皆さんご無沙汰です。バイクのブログの間に定期的に挟まるフィギュア製作記。ラクエルゴシックその3です。それにしても・・暑い。暑すぎます。これはいくら何でも「ふぁっきんホット!」といいたくなる。暑すぎてバイクにも乗れないし、塗装部屋にこもる気にもなれないです。

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(ラクエルゴシック完成形。私の塗装はともかく造形はアートの域だといえましょう。今でもたまにヤフオクなどで見ますが、多くのフィギュアを作ってきた私から見ても、極めてハイセンスなので、買っといて損はありません。)

今回はこれまでも書いている「フィギュアの顔の表情について」です。ラクエルは製作が古いので、具体的な顔の塗装をどうしたかっていうのはほとんど覚えていない。これじゃ製作記書けないので、私が顔を描いている時の考え方を少しばかりお話したいと思います。

私の中では、美少女フィギュアというのは帆船模型に次いで難しいジャンルなんですが、その理由の一つがこの「顔描き」にあることは言うまでもありません。不細工な顔のフィギュアは悲しいかな需要がない。フィギュア界にはあまりの不細工さに「邪神認定」を受けてしまったものが多数存在していますが、普通の模型は仕上がりが悪くたって、邪神などと呼ばれネットで曝されることはない。「酷い出来だな・・」で終わります。しかし、フィギュアは出来が悪いと「邪神」と呼ばれてしまう。これが顔のあるキャラものの恐ろしいところです。

そんな中「フィギュア界の大邪神」として不動の地位を築いているのが、我がブログでも幾度か紹介している「邪神セイバー」です。クトルフ神話で言えば、ヨグ様並みの超大物。この邪神の姿を初めて見たときの私の衝撃は凄まじく。動悸、息切れ、目眩、肩のこり、頭痛、手足のしびれとあらゆるものがまとめて押し寄せてきたような気がいたしました。

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(邪神セイバーの外箱。「シロウ。貴方を愛している。」の名シーンが箱絵とは・・。中国のサイトからの転載です。この箱絵の中身が伝説のダークマターだとは誰が想像できるだろうか・・)

「なんじゃぁああぁああこりゃぁあぁぁああぁぁ!!こんな超越的で冒涜的なものを見てしまっては、もう俺はフィギュア製作ができなくなるうぅぅうううぅ!!!」」と感じるくらい「創造の悪魔を宿す存在」であったのです。

通常邪神といっても、その多くは単に不細工で出来が悪いフィギュアです。忌まわしき外宇宙の神域に至るためには「人知を超越し、常識を越えた何か」が必要であり、そこに到達するほどの邪神性は備えていない。しかし、邪神セイバーは人を惹きつけてやまない恐ろしいほどの吸引力と魅力がある。

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(2006年中国でその存在が確認され、この世のフィギュア関係者に強烈な衝撃を与えた邪神セイバー。これは当時の中国サイトの写真。誰でも一見すればそれが人を冒涜する外宇宙の存在だと認識できる。エクソシストのパズズ像に匹敵するヤバさ。)

創世記では神は土の塵から人をお作りになったということですが、邪神セイバーレベルになるともはや創造暗黒神の意思すら感じさせる。フィギュアからは「キャラ愛」は一切感じられず、セイバーの要素を持った物体Xです。フィギュアモデラーからすればとんでもないことであり「技術も理解も情熱もないフィギュア製作という冒涜行為」が外宇宙から根源的邪悪を降臨させてしまったといえるでしょう。

とにかく「てるてる坊主に粘土をかぶせたよう」な雑すぎる仕上がりにもかかわらず、どこから見てもセイバーに見えちゃうのが腹立たしい(笑)。仕上がりが良く造型も素晴らしいフィギュアですら僅かのほころびで「似てる似てない論争」に発展したりしますが、邪神セイバーはこの出来にも関わらず、青セイバーであることを誰も疑わない。

それは我々がキャラクターを「記号性で認識しているから」です。名状しがたきものは我々の認識を巧みに利用し、セイバーに化身したのです。人々が頭に描く青セイバーの特徴は、金髪三つ編み団子結びに碧眼、青いドレス。アホ毛、そしてタイプムーン社長の武内崇の独特のタッチ。いわゆる武内絵と呼ばれる作画法です。

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(初期の武内絵。これホロウ=アタラクシアのPC版(18禁)のプレイングマニュアルを撮影しました。2005年に発売された初回限定タロットカード付きのやつですが、あれからもう13年も経ったんですねぇ・・骨董モノです。タイプムーンは10年間セイバーと派生セイバー顔で食ってるんですが「ドジョウはいなくなるまで掬う」という商売の基本に忠実です。)

市販のセイバーフィギュアはセイバーの記号性を全て備えた上で、最後に無謀にも武内絵であることに挑戦してます。商品力向上のため、全てを誠実に備えようとした結果ですが、これはかなり難度が高い。「武内絵を意識するあまり、全体が歪んだり、微妙に違和感が出る。」という悲劇を生む原因になる。

