「え?ツーリングに出会いってなに?熊とかイノシシ??」「えっ?人類?しかも若い女子との出会い??」「・・・・・・・・それはどこの異世界デスカ?」

ってのがこれまで長年バイクに乗ってきた私の感覚。

バイクものの漫画とか小説読んだりすると、行く先々で、いろんな人とふれあい、そこで出会った少女とひと夏の恋物語・・みたいなシュチュエーションが出てきます。

最近はバイク乗りの高齢化を反映してか、渋いオヤジライダーに若い女子が「どこ行くんですか~」「一緒に走りませんかぁ??」なんて話しかけるシーンが散見されますが、小説や漫画の中ならともかく、現実で中年男性と女子高生のタンデムなんかは、怪しい光景にしか見えない。

バイク乗ってるオヤジからすれば、「俺は孤高のダークヒーロー!見よ中年の渋さをっ!!」ってノリかもしれませんが、一般女子から見たら「核戦争後の世界で水を求めてバイクで爆走するモヒカン達となにが違うの?」って認識でしょう。バイクの世界なんて装備品でガチガチに身を固めた俺ツエェエエエ系の脳筋しかいないんだから、まっとうな女性がよりつくわけがないし、高級車に乗っているオジサマが一杯いるのに、わざわざ汚く埃にまみれたバイク中年にアプローチするってのは、「スキみて財布スッてやれ!」くらいの意図しか考えられない。

ばくおん
(もはやバイク女子漫画の定番となりつつある「ばくおん」。ギャグ漫画とはいえ、常識的な思考回路をもつ女性がほとんど出てきていないのが特徴。ほぼ全員がバイクバカなので、浮いた話は一切ない。)

確かにバイクが出てくる恋愛ものが多いのはわかりますよ。なんせバイクのタンデムってのはシュチュエーションだけなら凄く絵になりますから。商業コンテンツ的にも恋愛ものって鉄板だから、業界は手を変え品を変え「ボーイミーツガール」を再生産しているわけです。そんな予定調和のマンネリの中で、バイクは男らしさと青春をきらびやかに演出するスパイスとしては最適なんです。

バイク乗ってる青年に憧れてる女の子が、精一杯アプローチして「じゃ、、じゃあ後ろに乗せてよ!」みたいな展開になり、夕日をバックに海沿いのワインディングをタンデムで走っていく。腰にしがみつく女の子の乳がライダーの背中に押しあてられたりして、視聴者に「ここが竜宮城か・・」みたいな甘い情景をこれでもかと提供してくれるわけです。

女子もリアルでバイクの二ケツってしたことないから、イケメン男子とのタンデムを「王子様と白馬に跨がるようなもの」と誤解して、トキメキを感じちゃってる人もいるのかもしれない。

750ライダー2
(懐かしの750ライダー。主人公と委員長。私が大学時代通ってた喫茶店においてありました。ほのぼのとしたバイク漫画で、バイクの暗い面は一切描かれず、駅前で配られている学生の詩集読んでる気分になる。)

でも、現実はどうでしょうか?考えてみると、バイクの後部座席なんて環境的には「軽トラの荷台とほとんど変わんない」わけですよ。もうむき出しの吹きさらし。メットかぶれば髪もぐちゃぐちゃで、虫なんかもバンバン張りついてくる。もしも自分の彼女に、「これから車でドライブするけどお前は半ヘルかぶってパノラマルーフから上半身出しとけ」なんていったら、間違いなくぶっ殺されますよね。

でも、女子にとってバイクの二ケツってそれとほぼ同じ環境だと思うんですよ。もう、いいところって意中の男と密着してるくらいしかない。でも密着ならばラブホという繁殖場でいくらでもできるわけですし、接触してるのは彼氏の皮膚ではなく牛革なんです。それって過酷な環境と引き換えに手に入れたいものですか?っていうとそんなことはないでしょう。

もしも願いがかなうなら「軽でもいいから車にして!」というのが女性の本心だろうと思うわけです。

ちなみに、我が愚妻に二ケツの環境について「軽トラの荷台とどっちがいい?」と意見を求めたところ、「いや、見栄えはともかく、気分的には軽トラの方が楽かもね~。バイクは小さい女子だと全然前が見えないし、運ばれていく感が凄いし、乗り心地も最悪だし、顔にシミもできるし、寒いし、暑いし、自分勝手な運転だと落ちそうになるし、ブレーキの度に踏ん張らないといけないし・・・」と、もう言いたい放題で全然いいところがない。

