模型がメインのブログなのに相変わらずバイク記事のアクセスが多いです。皆様ありがとうございます。もっと頻繁に上げられるといいのですが、模型製作記と違ってバイクのことはなかなかお気楽には書けないので、定期的にしっかりしたものを上げていこうと思ってます。

今回は「ハーレーのジレンマとミルウォーキーエイト」というお題で考えていきたいと思います。

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(ハーレー待望のニューエンジン・ミルウォーキーエイト。エンジン造形的にはTCより好み。シリンダーヘッドの丸みが、品質の高いメッキと非常に相性が良く、見た目質感が極めて高いエンジンです。)

バイクは耐久消費財ですから、「旅に出るため」「ライダーを楽しませるため」に存在する反面、ハーレーという企業が「売り上げや利益を上げ、成長を続けるため」にも作られています。「旅に出る」、「ライダーを楽しませる」、という点ではハーレーはもう完成の域に十分達してると思うのですが、「成長を続けるため」のバイクとしては課題も多い。今回はその点について少し考えてみたい。

バイク業界に限らず、どんな業界もメーカーっていうのは大きくなればなるほどいろんなことに目配りすることが求められるようになります。小さなマーケットを想定し、「ハーレーを扱いたい!!」というお店にだけ卸している段階では、多少音量が大きくても、ブレーキがきかず原付にカマ掘っても(実際私がバイク屋に勤務していた20年前はそういうことがありました。)「それを理解しているお店が扱い、それを理解している客が買う」のでクレームはほとんどありません。しかし全国に150店舗近く展開し、広い顧客層を相手に商売するようになると、ある程度の完成度と環境適応性がないとクレームの山となり販売店を維持できません。

長きにわたったTC時代に別れを告げ、新たに開発されたニューエンジンは、環境だけでなく、快適性や、コスト、整備性、生産性、安全性など、これまでよりもいろんなものに目配りしたものになる。これは販売台数を大きく伸ばしたハーレーの規模から導き出される必然であり、中小規模のメーカーが世界規模のメーカーになっていく過程でどうしても受け入れなければならないことなのです。

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(ミルウォーキーエイト左側面。相変わらず見た目品質の高さは抜群で、ため息が出るくらい美しい。この品質感が価格を正当化する。)

このように書くとネガティブに聞こえるかもしれませんが、これは決して悪いことではないのです。企業が作る製品がクリーンでより高性能に変わっていくことが悪いことであるはずがない。私のようにハーレーの「ダメなところを利点に変える絶妙レシピ」に感動して「低性能であればあるほどステキ!!」という変な理由で購入する人もいるでしょうが、そういう「市場としてのパイは極めて小さい」変態嗜好相手に商売してもしょうがないし、それでは企業の成長など望めません。

ハーレーはある時期日本で神がかり的な成功をしたわけですが、ハーレーの成功した理由は、「ドリルをほしがる人はドリルを欲しいわけではなく穴が欲しいのだ」という根本ニーズを日本メーカーより理解していたからです。バイクに乗る人はバイクが欲しいのではなく、「休日にバイクで気持ちよくツーリングしたり、バイクを通じていろんなライダーと交流するという体験を必要としている」という根源的ニーズをくみ取り、そういう体験を安全込みで売ったのが多くの顧客に受け入れられたのです。

速度に依存せず、ゆっくり隊列を組んでも楽しく走れるハーレーは集団での週末クルーズにうってつけ。ハーレーマニア以外の一般顧客を取り込むために、バイクではなく「バイクのある生活」を価値観として提示して、新規顧客を取り込んだわけです。ツーリングもベテランを先頭にして隊列を組み、十分な安全を確保したうえで行われ「バイクはちょっと危ないのではないか?」という顧客の不安を見事に打ち消し、家族ぐるみの囲い込みすら可能にした点は、バイクの本質を理解している老舗メーカーならではのマーケティングだったと評価できるでしょう。

