なぜかバイクのブログの間に挟まるガレージキット製作記です。今回は、「冬馬かずさ」の顔描きパートなんですが、過去ブログで開陳してきたフュギュア製作記は、延々もう20体分にもなり、具体的な製作方法は過去作で散々書いてきておりますので、今回は顔描きについての私の懺悔記事的なものとなっています。

結局のところ、私のフィギュア作りは「自分の技量の範囲内でなんとか魅力的な顔にもっていく」ことと「ミスや気の緩みによる失敗をいかに減らしていくか」に集約されているのです。

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(0.3ミリの鉛筆での下書き。この下絵段階で一定のイメージを作っておきます。出たとこ勝負では、なかなかまともな顔にはならない。)

私の中では、模型製作の技術とは「ぶっちゃけ駄目なところをごまかす」ことと同義であります。「おお・・それでは崇高であるはずの創作作業がまるで詐欺か悪質商法のようじゃないか・・」と思われるかもしれませんが、残念ながら、それが偽らざる真実。

ガレージキットを作っている間は常に「今回は失敗しないで作れるでしょうか・・なにやら致命的ミスを冒してしまい、この貴重なレアガレージキットが台無しになったらどうしましょう・・ガクブルガクブル」とういうネガティブな思考に貫かれている。

そして案の定、下らないミスを繰り返し、「ディラックの海」「魔界の痰壺」「汎用壺型塗膜剥離装置」などと呼称しているラッカーシンナー壺への無限往復というお決まりのパターンに陥るのです。

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(魔界の痰壺ことディラックの海。ここに投入されたガレージキットはサードインパクトにより原初のホワイトボディに還元される。なお、ディラックの海についてその詳細を記載したブログはこちら→「汎用壺型塗膜剥離装置・ディラックの海」デンドロビウムなメイドさん(ボークス・マドカ・ファランクスモード)その3

これが3巡目にもなると、

「うう・・・全然前に進めない・・二百三高地ってこんな感じだったのかな・・うう・・うあああああぁぁぁあああ・・ああああああ・・・・あああ・・」

「アヒャヒャヒャヒャ・・・」

「乃木希典(のぎまれすけ)将軍バンザァアァァアアアアアァァアイ!!」


と最後はグリコポーズでマキシム重機関銃の待つトーチカの前に突撃したい気分になる。

「なんでそんな猟奇的な製作風景なの?もーキモすぎるし、この際気持ちよく死んでみよっか♡」

と呆れる方もおられるかもしれません。フツーの模型なら、こんな惨事にはならんのですが、美少女フィギュアだけは別なんです。

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(B級映画の宇宙人のようになってますが、サーフェイサーを吹いた後に白目の部分をマスキングした状態です。)

私は美少女フィギュアを製作する前、ミリタリー系のジオラマなどを製作しておりましたが、この代表的な塗装方法に「ウェザリング」という手法があります。これは「汚すこと」によってリアルさを追求していくものですが、私のような「塗装詐欺師」にはおあつらえ向きの技法。「あーミスっちゃった!ここは泥表現を強めにしよー。」などと言いつつ、もう果てしなく汚してしまえばいい。汚れによってミスが覆い隠されるので、誰も塗装ミスがあるなどと気づくことはありません。

また、ウェザリングしないまでも、塗装がマットでダークなリアルメカ系統は比較的ミスのリカバリーが容易です。ディティールが細かく、造形が複雑で視線が一点集中しないため、多少のアラは認知されにくい。加えて黒立ち上げ塗装から行うメタリック表現は、発色自体が落ち着いていて目立つことがないため、リカバリーしたところの色なじみが非常に良いんです。

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(肌を塗装してマスキングを剥がしたところ。肌は目立たない程度に薄くグラデーションを入れてあります。ここからいよいよ瞳を描いていきます。)

しかし、これらが許されるのは、ある意味マットな発色や汚れ状態がデフォルトであるガテン系マシンをモチーフにしたときに限定される。

他方美少女フィギュアはそうはいかない。大部分の面積を占める肌塗装はリカバリーしようにも発色の淡い塗装の積層グラデーションによって表現されてるため色合わせなんてできない。

これに加え、鑑賞する人の視線もエロ成分をはらみつつ肌部分に集中するため、そこに一点でも穢れた塗装染みができようものなら、リビドーはダダ下がりになってしまう。自分が作ったフィギュアを一番見るのは自分自身であり、この私が「美少女のお肌は穢れが許されないのじゃ~。許さぬ。許されぬゾォオォォォォ!!」と呪いのように思い込んでいるので始末に負えない。

