この前スマホから奥様にメッセンジャーを送った際に

「仕事でちょっと落ち込んだ~」

と書いたつもりが

「仕事でちょっとおちんこだ~」

と送信してしまい、えらいことになってしまいました。この系統の打ち間違えって、いろんなところで小ネタにされてますが、ご多分に漏れず私もやってしまったんです。

私はパソコン入力専門のテキスト廃人ですから、キーボードなら、ほぼ思考の速さで正確に入力できる自信があります。でも、スマホのフリック入力ってまったく勝手が違うんで、こういうことが起こっちゃう。この前まで、エクスペディアの純正入力ソフト使ってたんですが、新しい一太郎買ったら、スマホ用のATOK変換ソフトがついてきたんで、それに変更したんですね。そしたらフリック入力の配置も変わっちゃって入力がグダグダになり、とんでもない入力ミスをやらかしちゃったんです。

情報伝達って入力方法を簡易にすると、下らないミスも増えるんですが、メッセージは一度送ったものは相手のスマホにずっと残っちゃう。ブログはオンライン上にデータがありますから、いかようにも直せますけど、送信して相手のところに行ってしまったデータは訂正のしようがない。つまり現代のスマホの通信環境は「ミスをしやすく、ミスが消せない」という糞仕様なんですね。

でもね。このメッセージ見て「ねぇ?なにこれ?ふざけてんの?浮気なの?死にたいの?」って返信してきた奥様に一言申し上げたい。

言っときますけど、そんなことが起きる確率はオーナインシステム(0.000000001%)と呼ばれたエヴァンゲリオンの起動確率以下ですから。そもそも50超えてバイク乗ってるアニメ好きのオッサンに浮気できる相手なんていないだろ?そんなことが可能だとしたら、それはもう「愛の力ではなく金の力」ですよ。だから「浮気なの?」じゃなくて、「援交?売春?さぁどっち?」って聞くべきなんです。

でもね。わかってると思いますが、アニオタでメカ好きのオジサンは大概金欠ですよ。しかも現状では若い子の尻よりHAWK11のロケットカウルの方に色気を感じてる状況なんで、金を性欲方面に使うあてがありません。確かにマンガの世界には「恋は雨上がりのように」とか「異世界おじさん」なんていう、パッとしないオジサンが美少女に激モテするような世界線がありますが、リアルワールドでそんなことになるわけがないでしょ。

恋は異世界
(オジサンがモテてしょうがない2作品。これらの作品の素晴らしさはオジサンが美少女に手を出さないところ。美しいものを穢さないという美意識を両作品は守ってます。しょぼくれたオジサンと美少女が対比になってるから美少女の輝きがさらに際立つんですね。)

ちなみに、私がオジサンを題材にしたマンガを描くなら「デコは禿げ上がりのように」とか「イメクラおじさん」ってタイトルにします。リアル路線ですね。単行本の帯はそれぞれ

「前髪が後退してるのではない!前髪を残し、私自らが前進しているのである!!(ギレン・ザビの声で)」

とか

「ヨコシマなものがいろいろ溜まって・・ダメです!完全に制御不能です!!(伊吹マヤ風に)」

みたいな壮絶なものになる。

そんな穢れた闇の世界の50男に浮気疑惑なんて、袴田事件並の冤罪ですよ。

「オィィィイイ!こんなトガった前フリでこの後の展開どうすんの?」って感じになっちゃってますが、落語でも前フリネタはつきものですし、私のブログは書きたいことを指の赴くまま紡ぐだけですので、ここから強引に本題に入っていきます。

2022・秋ヘッダー 下絵
(ヘッダーイラスト下絵です。ちょっと前から下絵は赤の線で描くことにしています。)

今回はヘッダー変更時恒例のイラスト製作ネタ回です。といってもヘッダーは永井豪キャラから自分のオリジナルに変えちゃいましたんで、書くことないんですよね。そこで、今回はいい歳のオジサンが女性絵師に受肉して、トレース無双で成り上がったという「古塔つみ氏のトレパク問題」について、いまさらながらネタにしていこうかなと。

ちなみにトレパクとは、読んで字の通り、他人の絵をトレースしてパクることです。古塔氏はコレコレ氏の配信で、視聴者からこのトレパクを指摘され、ネット民が検証してみたら出るわ出るわで、過去に自作として発表した作品の多くが誰かの写真やイラストのトレースだったことがわかっちゃったんですね。私自身は古塔つみっていうイラストレーターにまったく興味がなかったんですが、YOASOBIのCDのジャケ絵描いたり、結構有名な人だったみたいで、これがもう大炎上。

