みなさんこんにちは。前回に引き続きオーリンズへのサス変更顛末記その2です。今回からはセッティング編。このブログがなぜ「遙かなるオーリンズへの旅路」となっているかというと、私の迷走ぶりだとフロントサスの調整が落ち着くまでに、おそらく半年くらいはかかりそうだなぁ・・と感じているからです。現在500キロくらい乗って、5回くらいイニシャルと減衰の設定変えて、そこそこ満足できるところに来ているのですが、またしばらくすると変更しそうな気がする。

ショップがセッティングを出すのなら納期という締め切りがあるのですが、自分のバイクのセッティングなんてのはどんだけ時間をかけてもいいわけで、堂々巡りを繰り返したとしても全然OK。よって、いつまでたっても決まらないという泥沼と化します。ちなみにインジェクションセッティングは、長期間あれやこれや試したあげく、「純正のトルクの谷が素敵すぎて純正に近い設定でいいわぁ。」という本末転倒な結論に至っちゃったりしてます。

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(トップキャップにイニシャルアジャスターと減衰調整が付いています。オーリンズのFKSサスは左側のサスが圧側の減衰調整、右側のサスが伸側の減衰調整を担当するという画期的な構造。なお、カウルステーに変なマークが付いていますが、これは私の勤め先の社員章です。)

とりあえず、完成して戻ってきたオーリンズの勇姿をご覧ください。はい、トップキャップ以外は全く変わっていません。このサスペンション、インナーカートリッジ方式ですから、外観にほとんど変化はないわけですが、それがまたいい。

個人的にはこれ見よがしに「オーリンズ入れてます。」というのをアピールするつもりは毛頭ありません。これは私にオーリンズに見合うほどの運転技術がないから。フォーク交換型のオーリンズサス(特にゴールドフォーク)はあまりにも外観がガチすぎて「本気デス!!」アピールが強すぎる。

今回のインナーカートリッジ交換型サスはトップキャップがイニシャル調整と減衰力調整機能が付いたものに替わりますが、外観は全くのノーマル。枯れた乗り手としてはフロントサスがオーリンズの動きをしてくれれば外観などどうでも良いわけで、これで十分というか、この方が好ましいと感じてます。

それでは、サスセッティングについて私の基本的なスタンスを書いていきましょう。基本的な考え方は模型づくりとほとんど変わりません。「常に自分基準で、フィーリングや好み優先」です。理論的なことも確かに大事ではあるんですが、理論的なことばっかりを突き詰めると「ミスタースポックみたいに最善が最良」というようなつまんないことになる。お前のセッティングはなってないなどという人は、「絶対的なセッティングがこの世に存在する」と勘違いしている可能性がある。この場合は「この調整はイマイチ俺の好みに合わない。」と言うべきなのでしょう。

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(ブログを持たせるためのメイドF6Bと、悪女ダイナのクソ漫画置いときます。以前はこんなさっくりと描くことは出来なかったので液晶タブレットは凄いとしか言いようがない。)

路面状況も様々で、あらゆる状況が想定しうる公道で絶対的なセッティングなんてあるはずがありません。あらゆる混沌をぶち込んだ公道でのセッティングなんてのは基本妥協の産物であり、数多くの妥協点がある中で、どれが乗り手の好みにあうのか?というところを探る作業なのです。それはそのライダーの乗り方や、よく通るコース、バイク観という各人の個性で異なってくるので、他人のセッティングを間違っていると断言することは第三者には決してできない。

調整に苦労すれば苦労するほどその沼っぷりがわかってくるし、よりバランスの良い妥協点は見いだせても、すべてにベストな絶対的調整は不可能と理解できる。そして、やがてセッティングの優劣などは所詮主観で、「そのバイクの所有者にしか判断できない」という真理に到達するのです。

結局、自分が良いと感じればそれでいい。自分が乗るんだから他人の評価は意味がない。それは模型もバイクも同じです。だからこそ自分で行うセッティングは難しい。大事なのは「自分の感覚を信じる」ことと、「苦労しても好みに近づけようとする強い欲求」「めんどくさがらずトライ&エラーすること」です。

自分がそのバイクに求めるものや好みが明確でなければ、セッティングはでないし、出たとしても適当なものになる。よって、ある程度バイクとともに過ごして、「自分なりにバイクのことを理解し、自分とバイクの理想的な関係を把握すること」が必要なのではないか?と思ってます。結局セッティングというものは突き詰めれば自分探しなのです。

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(オーリンズサスとノーマルサスの比較。ノーマルはシンプルで木訥なダンパーロッド式。オーリンズもダンパーロッド式ですが、一体式でいかにも剛性が高そう。実際、剛性はノーマルに比べて格段に高い。)

