プロター製の「ドカティ916Racing」とグリズリーパンダ製「霊夢&魔理沙」製作記の第4回です。

今回は本来、フィギュアの顔描きをレポートする回なんです。でもこのフィギュアに限っては、顔を描いているときの写真がない。撮り忘れちゃってるんですね~。写真が少ないからブログアップも後回しになってたんです。昔はブログ自体はじめるつもりもなくって、健忘録的に撮影していたところもありますんで、しょうがないですね。

・・というわけで、今回は製作記というよりも、ガレキに関する私の心の叫びを駄文モードでお送りしたいと思います。

最近の私のブログには「くだらない挿絵」が挟まってますが、人という造形物は我が人生における永遠のテーマであります。

「は?美少女のお人形さん作るのが楽しいの??・・・キモ・・へ・・変態・・・」

って引く人もいるかもしれませんが、いやこれが楽しくてしょうがないわけですよ。そもそもお人形さん作るの嫌いだったら、15年以上もガレキ製作やってられないです。

あのね。美少女って簡単に言いますが、実際そんな得体の知れないものをこの世に誕生させるのメチャクチャ難しいですから。五芒星系から悪魔呼び出す以上に大変ですよ。「素敵な箱入り娘を呼び出そうとしたら、なぜか入っていたのがパンドラの箱で大量の厄災溢れ出ちゃった♡」ってくらい人生曲がるんです。

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(このフィギュア、顔描いている時の写真がないんですよね。だからいつもの顔塗装の過程がお送りできません。とりあえず、ロリは目をできる限り大きく書くというのがミソですね。)

例えばですね、息子が自宅に友達呼んできたりしますよね。すると、茶の間の片隅にフィギュアがたくさん飾ってあるわけですよ。

「うわぁ・・お前のウチ、フィギュアいっぱいあんのな・・たくさん買ったんだなぁ・・凄いわ・・」

「いやこれ作ってるから」

「は??」

「オレのとーちゃんが色塗って作ってんの。ソコに作りかけが転がってるだろ?」

「・・・・・・・・」

そこまでで多くの友人が無言になるそうですね・・・。この沈黙の意味を深く考えたくないですね・・・。多分彼の心の中でいろんな妄想が渦巻いていますね・・・。それで自宅に帰って家族団らんの場でこのホットでシークレットなネタを嬉しげに伝えるわけですね。

「〇〇君のオヤジすげぇぞ!!美少女フィギュア製作が趣味なんだぞ!!!パンツ塗装してるぞ!変態だぞ!!」

「え?あの人が???・・ねぇあなた・・あの人って結構・・真面目な仕事じゃなかったかしら?」

「う、うむ・・人は見かけによらないな・・・そうか・・・変態だったか・・町内に注意を促した方がいいな・・」

はいはーい!!もうこれで町内の行事に顔を出すことが非常に困難になりましたね!!田舎は人間関係が非常に濃いんで、こういう噂は奥さんの井戸端会議で一気に広まりますからね!バイクと美少女フィギュアのギャップってもの凄いからね。私のお堅いイメージは崩れ去って、連れ去り型の変質者扱いですね!!もう「香川照之が楽屋でリカちゃん人形の股間凝視してスカート脱がしているところを共演の松たか子に見られた!!」くらいのヤバさですね!

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(ドールと言えば昔はリカちゃん人形でしたが、現代のドールはこれですよ。私はドールの趣味はないですが、恐ろしいほどのクォリティ。可愛すぎんか?これ。しかし、可愛くなればなるほど、お着替え中を目撃されたときのダメージ数値も爆上がりです。)

だからロリコンフィギュアにだけは安易に手を出しちゃいけないんですよ。手を出したとしてもロリコン臭だけは消さなくてはならない

「お前のオヤジ、エッチだなっ!!」

と言われるのはまだ耐えられます。でも

「お前のオヤジ・・ロリコン?・・ペドなの・・か・・」

と目を細めながら若年層につぶやかれますと、アラジンのジニーみたいにハイテンションで踊り狂いながら1000年くらいランプに引きこもりたくなる

創作物っていうのは、この世に現れてしまった以上、「何の拍子に誰が見るかわからない」ところが恐ろしい。最近、他人の家にお邪魔すると玄関にフィギュアを飾ってる家も結構あるので、一応フィギュアも市民権は得てきてはいるようです。しかし、それでも展示されている美少女フィギュアが「購入された」というのと「作り出された」というのでは、受け手の衝撃度に天と地ほどの差があるわけですよ。

そんな変態認定リスクを冒してまでも私が美少女ガレージキットを作り続けるのは何故なのか?そんなのもう「自分の理想をこの世に降臨させるため」以外の何ものでもありません。

とにかく、あらゆる美少女フィギュアモデラー達が、この世に「ボクが考えた最強の美少女」を降臨させるため、日夜秘密実験を繰り返しているんです。当然私も負けてられない。

