空気がすっかり暖かくなり、いよいよバイクの季節も近いと感じる今日この頃。春はバイク乗りも変態も活性化する季節なんで、私に関しては季節補正で2重バフがかかってる状態といってもいいかもしれない。

春の訪れを祝うべく、一足早くヘッダーを春用に変更したわけですけど、今回はヘッダー変更にあわせてブログタイトルも変更しています。
ヘッダ-2022春カラー・下絵
(今回のヘッダー担当は最古参のダイナ嬢。まずは鉛筆でざっくりと下書きです。)

新たなブログ名は「へっちまんモーターサイコル」。以前の「へっちまんの素人模型&モーターサイクル」から「素人模型」が抜けて、サイコな部分がプラスされてます。「へっちまんのモーターサイクル」でも良かったんですが、全然ヒネリがないってのもなー・・ってことで、ちょっと変化をつけました。

最近模型記事をほとんど書いてないので、現状では素人模型をタイトルから外すのはしょうがないかなと思いますし、モーターサイクルとサイコパスを合体させたモーターサイコルという造語も、ウシミツ・アワーに紡がれる品のない粗悪テキストに満ちた当ブログらしいと思ってます。「タイトルえらく短くなったな・・」と感じるかもしれませんが、ヘッダーイラスト描いてる側としては、タイトルが長いとイラストスペースの確保が難しいんですよね。今回の変更で、ヘッダーイラストの自由度も上がるはずです。

美少女ガレージキットの記事がなくなるのを惜しんでくれる人もいらっしゃると思いますが、実は私は4年くらい前からガレキ作ってないんです。でもそれはガレキ製作に飽きたからとか、嫌いになったとか、そんなんじゃありません。私はガチのオタクですから美少女系カルチャーからは抜けられない。そもそも私の真名はムッツリスカトロ大佐、「略してムスカ大佐」であり、「己が滅びてもラピュタ帝国の超科学で能登牛に生まれ変わり、調理肉としてシータの体内に摂取され排泄されるのが夢」という歪んだ欲望を抱いてる男なのですから。

え?頭がおかしい?どうして??「同じクソ野郎なら可憐な美少女のクソになりたい」と願うのは人として実に自然なことでしょう。「いやお前、クソはクソでしょ?」って言う人もいるかもしれないけど、あのね。違いますから。道ばたに「カリオストロ伯爵のクソ」と、「クラリス様のウンコ」があったら、どっち踏みたいですか?って聞かれたら、10人が10人ともクラリスのウンコ選ぶに決まってる。だって伯爵のは「名状しがたき暗黒物質(ダークマター)」で、クラリス様のは「祝福されし聖遺物」ですからね。製造元が違えば、価値は全然違うんです。

そんな美少女スキーな私がガレキフィギュアを作らなくなった理由は単に目が悪くなったから。目が悪いといっても、健全な少年少女にバルスで誅され「目がぁあ、目がぁぁぁああ」ってなったわけではなく、単なる眼球の能力低下、つまりは老眼です。8分の1のフィギュアの顔ってメチャメチャ小さいですからね。目が良くないと描けませんよ。ある時期まではタミヤの拡大鏡を使ってダマシダマシ描いてたんですけど、老眼が進んで、フィギュアの顔を描く距離感で、目の焦点があわなくなっちゃった。
ヘッダ-2022春カラー・pen入れ
(ちょこちょこ修正しながら、ペン入れしました。この時点で結構印象変わってますね。ヘッダーにあきれ顔のジト目はないだろうということで、生暖かい笑顔に変えました。

一般の方々は「イラストや模型は繊細な指のタッチで描くんでしょ?」って思ってるかもしれないけど、実際は違うんです。イラストや模型は「熱いハートと冷徹な目で描く」ものなのですよ。だから目が機能しないと話にならない。

模型も漫画も突き詰めれば頭の中で思い描いた理想像を現実世界に投影していく作業で、原理は凄く単純なんです。でも人によって上手い下手があるのはなぜか?それは脳内から自分の手を使ってアウトプットしたものは、多かれ少なかれ歪むからなんです。私みたいな低レベル絵師ってその歪みが酷いんですよ。それが個性的っていえるレベルなら良いけども、あまりに歪みが酷い場合はそれを補正しないと、一般人の方にご提供できるようなものにならない。

イラスト描いてて、「パースが狂ってる」とか、「顔が変だな」とかいうのは、想像力の問題ではなく、アウトプットのクォリティの問題なんですね。だからその歪みを目でしっかり捉えて、納得いくまで修正を繰り返すことで、素人さんでも立派な絵ができあがる。最近のデジ絵は何度でも修正ができるんで、それによってテクニックは補えますからね。

「じゃあ目さえしっかりしていればいいものが作れるの?」っていうとそれも違う。この世には技術的にはたいしたことないけど、心に迫る創作物っていっぱいあるんですね。子供の絵とかがそう。なんで技術がないのに胸を打つのか?それは創作において一番大事な「対象に対する思いの純度」があるからなんです。大人になるとそれは細分化され「好みや嗜好」「業の深さ」「汚染深度」などに変わっていく。

ですから、物作りにおいては、「何が好きなのか?それをどう描きたいのか?どのレベルでアウトプットするのか?」を明確にしなきゃならない。自分を誤魔化しちゃダメなんですが、かといって世に受け入れられないような「業の深いもの」を無制限にヒリ出しても、匂い立つ汚物ばかりってことになりかねない。社会の皆様にお出しするのならTPOって凄く重要ですからね。

