「バイクを乗りにとって大事なことは何なのか?」 

そう、これこそまさにバイク乗り永遠のテーマ。乗り手ごとに様々な結論があると思うけど、今回はそれを私なりに独断と偏見で語っていこうというコンセプト。

「アホか。そんなの決まってる。バイクだろ?」

いやそこのアナタ、初手から終わらせないでください!そりゃそうですよ!まったく異論はありませんよ!このブログの結論も最終的にはそうですよ!!そもそもバイクなかったらバイク乗りなんて、ただのキモい歩行者だから。だって道の駅でバイカーの格好してる人がサムズアップでバスに乗って去って行ったら凄い違和感でしょ?「オィィィイイイ!その格好でバイクじゃねぇのかぁああ!!車検切れてんのかぁぁあああーー!!」って総ツッコミですよ。それくらいバイク乗りの格好って一般の社会では違和感がある。

だからバイク乗りは、バイクがないとしょうがないんです。そう、一番大事なのはバイク。でも、乗り手側に視点を移せばどうでしょう?多分、技術(ライディングスキル)、知識、経験あたりが上がってくるんじゃないでしょうか。ある時期まで、ずっと私もそう考えてましたし、そう思う人が多いからこそライディング本とか、メンテナンス本とか、スキル本が売れるってことなんでしょう。

そりゃライディングスキルがあれば、どんな状況でも安定して走れるし、知識や経験があればトラブルへの対処もできます。でもね。一番大事なのは今回のお題のとおり「バイクに沢山乗ること、そして乗り続けること」だと思うんです。

いろいろ苦労して学習し、知識や技術、スキルを積み上げたって、バイク降りちゃったら、そこで全てが失われてしまう。「いや、だからこそ長く乗るために、危機を回避する技術や知識、経験が必要なんだろ?」っていう人もいるかもしれない。でもそれがあれば乗り続けられるの?っていうと「そんなことはないかな・・」と思うんです。

遙か昔、私の周りにいた人達は、私よりも技術、知識が豊富だった人達ばかりだったんですよ。でもそういう人達は今もうほとんどバイクを降りてしまってる。変わりゆく環境や、心境の変化や「バイクだけはやめてくれ!」っていう周囲の意見に押し流されるように降りていったんですね。でも、それはしょうがないことだと思う。バイクより、家庭や社会的な責任のほうを取る。それはまっとうな選択であり、私もそれを支持します。つーか、家庭のために降りるのが普通で、仕事でもないのに、ずっと乗ってる私の方がおかしいんだと思うんですよ。

バイクって向かい風に抗いながら乗る乗り物なわけですけど、乗り続けるには「周囲の環境という向かい風に常に抗わなくてはならない」んです。若い人はわからないかもしれないけど、家庭を持つとそれをしみじみ実感する。「危ないものには乗らないで!」っていう常識論に逆らい続けるには、逆らい続ける何かが必要になるんです。

趣味って長く続けてると知識や経験、技術は自然に蓄積されていくんですが、それと引き換えに少しずつ「一番大事なもの」が失われていきます。それを回復させないと、逆風の強さに疲れちゃってどこかで降りるハメになっちゃう。いったい何が失われていくのか?

それは「トキメキ」です。

私は非常に趣味が多く、割と熱しやすく冷めやすい男なんですけど、これまでを振り返って思うのは「趣味の世界では夢中こそが最強」ってことです。努力も経験も知識も技術も、結局のところ夢中には絶対に勝てないんです。趣味の対価って自分が感じるトキメキだけだから、夢中が一番強いんですよ。

だから、ハーレー乗ってる人がモンキー乗りの人に「趣味人のレベルで簡単に負けちゃう」ってことが起こりうるし、立派なガレージ持ってる人が青空駐車の人より楽しんでるか?っていうとそんなこともないんです。私はコツコツバイク趣味を続けてきたおかげでバイクを維持する環境は整ってるけど、そんなものなくても、夢中度で枯れ木のような私を上回ってる人は、この世に一杯いると思うんですよ。

バイク乗りの生涯の中で、夢中レベルが一番高いのって多分「ビギナーの頃」なんです。自分にとっては、遙か昔のセピアな思い出だけど、乗りはじめは何やっても楽しかった記憶しかない。その頃って、セパハンの超前傾のバイク乗ってたんですが、どんなに距離走っても、どんなに疲れても、「しんどいわー」なんてぼやいたことなんか一回もないんです。