美少女フィギュアモデラーにとって、製作行為は理想の美女の召喚実験なんですよ。やってることはダ・ヴィンチの「モナ・リザ」と一緒なんです。レベルの高い低いはあれど目標は一緒なんで、もうこの際、萌えと可愛いあわせて「モエ・カワ」と呼べばもう少し芸術的になるのか?残念、変態臭が増しただけだった。

ミリタリーやバイク、飛行機などのスケールモデルになりますと「いかに現物をリアルに再現するか??」ってのが目標になりますが、美少女フィギュアが目標とするのは一体何なのか?作例完成写真が目標か?それは違う。完成写真はあくまで参考、誰かの頭の中から生み出されたそいつにとっての美少女キャラにすぎない。

じゃあ、ガレキの元キャラに似せることが目標なのか?それもちょっと違う。そりゃ「似ないより似た方がいい」わけですが、作り手には理想とする顔があって、必要以上にキャラをトレースすることによって可愛さや可憐さが失われてしまうのならば、似せる必要などないと私は思ってる。

結局のところ、求めているのはフィギュアを見て「胸がキューンとなるようなトキメキ」なんです。トキメキ製造機のようなフィギュアが究極目標なんですね。

「アホか!高血圧のオッサンがそんなトキメキ求めるな!血を吹き出して爆散しろ!!」

という意見が圧倒的世論だと思いますが、オッサンがトキめいてはいけないというのは、明らかな人種差別、ブヒブヒいいながら豚小屋を建てる自由は誰にだってある!!そう、高齢化が著しい日本の中では残存能力の活用は喫緊の課題なのです。

このようにトキメキを目標とする美少女フィギュアは技術も確かに必要ですが、自分の中に「召喚したい美少女像」が明確に確立できているか?ってのが非常に重要なわけなんです。いろんなブログ見てるとフィギュアの顔の描き方、なんてのがレクチャーされてますが、私に言わせれば「上手い描き方なんてない。」

私だってここまで来るのに人のブログや製作記を一部参考にしたりしましたよ。しかし、たどり着いた結論は「正解なんてこの世にはないんだ」ってこと。だって人の作り方を真似るって、イラストでいうと、模写であって、模写からは自分のオリジナリティや理想像は生まれないんですよ。

フィギュア製作に必要なスキルは技術ではなく、「俺好みの至上の女をこの世に召喚するのだ!!」という見果てぬ夢を目指し、とにもかくにも挑み続けるしつこさだと私は思うのですよ。まぁどんなにあがいても変態は理想が高すぎて、そこへの到達は奇跡でも起きない限り到底無理なんですが、作り続ければ、ド下手な中にも奇跡がおきるかもしれない。というか、ド下手だからこそ、その揺らぎの中から奇跡が起きそうな気がするわけです。

願わくば奇跡の産物、世紀のダークマター「邪神セイバー」の逆をやりたいわけなんですね。

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(私のブログに何度も登場している暗黒聖遺物「邪神セイバー」。これぞ奇跡の究極造形。このセイバーをたたえたブログはこちら→邪神妖魔綺譚。)

初期のガレージキットって、そういう情熱のたぎりがアンダーマーケットで形になったものだと思うんです。上手い下手だけが価値判断の基準であれば、「製作に長けたモデラーしかフィギュアを作る価値がない」ってことになっちゃうんですが、そんな正論など求めてない。自分の理想の美少女を召喚できるのは自分以外あり得ないんです。だって自分の好みは自分にしかわかんねーんですから。

そもそも趣味なんつーのは、どんなトンデモ嗜好だって楽しんだもの勝ち。

「ぶぁっはははは!!ハヤブサをチョッパーにしてやったぜぇ!!この加速をこの体勢でなんてぇ!!ぎゃあぁああああ!!もうらめぇぇええええええ!」

ってド変態がいても全然いいわけですし、そこまで変態化すれば多分「いいね」が3000はつく。
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(雑コラで作るハヤブサチョッパー。命名「チョッパヤブサ」。バックステップ+エイプハンガーという概念が超絶新しい。これでベタ伏せすると顔は下がり手はホラーのように上がって大迫力。フルブレーキで肩が外れかねないですがソコは根性。カッコだけのアウトローも裸足で逃げ出す真のヤバさ。往年のウルトラマン乗りをさらに強化させていった、ボクの考えた「最強に怖くて男臭いバイク」。)

モノ作りもバイクも下手であろうがコケようが、諦めずに挑み続けるってのが大事だと思うんですよね。上達に近道なんかなくて、とにかく模型なら作り続ける、バイクなら乗り続けるのが大事なんです。投げ出さず続けてれば自然にスキルは身についていきますし、どんなに上手くなっても、熱が冷めてやめちゃえばそれまでの技術って意味がなくなるわけで、最後は続けたもん勝ちだと思うんですよ。

要は好きこそ物の上手なれってことです。当たり前のオチですが、いくらさまよったとしても真実は一つで、結局は格言通りの結論に辿り着いちゃうんですよ。

だから大事なのは模型カテゴリーでも跨がるバイクでもない。そんなの正直何だって良いんです。何かに対して、ただひたすら好きであり続けられるんなら、それ以上幸せなことなどないと思うわけです。私にとってそれがバイクと模型作りってことなんですね。