私の過去のブログを読んで「アンタ、ひょっとしてミルウォーキーエイト(長いので以下「M8」と記載します。)が嫌いなの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、正直に言いましょう。

「私は2輪に搭載されているエンジンで壊れないものならなんでも好きです!!」

私にとって機械は最低限の信頼性が第一で、その点だけは譲れないんですが、それを満たしているなら、この世に存在する全てのバイク、全てのエンジンを所持したいとすら思ってます。

とはいっても、一般のライダーが無限にバイクを持つことはできない。悲しいかな取捨選択をせざるをえない。そうなると手塩にかけて「自分特攻に仕立てたTC96」を同じカテゴリのエンジンが超えていくのはなかなか難しい。

じゃあM8がダメか?というと、そんなことは全然ありません。情緒的な部分では「旧車やTCが好き」という乗り手はいるかもしれませんが、性能的にはM8が負けてるところはほとんどない。つまりM8をダメだと断じる人の根拠は「ほぼ情緒によるところが大きい」ということです。

ハーレーは古いモデルになればなるほど、構造がシンプルで、Vツインの素性を全面に出した作りになります。シンプルそのものですから乗り味もスッキリとわかりやすく、乗り手にその美点も欠点もダイレクトに伝えてくる。そこには「塩を振っただけの素材の味を楽しむ」的な潔さが存在しています。

何も手を加えない素材の味に根強いファンがいる一方、その素材の癖と「ドヤッ」と提供される田舎料理的な雑さが受け入れられない人もいるのではないでしょうか。加えてあまりに旧いモデルになると、エンジンの限界性能の低さやパーツのなさ、かさむ維持費を「乗り手の愛と根性で乗り越える」という覚悟も必要になってくる。

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(ダイナは現在冬眠中。巨大なくせにはかないバッテリーが上がらないようトリクル充電器を接続しています。)

カブだって公道を走っているわけですから、ゆっくり走る分にはどんなバイクでも十分なのですが、そこまでの割り切りと我慢がフツーはできません。何十年も前のバイクと乗り手が一目置かれるのは「現在の環境では愛がないと乗り続けることができないから」でありましょう。

ハーレーの歴代エンジンは独自のVツインが持つデメリットを補うように進化改良を続けてきています。この世の中のすべてのものには良い部分とダメな部分があり、それは表裏一体なわけですが、ダメな部分を技術的進化によって改善し、乗り手への負担を減らし、時代環境に対応しつつ、ツアラーとして着実に進化している。

これらの進化の過程で、初期のダイレクトで主張の強い素材の味から、上手に下味をつけつつ、より手間暇かけた滋養がある複雑な味わいに変化していってるのです。新型のデメリットの一面のみを取り出し、「鼓動感や刺激がなくなったわ!」と一刀両断にしちゃえば、そりゃそうなんでしょうが、それと引き換えに得られたうまみも多分にあるわけです。

M8の開発コンセプトは突き詰めると

「中低速域のテイストで定評のあるエンジンが高回転までまわるようになれば鬼に金棒じゃね?」

「旧車が評価されている低アイドリング時のドコドコ感も実現できればこれまた最高じゃね?」

という文章にすると割と単純なものでしょう。しかし、技術的にはそれはそう簡単なことではない。

M8はTC96の圧縮比9.6に対して、ノーマルで圧縮比10.5と高圧縮になってます。圧縮比アップと4バルブ化、フライホイールの軽量化は、それ以前のハーレーでは青色吐息だった高回転を綺麗に回し、高速域で余裕のあるパワーを絞り出すための措置であることは明らかです。しかし、低回転ではこの高圧縮化がデメリットにもなる。

圧縮比を上げるとパワーの低い低回転では圧縮抵抗でパワーロスしちゃうし、低回転の慣性マスを補完するべきフライホイールも高回転対応を考えるとそれほど重くできない。しょうがないので排気量をアップして低速域のパワーを確保しようとする。しかし、それは発熱量の増加という空冷にとって致命的な害悪を発生させてしまいます。これを冷やすためには燃料を多めに吹くという選択肢がありますが、環境対策でそれもできない・・・。

