現在の消費トレンドって「良いものを長く使う」ってことらしいですね。実は私は昔からその価値観にはいたく同意するところで、これまでその方面に散在を繰り返してきた人間なんです。

 でも、この価値観っていざ実践してみるとかなり難しいんですよ。だって購入時の「長く使う」ってのは「買う側の決意」に過ぎないからです。人間って意志が弱い生き物だから、決意どおりにものごとが運ぶことなんてない。

そもそも「長く使う」ってどれくらいの年数をいうんでしょうか?5年?10年?20年?そこら辺の定義からして曖昧ですよね。でも高いものなら、一生物とはいわないけどやっぱり10年以上は使いたい。

で、「10万円以上のプライスを支払ったもので、オマエが10年間使い続けてるものってなにかある?」って問われると、

普段身につけてるものについては、「3針の手巻腕時計」が数本と「革のアタッシュケース」ですかねぇ・・。

「いやオマエ、手巻き腕時計と革のアタッシュケースなんて・・時代錯誤すぎんか?ものすごく浮くんじゃないの?」っていわれるかもしれないですが、浮いてますよ。でもいいの。私の理想の仕事姿って、ズバリ「銭形警部」「等々力警部」の合成なんですよ。銭形のとっつあんのネクタイ綺麗に締めてベスト着せて三つ揃えにすればもう完璧。あとは顔を等々力警部にすげ替えれば私の理想ですよ。

「はーーー・・・・もう・・・・好き♡」

大正から昭和初期の雰囲気出したいから、機械式時計と革のアタッシュケースは絶対に譲れない。モードとか全然興味ない。

銭形2
(銭形警部。好きです♡この格好でネクタイをキッチリ締めて三つ揃えにし、トランク持つと私の理想になる。)

等々力警部
(こちらが私の理想の顔。金田一耕助シリーズの等々力警部。自信満々の誤認逮捕が得意技。脳ミソ綿菓子のまさに「眼ヂカラだけの男」。ああでも・・好き♡)

バイク用品で10年以上ずっと使い続けているのは

「ラングリッツのキャスケード」
「ホワイツのスモークジャンパー」
「ウェスコのモーターサイクルパトロールブーツ」

バイクでは言わずと知れた「ダイナ嬢」

他にも散財したモノはいろいろあるんですが、みんな10年持たずに手放してるかダメになったり、使わなくなったり・・・です。では、なぜこれらが10年使えているのか?長期間使用するにあたり、大事な要因は3つあると思う。

①素材や作りに長期間使用できる耐久性があるか

金属製品や大型バイクなどはちゃんとメンテさえしていれば、今どき10年は軽く持ちますよね。一方で布製衣類はヘビーユースではどう頑張っても10年は持ちません。商品の耐久サイクルがそこまで長い期間を想定していない。非常に高額なバイク用ジャケットやコートも布製ならヘビーユースで3年~5年くらい。革でも人工皮革だと数年でボロボロになります。その一方で丁寧に作られた良い鞣しの革はかなり長持ちする。

私は結構な革フェチなんですが、バイク用品で「凄く良い革使ってるなぁ・・」と感動したのは、「ラングリッツ」「ホワイツ」。この2つのブランドはとにかく異常なくらい革の鞣しがいい。私の感覚だとブーツならウェスコよりホワイツの方が革質は数段良いと思う。その分ホワイツ重いですけどね。

またバイクなどの塗装にも違いがあって良い塗装は長期間使っても色あせが少ないですね。メッキもモノによって厚みや質がかなり違います。ハーレーの塗装やメッキは良い例の代表。美しさと耐久性を兼ね備えてる。時計の文字盤もラッカー塗装が数年で褪色してしまうメーカーと、当初の輝きを長期間維持するものとがある。ステンレスケースの質や製造方法もメーカーによって違う。どのメーカーがどの程度耐久性に配慮してるのか?ってのは実際購入し使ってみて総合的に判断しないとわかりません。長期使用の過程で一流ブランドと言われててもボロを出しちゃうメーカーはそこそこある。私が言えるのは、同じように見えるものでも10年経つとメーカーの実力差っていうのは明らかに出てくるってことですね。

②修理体制がしっかりしているか

せっかく耐久性が高いのに、修理部門の対応がダメダメっていうのも長期維持できない典型的なパターン。どんな丈夫な物でも10年も使ってるとどこか壊れますし、良い物っていっても、全ての部品が飛び抜けて良いわけじゃない。汎用品と部品共用してるところや、一定年数でパーツ交換する前提の部分も当然あるから、必然的に補修しながら使うことになりますよね。

革ジャンだって10年も使ってれば洋モノのジッパー確実に壊れますし(ラングリッツの革ジャンは当初ついてたTALONのジッパーがクソ脆いんで、もうYKKにしちゃってます。)、ブーツだってソール張り替えなきゃならない。バイクもサスやエンジンのなどのオーバーホールがある。

