先日(1月7日)ヤングマシンに2022年度のフォーティエイトの限定1300台が完売したという記事が掲載されました。

その記事はこちら(クリックで記事にとびます。) ↓

限定1300台、完売御礼!! ハーレー最後の空冷スポーツスター「フォーティーエイト ファイナルエディション」の全色が公開(WEBヤングマシン) - Yahoo!ニュース

今回のブログで私が問題にしたいのは、この1300台のうち「一般ユーザーがちゃんとゲットできた台数は果たして何台くらいなのだーろか?」ってことなんです。私の予想ではかなりの台数が転売屋に流れてるはず。

なぜならフォーティーエイトは多くのディーラーで「発売当日には予約電話が鳴り響き、割当て分が即日で消えてしまった」って状況みたいなんですよね。

これ完全に「ハゲタカの餌食」になってますでしょ。だって一般ユーザーならまずは地元のディーラー行って商品説明を受けてオプション検討して価格交渉して・・それでようやく購入決断ってことになるわけですから、ある程度の時間は絶対にかかるはず。でも現実は発売当日からディーラーに電話がかかりまくり「とにかくなんでもいいから売ってくれ状態」だったようです。しかも購入希望の電話は「ほとんどが首都圏からのもの」だったらしい。

XL1200X
(フォーティーエイト。バイクだけを冷静に眺めれば、プレ値になるような尖った要素はない。もう定番といっていいバイクですよね。)

まぁこの状況から判断する限り「将来的なプレミア」はほぼ確定ですよね。一般人は地方ディーラーの在庫を根こそぎかっぱらってくみたいな買い方しないですから。今後フォーティーエイトのファイナルは中古市場でバカ高いお値段になるでしょう。ちなみに転売屋が介入した商品はおおむね下記のような状況になります。

①転売屋が人気商品を即座に買い占め、一般人が買おうとしたときには市場に商品がない。

②需要に対して供給が圧倒的に少ないから、一般ユーザーは中古市場に出てきた商品を奪い合うしかなくなる。

③転売屋は購入価格プラスαの価格でないと市場に流さないから、市場に売り物が出てきた時点で当然プレ値になっている。

④欲しい人はその価格で渋々買う。なおプレミア価格での購入希望者が相当数いる場合、競り売りの状況になり価格はさらに高騰する。

⑤転売屋はプレミア価格が維持されるよう、市場在庫を様子見しながら、一番高い時期に放出し利益を上げていく。

とまぁこんな感じですよね。転売業者にターゲットにされた商品は市場から一瞬で消え、いざ出てきたときにはプレ値ってことになるんですよ。

結局この手の転売屋は「買い占めにより供給をコントロールし、プレミアを作り出す」ってのを生業にしてるんです。ですから転売業者のターゲットは

①買い占めできるくらいの数量。

②プレ値を煽りやすい人気度。

③今後も市場のタマ数が増えない。


という要件を満たさなきゃならない。フォーティエイトのファイナルエディションってこの条件全部満たしてますからそりゃ転売屋がヨダレ垂らして入ってきますよね。

転売業者によって制御されたプレミア価格は市場における「神の見えざる手」で作られたものではなく、意図的な供給操作によって作られた「虚像の価格」です。だから人気の正確なバロメーターですらないんですね。

私はこれまで、いろんな業界でケツの毛が抜かれるレベルの浪費散財を繰り返し、因業が積み重なってモノノケみたいになってるんですが、フォーティーエイトが300万円近いって記事読むと、やっぱ「自分が買うものの価値は自分自身で定めなきゃ・・」ってあらためて思います。