若さ故のリジェネーション能力もあったと思うけど、なにより心が跳ねるように躍ってたから疲れなんて感じなかったんだと思う。バイク乗りとしてもこじれてないから、変にあれこれ悩むこともなかったし、愛車と一緒に目一杯楽しむっていう姿勢を徹底できてたんですよね。だから、私がこのブログで垂れ流してるみたいな、小姑みたいな文句やブツクサなんて、当時はあり得なかったわけなんです。

道の駅の端っこでジッと観察していても、ビギナーの方って目がキラッキラしてますよね。昔はそういうの見て「フッ・・まだまだ青い・・こやつら、まだバイクの深淵を知らぬ・・」などと、死亡フラグのブッ刺さった噛ませ犬のようなことを口走ったりしてましたが、今はうらやましくてしょうがない。

「どうしたらあのキラッキラ状態に戻れるのかなぁ・・?」って私はある時期から、そればかり考えてます。多くの人がビギナーの頃は、いろいろ背伸びして「はやく上手くなりたい。技術や経験、知識が欲しい」なんて考えるのかもしれないけど、ハッキリ言いましょう。

「そんなもんはいらん」

だって枯れ木みたいになったベテラン勢が喉から手が出るほど欲しい「一番大切なもの」を、ビギナーの皆さんはナチュラルに持ってるんですよ?あなた達こそ強キャラでバイク人生で一番つよつよな時期なの。枯れたベテランジジイに対抗して老成する必要なんてないの。だから、余計なことを気にせず、そのキラッキラ状態をできるだけ長く持続できるよう好き勝手に目一杯楽しめばいいんです。ライディングのお勉強なんかもいらない。最初はもうタダひたすら好きなように乗ればいい。タイヤセンターしか使ってないとか、もう全然関係ないんですよ。どんなに速く走れても、キラキラ度で負けてちゃ「趣味人として完全敗北」なんです。年寄りのマウントなんて「ジジィのひがみ」だと思って受け流せばいいし、「最っ高に楽しめてます!!」って胸を張れば、妖怪のようなマウント爺はその輝きで灰になるはずです。

知識も経験も、ほぼゼロ状態のビギナーさんが一番キラキラしてるんだから、「バイクにややこしいものはいらない」ってのはもう結論が出ちゃってるんですね。

私はバイク乗りとしてすり減って脱落しかかったときに、「最後にハーレーでも行っとくか・・」って、ダイナ買ったら、奇跡的に「キラキラ状態」が戻ったんです。上がるつもりが一気に振り出しに戻された。だからダイナにはとても感謝してる。

だってハーレーは単純明快ですよ。余計なものをぶん投げて、キラキラ度が一番強い人間が楽しめるバイクなんですよ。1600cc、300㎏のバイクが「遠くへ行こうぜ!キラキラしようぜ!!」ってこと以外、ややこしいことまったく言わないんです。ハーレー乗る前までの私は完全にバイクの価値観に冷め切ってて、カスタムする情熱もなかったけど、ハーレー乗った途端カスタムに金つぎ込むバカになっちゃったのがその証拠。とにかくあっけからんと実に明るいんですよね。

ハーレーに乗ったとき、「あー・・バイクなんてこれでいいんだ・・バカでいいんだ・・」ってしみじみ思ったんです。私はいろんな価値観に毒されて、なにかと賢くなっちゃった結果、いつしかバイクに乗る資格を失ってしまっていたのかもしれない。

バカにしか乗れん
(これね。マジで格言ですね。バイク乗りはバカなのになぜか賢くなろうとするんです。でも賢くなりすぎるとバイクを降りちゃう。ずっと乗りたければ「賢くなってもバカでいる」ことが大事なんだと思うんですよね。)

だからバイクだって自分がキラキラできるものを選べば良いだけなんです。でもね。ネットや雑誌見るといろんなうんちく書かれてるでしょ?特に大排気量バイクにそれは顕著じゃないですか。それはね。高額なものは何が凄いか説明しないと売れないってのが一つ。それと、ベテランになればなるほど、いろんなものにとらわれて、そういう座学みたいなうんちくが大好きになるからです。感性が衰えるから、頭で勝負しようとするんですよ。そしてハンパな知識を詰め込んで、根腐れし、選択がどんどんややこしくなる。本職のデザイナーでもないのにデザイン論ぶったりとか、「公道レースは引退したよ・・」なんて言いつつも、サーキットの性能比較に固執してみたり、周囲の意見や自分の言葉、雑誌の記述に束縛され、バイク選びがどんどん窮屈になるんですよね。