でも、いざ実際に持ち込むと、「修理対応が悪い」っていうケースがかなりあるんですよ。売るときは「長く使えます、製品にも修理にも自信がありますよ~」って煽るくせに、こと修理が必要ってなると、とっても冷めた対応になる。なんでこうなるのか?それは販売体制に見合うようなメンテナンス体制の構築がなされてないからです。メンテ部門が一定規模で稼働してればメンテをどんどん受けてそこで収益出さなきゃならないから、対応もウェルカムなものになる。でも、現実は「メンテします!修理も安心!!」ってカタログや販売現場では豪語してるのに、その背後にはそれに見合うメンテ体制がないケースがとても多い。

私なんかは、もはやブランドにひとかけらの夢も見てないから、怒りすらないし喧嘩もしない。「ふうん、そうなの」っていって自分の中でそのブランドの評価を思いっきり格下げして終わり。商品のトラブル発生にはおおらかですけど、トラブルに見舞われた顧客に対する誠意のなさに対しては容赦なく冷徹な結論を下すケースが多いです。

これまで10年以上使ってる商品は、必ずどこかを1度は修理してて、その修理対応に満足してるからこそずっと使ってるんですよね。

オーリンズサスなんてもう3回もオバホしてますし、ラングリッツのキャスケードもジッパー3回交換してる。ハーレーだってどんだけ部品交換してるかわかんないけど、購入したショップの技術力には絶対の信頼がある。

バイク業界は乗り手の命を預かってるんで、一部を除いて、メンテ体制は割としっかりしてるんですが、玉石混淆でめちゃくちゃな業界もありますからね。修理対応クソで気持ちが冷めちゃって売却したものも枚挙にいとまがない。高額商品って夢を買うところがあるんですが、販売後の修理などのケアも含めて夢を見せてくれるメーカーやブランドは一握りしかなく、夢どころか現実ばかりを突きつけられてるってのが実態なんですね。

③夢が醒めたあとも一緒にいられるか

これまで述べてきたことは、商品側が長く使えるようなサービスを提供しているか?それだけのもの作りをしているか?ってことですが、こっちは受け手側の問題。「自分が購入したものをホントに10年以上買い換えずに維持できるのか?」ってことです。この点凄く大事だと思うんですけど、ほとんどの議論されないというか、無視されてますね。

今の中型以上のバイクは10万㎞くらいは軽々走る。だから多くの人がそれだけの距離を走るのか?っていうとそうじゃないですよね。モノを長く使うって、メーカー側とユーザー側の両方の想いが合致しないといけないんですが、メーカー側は新商品を売るために浮気させたいし、バイク乗りは根っからの浮気性。しかも困ったことに、どんな高性能で素晴らしいバイクでも人間って絶対に「飽きる」んですよ。

人がずっと何かを一途に思い続けるなんて、私を含めて「あり得ない」と思うんですよ。私の持論は「完璧と永遠はこの世には存在しない」ってものなんで、永遠に持続する思いなんてアニメとか小説の中だけだと思ってる。脚色された物語が魅力的なのは、ハッピーエンドの10年先まで描く必要がないからです。永遠に思いが持続して、この世の中の人が、飽きずにずっと同じものを見続けるようなら、消費型社会なんて成立してませんよ。

バイクも何年か乗ると隣にあるのが当たり前になり、トキメキなんてなくなります。で、丁度その頃、見計らったように車検が来るわけですよ。タイヤ交換やサスのオーバーホールも重なり「15万円くらいの出費になりますから~」なんて言われると、「ああ、こいつにも十分乗ったなぁ・・15万円かぁ・・この際これ下取りに出して、新しいバイク買っちゃう?新鮮でドキドキするお付き合いしちゃう?中二病だって恋がしたい!」なんて思っちゃうんですよ。コケて修理費かかるときも同じような状況になる。私は昔この流れで短期で乗り換えることを繰り返してました。次々と乗り換えれば、いつかか必ず理想のバイクに出会うんだと思ってたんです。

そして、ついに、これまでの私のバイク保有期間の常識を圧倒的に覆すバイクが現れたんです。それがダイナ・ローライダーです。

10年物下絵+2
(今回の鉛筆下絵。このブログ、実質ダイナ嬢が主役ですからね。)

私のバイク人生を振り返ったとき、ダイナの12年って所有期間は「1台だけ異常な長さ」です。しかも追突事故で廃車になったにも関わらず、同じモデル購入しての通算12年。本音ぶっちゃけますと、もう飽きてます。こいつはもう空気みたいな古女房ですよ。ガレージに巣くう妖怪ですよ。群生するキノコですよ。できればピチピチの若い子がいいなーってマジ思ってますよ。

でも、トキメキが微塵もなくなって、倦怠期に入ってもなお手放せないものがこの世にはあるんです。それは、「使い心地と使い勝手がすこぶる良くって、使ってて気持ちいいもの」。カッコいいとか、凄い性能とかそんなんじゃないんですねぇ・・。

ダイナも同じ。私はこれまで「長く付き合えるような完璧なバイクってどんなバイクだろうなー?きっと素敵なんだろうなー♡」って、胸の前で指を重ねて少女みたいに夢見てきたんです。でも、唯一長く付き合えたバイクは、金ばっかり食う、だらっだらのジャージみたいな奴だったんですよ。

