しばらくダイナのフロントサスのセッティングの記事を書いていましたが、そればっかりじゃ私も飽きてくるので、今回は今後の大型バイクについて私の思うところを書いていきたいと思います。

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(ロードグライドCVO2019年モデル。ハーレーのホームページから。アメコミのヒーロー感がスゴイ。)

実は私はハーレーの販売店を見たとき「こりゃ既存のバイクの売り方と発想自体が全然違う」「今の大型バイクに求められているのはこういう路線なんだろうな・・」としみじみ感じました。これまで私は、いろんなカテゴリーで「破滅的な浪費」をしてきましたが、どのカテゴリーの商品においても購入動機は下記の2パターンに大別できるのではないかと感じてます。

パターン① 購入者が求める必要性を充足するために購入するもの。

パターン② 自己実現や満足感を得るための購入するもの。

「普段の歩きが面倒だからバイクで移動したいわぁ。」ということだけならば、最低の性能があればよく、安い方がいいので価格競争が避けられない。昔のDio対JOGの原付戦争がこの典型です。

また、これとは逆に高性能カタログスペック追求型になると、これまた過当競争による性能インフレとこれに伴う原価高騰、利益の縮小が起きる。昔の「NSR」「TZR」「RGV-Γ」の御三家レプリカ戦争がこの典型です。つまり、これらの「必要性を満たすための購入動機」では価格や要求性能で優劣が決することになる結果、ガチの戦争状態になり、日露戦争のような消耗戦が避けられなくなるわけです。

この競争と消耗戦の最中で強烈なテクノロジーの進化や製造ノウハウの蓄積が行われていくわけですが、「肉を切らして骨削る」的な状況になっていくので、企業体力は落ちる一方。やがては双方が疲弊して立ちゆかなくなる。

ハーレーはこういう「必要性からくる購入動機」ではなくパターン②の「自己実現や満足感を得るためにバイクを買う」という動機に訴える方法に出ているのです。だから、ホンダやヤマハとは売り方も違うし、販売店の仕立ても違う。店舗や試乗、サービスを通して、性能より購入者が得る「満足感」という内面的要素と他者に対して「アピールしたい」という外面的欲求を充足させようとしているのです。

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(エンジン周り。まるでショーモデルのような仕上がりです。シリンダーヘッドの赤いラインは赤いメッキなんでしょうか?)

正直今の日本はモノが余ってます。私の住む地域でも今は海外製のほとんどのバイクが買える。(BMWもドカティもモトグッチも正規で買えるのに、ホンダの方針により、日本製のホンダの中型以上が唯一買えない。とても笑える。ホンダはこの異常さに気づかないのだろうか?)その点では消費社会の極北に到達したともいえます。リーマンショック以降のデフレによりモノが安くなったにもかかわらず、品質は維持されているため、「安くても十分だろ」という感覚も生じてきている。そんな中で趣味の高額商品として何を売るのか?ということは真剣に考えていかなくてはならない。

今の時代はデフレと言われていますが、特徴のある高額商品はかなり刺さっている時代です。例えばトースターなんかは3万円近いものが従来の2000円のトースターを駆逐しちゃってますし、炊飯器はお釜での最高の炊き上がりを再現した8万円クラスのものが売れ筋になってます。デフレといいつつ、売れ筋は昔の5倍~10倍くらいの価格帯の商品にシフトしている。それは消費社会が成熟して低価格で高性能な商品が氾濫する中で、性能という袋小路を乗り越えたものが求められているからです。

以前のトースターは「何秒でムラなく素早くトーストできます。」というスピードの勝負をしてました。朝の出勤前は何よりスピードだという価値観だったのでしょう。しかし性能勝負は価格下落を呼び、既存トースターは数千円の価値になってしまった。そんな中で、「水蒸気を駆使して時間がかかってもパンを焼きたてのようにおいしくする」という新たな価値観が生み出され、この価値観によって「価格の再設定」が可能になったのです。従来と逆の発想が利益の出ない構造を打破したといえます。iPhoneしかり、そういう発想に至った企業が勝ち残り、市場利益を総取りしている状況なのです。

大型バイクだって近年環境対応で価格は上昇しており、趣味のモノとしては高額中の高額商品になってます。加えて移動手段としてのバイクなんて車があれば必要ない。ではこれからのバイクに移動手段以外に何が求められてるのか?多くの人にとってそれは「楽しい旅」であり「有意義な時間」であり「所有満足感」ではないでしょうか?