これって人間でもおんなじですよね。自分が大好きなアイドルの服ならちょっとしたコーヒーのシミでも気づくのに、嫁さんが美容院に行ったところで、髪型の変化をまったく認知できない。この認知の気まぐれにより、懲罰的皿洗いを命じられる男どもは後を絶たない。結局のところ、受け手の主観によって、認識は大きく変わっていくんですねぇ。

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(瞳を入れたところ。エナメル塗料で描いて上からラッカークリアーを吹きつつ塗膜を保護、また描くを繰り返していきます。この状態では、なんか見栄えがしないなーって感じですが、人間らしい瞳にするにはここからハイライトを入れなくてはなりません。)

この「美少女に穢れは許されぬ」という自己暗示により、ミスったとこが気になって気になって仕方なくなり、

「いやいや、いちからやり直すなんて無理無駄無茶」

という心と

「シミのあるフィギュアでオマエは妄想できるのか?真の変態とは99%の妄想と1%の実行なのダァァアァ!!」

という心がせめぎ合い、やがて不定の狂気に陥っていくのです。

このようにミリタリーやメカモノで安易な妥協とゴマカシを極めてきた私が美少女フィギュア製作の世界に入って一番困惑したのは、これまでのゴマカシスキルが通用せず、ちょっとしたミスでそれまで積み上げたものがジェンガのようにガラガラと崩れてしまうことでした。

これまで駆使してきた詐欺的手法が通用しないので正攻法でぶつかるしかないんですね。

しかし、いざ正攻法でやろうとすると、自分の実力というものがストレートに明らかになってしまう。ごまかしのきかないフィギュアを前にして、私の模型スキルは「ゴマカシによる外道戦法を磨いてきただけ」だったことにようやく気づいた。基礎がなってない。私の描く線は太くてブレブレだし、深みのある肌色も出せないし、ツヤの管理もイマイチ。自分でも塗装のセンスがなくて嫌になる。だからといって、そこを完璧に追い込んでいこうとすると、あまりの苦痛に多分フィギュア製作を投げ出しちゃうと思う。

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(目にハイライトを入れた完成形。ハイライトにシャープさはありませんが、シャープすぎるとアニメみたいになっちゃうので、多少ボケているレベルが丁度いいと私は思ってる。)

模型でもイラストでもそうですが、創作って「うまくできない」という精神的苦痛との戦いなんです。だから自分で自分を許していかないと最後まで辿り着く前に精神が病んでしまう。私のような精神的苦痛耐性の低い半端者は「究極の美」を手に入れることなど不可能。必然「中庸の美」を目指さざるを得ないのです。

私のイラストと同じで「細部の細けぇことは抜きにして遠くからざっくりと見たときになんとか見られる感じで仕上がってればいいんでないの?」ってのが私のフィギュア製作の落とし所になってます。

実際、自作のガレージキットフィギュアって一旦完成してしまうと、そんなに近くに寄って見る機会ってないんですよ。ガレージキットは基本固定ポーズだし、細部は作っている自分が一番良くわかってるし、ディスプレイケースに入れればほとんど出さないので、至近距離から舐めるように眺めることってほとんどない。ディスプレイケースの前に立ったとき、私の目線から対象のフィギュアまでの距離は約50センチくらいある。この距離感でなんとか成立していれば、フィギュアとして及第点という判断をしています。

つまり、フィギュアの評価軸から至近距離を切り捨てて、多少のアラを許容しつつ、普段見る距離に特化して製作をしているという状況になってる。でも、自分の実力を受け入れ、不要な部分を切り捨てるという判断ができたから、未だに私は美少女フィギュアを作れているんだと思うんですね。

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(とりあえず後ろ髪をつけてみる。髪切りデスマッチで敗れ、前頭部にバリカンが入ったような有様ですが、この段階で、髪の毛を取り付けて全体のバランスを見ることは必須といえるほど重要。)

バイクでも何でもそうですが、そういう割り切りって結構大事なんじゃないかと思います。求め続けていくことは、わかりやすくて簡単だけど「自分の身の丈に合わないものを求めると、その先には消耗しかない。」と今まで生きてきて私は感じてる。

一方割り切ったり、捨てたり、諦めたりすることは、とっても難しいけど、メカにしろ模型にしろイラストにしろ、そういう選択の中に、作り手の人間らしい考え方や葛藤、苦労、妙味があるとも思っているわけです。


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(完成形はこんな感じ。ちょっとキツめですがVispoさんの造形には強気の表情がよく似合います。)