現代の情報社会においては、いろんな評価が溢れかえってます。評論家の評価、市場の評価、ネットの評判、口コミ評価、YouTubeの試乗動画と、その内容は多種多様。

同一価格帯で競争があるところには「客観的な立場での比較意見が欲しい」という需要があるし、同じカテゴリーの商品で価格が高いなら、その高さを肯定してくれるエビデンス(証拠)がなきゃ売れない。つまり、市場の規模が大きくなり、市場構造が複雑になるにつれて、そこに評価が存在しないと困る人達が出てくるんです。それは商品ヒエラルキーを作りたいメーカーの方々それを売らなきゃいけない小売りの方々、そして評価で食ってる評論家の方々ですね。つまり評価ってのは最終的に誰かの利益に帰結するものなんですよ。それが評価の本質です。

で、商品価格が天井知らずになるような業界ほど、ご立派な評論家の先生方が続々出てくるようになる。そのジャンルが消費において一定の経済性を持つようになると、評価自体にも価値と力が出てくるからです。力が存在するところには権威が生まれるわけですね。で、情報社会の今はそれを逆手にとって人気を煽るってことが簡単にできる。

バイクの場合、評価の基準ってイマイチ明確なものがない。乗り手の体格や技量、経験などパーソナルな要因に印象が大きく左右され、客観評価が難しい世界なんですよね。真面目なテスターほどサーキット持ち込んで限界走行したりするんだけど、結局蓋を開けたら一番大事な選択基準は車重や足つきの良さだったなんてことが当たり前のようにある。でも日常使いではそれが正しい判断なんです。だって、公道走行は楽しさが全てなんだから。速さも楽しさに繋がってるから価値があるんです。で、楽しさって気軽な使いやすさからも出てきたりするので、性能と必ずしも比例するものじゃないんですよね。

私はバイクみたいな趣味性の高いものは最後は好き嫌いで選べば良いと思ってます。雑誌や評論家の方々の評価っていうのは、大人の事情が交錯する中で、その世界の常識に都合が良いように調整されたものがほとんどです。そんなものに囚われる必要なんて全然ありません。もう存分にワガママを通していいワケなんです。

ちなみに、うちのオヤジは日本酒大好きなんですが、どんな高い清酒よりも、「日榮の二級酒がいい!」っていうんです。菊姫の大吟醸をプレゼントしても、日榮一番は絶対に譲らないんですよ。あんまり同一銘柄飲み続けたせいで「好きの基準が日榮の二級酒」になっちゃってるんですね。一級とか特級とか本醸造というグレードなんかに惑わされないし、まったく意に介さない。

これってもう「良い、悪い」を超越した、自分都合の「好き嫌い」なんです。でも真の選択ってそういうものなんじゃないかと思う。他人が決めた良い悪いより「自分の中の好き嫌い」を優先した世界は、清々しいほど完結してる。

私はバイク屋勤務時代にずっと買い取り部門担当だったんですが、買取業務でのバイクの価値って「オークションで幾らつくか」が全てなんです。

で、自分が買ってきたバイクを洗車して試乗するじゃないですか。そうすると乗った印象と自分が買い取った価格が頭の中で全然一致しないんですよ。「この程度のバイクにこんな金払っちゃったの?」とか「このバイク、オークションではゴミみたいな評価だけどスゲェ良いじゃん!」ってのが当たり前のようにあるんです。

そういうことを繰り返してると、市場の評価ってのが「自分の感覚評価と全然違ってる」って実感として身に染みるようになる。結局、この世の中にある評価って、自分にとって正しいところもあるけど、正しくないところも多分にあるんですよ。私が特定ブランドのファンにならず、ノンポリ状態なのはメーカーの中でも当たり外れが凄くあるからなんです。

そんな主観のごった煮のような市場の中で自分が「これは良い!!」と思うものを買おうとすれば、あくまで「自分の好み」を貫いていくしかないんですね。でも、この「好み」ってやつがまたやっかいで、根拠付けと定量化がとてつもなく難しい。ダイナときんつば嬢とザラブ嬢は何の共通点もない対極のバイク達ですけど、「どれも好き」ってのが頭痛いっつーか、悩ましいんですよ。「好き」って理屈じゃないですからね。