ハーレーのウルトラやCVOが高価格帯なのになぜ買い手がつくのか?それはレクサスやベンツのように「所有満足感に特化している」からです。キリンなんかを読んでると、「バイクは孤高の存在だ!」「二輪は他の乗り物と違う!!」「ストイックでなくては」「キリンは泣かない!」などという先入観ができて、四輪と二輪は別ものだと認識してしまう人は多いと思いますが、販売においてはバイクは単なる「乗り物」以外の何物でもありません。だから「車に当てはまることはすべてバイクにも当てはまる。」のです。

ハーレーのモデルはすべてクルーザーという同一カテゴリーのため必然モデル間に「明確なヒエラルキー」が出来ています。CVOなんかそのいい例で、ノーマルとCVOで相当の馬力差があるのに車体の強化やサスの変更とかは一切ありません。一方で見栄えに直結する塗装品質やカスタムパーツの質は私が見る限りノーマルモデルより入念に手間をかけて必要以上に丁寧に仕上げてある。

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(タンクの塗装もヤバい。価格は468万円。新型クラウンの売れ筋グレードとほぼ同じ価格と考えるとさらにとんでもない。)

要はエンジンパワーと見栄えというわかりやすい部分に下駄を履かせて、生産数を絞って希少性を上げ、ノーマル+100万円オーバーのプライスタグを設定しているのがCVOです。発想は実に単純であるといえますが、エンジンパワーだけでなく、グラフィックにスペシャル感を演出する(単にノーマルモデルとグラフィックを変えているのではなく、高度な多重コートでとんでもなく美しい塗装になってます。自分は模型を作るのであの塗装がいかに高コストなのかよくわかる。)ハーレーの手法は販売する方は非常に楽。だって見ただけで顧客は「これスゲェ」と一発でわかるのですから。

ツーリングするだけならウルトラでも十分すぎておつりがきます、しかし550万円のCVOウルトラは常に完売。いつの世も希少性と豪華さ、高価格は消費者の所有満足感をくすぐるのです。ハーレーはその点を実によく理解している。(最近は成功しすぎて、ちまたにハーレーがあふれることによりハーレー自体の希少性がなくなってきてます。成功しすぎたことがジレンマになってるのはこれまた皮肉)

高額消費の世界というのは、所詮いつの世もパワーゲーム。そしてバイクの世界は常に狂気じみた全ツッパのパワーゲームだったともいえます。高額バイクの氾濫はアピール方法が従来の最高速や峠のコーナリングスピードから資金力に変わっただけの構図なのです。誤解しないでほしいのはスピードも資金力も私の中では全然差がない。所詮他者にアピールして満足したいという人の欲求の裏返しです。これは消費においては皆同じで、衣類でも、車でも、時計でもオーディオでも何ら変わるところはなく当てはまる。私はアピール勝負ならスピードより危なくないだけ金の勝負の方がまだマシじゃないかと思ってるくらいです。

このように利益率の高い商品は性能を売ってるのではなく「買う人が満足できる価値観」を売っている。公道の路面状況と市販タイヤでは使い切れるはずのない300馬力でも「300馬力を発揮する」ことが大事なのです。だって300馬力には夢があるから。そしてそのオカルトじみた夢の一文字が消費者にとっては宝物のように大事なものなのです。

これから日本製バイクはどの方向に向かえばいいのか?低価格帯からは東南アジア製のバイクが押し寄せてきます。性能も長い目で見ると数値だけなら日本製と遜色なくなるでしょう。日本メーカーは早急にその消耗戦の世界から離れるべきなのかも。私は新型ゴールドウィングは「軽くコンパクトにする必要などなかった」と今でも思っています。確かにコンパクトにするには技術力がいるし、間口も広がるでしょう。

でも販売の現場の経験で言うなら、ああいうトップクラスの価格帯を買おうという顧客の間口なんて広い必要はないのです。間口より払った価格以上の強烈なインパクトがある方が大事です。そして小型化は一番大事な「押し出し」というインパクトを失わせる。技術力は大事ですが、技術至上主義では高額商品は売れません。それより大事なものがあるのです。