うちの妻は私としか二ケツしたことないので、「自分勝手な運転」部分は私を遠回しにディスってるし、肌の衰えによる顔のシミをバイクのせいにしてくるのも計算高く、年配女性の小狡ささえ感じるところが忌々しい。

中免持ってて、バイクの楽しさをある程度理解している私の妻でさえそんな評価なのに、バイク愛がゼロの女性を後ろに乗せた場合、表向きは「バイクって素敵ね」なんて言ってても、心の中では「ありえねー!バイク最悪!やっぱ男は豪華なアルヴェルでしょっ!!」って叫んでると思う。初回から過酷な環境で連れ回せば、次回からは乗車拒否は確実。

アルファード
(もはや走るホテル、アルファード。移動体として強まりきっている。女性が選択するのは圧倒的にこっちでしょう。これに比べたら、バイクなど解体寸前のアバラ家みたいなもんです。)

恋愛脳に毒された胸キュン青春バイク漫画ばっかりを見せられてると「バイクって凄くモテるんじゃ・・?」「女子ってタンデムが憧れなのかな・・」などと訳のわからん妄想入っちゃったりしてしまいますが、これは完全なミスリード。このクソのように汚い私のブログがバイクの真実。甘い妄想を抱いてバイクに入ってくる若者がいれば、未来がないからやめておけといいたい。

結局のところ「バイクに乗るってのは、出会いどころか一般女性を遠ざけてるだけ」なのですね。

「じゃあ一般女性ではなく同じバイク乗りの女性だったらどうなのか?」私はバイクに乗ってる女子は「実は彼氏に誘われて・・」っていう彼氏追従型が8割くらいだと思ってるんですよ。つまり、バイク女子は「約8割が紐付き」のはずで、この人たちに出会いを求めていっても慰謝料請求しか待っていない。

では残り2割の「バイク大好き!」って女性はどうか?っていうと・・うーん、私にとって自らバイクに乗り出していくというアクティブな女性は「筋肉と胸毛が好きぃぃいい・・・」って女性くらい変わってるイメージなんですよ。(女性の方すいません。)

メイド3
(まぁモテないのは自覚してるんですが、「フィギュアでシコってなさい!」とまで言われるといっそ清々しい。)

アニメ「ばくおん」の高校生女子キャラを見回しても、フツーの女子高生は一人も出てこないわけで、これは逆にいうと「フツーの女子はバイクになんか乗らない」というバイク乗りの共通認識の裏返しではないでしょうか?もう珍獣ハンターくらいの覚悟がないと手懐けられる気がしませんし、もし奇跡的にまともな子がいたとしても、希少例すぎて一般論にはならないでしょう。

一方、一部のガチライダーから見ると、後部座席の女性なんて単なる「クソ重い肉バニア」。バイクの重心高くなるし、後ろで訳のわからん動きして挙動乱すし、ブレーキングでのしかかってくるしで、バイクの機動性の阻害要因以外の何物でもない。私に言わせれば「固定の甘い重量物」って感じです。

初めは「女子と二ケツかぁ~。サイコー!」などと思ってても、エンジンが温まってくる頃には、バイクとの楽しいひとときを阻害する「寄生物体X」と認識されている可能性がある。

また、仕事が建て込んでる社会人にとってはバイクに乗れる晴れた休日は何にも増して大事です。そんなときは「身も心もバイクモードに切り替わってる」から、女性なんかに時間割いてる場合じゃない。結局自分勝手にバイクに乗ってるのが私の中では一番気楽で「第三者に入ってきて欲しくない聖域」なんだと思います。

そんなわけで「ツーリングに出会いを求めるのは間違っているだろうか?」って問いかけには「そもそもバイク乗ってる時に出会いって必要なんだろーか?」って返すことになる。休日にはバイクでボーッと走って過ごしたいし、それ以上は求めてない。

だからといって私は出会いを否定するわけではもちろんありません。多くの人にとって、出会いはきっと楽しいバイクライフの一部でしょう。

でも、狂乱の90年代を経験した私にとってはバイクでの出会いは別れと表裏一体で、「さよならだけが人生」なんです。長くバイクに乗ってると、死に別れを何度か経験する。バイクは出会うことのないつらさより別れの苦しみの方が耐えがたい。

私はコミュニティに参加するには、もうどうにも駄目になってしまっていて、別離からできるだけ遠く離れていたいんです。出会わなければ別れることもない。だから出会いは必要ない。それが私の本音です。

私の狂乱時代を少しだけ書いたブログはこちら→「超高速域に潜む悪魔達の話」
私の最初の別れを記したブログはこちら→「死と乙女」

(どちらも珍しく真面目に書いてしまったので、今読んでも全然面白くないですねぇ。)