最近はエロ方向の規制レベルがどんどんナーバスになってますから、ちょっとしたことで、あっという間に不適切ブログにされちゃう。あのウルトラマンコスモスですら検索AIに「ウルトラ/マンコ/スモス」ってメチャクチャな切り方されて「スモスさんの度を超えた陰部」というとんでもないネーミングの卑猥戦士となり、検索からハブられたりしてる。正義のヒーローがあろうことか発禁扱いですよ。円谷英二があの世で泣いてますよ。私もその辺、まったく無頓着に書いてますから、表現不適切でライブドアの新着から落とされてるのが過去10回くらいあるんですよね。

ヘッダ-2022春カラー・本体3(色を塗りました。今回から筆塗りをやめてグラデ塗りに変えてます。グラデ塗りはレイヤー狂ったように使うけど、塗りムラがないのでスッキリしますね。)

ちなみに純度とレベルの見極めが大事ってのはバイクのカスタムにもあてはまります。カスタムって平均値で作られたツルシのものを自分仕様に染め上げる行為ですから、やるって決めたら自分の望みをひたすら追求し、邁進するのが王道のはずです。痛車にしようが、族車にしようが、自分の心に純粋であればあるほどカスタムとしての純度は高い。でも公道走る以上、公共性っていう限界が確実にあるんですよ。SSだとGSX-Rのアンダーカウルに超電磁砲さんの巨大ステッカーを貼ってデコるくらいならまだ社会性のある痛車ですが、リアシートに下着姿の抱き枕をくくりつける行為は汚染深度が高すぎる。乗り手のビジュアルがガチオタですと相互干渉し合って、特級呪物扱いになりかねない。

乗り手とバイクの相関関係が問題になったパターンとしては、ハンバーグ師匠のハーレーもあげられますね。あのピンクに塗られたハーレーは「ソープランドピンク号」って言われてましたけど、私はあのバイクを最初見た時「ハーレーってピンクも割と似合うんじゃない?」って思ったんですよ。カスタムショーなんかで美人のコンパ嬢がまたがってれば、フツーに違和感なかったはずなんです。でもそこにエッチでスケベでソープランド常連のハンバーグ師匠が合体しちゃったんで、前衛的なカスタムバイクが単なるバイク型のスケベ椅子になっちゃったんですね。

これに対して、同じ色でもシャアザクは絶対ソープランドザクとは言われないんですよ。だってシャアは誰もが憧れるインテリ美男の強い男だし、シャアはムッツリだから絶対ソープランドなんか行かない。自分の部屋でエロ動画を鑑賞しつつ「ふむ、よくわかっている・・これはジオン十字勲章ものだな・・だがガルマにはまだ早い・・」ってスタイリッシュに言うタイプだから。

ことほど左様にカスタムバイクを評価してもらうにも、乗り手が格好よくないといけない。だから、バイクでイキる前に「まずは乗り手がしっかりしないと」ってことなんですよね。

でも乗り手として成長するっていってもバイクはそう簡単にいかないんですよ。天才肌の人ならあっという間にライディングの極意をつかめるんでしょうけど、私は「ザコキャラのコズン」並の凡人でしたからね。バイクは抜重とか、ハンドルにしがみつかないとか、力を抜くのが大事な乗り物なんですが、最初はこれがなかなかできない。上手く乗ろうって気負えば気負うほどと力が入るんですよね。昔は軽いバイクを無理矢理支配下に置こうとして、ホント良くコケました。

でも大型とってV-maxとかZ1300とか重いバイクに乗るようになり、バイクを力で振り回すことができなくなると、自然とバイクなりに走るようになった。そしたら、いつの間にか乗れるようになってたんです。不思議ですねぇ。「自分を殺してバイクに隷属したら、うまく乗れるようになりました。」ってところが、凡人の悲しくも切ないところ。モブはモブらしく、ヒロイックな妄想は捨てて分相応に乗ってるのが一番良かったってことなのかもしれません。

ヘッダ-2022春・最終スマホ用+1
(バイクと背景とブログタイトルを合成して完成です。バイクは写真をベースに画像加工処理してからもう一度ペン入れし、イラスト風に処理してます。6月半ば頃まではこのヘッダーでお送りしていきたいと思います。)

ライディングはそんな感じですが、ブログに関しても昨年くらいから、なんとなくサマになってきたように思います。「今自分が何を好きで、何をアウトプットしたいのか?」ってのもそれなりに明確になってきましたし、ブログ作成の方法論も確立できて、安定してきたかなーと感じる。1番良かったのはブログビジュアルをイラストにしたことですね。写真だと私より上手くてセンスある人はいっぱいいますし、そもそも面倒くさがりの私は、食レポも旅レポもできない。「これじゃとてもビジュアル面で勝負できないなぁ・・」なんてずっと思い悩んでたんですよね。でも、イラストならそれが全部解決するんです。個性も出せるし、下手なりにビジュアル的も目立つし、見栄えもする。わざわざ遠くへ風景撮りに行かなくても部屋で描けるし、絵の練習にもなるしで一石三鳥ってことになってます。

このブログも6年の月日の中で、迷走を繰り返しつつも適正化し、少しずつ変化していってる。今回、ブログのタイトルを変更しようと思ったのも、そういう変化の一つです。「好きこそものの上手なれ」っていいますけど、バイクもブログも好きで居続けるうちに少しずつですけど洗練されていくんですね。私のブログは暗黒物質で聖遺物になることはないですが、今後も隅っこの暗闇で、目立たぬようにひっそりとおバカなテキストを紡いでいきたいと思います。






おまけリンク「シャアの小話」

ちなみにこのブログの中で「シャアはソープランドに行くタイプではない」と書きましたが、それは遙か昔に読んだ5chの創作小説に影響を受けてます。古いネタですが、探したら出てきたので貼っておきます。作品のアホさもさることながら、スレ民の合いの手がとにかく最高。私がオススメするものなので品性の欠片もないですが、気晴らしにでもお読み下さい。

シャアの暗黒面(クリックで飛びます)