今回は遙か昔の物語。私が若かりし頃に振り回してた「爆炎剣」CBR900RR「ファイアーブレード」について、下らない昔話をしてみたいと思います。あまりに長文で内容がないので、読むのが一苦労かもしれませんがどうかご容赦を。

今から遡ること26年前の1993年、私は初期型のCBR900RRを中古で購入しました。

CBR900
(CBR900RR。ファイアーブレードというと250のRRを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、元祖は900。ガチャピンのようなちょっと可愛い面構えでしたが、性能は全く可愛げがなかった。)

バイクとの出会いは運命的で、ある日、中古バイク店の店先でバイクを洗ってたら、私の前に見知らぬお客さんが現れ、走行2600㎞の極上CBR900RRを横付けしてこう言ったのです。「あの、これ・・買い取ってもらえますか?」と。

「ナニコレ!キターーーーーーーーーーーーーーッ!!」

もう大音量で脳内に「欲しすぎるぅぅっぅっぅぅうううう!」と心の声が鳴り響き、骸骨みえちゃうんじゃないの?ってくらいビビビと体に電気が走り、ラグピーワールドカップの入場時の太鼓よろしく心臓もドコドコ鳴りだして、手汗と脇汗がしどどに噴き出し、なぜか股間も熱くなるという、とにかく、どえらいことになってしまったんです。

もう足が渦巻きになる勢いで、店の中に駆け込んでいって店長に耳打ち。「あれ絶対買い取らせて下さい!!俺が買います!右から左に買います!俺のズタボロ瀕死のNSRはオークションでサバいてきますんで!」と過呼吸状態で店長と直談判。「うーん。そりゃイイネ。お店儲かっちゃうじゃん。超頑張ってネ。」とあっという間に店と転売予約が成立し、もうそっから先はお客さんに必死のアプローチ。

「売って下さい。後生ですからっ!お願いします!!買い取り屋だけど一目惚れなんです。売ってくれるまで帰しませんから。ジュテーム!ジュッテェェエエーム!!」

と、金色夜叉のお宮みたいに腰にすがりついて、客が3メートルくらい引いちゃうくらいの勢いで猛アタック。その結果、ピッカピカの低走行極上CBR900RR初期型が私の元にやって来ました

なぜこのバイクを買ったかって?そりゃ「俺ツェエエエェエェエ!!」がやりたかったんですよ。

新目白通りで隣のバイクとバチバチに目が合えばそこはもうサーキット。並みいる有象無象を押しのけ「俺!大勝利ィィィイイイイ!!」と雄叫びを上げながらグリコポーズでチェッカーを受けるためにはどうすりゃいいか?

そりゃゲームで言うところのチートウェポンでナデ切りにしちゃえばいい。

自分が速くなるのは難しいけど、圧倒的ポテンシャルのバイクがあれば万事解決。ブレーキングやコーナリングスピードは乗り手のテクニックに依存するところが大きいので、速い奴には絶対勝てない。しかし、ハイパワーなバイクを購入してエンジンの出力勝負となれば、アクセルひねるだけでテクニックなどなーんもいらない。

公道は無差別級のバトルロイヤルでホモロゲなどない無法地帯。確実に相手に勝つには「小学生相手に巨神兵が出て行くような、卑怯極まる構図」を作っちまえばいいんです。

私はバイク屋勤務だったんで買取業務の為の限定解除という名目でしたが、その内心は

「他人より圧倒的に攻撃力の高いチートバイクを限定解除と札束で手に入れ、中免小僧相手に俺ツェェェェエエエエ!!してやるうぅぅううううう!」(目キラーン☆)

という俗世的な邪念に満ち、もう腐りきっていました。模範的な大型ライダーの方々、ホンットーにごめんなさい。

しかし、スーパースポーツというジャンルが存在しなかった当時の公道事情は大型バイクに甘くはありませんでした。峠や街乗りではリッターバイク勢にとって目の上のたんこぶともいえる存在がいた。それがNSRを筆頭とする2スト250のレーサーレプリカ達です。

90年代前半はまさに2スト最強時代で、「俺たちこそ公道最速、クソ重いナナハンやリッターバイクなど、所詮高速だけの直線番長。街中や峠の切れ味は2スト250の敵じゃないっス!キャハハハハ!!ギャハッ!!」とドラえもんメットかぶったレプリカ小僧共が2スト特有のパオパオ音でイキり散らしていたんです。