ハーレーは「空冷という足枷」がはまってるのでここらへんでどうにもつじつまがあわなくなってきます。排気量を上げるだけでもヤバいのに、高圧縮化すれば発熱量がドーンと上がる。ハーレーの大排気量Vツインの難しいところは、空冷という冷却機構の枠内で過酷な公道環境において冷やしきれるレベルを維持しながら性能向上を果たさなくてはならないところにあります。

原付なんて50ccを80ccにボアアップして、ハイコンプピストンを入れるだけでもメチャクチャ熱ダレしてまともに走らなくなり、熱対策で湯水のように金が出て行くという悪夢のような状況になるので、大排気量のハーレーでのシビアさは推して知るべしです。

この避けようがない熱問題をクリアするため、M8はオイルクーラーをとり付け、エンジンオイルを増量するという選択をしています。私が以前「いっそハーレーは水冷にしたら?」と提言したのは、自分がハーレーをイジってみて、「空冷大排気量Vツインの高回転化はどー考えても熱対策的に限界があるわなー。」としみじみ感じたからなのです。


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(ショベルヘッドを一般人とするなら、ミルウォーキーエイトはもはや強化改造人間とでも言うべきシロモノ。あらゆる面で圧倒的に進化している。)

以前のハーレーはバルブオーバーラップがまったくなく、高回転は全然まわす気にならない糞詰まり仕様でした。これはハーレーがエンジンに取り付けた拘束具、安全弁でもあったはずです。イジってオーバーヒートする分には乗り手の自己責任ですが、ノーマルでオーバーヒートしちゃうとメーカーのリコールになる。だから、「お客さん。これ以上は困るなぁ・・」というところはセッティングで露骨に抑えてくるわけです。(乗ったことないのでアレですが、熱問題でどう考えても高回転が厳しそうなCVOもノーマルでは高回転でふん詰まるハーレーお得意の設定が施されてる可能性があります。)

また、M8は古き良きハーレーの三拍子の味を出すため、アイドリングを相当落としてます。しかし、アイドリングの低回転化もただ下げればいいというモノではない。M8はその実現のために、オイルポンプを大型化したり、ノッキング対策でツインプラグを採用したりして、相当頑張って850rpmという低アイドリングを実現しているのです。

つまるところ、M8は「大排気量Vツインを高回転で安定して回し」、「低速でも豊かなトルクを出し」、「低アイドリングで旧車の味を再現し」、「ドコドコ感も残す」というメチャクチャ欲張りなことをやっているのです。そのためにこれまでのエンジンでは必要なかった装備を沢山ぶら下げている。

多くの調味料を入れ、味を調え、アクを消してよりうまみのある味わいを万人に提供しようとした結果、感触がソリッドなものからマイルドなものに変わったのは仕方ない。複雑になればなるほど、シンプルな味は出なくなるのです。

このようにハーレーのエンジンが現代のエンジンとして進化していく課程で、旧き良きハーレーが持っていたものの一部は徐々に失われていきます。しかし、失われたものにだけ目を向け、得たものに目を向けないのは評価としては不公平にすぎる。

私はシンプルな空冷Vツインにオイルクーラーをつけてまで高回転化したり、機能的に意味のない低アイドリングにコストをかけるのは無駄ではないか?と考えるわけですが、一方で「そのような無駄なコダワリこそが贅沢の神髄である」という考え方もある。M8は多くの機構的な矛盾を受け入れてでも、現代の技術で顧客に古き良きVツインの風合いを届けるという選択をしたわけで、その選択の是非の判断は乗り手に委ねられるべきものです。

結局バイクのエンジンはある程度のところまでやってしまうと、そこから上は「割り切る」「欲張るか」の2択になる。TCまでのエンジンは古き良き空冷という足枷の中で「割り切り」を選択していた。だから性能もその割り切りと共に前時代的なところで止まっておりました。しかしミルウォーキーエイトはいろんな部分で「欲張って」います。これは今や世界企業となったハーレーの選択としては妥当だと思いますし、それに異論もありません。

しかし一方で私は「割り切り」こそ「ハーレー空冷Vツインの武器であり個性」「限界点こそ美点」だと考えていたところがあって、その点でミルウォーキーエイトの開発陣の方向性とは真逆なのだろうと思います。私がハーレーに出会ったのは私自身が「自らの性格の問題と限界を受け入れた時期」とも重なっていて、バイクと私のあり方がシンクロしていたこともこういう考えを持った理由の一つです。私は上昇志向を失って去勢されたライダーですが、ハーレーを購入するライダーの多くは上昇志向を持った人々なので、どんどん欲張っていくのが販売面では正しいのかもしれない。