まぁセッティングといっても、やってることはそんな難しくありません。市販サスはどんな設定にしたって、破綻しないレベルに納めてありますから、調整式のサスは「最強試して次最弱」と、極端な設定から少しずつ詰めていけばいつかはそこそこのところに到達します。サスの調整幅が妥協できる上下の幅であり、それを把握することはそのサスができることの限界点を探る上で重要です。

サスってのは基本スプリング。スプリングはそのままだと「ぴょんぴょんホッピング」みたいにビヨンビヨンと振幅運動を繰り返すので、それをそのままバイクにつけたらエラいこと。入力がある度にピョンピョン跳ねられたら、コーナリング中に路面から加重が抜け、即座にすっ飛んで、「国宝の釈迦来迎図の風景をリアルで体験する」ことになる。

そこで、このヤバすぎる反復運動を収束させるため、オイルを使った減衰機構で振幅運動の繰り返しを抑制してます。つまり減衰機構はサスの運動エネルギーを押さえる拘束具なわけです。拘束具を強めすぎるとショックの吸収に難が出て、ソリッドでダイレクトだけど、落ち着きがなく、尻に刺さるような乗り心地になる。逆に弱めすぎるとふわふわのフランスベッド風味となり、手応えがなく、お船に乗っているような動きになっていくわけです。

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(純正サスのダンパーロッドに空いた穴。ダンパーロッド下部にあるこの穴が圧側の減衰を司ってます。要はこの穴をフォークオイルが抜けるときの抵抗を利用して減衰を発生させているわけです。まぁオイルの入った注射器のピストンを押したり引いたりする感じをイメージしてもらえばいいんじゃないでしょうか。)

ちなみにハーレーの純正のフロントサスは相当柔らかい設定です。このダルな柔らかさは国産だと噴飯ものですが、ハーレーに設定されるとなぜか非常に個性的で、味と情緒のあるサスになるのが不思議。サスの柔らかさによりハーレーの重量感が強調され、重いバイクを操る難しさと楽しさを感じられるのです。私はこの純正サスがとても好きで、9年間このサスと付き合ってきました。今回オーリンズに換装して、駄目だけど楽しかった純正の良さを再認識する結果となりました。

はっきりってハーレーらしさは純正の方が上です。情緒をとるならオーリンズより純正がおすすめ。過去ミルウォーキーエイトを評し、「良くなってはいるが、ネガをつぶした結果、駄目なところが好きだった変態には物足りない。」と書いたことがありますが、それと同じことが今回のサス交換にもいえます。いきなりオーリンズを否定するかのような結論ですが、私は自分が購入した高額サスだからといって、オーリンズの提灯ブログを書くつもりはありません。

私は高性能なオーリンズに感動しつつも、今なおノーマルサスに後ろ髪引かれているのです。

ですから、ノーマルサスに乗っている人は、サス交換はじっくり考えた方がいい。ハーレーに情緒的なものを感じているベテランライダーは、オーリンズはまっとうすぎて物足りないかもしれない。性能や動きのマナー、踏ん張りは比較するのも失礼なほどオーリンズの方が上です。しかし、性能を求めた結果、ハーレーの持っていた何ともいえない、愛すべきポンコツ風味は消えていく。

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(こちら、伸側の減衰を司る穴。圧側と比べると相当小さい。穴が小さくなればそこを通るオイルの流量も低下するので、伸び側でより強い減衰がかかる理屈です。圧縮側はクッション性を高めるため、減衰は弱めに。伸側はスプリングの復元エネルギーを抑制するため強めにという制御が、この小さな穴とフォークオイルだけで行われているのです。これをしょぼいと感じる人はまだ市販品の奥深さをわかっていない。シンプルで故障知らず。コストも安く、生産性も抜群。この3点のバランスを高水準で満たしたものが市販品に採用され生き残っていく。より機能的でシンプルに、というのは消費者のことを思う技術者達の良心なのです。だからこそ、この小さな穴には叡智という神が宿ってる。感動的ですね。)

体を鍛えアスリート度が上がれば運動音痴のポンコツ可愛さはなくなるのが女の子キャラのお約束。それと同じ。「性能が上がって良妻になれば文句ないでしょ。」という人がほとんどだと思いますが、国産の良妻ばかりを乗り継いできて中年になると「ポンコツの滋味も捨てがたい。」のです。

何度もブログで書いているように、何かを得れば必ず何かを失うのがバイクです。だから私はメーカーの作り込んだ純正を最大限尊重し、尊敬しています。純正サスってのはあらゆる嗜好を広い範囲で網羅し、満足させてバランスさせている。一つのところに特化するより、その方が何倍も難しい。万人受けのセッティングなのですが、万人受けのセッティングって経験と見識がないとできないのです。

私は素人なので自分のためのセッティングしかできないし、それを突き詰めていくためにああでもないこうでもないとやっています。だからこそ、バイクの調整は常に自分の内なる性癖をのぞき込むような作業になっちゃうのかもしれません。

次回も迷走するサス調整の続きを書こうと思います。