実際、当時は4スト400程度ではどう頑張っても2ストの250に歯が立たなかった。馬力規制で400ccは59馬力、250ccは45馬力に抑えられていたものの、NSRなどはエアクリーナーのカバーぶった切って抜けのいいチャンバー入れれば「60馬力くらいのパワーがポンと出ちゃうの♡あ~んリンダ困っちゃう~♡」という「馬力規制って一体なんなの?」といいたくなるようなインチキ仕様。しかも車検がねぇんで、やりたい放題なんすよ。あいつら。

車重も4スト400ccより30㎏近く軽く、エンジンもスリムな狭角Vツインで、バンクも切り返しも超軽快と、4気筒の4スト勢はお手上げ状態だったんですね。この構図は750クラスを比較対象にしたところで似たようなもので、加速で多少リードしても、ツッコミとコーナリングで上回られて互角くらいの感じでしたし、逆輸入のリッターバイクになると、パワーはあるけどでかいし重いし、修理費高額だしで、「転倒上等!」でアクセル開けまくってくる2スト勢に対しては、はっきり言って分が悪かったんです。

せっかく合格率2パーセントの一発試験を乗り越えて限定解除しても、当時の大型バイクには「同じ土俵で2スト勢を駆逐できる切り札」なかったわけです。

私自身「大型とって何乗ろう?」なんて考えていましたが、店長に相談しても「日本じゃチューンしたNSRよりトータルで速いバイクなんてないでしょ~。」って言われたりして、しばらくは乗り換えるバイクが見つからず、コケまくって純正カウルが崩壊し、「白ゲルのオバケ」と化したNSRに乗り続けていたくらいです。

ことほど左様にNSRを筆頭とする2ストレーサーレプリカ勢は峠や街中でメチャメチャ速かった。リッターバイク乗りはそれを横目で見ながら、「ふ、ふん、俺たちは選ばれし者達。小僧など相手にせぬ。なぜなら住む世界が違うのだから。俺たちはキリンの世界に浸るからいいもーん。」なんていいつつ、「・・いつか見ておれ・・」と歯がみしていた連中も多かったと思う。

でもそんな大型バイク乗りたちをホンダは見捨てなかった。1992年、つけあがった中免小僧をボコり倒し、この世にリッターバイクの凄まじさを知らしめるため、天からついに決戦兵器が舞い降りた。

そのバイクこそCBR900RR。2ストが大嫌いだった本田宗一郎の怨念が乗り移ったかのような凶悪スペックと、2ストと4ストというエンジン形式の差こそあれ、同じ土俵での勝負に900ccを投入するという大人げのなさ。「こんなんチートやん・・」と誰もが心の中でつぶやいた。小僧共に対して圧倒的にマウントがとれる2ストキラー。

CBR900RRに乗って、「なーんだ今時のスーパースポーツに比べたらたいしたことないなぁ・・・」なんておっしゃる方もいるしれませんが、アクセル全開の公道レースが日常で、速さこそ正義だった時代に400ccクラスに毛の生えた車格から炸裂する124馬力は、炎の剣にふさわしいスーパーウェポンだったんです。

思い返せば、初期型CBR900RRは「公道で走らせるために必要な自制心」がバイク側に全く搭載されていませんでした。当時最速とうたわれ、147馬力を誇っていたZZ-R1100が超高速域でのたぐいまれなる戦闘能力と、ツーリングも難なくこなす懐の深さと優しさを両立していたのに対し、初期型のCBR900RRは「ガチ殴りしかできない」バイクだったんです。

多くのリッターバイクが「普段は従順だけど、開ければ速いゾ♡」という特性だったのに対し、初期型CBRは「・・速く走ることこそがオレ様の使命・・それ以外には興味ない・・」とまるでロボ子のように融通がきかなかった。そういう意味では「ファイアーブレード」という中二病的ペットネームが実によくハマってたんです。

CBR2
(CBRは人間に例えると体脂肪が一桁台の筋肉質なアスリートでした。性格もストイックで、えーかげんで社会性の欠片もなかったアホな私と相性最悪。性能が高すぎて「気楽に遊ぶ」ってことが許されず、ぶっ飛んだら即死だコレ・・っていう速度域に一気に到達しちゃう。このバイクで一度でもコケてたら私の人生は終わっていたと思う。)

こういうバイクこそ乗り手が自制心を発揮しなくてはならないんですが、私の中でのCBRの立ち位置が「2スト250勢を成敗するための粛正バイク」だったのですから、自制心なんて発動するわけない。そりゃもー飛ばして飛ばして飛ばしまくりましたよ。

