つま先立ちくらいならいいんですけど、バイクと同じで、背伸びしすぎるとタチゴケしますからね(笑)

私は豪快なタチゴケで頭から落ちて脳挫傷し、ケツの毛まで抜かれて「消費は他人や社会の作った概念に縛られず、自分の身の丈で選択しなくてはならぬ・・」という悟りを開いたわけですけど、そんな私でもCVOを見ると

「こういうVIP向け商品をまさかバイク業界で見るようになろうとは・・この海のリハクをもってしても・・」

なんて、なんとも複雑な気分になっちゃう。それだけ昔とはバイクの位置づけや役割、購買目的、購買層が変わってるってことなんですね。

CVOってモデルは良くも悪くも、今後のリッターバイク業界を分析する上で、とてもわかりやすい存在です。バイクの成り立ち的に、これはHAWK11と同様、「購入したユーザーがどんな人なのか?」っていうのに興味が向くバイクかもしれないですね。