しかし、この邪神は顔をてるてる坊主化し「セイバーという記号だけ」になった。これにより「顔の似てる似てない」議論を完全に封殺したのです。(この顔を見た瞬間似てる似てねぇのレベルじゃないことは誰にでもわかります。)

そう、漫画の持つ独自の記号性により邪神はまずセイバーに憑依し、その内面を浸食し異形の存在へと変えていったのです。

では、どこが異形か?まず表情です。本来フィギュアとは「人の偶像」のはずです。しかし、このフィギュアはあろうことか「表情が完全に死んでいる」。死体のフィギュアなど誰も作ろうとは思わないわけですが、このフィギュアはそれに近い状態であり、瞳の奥には宇宙規模の虚無があるのみです。

ここまで生気の無い瞳は描いていて不安になるんで、その救済にハイライトを入れてフィギュアを蘇生させたりしますが、その一番大事なとこでキッチリ手を抜いてきた。目の焦点もあっておらず、魂もどこかに囚われている。こんな不吉なものをこの世に出すなんて、どこの邪教集団なのか?

加えて、さらにあり得ないのが「一本グソのようなアホ毛」。このアホ毛は最高にヤバい。このフィギュアが邪神となった理由の半分がこのアホ毛にあると思っています。

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(このぐにゃりとした名状しがたきアホ毛の様なモノが人を狂気へと駆り立てる。)

顔や目、体の仕上がりは古代の土人形にもこれくらいのものがありますので、「まったくフィギュア経験のない人が投げやりに作ればこういうこともあるかもしれぬ・・」と思えます。でも、このアホ毛はない。このアホ毛を型抜きするのは結構な手間なはずで、これほど酷い造型になるなら普通はアホ毛を省略する。しかし、製作者はここで意味不明な良心を発揮し「セイバーならアホ毛がいるでしょう。」とばかり、この一本グソのように緩みきったアホ毛を冒涜的に頭にブッ刺してきた。

しかし、アホ毛の位置と太さ、曲がり具合がなんとも狂ってるので頭から「ショゴスがにゅるり」と出てしまっているように見える。この生気の無い「名状しがたきアホ毛のようなもの」により、このフィギュアは人を超え「セラエノより飛来した未知なるダークマター」になり果てたのです。

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(邪神界のもう一つの雄。邪神モッコス。この写真は転載品です。セイバーをヨグ=ソトースとするなら、こっちはシュブ=ニグラスか?セイバーとは対照的に、目から怪光線が出ているのではないか?と思わせるほどの眼力。出来不出来を語る前に「怨念の化身」ともいえる姿に圧倒される。)

この邪神セイバー、オークションではもはやフィギュアではなく崇拝の対象たる邪神像として取引されており、私もこの邪神像を外宇宙本尊として棚に飾るのが夢ですが、あまりの邪悪さに中国当局が回収したという噂もあり、どんなに欲しくても一般に流通することはまずないでしょう。

なんか、今回は私の邪神セイバー論が炸裂したブログになっちゃいましたが、何でこんな話を書いたかと申しますと、フュギュアは下手に原作絵を完全再現しようとすると、その再現度を検証され「似てる似てないの議論になりかねない」ということが言いたかったんです。フィギュアのキャラ付けで重要なのは記号性を押さえることであり、顔をコピーすることではないのです。

もし原作絵の完全再現を目指すのであれば、そこに妥協は許されなくなる。これは茨の道ですし、原作を愛するマニアは一筋の線の歪みも見逃しません。私はそんなテクニックもないし、2次元を3次元で完全再現するのは困難だと思ってます。だから、ハナからその土俵には上がらない。記号性でキャラが成立する以上、顔は自分が好みと思うものを自分のタッチで描けば良いのです。それで誰の迷惑にもならない。

結局邪神セイバーも市販のフィギュアも青セイバーを模したモノであることには代わりはありません。それなら「人に訴えかける力が強い方が造形物としては上をゆく。」私にとって凡百のセイバーフィギュアより、奇跡の存在である邪神セイバーの方が上なのです。

邪神セイバーの凄まじいところは人に強烈なインパクトを与え、人を惹きつけてやまないところです。そしてそれが造形の本質である以上、邪神セイバーは最上の造形物といえる。私がこの邪神に出会って「もうフィギュア製作ができなくなる」と感じた理由は、どんなに上手く塗装し、神がかった筆の冴えがあっても、自分では絶対にこの邪神像の魅力を超えることは出来ないと観念してしまったからなのです。

所詮ガレージキットは原型師もモデラーも自分のために作っている。イラストだって、バイクのセッティングだって同じです。それなら、キャラそのものをマネするより「お好みで自分特攻」をつけた方がより楽しめるはずっていうのが私の基本的な考えです。

次回はフィギュアにおける表情の書き分けについて考察していきたいと思います。

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(ラクエル表情下書き。少しは製作過程も載せないと製作記にならない。顔描きで目指すは他人の評価ではなく、タダひたすらに自分特攻。塗装後も何度も瞳には手を入れたので、この通りには仕上がっていませんが、下書きによるイメージ作りはフィギュア製作の基本です。)