しかし、そのような需要が一巡した時、ハーレーは成長を持続することが非常に難しいメーカーです。売り上げを維持するには新規顧客の取り込みだけでなく、既存の顧客にもどしどし買い替えてもらわないといけない。ところがハーレーは性能に依存せず、しかも極めて長持ちするバイクを販売してきたため、性能重視のスーパースポーツやレプリカと違い、買い替え需要がなかなか喚起されないという販売上の自己矛盾を抱えているのです。

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(ミルウォーキーエイトを搭載するロードグライド。)

そこで、ハーレーは手を変え品を変え顧客にアプローチしていきます。まずCVOの投入でより質の高いプロダクトを求める顧客層相手に差別化戦略に打って出ました。ベタに言えば「中途半端なカスタムビルダーに金を吸い上げられるくらいなら、ハーレーでフルカスタムして売ってしまえばいいじゃない!」という戦略です。CVOは私のようなバイク屋上がりから見ても、ちょっと驚くほどの完成度で、同じレベルをビルダーに依頼するより結果的には随分とお買い得だったわけで、十分な成功をもたらしたと思います。

これに加えて毎年新たなスタイルやデザインを次々と投入し、自ら流行を作って購入欲を刺激していく戦略をとりました。低価格帯にもストリート750を投入し、エントリーの裾野も広げ、全方位的にアプローチしてきたのです。しかし、最も販売ボリュームがある既存モデルのデザイン変更だけではなかなか顧客の心は動かず販売数の天井は見えている。ハーレー乗りの中にも私のように「金だして同系のバイクを次々買い替えるなら別系列、別エンジンの他のバイクを買い増して、違う味を楽しもう」という人もそこそこいるでしょうし。

買い替え需要に限界があるなら新規のユーザーを開拓していくことになるわけですが、バイク人口は増えてないので、これ以上の販売増を見込むなら、これまでハーレーを敬遠していた層に訴求するしかありません。しかし、そういう層はハーレーにこだわりはありませんから、他社のクルーザーと顧客を奪い合わなくてはならないのです。

この部分でハーレーができることは「価格を下げる。」「ハーレーのバイクとしてネガティブな部分を排除する。」「ハーレーに足りなかった部分を手当てする。」みたいなところになるわけですが、ハーレーは性能的に突出したところがなく、ブランドの維持が一つの生命線ですので、値下げ戦略はとれない。必然的にネガ潰しと各種性能を上げていく方向にならざるを得ません。

この世の中あまたのメーカーが一台でも売ろうと常に前進しているわけで、そんな中で永遠に勝ち続けるメーカーなど存在しないし、価値観はいずれ変わってブームも必ず終焉します。マーケティングの成功で会社を大きくするのは簡単ですが、それが一段落し、多くのメーカーが追従した時には同じ土俵で真の実力が試される。ハーレーの新エンジン「ミルウォーキーエイト」は、「買い替え促進」および「新規顧客の開拓」並びに「他メーカーが作るクルーザーとの勝負」のため、必然的に性能重視型にならざるを得なかったのです。

私は将来的にハーレーの重量級クルーザーは「性能をあきらめても空冷にこだわり抜くのか、空冷を捨てて性能をとるのか?」のどちらかを選ぶしかないと思ってきましたが、空冷にこだわる既存顧客の声と性能を両天秤にかけて「今はどちらも捨てきれない。捨てられない。」そんな中、ハーレーは空油冷、部分水冷という道を選択しました。冷却ファンを回す「強制空冷式」もあり得たと思いますが、デザイン的に冷却ファンは受け入れられなかったのでしょう。

これまでウルトラはTCベースの部分水冷でなんとかしのいでいましたので、私は新エンジンは水冷になり一気に性能を上げるのでは?と思ってました。しかし、新エンジンは私の予想に反して空油冷でした。多くのメーカーが今どき大排気量の油冷エンジンなどを採用していない現状で、「空冷へのこだわり」「環境対応」の板挟みにあった苦しい選択であることは間違いない。

ハーレーの経営陣は性能のために、エンジンの見た目質感を譲ることはできなかったのでしょう。空冷フィンはハーレーエンジンの見栄えには必須で、実際ミルウォーキーエイトエンジンの質感は素晴らしい。メカフェチの私でも色気のある造形だなぁと思います。