「オィィィイイイ!!オマエが俺にとっての一番なのか?オマエが長く使える理想のバイク筆頭なのか!?・・はぁーーーっ、ナニコレ・・・夢がねぇ・・」って感じですよ。もうね。自分にとっての青い鳥が、こんな怠惰でおデブな要介護七面鳥みたいなバイクだったなんて・・ため息と頭痛がする。

バイクって、時代と乗り手に寄り添うように進化していくから、常に新しいものが最良のものなんです。そして、消費者はより良いものに向かって歩み続けるから、新しいものへ乗り換えていく方が自然な姿なんですよ。そんな欲望に満ちた消費者の歩みが止まるとき、その理由は一つしかないんです。それは「新しいものに買い換えても、今より良くならない」って確信があるときです。

ハーレーの場合、カスタムと称して、そういうバイクをオーナー自らに作らせるっていう逆転の発想をしてるんです。そりゃオーナーが自ら手を入れれば、オーダーメイドみたいなバイクになるに決まってますけど、普通はそんなの禁じ手でしょ?そんなバイクがオーナーの手でロールアウトしちゃったら、万人向けの汎用品はどんなに頑張っても使い心地でオーダーメイドには勝てませんよ。

若い頃の私は「永遠に色褪せぬ輝きがあるものこそ長く使えるものだ」って思ってたんです。だから尖った高性能のものを追い求めていたし、人に支持される名車と呼ばれるバイクを買ったりもした。チューニングも性能を高め、輝きを増す方向で頑張ってたんです。

でも高いものを買っても、新しいものを買っても、浮気性の私は長続きなんてしなかった。ふと自分の周りを見渡すと、10年使った物って、くたびれて、派手さもない、空気みたいなものばかりだったんです。購入したときはドキドキしてたけど、いつしかトキメキを失い、長期維持という現実の厳しさに向きあう。でも、その現実を乗り越えて、なお10年一緒にいるものって、なんのことはない「使い心地が良くて、気楽につき合える」ものだったんです。幸せの青い鳥って、世界中を探しまわったあげく、自宅の鳥かごの中にいたっていうオチなんですが、それと似たようなもんですね。背伸びしたって人は自分に見合った幸せしか受け入れられないんです。

今、私の2013年式FXDLは走行6万5千㎞です。初代の2009年式FXDLには2万7千㎞乗ったから、通算9万㎞オーバー。来月車検が来て、タイヤも替えなきゃいけないし、サスもフロント、リアともオーバーホール予定だし、12年使って完全にヘタったK&Hのシートもスポンジ交換で張り替えなきゃならない。なんだかんだでまた散財することになると思う。もうメンテと修理だけでトンデモない金額がブッ飛んでますけど、許しちゃってる時点で負け。なんのトキメキもなく、お互いにグダグダな関係だけど、「多分こんな生ぬるい関係のまま、年月を重ねていくんだろうなぁ・・」なんて思ってますね。

10年物4
(確かに長くは使えるんですが、メンテ費用は「新車買った方がいいんじゃねぇか?」ってくらい殺意に満ちてます。まだしばらく先ですが、10万㎞走るとベルトドライブと前後スプロケットの交換が待ってるようです。チェーンみたいに途中で切断することができないから、ベルトの交換にプライマリーばらさなきゃならない。どうせバラすなら耐久限界が近いクラッチやオルタネーターもついでにやっとく?ってことになると40万円~50万円がブッ飛んでいくらしい。維持するとは死ぬことと見つけたり。)

ということで結論ですけど、「素晴らしいもの」が長年使えるってのは、半分正解で半分間違ってると思うんですよ。だって素晴らしいものって次の素晴らしいものに上書きされる宿命で、人の欲望はより良いもの、より刺激のあるものを追い求めつづけるんです。だから、普通は大修理が必要になったり、古くなって維持コストがかかる状況になったときに手放して買い換えるのが賢い。

そんな当たり前の理屈を乗り越え、長く使っていけるものって、「耐久性があって」「修理がちゃんとできて」、なにより「思いが冷めた後に、手放そうとしても替えが効かなくなったもの」じゃないかと思う。素晴らしいものであることは、必要条件かもしれないけど、十分条件ではないように思うんですね。

私にとって長期維持に大事なのは、愛じゃなくて生活力?みたいなもんだったようです。
「ええーーっ!そんなの夢がないじゃん!」っていわれりゃそのとおりなんですけど、蓋を開ければ人の結婚もそんなもんかもしれない。そして長期にわたって使うかどうかは、購入したときにはわかんないんです。だから考えるだけ無駄。10年目に振り返って、「ええーー、お前がもう10年?え?そうなの??あるぇー?」って感じるようなものが、最後まで自分の隣にいつづけるんじゃないかと、車検の度に私のスネをゴリゴリと囓るダイナのお嬢を横目で見ながら、そう感じてるんですよね。