常識が積み上がってしまうと、それに邪魔されて一番大事な「トキメキで選ぶ」っていうのを人はいつか忘れてしまう。感性より理が勝ちすぎてしまうんですね。

私はバイクを深く理解しようとするのは素晴らしい姿勢だと思います。だって消費選択において、後で後悔しないってのはやっぱ一番大事だから。そのために事前に情報を集めていろんなことを知るってのはとてもいいことなんです。でも、いざ選ぶときは一旦それらの知識を脇に置いて、「自分がこのバイクにトキメクかどうか?」を重要視しなくてはならないと思う。

理屈を放り出してビギナー思考に戻ると、バイクって凄くトキメキますよ~。だってもう何でもアリなんだから。何選んだってええじゃないか状態ですよ。私はもはや性能とかうんちくとか、細かいこと全部無視しちゃって、「消費財としてどれだけ自分がアガるのか?どれだけ夢中になれそうなのか?」という視点でしかバイクを見てません。理屈は語ろうと思えば語れるけど、それは全然本質じゃない。自分の真に求めるものがそこにあるかどうか?そこを中心にしてバイクを選ばないと、夢中が維持できないんです。

ダイナ塀2
(オジサンがトキメキなんていうと、大体エロい意味に取られるので、こういう反応が返ってくるんです。オジサンって若い人達と同じコトしてもメチャクチャ風当たり強い。悲しいですね。)

あと昔書いたけど、雑誌インプレなんかも基本無視でいいと思う。バイク選択にあたっては「プロライダーなぞナンボのもんじゃい!」ですよ。だって彼らは職業人であって趣味人じゃない。テスターと自分の価値観が一致することなんて絶対ないですからね。私はバイクに関しては、誰がなんと言おうと自分の好みを曲げないって決めてますから。そんな人間と議論しても、それは受け攻めの概念が異なる腐女子のカプ論争に近いものになる。

腐女子の素晴らしいところは「自分の好きなカップリングを徹底的に貫いてること」「友人関係を切ってでも持論を曲げない」ところです。しかも主張する持論には理論など欠片もなく、徹底的に自己解釈と主観だけ。それだけでひたすら押してくる。そこはやっぱり見習いたいですよね。ダメなところは「折り合えないのがわかってて、なお不毛な戦いを続ける」ところですが、それは腐女子の業なのでどうしようもない。でも、そんな人達はメチャクチャ楽しめてると思うんですよ。自分を曲げず、異論も聞かず、好きを徹底するからこそ、夢中状態のハイテンションを維持できる。趣味の世界で大事なのはここだと思うんですよね。

自分を信じて好きなものを選ぶ、たとえそれが悪食だってかまわない。ご飯にマヨネーズかけて何が悪いの?だって自分しか食べないんですよ?バイクなんて回し乗りするわけじゃない。貴方だけの愛機です。だからそれはガンダムである必要はない。壺の化身のギャンでも、なまはげの化身、ザクレロでもいいんですよ。人様の意見を気にする必要などないんです。

この理屈って、凄く単純なことなんですけど、長くバイクに乗ってるベテランほど、知識に惑わされるようになる。だってこの世界ってノイズがとっても多いでしょ。特に男は「面倒なうんちくが大好き」なんですよ。その一方、マーケティングは「知識や概念を利用して、人をカタにはめようとする」ものなんです。でもそれは全て他人の知識であり、誰かが作った概念です。でも、私は今、そういうものを無視して消費選択をしています。風に逆らってきたワガママな変態爺なんて、一周回ってもう余計こと考えずにベタ踏みでいいじゃろ?って思ってますから。

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(私のワガママを長年かけて詰め込んだダイナ孃。何だかんだといちばん乗るのはこのバイクです。)

バイク乗りにとって一番大事なのは間違いなく「バイク」。それもとびきり気分がアガるやつ。次に大事なのは「夢中の維持」。その2つさえあれば最高のバイク人生を送れるはず。

趣味なんて本来スッキリとした単純なものなんですよ。そしてこの点ではビギナーこそが最強。何乗ってもキラキラ楽しめるっていうのは、すっさまじいチートスキルです。ビギナーはたまねぎ剣士かもしれないけど、トキメキの高さというオニオンソードを持っている。だからビギナーの方こそ、自信を持って胸張ってバイクに乗って頂きたいんですよね。

技術も知識も経験も、入り口部分ではとても楽しいんだけど、深みにはまると、知らないうちにそれがどんどん自分の選択を縛るようになる。人は価値観に縛られて自由を失うと、同時に夢中も失っていくんです。趣味の世界は夢中が一番。この結論は、これまでいろんなものに縛られてきた自分への反省でもありますね。