この一件はネットでどんどん拡散していって、江戸の大火事みたいになったんですけど、世間的に見れば盛り上がったのはネットだけ。大山鳴動して特段ネズミは出てきていないんですよ。実際、私のブログをご覧になってる方々は「こんな話、初めて聞いたんだが・・」って方もいらっしゃると思います。まぁ興味のない人にはどうでもいい話題で、メディアで頻繁に取り上げられてる訳でもない。そもそも商業素材なんて、もはやパクリのるつぼなんですから。

ロボット刑事と宇宙刑事ギャバンをロボコップがパクって、それを機動刑事ジバンがまたパクり返すって感じで、商業界はパクリ輪廻の繰り返しなんですよ。オタはそこを糾弾するどころか、もう楽しんじゃってますからね。大手メディアがこれに触れるってことは、自分で自分を地雷原に追い込むようなもんですよ。

この件は「著作権侵害で刑事事件になるんじゃないか?」なんて一部で言われてますけど、こんなもんで検察が動くわけがないと思う。だって、社会的な影響少ないし、面倒くさいし、創作におけるトレースの是非なんていう曖昧なものをハッキリさせなきゃいけない理由も薄い。法曹関係者なんてアートの世界から最も遠い朴念仁達ですから、こんなもん裁判に持ち込まれても困りますよ。

2022・秋ヘッダーpen入れ
(緻密さのカケラもない超いい加減なペン入れ。カラーだからこれでいいんです。)

訴訟になっちゃうと「アートとは何か?創作とは何ぞや?」という禅問答のような抽象論に入ってきて被告の古塔氏側にもいろんな言い分が出てくると思うんで、検察側にとってクッッッソ面倒なことになる。しかも事案の性質上、確実に最高裁までいくから長期戦になりますよ。それがわかってて立件するほどマメな公務員などおりません。

そもそも、あれだけネットで叩かれれば、もはや司法が殴らなくても十分でしょう。リング下まで吹っ飛んで大の字になってる人を国家が税金使ってさらに殴りに行く意味がどこにあるの?ってことですよね。社会的に莫大な損害を与えた巨悪や人の命を危険にさらした凶悪犯なら、裁判所の指示の下、刑務所という合法的な公共隔離施設に叩き込む必要もあるでしょうが、古塔氏なんて小物中の小物。公判を維持するのだって、刑務所に収監するのだって莫大な税金かかりますから、そんなのに尊い血税をツッコむ実益がありません。

民事事件の損害賠償だって、メジャーな絵師をパクったワケじゃないから、損害額なんていっても微々たる額になってしまう。確かに古塔氏はトレースした絵でかなりの利益を得たかもしれないけど、それがそのままパクられた人の損害か?っていうと、作品を古塔氏が再構築したから売れたってところもあるから、「え?元々売れてないあなたに損害出てないでしょ?」っていわれると「ぐぬぬぬぬ・・・」ってなっちゃうわけですよ。

結局、人の作品をトレースしたくらいで司法の重い腰など動かない。あのトレパクが罰しなきゃいけない社会悪かっていうと、この世の裏でおきてる数多の巨大犯罪に比べたら、実に些細な事件なんです。検察だってマニアしか知らないようなイラストレーターを著作権法なんていう難しい案件で小突き回すより、東京五輪の贈収賄を捜査して財界の大物を逮捕した方が出世できるってもんですよ。

ただネット民達の間では、これはかなり大きな問題になりました。その中で、なんとなく「模写はセーフで、トレースがアウト」っていう雰囲気がありましたけど、その是非を問うのは不毛な議論だと思う。根本的に「他人のふんどしで相撲を取ろう」ってところはどっちも一緒ですからね。「他人のふんどしで相撲を取る」っていえば、このブログだってYouTubeや漫画の写真とかアニメや特撮のポスターをバシバシ貼ってますし、「それ許諾取ってないだろ?著作権法違反だろ?」っていうと「そうですよ」って言うしかない。

原作者が訴えなければ、何も始まらない。しかし、訴えられたら即終了。それが著作権です。

つまり同人誌も数多あるアニメや漫画の紹介ブログも、そのほとんどが著作権法違反。原作者という神様の黙認の下で、その存続を許されているだけの優しい世界なんですね。だから我々は常に原作者に感謝しつつ「愛とリスペクト」を持ちながら「やりすぎないようにする」ことが大事だと考えています。