そんなだから私はいつまでたっても正解にたどり着けない。死ぬまでずっと漂流しつづけるような気がするんです。自分自身がイカダの上で漂流生活続けてんのに、他人様の消費にいろいろ意見するなんて到底できない。もう何選んで頂いても「貴方が身銭切って選んだものは貴方だけの正解です!!」としかいいようがないんですよね。

ただ、購入に失敗して辛い思いをしたとしても、身銭を切って自分の判断で漂流を続けた経験って、それなりに糧になるんですよ。私の消費ってほとんどが戦線崩壊→財政破綻→懲罰房って感じだったけれど、失敗からしか見えないものもあるんです。

そんな敗北消費で痛い目を見続けた私からすると「転売業者の供給コントロールにより操作されたプレ値のバイク」なんて、もはや商材というより「利益の塊」「カロリーモンスター」にしか見えない。ハーレーは新車価格ですら「ハイカロリー」気味なのに、新車価格にプレミア上乗せなんてもうヤバすぎ。

なんかね。価格からドス黒いオーラが上がってるんですよ。ドラクエの呪いのアイテムの音楽「デンデンデンデンデンデンデンデンデ~~~♪」ってのがバックから聞こえてくる。

現実的な価値からあまりにも離れちゃうと、もう投機商品みたいなもんですから、購入することによって価値に対する判断基準がおかしくなっちゃうと思う。消費ってものの価値を正しく見極めるところに本質があると思うんですが、それが決壊しちゃうんじゃないかと。

ちなみに私はプレ値を否定してるわけじゃありません。市場価格って、あくまで買い手が納得してれば成立するんだし、価値をいかに高く売るかが商売なんで、そういうものを一切否定したら市場原理は成り立ちません。

ただ、モノの真の価値っていうのは、本来揺れ動くものじゃなくて、揺れ動いてるのは欲望に翻弄されてる人の心なんです。プレ値は買い手の欲望と売り手のスケベ根性の映し鏡なんですね。

ドン引き4
(変な妄想をする奴が一番のヘンタイ。ただ今のプレ値市場を見ると、この妄想があたらずしも遠からず・・みたいなところがあります。欲情って別に女性限定ってわけじゃない。バイクに対する懸想もそれに含まれるんじゃないかと思うんですよね。いずれにせよ古来より過度の欲は人の感覚をおかしくしていきます。)

数年前ディーラーで大根みたいに並べられていたフォーティーエイトにはさして魅力を感じなかったのに、ディスコンとわかった途端に強い所有欲を感じるのだとしたら、それは市場という怪物が見せている蜃気楼です。その蜃気楼の実体は「人が手に入れられないものを手に入れたい」っていう執着なんですよ。それを手に入れられた自分と、手に入れられなかった他人を比較したときの相対的優位性が価値そのものなんです。名車と呼ばれる旧車バイクや、機械式時計のロレックスが高騰する理由もそれと同じですよね。

最後に、この手の転売をネタにすると、「けしからん!!転売行為をなくしてしまえ!」って議論になって転売屋の非難に終始する傾向があるんですが、その議論は不毛だと思うんですよ。だって転売行為は絶対になくならないでしょ。それは長い歴史の中で性風俗がなくなったことがないのと同じです。人の性欲を金に換える風俗店がなくならないように、人の物欲を金に換える転売行為は、この世に物欲がある限り決してなくならない。

現代はすでに情報発信というパンドラの箱が大きく開いてる。そこからステマ、ニセ評価、やらせ口コミなど、さまざまな災厄があふれ出てるんですね。転売行為だってその一つ。情報社会が生み出した闇なんです。

真贋不明の情報が入り交じる混沌とした状況を、市場はすでに許容していて後戻りはできない。それならその濁った海の中で、自分の正しい選択は何か?を考え、後悔のない選択していかなきゃならない。昨今のバイクの根拠のない価格高騰を見てると心からそう思うんですね。