コーナーでも2スト250に対しソコソコの勝負ができましたんで、後は立ち上がりからの直線で124馬力の圧倒的加速力を炸裂させてオラつくだけ。なんせ「160キロまでの加速ならリッターオーバーのバイクにも負けないんですよ~。うふふ~♡」って、ホンダの技術者様が雑誌で太鼓判押してましたから、街中や峠では「CBRより加速するバイクなんてなかった」んです。

アクセル開ければ2スト250なんて、あっという間に60番のスクリーントーンの点くらいになっちゃう。軽量超高剛性のシャーシはコーナリングはちょっとナーバスだったけど、ブレーキングの安定感が半端ないからクッソ飛ばせるの~♡。あひゃひゃひゃひゃ!

「見たかぁああ!中免小僧どもォォオオ!これが限定解除と頭金なし地獄ローンのパウゥァーァアアよ!テクニックなぞナンボのもんじゃい!世の中最後は階級と金じゃあ!俺こそ新目白通りの白い悪魔!!だーはっはっはっは!!」

という私の下卑た高笑いが、西落合近辺に響き渡ったわけなんです。

そんな強烈な思い出のあるCBR900RRですが、長期間つき合っていたわけじゃありませんでした。このバイクは、ゆっくり走ることを決して許さなかったので

法定速度で走っているうちは、つまらなさそうに無表情。突っかけられると、すぐ取っ組み合いの喧嘩がはじまるという、まるで闘犬をリードで散歩させてるような状態だったんです。

私は一連のブログで、今乗ってるダイナとF6Bに対してツッコミ入れたりディスったりしてますが、CBR900RRにそんな隙なんてなく、私が常時ツッコまれてた。

tenor


「もっとアクセル開けられないの?」
ペシッ!

「ブレーキングが甘すぎっ」
バシッ!!

「性能の半分も出せてないから」
ビシッ!!!

「その程度の腕前で私を選ぶなんて・・バカなの?」
ズビシィィィ!!!!

「250をいたぶるしか楽しみがないの?くだらない男・・」
ビシグシャァァァァァ!!!!

半年後には厳しいツッコミで、私はブッチャーの凶器攻撃で額を割られたテリー・ファンクみたいに血まみれのボロボロになってたんです。

結論から申し上げると、CBR900RRは私がバイクを支配し、自制できる一線を遙かに超えたところに存在していました。それまで散々じゃれ合い、取っ組み合って楽しんできたNSRと比べても、2ケタくらい違う高さにラインが引かれている感じで、まさに猛獣。CBRが本気で猛り狂えば、公道では到底自分の制御下におけないってのはすぐわかりました。

私はもともと「俺ツェェエェエエ!」するのが目的でこのバイクを購入したわけなんで、初めの頃こそ競争に勝つという暗い喜びに浸っていましたが、そういう遊びに飽きちゃうと、そこから先はCBRという猛獣と自分とが向かい合って対話しなきゃならない。そうなった時に、もう全然ダメでしたね。私はCBRを御するだけの技術も意識も覚悟も向上心もないノープランの肉塊にすぎなかった。

最初のオーナーがなぜ走行2600㎞で売りに来たのか、手放す頃には自分もその心境を良く理解できた。このバイクを長く乗り続けるにはコイツをしつける鉄の意志と自制心が必要で、私も彼もそんなものを持ち合わせていなかったんです。

この初期型CBR900RRは私のようなバカが乗るにはあまりにもホンモノすぎた。「性能が究極になればなるほど、乗り手の人間力が必要になる。意識の低いダメ人間にホンモノを与えてはいけない。」というバイクの真理を気づかせてくれました。危険で考えなしの人間にはアーミーナイフではなく、切っても切れない安全ナイフがお似合い。馬鹿な乗り手と理詰めの究極バイクの組み合わせは、まさに基地外に刃物以外のナニモノでもないんです。

このバイクを最後に、私のレーサーレプリカへのこだわりは終焉を迎えることになります。中二病患者の手先となり、新目白通りや奥多摩で悪行を強いられたCBR900RRには心から申し訳ないと思う。

でも、このバイクで得た経験は今でも強く記憶に焼き付いてる。圧倒的な攻撃力の火炎剣を振り回しながら、焼き尽くされ、浄化されていたのは自分自身。CBR900RRは私の根拠のない自信と幻想をその性能で打ち砕き、人生におけるバイク観を大きく変えてくれた忘れがたいバイクなのです。