原作愛については証明のしようがありませんが、利益を生むために使用してるんじゃないということを明確にするには広告を外せばいいだけ。これで超弱小で無害なブログの出来上がりです。訴えられるにしても無償提供の私のブログより先に、数千万円の利益を上げているブログや同人作家が訴えられる方が先だろうと私は踏んでるんですね。ただ、いずれにせよ私自体が「まっくろくろすけ」で、人を糾弾するような立場にはないことは同じです。

だから、私は古塔氏をどうこう言うつもりはまったくない。古塔氏の作品買ったわけじゃないですから、実損害も出ていない。このブログの内容は、なぜ古塔氏があそこまで叩かれて退場させられたのかを冷静に考察するだけの内容です。

2022・秋ヘッダー 色入れ5
(色を塗りました。カラーを書く度に、重ねるレイヤーが増えてるのはそれだけ成長してるってことなんでしょうね。)

漫画やアニメの世界は、同人誌の二次創作が黙認されてることからもわかるように、ファンが引用してネタとして使う分にはユルユルです。多くの人が楽しむ素材として著作権者が権利を囲い込む方向に動いてないし、糾弾するどころか、イジってもらって、その拡散力を最大限に活用しつつ文化圏を形成するのがサブカルチャーの常套手段。垣根を高くするのではなく低くすることで市場浸透力を高めてるんですね。昔からその手法はずっと変わっておらず、素人の二次使用にペナルティが科せられたことはほぼありません。

アートの世界でも、表現の手法としてトレースというものが確立され、パクリを一部肯定してるようなところがあるんで、この問題は実にややこしくなってます。素晴らしい写真や絵があって、それを利用してもっといい作品を作りたいって思えば、模写よりトレースの方が元絵からの劣化がない分いいに決まってますからね。好意的な解釈をすれば、古塔氏は「素晴らしい元絵や写真の劣化を嫌い、トレースベースからのアレンジを選択した。」ともいえる。そこには生まれたのは確かに誰が見ても魅力的な作品群でしたから、彼の考え方はある意味間違っていないでしょう。元絵の素晴らしさはトレースでそのままもってきて、そこにさらなる手を加えれば、劣化部分が一切なく、魅力は「元絵+α」になるケースが多くなる。

「見た人に感動を与える」
っていうことだけが至上命題なら、過去の素晴らしい作品を加工して、さらなるレベルに昇華させるってのは考え方としてはアリでしょうし、そういう手法で元絵を大きく凌駕するものを作ったなら、それはそれで正当性があるようにも思えます。完全なるパクリかと言えば、彩色やアレンジで古塔エキスがそれなりには入ってますんで、その点は難しい判断になるのかもしれない。

でも今回に関しては、そういうややこしい議論する必要はまったくないんですよ。トレースがアートの世界で技法として認められていたとしても、私から見れば「古塔氏の作品は完全に詰んでる」んです。

理由は2つ。まず一つ目はクライアントとの契約上の問題。クライアントは当然「オリジナル作品を描いてくれ」って依頼してるはずだから、トレパク作品でも「オリジナルです~」って言い張って納品してるはずです。それがトレースだったと後日指摘されたら、それを採用した企業のイメージダウンは必至。そういうものを納品すること自体がもはや契約違反でしょう。そうなるとクライアントとの信頼関係がガタガタになってしまいます。

2つめはそれを知ったファンの反応の問題。作った側からすると「払った金に見合うくらい素晴らしいものであればいいでしょ?」っていう感覚なのかもしれないし、「アートはアレンジや再構築でもいいんですよ。ほらウォーホールのマリリン・モンローだってそうでしょ?トレースも模写も真似するのは同じでしょ?」っていう言い分もないわけではない。でもその理屈はアートの世界なら通るのかもしれないですが、一般人の世界では絶対に通らない。商業作品は、作る側の理屈なんかどうでもいいんですよ。それを購入した消費者側からみてどうなのかが大事なんですから。

この件をアートではなく、料理に例えるとこんな感じです。

おいしいと評判の中華料理店に中華料理愛好家が入っていく。

「何になさいますか?」

「えーと、あんかけ海老チャーハン下さい。」

「はい、わかりました。あんかけ海老チャー入りまーす。」

「はいよー」店主が奥の見えないところで電話をかけ始める。

「あー、來々軒さん、チャーハン出前お願いねー」

数分後、來々軒から店の裏口に出前が届く。店主、來々軒の店員に金を払い、チャーハンを自分のところのどんぶりに移す。上から海老をトッピングし、店のご自慢の餡を上からかける。