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(納車待ちのウルトラCVO。バイクにここまでの高級感を求めるかは別として塗装品質は完全にノーマルがかすむレベルです。その品質感は市販モデルでここまでできるのか!と感動する領域に入ってます。)

ただ見た目などをおいておくと、空冷エンジンの良いところは「シンプルさと合理的な割り切り」にあると私は考えていますので、「シンプルさが信条の空冷なのに、あまりシンプルでない冷却方式」を採用したハーレーの現状は、「マーケティングの要請」「エンジニアリングの整合性」の狭間で出口のない袋小路に入っているように見えます。そして今回のやや中途半端な決断はハーレーのエンジニアリング的な混迷をますます深くしていくでしょう。

ミルウォーキーエイトは商品力の向上、競争力の底上げのために「費用対性能」に舵を切り、その性能目標値は今のところで十分達成しているという評価です。その点を見ればまぁ良しですが、そこには「空冷の限界」「根本的に解決されていない冷却問題」という「大きな足かせ」ががっちりとハマったままであることは忘れてはならないでしょう。

私はウルトラの巨体と構造でこれ以上の性能向上や快適性を求めていくのなら迷わず水冷エンジンにすべきだと思いますし、空冷を捨てられないのなら発生する熱や不都合はもう空冷の味とあきらめ、性能向上は軽量化で対処するなど、徹底して空冷オンリーで押し通す方法を考えるべきではなかったかと思っています。しかし、ハーレーはその中間に舵を切りました。それ故ミルウォーキーエイトは現在のハーレーのマーケティングとエンジニアリングの板挟みの苦しさをそのままそっくり抱え込むことになっているわけです。

ただ、そのような選択をした経営陣の苦悩もよくわかります。ハーレーは性能ではなく雰囲気や見た目のスタイルで選んでいる顧客が多く、歴代エンジンの美しさなんかが評価基準になってます。(あらゆるメーカーを雑食する私にはイマイチよくわからない価値観ですが・・)これだけの規模になっちゃうとなかなか一か八かの冒険は出来ませんし、クルマにおけるベンツやBMWのように多少コケても揺るぎのないほど盤石な経営状態でもないですから、大きな冒険が出来ないのはもうしょうがない。

私はこの異形のエンジンにも「この矛盾の内包こそが人の作りしものかも」と考えちゃう変質者でありますので、案外すっきりと結論を出したエンジンより、「これはこれでなかなかに苦悩に満ちた味わい深いエンジンなのかもしれない」などと思っています。なんだかんだいっても「人が悩み抜いて作ったもの」「人が苦労しながら制約の中で作ったモノ」は必ず人間的な矛盾を内包していて、味わい深く染みてくるものがあるんです。

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(これまた納車待ちのストリートグライドCVO。おそらく5層コート以上で塗られているであろう、このオレンジのなんとも言えない素敵で深い色味は雑誌の写真では決して出ない。)

はっきり言えることは、このエンジンがハーレーにとって正解だったかどうかは、私が決めることではないということ。あくまでこれからの顧客が決めることです。試乗ばかりしている人の意見なぞ、真の所有者の意見に比べればゴミに等しい。

試乗しかしていない私がミルウォーキーエイトの真の味わい、本質を理解することはできないし、ツアラーモデルに乗っている顧客のニーズもダイナ乗りにはわからない。全てのバイクを「いちバイクとしてしか見ていない」私には、ハーレー乗りの熱い心もわからない。

いろいろ書いてきましたが、8年もダイナ乗っているのにハーレーの世界観から一線を引いて傍観者のような評価しかできない、過度に入れ込むことができないというのも、バイクに接するにあたっての私自身のジレンマなのかもしれないですね。

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(ツアラーやCVOに比べたら特段の押し出しもなく、古女房のようなバイクですが、私には決して替えがきかないTC96ローライダー。私はバイク単体は愛せるけどメーカー丸ごとは愛せない悲しい性分のようです。)