結局のところバイクは曖昧で主観的な乗り物です。乗り手は移り気で自由で無責任で享楽的で、企業の将来のことなんて考えてない。一方でバイクメーカーはそのバイクに自分たちの将来の生き死にがかかってますから、規模が大きくなればなるほど組織としてプロダクトを真剣にとらえ、多くの知恵を寄せ合って集合知で理性的に考えていく。

ハーレーが行った「ラッシュモア」「顧客満足度を上げる」といううたい文句ですが、一方で「顧客からの後押しがないと開発の方向性を定めることできない規模になった」という組織的な問題の裏返しでもある。今のハーレーは帝国重工であって、エポックメイキングなモノ作りで蜂の一刺しを狙う佃製作所ではないのです。綿密な市場調査の下、必要な性能をより良く提供する責任のあるプロダクト作りに舵を切っているのです。

「ふーん。じゃあへちまはM8よりも荒削りなTCダイナを勧めるのね?」と結論を問われるとそんなことはないんですよ。あくまで「私はこう考えています」ということしか提示できないし、する気もない。そもそも私が今のダイナに乗った際の第一印象は

「どひゃー!!こんなクソ重くて雑なバイクをこの日本で売るんすか?しかもこの見事な店舗で!この値段で!!ううーーん。狂ってるぅぅぅう!!!」

ってなものだったのです。その性能は国産高性能バイクと比べると、もうとにかくどうしようもないものでしたが、バカボンのパパみたいに「バイクはこれでいいのだ!!これが元祖天才一家なのだ!!」と強烈に主張していて、突き抜けるような晴れやかさがあった。どう考えてもダメダメなのに「俺最高!」とバイクが胸を張っていたのです。それが当時の私にはとにかく新鮮だった。ダイナを購入したのはそれにやられたからで、それは私の変態的な嗜好によるものですから、他人にお勧めするものではないのです。

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(いつものように、自前のイラスト。ダイナの良いところは「お互いにダラダラの関係」が成立するところです。このイラストのようにほろ酔いで酒を飲み交わすようなやりとりができる。ちなみ私の絵は手抜きと割り切りの産物です。ペンの太さにムラがあり線自体も少ない。しかし、線を揃え、情報量を増やしたからといって、万人がその絵を好むとは限りません。そこんところはバイクも絵も同じではないかと思います。

結局バイクの好みなんてのは乗り手の人生観や価値観や好みが反映したもので、自分が「これだ!!」と思ったものを信じて買うのが一番後悔がありません。人に上下がないように、バイクにも上下はない。新型であろうが旧車であろうが、50ccであろうが1800ccであろうが、乗り手の選択には全て意味があり、それは最大限尊重されるべきものです。

ここまで長々と書いてきたM8に対する私の意見など、バイク選択にあたってはクソみたいにどうでもいいことなのです。旧車がいいとか現行がどうだとか、ハーレーはイジらなきゃダメだとか、そんな議論は大事なようでいて選択の本質からはほど遠い。

「自分の感性を信じてバイクを選び、自分の選択を信じて目一杯楽しむこと」こそが趣味の王道。要はバイクなんて楽しめれば何だっていいのです。模型だってそうでしょう。帆船模型だろうが、ミリタリーだろうが、美少女フィギュアだろうが、ガンプラだろうが楽しむことにおいてそこに何らの違いもない。

趣味の楽しみについて、人に価値観を押しつけられることほど不幸なことはないし、それに従う必要など毛ほどもありません。バイクの個性を重視すると言いつつ、ネットの意見に引っぱられ、自らの個性を失ってしまっては本末転倒。「選択」という最大の自由を人の意見で束縛されては元も子もありません。

他人の評価がどうあろうと「自分はこのバイクを買って一片の悔いなし!」とラオウのように言い切れるのが真の勝者。趣味の消費は孤高であるべきというのが私の身上ですので、私がブログで書いているバイクのあれこれについては軽ーい気持ちで読み飛ばしていただくのがよろしいのです。