「はい、あんかけ海老チャー上がりー。」

「どうぞーー」

「おおー!すごい、海老がプリプリで、餡も本格的だし、チャーハンもうまい!!さすが一流中華料理店、最高じゃん!!」

客は大喜びで自分のSNSで料理を拡散する。店のファンになっていろんなところで後押しする。しかし、この裏舞台がバレたとき、この愛好家はどんな反応をするでしょうか。それでもなお「味が良いからいいんじゃね?」と考えてくれるのなら、古塔氏もセーフになるはずですが、ほとんどの客が「ふざけんな!騙された!せっかく応援してたのにーーー!」って思うはずなんですよね。

これに対し「実は私の店のチャーハン、あの名店の味にちょっと似てるんです。私あの店のチャーハンが大好きで、何度も何度も通い詰めて味を覚えて再現したんです。で、アレンジを加えてみたんですよ。どうですか?」っていう場合はどうでしょう?同じ他の店の味をベースにしたとしても、許せる人は多いと思うんです。

これはもう手法の是非の問題ではなく、提供される側、金を払う側の納得感の問題です。

2022・秋ヘッダー・スマホ2
(この絵にダイナと背景を重ねて、秋のヘッダーイラストが完成です。)

模写もトレースもどちらも他人の作った味を自分のものにして出してるって点は一緒なんです。でも、トレース作品が支持されることはありえない。なぜならトレパクで金を儲ける絵師って多くのファンが思い浮かべる正しい絵師の姿から乖離しすぎちゃってますから。法に触れるとか、アートとして許容できるか?という議論に入るまでもなく、消費者に届ける商業イラストは消費者が許容しないものはダメに決まってるわけですよ。「オィィィィィイイイ!!それもう反則でしょ!!馬鹿にしてんのかぁああああ!」ってエンドユーザーが騒ぎ出した時点で、商業ユースのデザインとしては使い物にならない。

商業コンテンツっていうのは受け手に対するイメージアップが全てだから、企業はエンドユーザーの意向やコンプライアンスをすごく大事にしてるわけです。売れる売れないの前に、その作品は顧客から見たときに胸を張って出せるものですか?ってところにもの凄く気を遣ってるんですよね。そこに泥を塗ったんですから、どんなに言い訳しようがもうどうしようもない。

オタクって、プライドとコダワリがもの凄く強い生き物なんですよ。彼らがやってる二次創作って原作への愛をカタチにしたものだから、原作をものっ凄く大事にするんです。そんな彼らにとって元ネタを丸パクリしたものを自分のものだとして販売する行為は、神でないものが神になりすまそうとする禁忌であり、怒りの琴線にモロに触れるんですね。だから、作品がトレースだとバレてしまった瞬間に、古塔氏は神絵師から、神を冒涜する異端者に反転してしまったわけなんです。

消費者向けの商品っていうのは、消費者をないがしろにすると一時的に成功しても長期的には必ず大コケする。そこでは法解釈とか、アートとは何か?なんて議論はもはや何の意味もないんです。消費者との取引における正解不正解は「消費者の中にある倫理感が決める」んだから。作家目線や業界目線ではなく、顧客目線でどうなのか?それが許されることなのか?そういう判断が適格にできないと、事後対応でも悪手を打ちまくっちゃって、ドツボにハマる。古塔氏はまさにこのパターンを地で行ってしまった。

結局多くの人が神絵師だと思っていた古塔つみ氏は、神でもなく、信念のある預言者でもなく、信者の心も教義もない、ただの異端者だったってことなんです。だから、この件は予想をはるかに上回る怨嗟を呼び、大炎上になっちゃったんですね。



ちなみに私のブログイラストには、トレースは一切ありません。その一方で絵の練習も兼ねてますので、ポーズに関しては、人のイラストを参考にすることはあります

人のイラストを見本に描いてて何が悲しいって、元絵から凄ーーーく劣化することですね。「いやもう、これ冒涜だろ!似ても似つかんものになっておるぞ!!元絵に謝れ!!」ってレベルなんですよ。低レベル絵師はマネすることすら満足にできないんです。あまりの酷さに

「いっそトレースにしてくれんかのう・・」

って意見もあるかもしれないけど、私にも「低レベル絵師としてのプライド」ってものがありますし、「産業廃棄物級の汚物だとしても、自分が精一杯手をかけたものを出すのが誠意である。」っていう意識はあるので、今後も手作りにこだわっていきたいと思います。結果的にマズいものしか出てこないってことになっちゃいますけど、そこら辺は、何とぞご容赦下さい。


それでは2022年の秋もへっちまんのモーターサイコル、お楽しみ下さい。



秋ヘッダー・スマホ3+1
(こちらが昨年のカラーイラストです。如月ハニーがヘッダーやってます。永井豪ラブですね。)