「これ乗ってりゃほかのライダーはビビって道を譲っちゃいますよ!!道の駅でも注目を集めること間違いなし!!これが本年度生産分、最後の一台です!!どうっすか??」

というゲスい煽りが刺さるような商品が一番売りやすい。商品の第一印象のインパクトでまず衝撃を与え、そこに販売側が「ちょっと後押し」程度で売れていくのが真の高額商品です。性能の説明なんかしない。高いんだから必要十分な性能があるのは説明しなくてもわかるし、性能でアピールしてら他社のモデルと比較されちゃう。だからそれじゃダメなんです。

そこから先の「言葉はいらないでしょ!見た感じデラ凄いでしょ!」というインパクトと「もうタマがこれしかない」という希少性アピールの方が、財布から金を抜く要素としてはよっぽど重要なのです。数百万円の超高額オーディオスピーカーが年産数台で奇っ怪なデザインをしているのはそういう理由です。

いや、そんなヤクザな感覚ではダメだろ?「もっと真面目にコツコツとモノを作るのが日本の文化だろ?」という人も多いでしょう。そうです。その通りです。日本のモノ作りは素晴らしい。そのコツコツとした良心的なモノ作りを続けるためにも、「利益を出さなくてはならない」のです。価格競争に巻き込まれては、工場はどんどん海外移転してしまう。

今後の日本車は一発で消費者の脳髄を焼く「フェロモン」を身につけなくてはならない。私がこれまで破滅的な金額を払わされた高額商品には皆一部の人間に刺さる強烈なフェロモンがありました。一目みて「これ欲しィィィィイイイイイ!!!」と絶叫する。まさに消費の石仮面状態になるような恐ろしいものがこの世には多数存在するのです。そんな路線に近づいていかなくてはならない。そういう意味でこれから高額商品をうまく作っていくのはカワサキだと思ってます。(H2なんかは走る彫刻。走る宝石のようでバイク離れしている。あれはすごいです。)なぜならカワサキは低価格のバイクを作ってないから。

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(カワサキH2R。カワサキからの転載です。300馬力オーバーのとんでもなさ。デザインも特別感満載。専用ミラーコートはお値段なんと594万円。立ちゴケしたら修理費とんでもないことになりそうなところがデンジャラスでいい。ゴールドウィングはこれに比べるとデザインとインパクトでいささか分が悪いです。)

ホンダやヤマハは普及価格帯のバイクと高額バイクのデザイン、製造部門を一緒くたにして同じ発想でバイクを作っている。それをやってる限り、従来の立ち位置から脱却するのは難しいと新型ゴールドウィングを見て私はそう思いました。普及価格帯と高価格帯ではコンセプトの基礎を真逆にしなくてはなりません。今までクソ真面目にコストカットしていた部門から配転されて、フェロモン重視の商品など作れるはずがないのです。

トヨタ自動車は「レクサス」「トヨタ」の設計部門を明確に分けました。高価格帯においては部品云々ではなく車作りの発想の土台や風土自体をまったく変えないといけないことを認識しているからだと思います。よくレクサスとクラウンをフレームやエンジンの同一性をもって、「同じである」とする意見がありますが、それは正解でもあり不正解でもある。高額商品を売るには普及価格帯からのアプローチではダメだということに気づいたトヨタは車だけではなく、この世にある高額商品というものを理解し、その成り立ちを基礎から実践しようと考えてるのだと思います。

今後の国産バイクはどういう方向に行くのか?今までの発想では海外生産の低価格バイクとの競争になり、過去で国内でおきた消耗戦を世界規模で行うだけの話になりかねない。そこに巻き込まれ、敗者になるとバイク部門ごと勝者に買収されてしまうでしょう。そうなりたくなければ、それを高みから見物できるような付加価値の高い個性的なバイク作りをしていかなくてはなりません。その体制や発想をどのように構築していくのか、今後の課題だと思います。

ホンダやカワサキは意識して販売体制を構築していこうとしているようですが、ホンダについては、そこで売るプロダクトにまだ説得力が不足している。方向は間違ってないけど、なんかいまいち噛み合ってないなと感じてます。その点ではカワサキの方が説得力がありますね。

私はある時期からパワーゲームの土俵から降り、自分中心の隠居生活に入ったので、今頑張ってもの買っている人にとっては、無責任に評論するだけの最低の奴になってると思いますし、その点については、今後もなにとぞ、ご容赦頂きたくお願い申し上げます。